灰色の鏡像
エスカが、そしてリーファが転移ノ紋に乗った。こうなったら次はオイラだな。怖いといえば怖いけど立ち止まってるわけにはいかない。赤い紋に乗って、残るオリヴィエとレイスを振り返った。
「それじゃ行ってくるぞ。みんなもすぐ来いよ!」
「ええ、お気をつけて」
パッと視界が切り替わる。うん、前に来た時と同じ光景だ。たくさんの鏡と、分かりにくい通路。この前はひどいモノを見せられたからなあ、ぱぱっと進んじまおうかな。
ふいっと正面の鏡から目を逸らして鏡だらけの中から道を探す。お、ここ通れるな。
進んでいくにつれて鏡に映る景色が歪み始めた。一緒に料理を作ってる母ちゃんと姉ちゃん、白猫の義兄ちゃんと笑いあう姉ちゃん、たくさんの料理が並ぶテーブル。
平和だった景色はだんだんと移り変わっていく。赤と白のテント、煌びやかな舞台、真っ白なドレスを着た姉ちゃんの姿。その首は取れて、ボトボトと真っ赤な血が溢れている。
進む先へ回り込むように現れる景色を見ていると息が詰まるような感じがして、だんだん早足になっていった。鏡にぶつかりかけながら先へ先へと急ぐ。こんなところ早く出ちまいたいもんな。ずっといたら頭がおかしくなりそうだぞ。ああほら、血のにおいさえしてきそうなくらいだ。
「ひどい場所だぞ、まったく……ダンジョンを作ったのって大賢者なんだよな? なんでこんなアクシュミなダンジョンにしたんだ?」
ぶつぶつと呟きながら鏡と鏡の間を通り抜ける。視界の端で笑った姉ちゃんが光の粒になって消えた。
進んでいくと大きな鏡の部屋に出る。ああ、やっとゴールだ。あと一つ、この鏡の景色さえ見てしまえば先へ進める。ホッと息を吐いて、ハッとして首を振った。
前にきた時は、この部屋でみんなが死んでるところを見させられたんだ。今度は何が出てくるか分かったもんじゃないぞ。
「しっかりしなきゃな。早くみんなの所に行かないと」
パンッと両頬を叩いて一歩踏み出す。近づいていくにつれて鏡に映るオイラがぐにゃりと歪んでいく。やがて鏡に映し出されたのは、みんなと母ちゃん、そして義兄ちゃんの姿だった。
「みんな……」
なんだ、全然怖い景色じゃなかったな。もっと鏡に近づいて手を伸ばす。触れようとした時、鏡に映るみんなの首がボトリと落ちた。
「う、うわあぁぁぁああああっ!?」
ビクッと仰け反って、尻もちをつく。見上げた鏡からオイラを呼ぶ声が聞こえる。「ケイト」「ケイトちゃん」「お前のせいで」……首が落ちたみんなからの呪詛が響く。
「あ……あぁ……」
震える手をぎゅっと握る。落ち着け、落ち着くんだオイラ。これは鏡、ただのマボロシだ。本当のみんなは無事なんだから、こんなことでうろたえちゃダメなんだ。
ブンブンと首を振って立ち上がる。鏡にはみんなとオイラが映っている。血に濡れた肉切り包丁を持った、暗い目をしたオイラが。これで先に進める? 伸ばした手は、鏡から飛び出した手によって押し戻された。
「え? なんで、鏡……えっ?」
混乱するオイラをよそに、鏡の中の『オイラ』がこっちへと抜け出してくる。まるで水面から出てくるかのように、鏡に波紋を広げながら。
もう一人の『オイラ』が血濡れの包丁を向けてくる。
「なあ、ひどい話だと思わないか?」
「えっ……えっ? どうして、オイラが……」
「どうせみんな死んでいくんだ。誰ひとり救えやしないんだぞ」
鏡に立つ『オイラ』の後ろで、首を落としたみんなが呪詛を呟き続けている。いったい何が起きてるんだ? オイラは何を見せられているんだ?
「誰も守りきれないなら……こんな旅、やめちゃえばいいんだ」
「お、お前が何か知らないけど……旅をやめるなんて、勝手なことを言うな!」
「どうせ、みんな死んでいくのに?」
ぴちゃん、ぴちゃんと『オイラ』の肉切り包丁から血が滴る。みんな死んでいく? そんな、勝手なこと。
「誰も死なない。死なせない! オイラが守るんだ……!」
「無理な話だってオイラなら分かるだろ? レイスがいい例じゃないか」
「レイスが……?」
「あんなにあっさり腕を失って、あと少しで死んでたぞ。エスカだってそうだ、どっちかが……いや、どっちも死んでておかしくなかった。そうだろ?」
あの瞬間の光景が頭を過ぎる。あの吸血鬼の男がまとう黒い光に触れた瞬間、レイスの腕は消え去った。地面に広がる赤色が脳に焼きついている。次の攻撃からレイスを庇ったエスカも、全身から細い血を吹き出して……死んだかと思った。本当に、死んじゃったんだと思ったんだ。
「でも……でも、二人は生きてる!!」
「運が良かっただけだぞ。次またあの魔族と会って、生きていられる保証なんてどこにもない……そうだろ?」
「それ、は」
「諦めちゃえばいいんだ。そうなる運命なんだって。オイラは何も悪くないんだって。そうすれば楽になれる……なあ簡単だろ?」
諦める? みんなを守ることを……諦めろって? そんなの、イヤだ。絶対にイヤだ!!
肉切り包丁を『オイラ』に向ける。魔力を身体中に巡らせて、目の前の自分を睨みつけた。
「勝手なことを言うなって、オイラ言ったぞ。ダンジョンの魔物め、オイラを惑わそうったってそうはいかないんだからな!」
「そっか、残念だ。ならここでオマエが死んじゃえばいいんだ」
瞬間、互いの刃が噛み合った。ギリギリと金属同士が擦れる音が響く。ギャリッと一際大きな音がして、オイラ達は距離を取り合った。
「オイラは負けないぞ。勝って、みんなのところに戻るんだ」
「できるならやってみろ。本当にできるなら、な!!」
同時に飛びかかる。火花が散るような戦いが始まった。
繰り返される剣撃、打ち合う刃。刃こぼれしそうなほどの勢いに少し押され気味だ。
負けられない。負けるわけにはいかない!! ただそれだけを胸に『オイラ』と向き合う。
諦めろだの死ぬ運命だの、くだらないことばかり言うコイツなんてオイラじゃない。オイラは諦めない!!
「はああああっ!!」
高く飛び上がり、全体重を乗せた一撃を繰り出した。




