第6話 リラ色春日記・2
前半の続き!
スターペンドラゴンは空中に飛び上がると総督府がある南ローリー大陸の中心都市、ブラジリアへと向かった。ブラジリアの街の郊外には地球防衛軍の基地が存在している。そこにある巨大な人口の池に、スターペンドラゴンは降り立った。池のほとりにある建物から通路が伸びて艦の側面と接続される。
艦橋のモニターにひとりの少年の姿が映し出された。黒髪の大人しそうな少年だ。ローマ連邦の白と金色の軍服を身にまとっている。
「やぁ、皆さん。アリアさんに関しては……久しぶり……かな?」
少年が口を開いた。
「それからクローネは……いないんだね」
彼は艦橋を見回した。確かに、クローネは艦橋に姿を現していなかった。
「あなたが……」
と、オメガは少年の姿を見てつぶやく。なるほど、彼の年齢はクローネと同い歳くらいだ。
「初めての人もいるみたいだから自己紹介をしておこう。僕はライラック・ソフィア。ローマ連邦共和国ブラジリア総督府の総督だ」
オメガはそっと艦橋を出ていった。艦橋を出たすぐのところで、クローネはモフ子さんを抱いて立っていた。
「クローネさん、いいんですか? 始まりましたよ」
オメガはクローネに声をかけた。
「いいんです。別に全員艦橋にいなくちゃあいけないというルールではないでしょう?」
「それはそうですけど……」
それかはオメガはニヤリと笑って続けた。
「あっ、もしかしてさっきはあんなことを言ったけどやっぱり結構気にしちゃってるんですか?」
「オメガくん?」
クローネが声のトーンを落とした。
「そうですよねぇ、いくら大人ぶってもクローネさんはやっぱり……」
「えいっ」
クローネがオメガの頭にアイアンクローをきめた。モフ子さんが翼をはためかせて空中に飛び出す。
「いだだだだだだ。ごめんなさいっ! 冗談ですって!」
「まったくもう……」
クローネはため息をつきながら言った。
「でも……やっぱり会いたくないんですね……」
オメガはクローネの手が離れると言った。
「そうでは……」
「強がらなくてもいいんですよ? なんとなく気まずいのは、分かるような気もしますし……」
「そう……ですね……」
クローネはぽつりと言った。
「別に嫌だとかそういうわけではないのですが……それでも葛藤が全くないかと言ったらそれは嘘になります」
「やっぱり、息抜きが必要みたいですね……」
オメガは言った。
「息抜き……ですか?」
「はい、最近戦い続きでしたし、ブラジリアは南ローリー大陸の中心都市になるほどの都会だと聞いています。少しお散歩に出てみても怒られないんじゃないですか?」
オメガは言った。
「分かりました」
クローネはニコリと笑って答える。
「もちろん、オメガくんも一緒ですよね?」
「え? 僕が?」
「はい、だって私みたいなのがひとりで出歩いていたら変に思われちゃうじゃあないですか。あくまでも弟という体で、お願いします!」
クローネは楽しそうに言った。
「弟……せめてお友達とかじゃ……」
「いいえ、有り得ません!」
クローネはきっぱりと言った。
*
その頃、某所海底にて停泊していた仮面の女の旗艦では、ミラ・セイラムが相も変わらずに「恋の病」で寝込んでいた。そんなミラの部屋の扉がノックされる。
「ミラ、いるか。入るぞ」
扉が開き入ってきたのは、仮面の女だった。
「指揮官……」
ミラはパジャマ姿のまま起き上がると力ない声で言った。
「食欲も……湧かないか……」
仮面の女はベッドの脇に置かれた手をつけていない料理を見て言った。スープはすっかり冷めきっているし、パンも冷えきっていた。
「もうあたし……駄目かも……」
ミラは枕の上に倒れ込む。
「そう萎れるな」
仮面の女は言った。
「でも……」
「別にそのオメガとかいう少年に嫌われたわけでもないのだろう」
「そうだけど……」
「お前に……暇をやろう」
