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(5)




 冷ややかな風は身震いさせる。

不安定な波が、瞬時に生じた場の静寂をそっと打ち叩いた。

時折高く上がる飛沫(しぶき)の向こうに浮かび上がる、人間の姿と化した人魚、シャンディア。

彼女は押し寄せる言葉に未だ迷いを見せていたが、優先を考慮し、足早に駆け付けたグリフィンを見上げた。




「その人は…今は…?」




目覚めたレックスの状態が気になる。




「向こうの家にいる。

足を引っ掻かれてしまってね。

何か方法があればいいが…」




シャンディアの肌や髪を伝う海水が一滴(ひとしずく)、怯えを含みながら音もなく地面に落ちる。




「……完治させる程の力が出せない……

でも…痛みは少しくらいなら…」




言いながら彼女は、海水を張ったボートの中でゆっくりと立ち上がる。

足取りはどうも覚束ず、1歩1歩がどうしても不安定なのは人間ではない為、仕方がない。

その光景に思わず、ビクターはどこか可愛らしく感じながら小さく笑ってしまう。




「負ぶってやるよ。それじゃ明日になっちまう」




彼は笑みを引っ込めると、彼女の前で背中を向けて屈んだ。




「……?」




一体この子は何をしているのだろうかと、シャンディアの灰色の眼は幾度も瞬く。




「掴まるのよ、ここに。とっても楽よ」




フィオがビクターの両肩を叩いて説明する。




「ええ!?わかんねぇの!?」



「ケビン」




親子のやり取りを横に、シャンディアは胸の飾りが彼に接触しないよう、そっと覆った。

けれどもまだ、その背に近付くのを躊躇ってしまう。

掴まるといっても、どのようにか。

足はどうするのか。

想像がまるきりつかない中、急に、ジェドが平然とビクターに向かって彼女の背をドンと押した。

それに彼女の一驚が重なると、ビクターの背中にフワリと落ち、まるっとそこに納まる。




「ほら、乱暴するな」




長老が注意する声はシャンディア高く短い声に掻き消され、気が付くとビクターは、他の子ども達の騒ぎ声の尾を引きながら、既に数メートル先まで走り去っていた。

置いてけぼりの大人達は暫し立ち尽くすと、その場にあるボートや布を慌てて運搬しようとする。









 体を起こしたレックスは、全身を激痛の汗で湿らせ、息を荒げている。




「なぁザック……早いとこやっちまってくれよ……」



「悪いがその技術は持ち合わせてなくてな。

……まぁそう言うなよ。足は必要だ」




安定した火が立つ部屋の空気は温かく、いつもなら柔らかく包み込む心地よいもの。

だが、今は迷惑な程に傷を刺激してくる。




負った切り傷からは膿が出ており、これは怪我をした際に見られる慣れた症状だが、どこか妙だ。

滲む緑は、敵対した人魚の血で間違いないだろう。

それに細かな気泡が傷口に沿って弾ける。

何かが沁み込み、体内を巡っているのではないか。




「ねぇ怖い事言わないで、グリフィン達が戻るのを待ってよ…」




レックスのパートナーの不安に満ちた声が、床の影と共に怯える。






 あんなにも医療が発達した世界が崩れ落ちた。

急に時代が巻き戻された状況で、仲間はできる事をしてくれる。

しかし煩わす事ばかりも嫌で、レックスは額の汗を拭うまま目を覆った。




仮に右足を落とせば、安定するのか。

苦労をかけさせるような半端な未来ならば、死んでもいい。

相手は途轍もない化け物だった。

何かしらに侵食され、豹変し、今度は自分が誰かを殺すような事が、起きてはならないだろう。









代表作 第2弾(Vol.1/前編)

大海の冒険者~人魚の伝説~


8月上旬完結予定

後に、代表作 第3弾(Vol.2/後編)

大海の冒険者~不死の伝説~ をもって

シリーズ完全閉幕します




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