仮面の女は決断するように言った。
「それってあたしはもう……」
「いいや、別にクビにするとかそういう意味じゃあない。ただ、心身ともに休めた方がいいんじゃあないかとそういうことだ」
「心身を……休める……?」
「そうだ」
仮面の女は頷いて言った。
「こんな所に引きこもっていても余計気分が悪くなるだけだ……。そうだな、外の空気でも吸ってくるといい。ここは南ローリー大陸に近い。ブラジリアの街辺りでな……」
「分かったよ……指揮官……」
ミラは少し涙ぐんだ声で言った。
*
ブラジリアの街は、石造りの建物が立ち並ぶ計画都市である。中心部には、かつて中南ローリー大陸に存在していた古代文明のピラミッドを模した建物が聳えている。そこがブラジリア総督府、ローマ連邦の南ローリー大陸支配の拠点である。
オメガとクローネはそんな都市にある公園内のカフェのテラス席で向かい合って座っていた。今日のクローネの服装は、ゆったりとした白いブラウスに紺色のロングスカート、ベージュ色のブーツという格好だ。一方、オメガは灰色のシャツに黒いジャケットを身にまとっている。
「ここがクローネさんの元彼が治める街なんですね」
オメガはからかうように言った。
「もう、それは忘れてください! というかそれを忘れるためにお出かけしているんじゃあないですか!?」
クローネは反論する。
「で、でも……冷静に考えてみて思ったんです。やっぱり……いつもクローネさんは僕のことをからかってきますから、今度は仕返しをする番だって」
「まったく……性格悪いですよ?」
その時、ふたりの前にお揃いのチョコレートパフェが置かれた。
「クローネさん……良かったんですか? 僕に合わせてこのメニューを頼んでいましたけど、他に食べたいものが……」
「合わせてません!」
クローネはピシャリと否定をした。
「たまたまです! たまたま! たまたまに私が食べたいものがオメガくんと一致しただけです!」
「そこ、ムキになるところじゃないと思うけどなぁ……」
オメガは小声で呟いた。
「そんなことよりも! 次は、どこに行きますか?」
クローネはさっき観光案内所で手に入れたマップを広げて言った。
「僕はどこでもいいですよ?」
「私もどこでもいいです。あぁ、でもせっかく公園に来たので、少し散策していきませんか? 綺麗な薔薇園みたいなのもあるらしいですよ」
「薔薇園……ですか」
オメガはしみじみと呟いた。
「オメガくん……薔薇ってそういう隠語ではないですからね?」
クローネが釘を刺すように言う。
「え、えっと……今のは……どういう?」
オメガが聞き返した。
「な、なんでもないです! 忘れてください!」
クローネは顔を赤らめて首を横に振った。
オメガは思う。クローネさん、お淑やかそうな顔をして、たまーによく分からないことを言うんだよなぁ。
*
ミラ・セイラムはひとりで公園の芝生の上に両腕を広げて横たわっていた。大きく息を吸う。青空とひとつになれそうだと思った。
彼女は今、ブラジリアの街を散策していた。新鮮な空気を吸う度に、少しだけ気分が良くなっていく気がした。そう、あたしは別にオメガくんに振られたわけではないのだ。またいつか、どこかで会えばいい。ただ……その時は敵同士じゃあない方がいいけど……それは難しいか。
ミラは白いシャツに水色の薄手の上着を羽織っていた。下は、ベージュ色のホットパンツという姿だ。
ミラはゆっくりと起き上がった。すると、前方に1軒のカフェが目に入る。そうだ、もうすぐお茶の時間なんだ……。ちょっと寄っていってみるかな……。
ミラはカフェを目指して歩き始めた。
カフェに辿り着くと、ミラは何を頼もうかと考え始めた。その時、ふとテラス席の様子が目に入る。何組かのカップルの姿が見えた。
いいなぁ、あたしもいつかはオメガくんと……オメガくん……オメ……あれっ?
よく見ると、そこにはそのオメガくんと瓜二つ、いや、もうオメガくん御本人が楽しそうにパフェを食べていたのだ。いや、それはいい。それはいいとして……。
ミラはオメガの視線の先に目を向けた。そこには、黒髪を腰まで伸ばしたお淑やかそうな少女が座っている。そしてさも楽しそうにオメガと笑いあっているのだ。
「そ、そん……な……」
ミラは目の前の景色がぐらつく感覚を覚える。だが、すぐに気を取り直した。
有り得ない。あのオメガくんが浮気なんてするはずがない。きっとあいつに騙されているんだ。あの女、見た目からして育ちのいい清楚系娘に見えるが、心の中は腹黒いドス黒女に決まっている。
「こ、この……」
殺してやる……と、ミラは思った。そして身構えると、テラスを囲む植木鉢を飛び越えて叫んだ。
「こ、この泥棒猫!」
クローネは突然のことに驚いて思わず席を立ち上がった。ミラはすかさずに彼女が手を離したスプーンを奪い取ってクローネに向ける。
「この泥棒猫! あたしのオメガくんに手を出すんじゃあねぇッ! これを使って殺してやるッ!」
クローネはさっと身構えるが、すぐに姿勢を楽にして言った。
「あの、すみません。スプーンでどうやって殺すんですか?」
まるでからかうような調子で質問してくる。
「そ、それはこうだっ! えいっ! えいっ!」
ミラは必死に何度も突きを入れる動作をする。
「ミラちゃん!?」
オメガがそんなミラに気づき、声をかけた。
「あっ、オメガくん! 久しぶり! 会いたかったよぉぉぉぉぉぉぉぉ」
ミラはスプーンを投げ捨てるとオメガに抱きついた。
「大丈夫? あの女に変なことされてない? オメガくんは優しいからあんな腹黒い泥棒猫についていっちゃあ駄目だよ……」
「腹黒くはないと思うよ……」
オメガはミラから身体を離しながら言った。
「あ、あの、すみません……」
と、そこにクローネが割り込んでくる。
「ミラちゃん……と言いましたが、その子は、もしかして……」
「あぁ、えっと……ミラ・セイラム。ハイペリオンシュヴァリエのパイロットです」
オメガはミラをクローネに紹介した。
「そうだったんですね……。オメガくんがお世話になりました。ええっと、私はクローネ・コペンハーゲンといいます。オメガくんの保護者だと考ええいただければ……」
だがミラはクローネのことをキッと睨みつけた。
「今更友好的なフリをしても無駄だからね? 腹の内では良くないことを考えてるんでしょ? この泥棒猫ッ!」
「ど、泥棒……な、なんですか?」
クローネは反応に困ってオメガに助けを求めた。
「え、えっと……猫……と。多分、クローネさんが猫みたいに可愛いってことじゃあないですかね」
オメガはふざける様子もなしに言った。
「そうですか。では、褒め言葉と受け取っていいんですね?」
「あぁ、もう無理! 天然っぽいオメガくんも可愛いっ!」
ミラはオメガにふたたび抱きついた。
「でも、天然のフリをしている泥棒猫はぜんっぜん可愛くない!」
そしてクローネを睨みつける。
「み、ミラちゃん……みんなに見られてるから、そういうのは……」
「見せつけてるの!」
特に、あの泥棒猫に。ミラは心の中でそうつけ加えた。
ミラはしばらくオメガくん成分を吸収してから彼の向かい側の席に座った。
「あの、そこは私の……」
クローネが言うが、ミラはピシャリと言い返す。
「あんたの席なんてないから!」
「ミラちゃん、あんまりクローネさんに意地悪をしちゃあ駄目だよ」
オメガは近くの空いていた席を引っ張ってきて、クローネにそこに座るように促した。クローネはまだ目を白黒させながらもそこに腰を下ろした。
「あぁ、流石あたしのオメガくん、こんな泥棒猫にも優しいなんて……」
ミラはうっとりとしたように言った。
「でも、騙されちゃあだめだよ。こういう丁寧口調で話す人って大体、腹の中は真っ黒なんだから」
「そうかなぁ……」
「違います」
クローネは返した。
「それから、ミラちゃん……と言いましたね?」
クローネはまるで決意をしたかのような表情で言う。
「うん、そうだけど?」
「そんなにオメガくんが欲しいのですか?」
「なに? あたしと勝負する気?」
ミラの真紅色の瞳がキラリと輝いた。
「はい、私はオメガくんの保護者です。ですから、オメガが欲しいのなら私を倒してからにしてください」
クローネは言った。
「うん、分かった。受けて立つよ……」
ミラの瞳にも覚悟の炎が点る。
あの、クローネさん、その、保護者っていうのはなんなんですか? オメガはただひとり、首を傾げた。
黒と白、ふたりの少女が出会うとき、運命が衝突する。
勝つは光かそれとも闇か。
その時、もうひとつの戦いも始まる。
次回、魔法戦線ハイペリオンΩ『それぞれの闘い』。
運命は暴走する。