第6話 リラ色春日記・1
スターペンドラゴンに帰還したオメガ・グリュンタールは仲間たちとともに南ローリー大陸へと向かう。
そこで待ち受けるものとは……!
オメガとクローネはスターペンドラゴンの食事スペースで、向き合って座っていた。テーブルの上にはモフ子さんがちょこんと乗っかっている。
クローネは遠視用の眼鏡をかけて報告書をまとめている。
「はい、予備の通信機ですよ? 今度こそ壊さないでくださいね」
彼女はオメガに新品の腕輪型通信機を渡した。
「こ、今回のはしょうがないですよ。精密機器類はみんな磁場にやられてしまいましたし、通信機の方はフロ……じゃなかった、魔女さんに治してもらう余裕もありませんでしたし……」
「その……魔女さんって一体誰なんですか?」
クローネは報告書に書き込みながら言った。
「それは……絶対に言わないで欲しいって……『言ったら殺しますわ』って……」
「わ……?」
「わ……」
「まぁいいでしょう」
クローネは眼鏡を外しながら言った。
「とりあえず敵組織の正体も少しづつ分かってきたんですから」
そして彼女は報告書を見て先ほどオメガが話した内容を要約して言う。
「まず、敵の組織の名称は『ルルイエ神聖教団』。私たちがカーター教授の家でその存在を知った邪神たちの復活を目論む組織……。三機のハイペリオンを奪取したのはその実戦部隊で全員、戦闘用に強化手術を受けたいわゆる強化人間。三人を指揮しているのは『指揮官』と呼ばれる謎の仮面の女。それから彼ら以外にも教団と繋がっている組織は多く、各国政府にも一部、教団員が潜り込んでいる……と」
クローネは外した眼鏡を薄紫色のケースにしまい。報告書を持って立ち上がった。
「きゅう、きゅう!」
オメガもモフ子さんを抱いて立ち上がる。
「さて、艦長さんには以上の内容を報告ですね。それから、これは個人的興味なんですけど……」
「はい……?」
「そのミラちゃんって子、可愛い子でした?」
「え、えぇ、まぁ……ちょっと年齢の割に子供っぽいなーってところはありましたけど……」
「それはオメガくんもでしょう?」
クローネはからかうような調子で言う。
「もう、やめてください。僕よりもミラちゃんの方が……見た目も、それに背の高さも……」
「ふーん、そうですか……」
クローネの黒い宝石のような瞳がいたずらっぽく輝いた。
「つまりあれですね。オメガくんはそういう子に気があったと……」
「えっ、あの、クローネさん、何か勘違いしてません!? 僕は別に……」
「オメガくんはその……ちっちゃい子が好きなんですね! そういうのをなんて言うか知ってますか?」
「クローネさん、やめてくだっ……って、もしかしてわざと言ってますね!?」
オメガはクローネを問い詰めようとするが、クローネはそれをかわすように歩みを速めた。
「ロリータコンプレックスって言うんですよ!?」
クローネはニコニコといたずらっぽい笑みを浮かべると先に歩いていってしまった。
「まったく、変な人だなぁ……」
「きゅう……」
モフ子さんがため息をつくように鳴いた。
*
一方、ここは某所海底に停泊するルルイエ神聖教団の黒い戦艦だ。艦橋では、仮面の女とフローラ・リヨンとが向かい合って立っていた。仮面の女の後ろにはウィンダーとアギリが控えている。ミラの姿はなかった。
「フローラ・リヨンといったな……」
と、仮面の女が言った。
「えぇ、そうですわ」
フローラは澄ましこんで答える。
「なぜ、我々に合流することを選んだ?」
「さぁーて、どうしてかしらねぇ。でもわたくし、世間では行方不明扱いですし、どこにいようとあまり変わりはないのではなくて?」
「答えになっていないな……して……」
と、仮面の女はウィンダーとアギリの方を振り返った。
「ミラはまだ来ないのか? 私は彼女も招集したはずだが……」
「病欠、だとさ」
アギリが答える。
「病欠? 南の島で何が悪いものでも食べたのか?」
「いいや、やつの話だと『恋の病』っていうのらしいぜ」
「恋の病……か、それならしょうがないな……」
「え、しょうがないのか……!?」
周りが深刻そうな顔をする中、アギリだけが唖然としていた。
*
ミラ・セイラムは自室のベッドで枕を抱えながら眠っていた。ピンク色のパジャマを着た彼女は、艦に戻ってから寝込んでしまったので髪もだいぶ乱れている。
「うぅ、オメガくん……」
ミラは涙声で言った。
「あんなこと言って別れたのはいいけど……もっと話したかったよ……。今頃、元気にしてるのかな……」
ミラは大きめの枕をぎゅっと抱きしめる。
「オメガくん可愛いから変な女に言い寄られてたりしないかな……。そしたらあたし、そいつを血祭りにあげてやるのに……」
ミラは枕の下から紙切れを取り出した。そこには鉛筆で「MIRA♡OMEGA」と書いてある。
「あぁもう無理! 字ズラだけみても可愛いなんて……っ!」
ミラは紙切れを大事そうにぎゅっと抱きしめた。
*
マラカイボは南ローリー大陸北部に位置する港湾都市である。そこの軍港に、以前スターペンドラゴンと交戦をした灰色の戦艦が停泊していた。
軍港を見渡せるホテルの一室で、ドゥルヨーダナ・ヴァラナシィは激昂していた。
「くそっ! まだまだ暴れたりねぇぜ! 俺様は戦う! 戦って焼き尽くす! なのに、あんな中途半端な終わり方があるかってんだ!」
彼はホテルの備品の花瓶を地面に叩きつけ、さらにそれを踏みつけて粉々にしていた。
「やめたまえ、ドゥルヨーダナ。その備品を壊した弁償代は、全額我が財団が払うことになるのだからな……」
髭ズラのガタイのいいスーツ姿の男がそれを見て言った。部屋にはふたりの姿しかない。
「うるせぇ! てめぇらにとっちゃこれしきの弁償代、小遣い程度にもならねぇだろう!」
ドゥルヨーダナは言い返す。
「はっはっは、まさにその通りだが……」
男が言った時、ホテルの部屋の扉が開いてひとりの少女が飛び込んできた。ふんわりとした紅色の髪をした少女だ。服装は緑色のひだのついた豪華なものである。
「パパ!」
少女は男に飛びつく。
「戦場に行ったんでしょ? 防衛軍、こてんぱんにぶっ潰してきた?」
少女はさも誇らしげな顔で父親を見上げる。
「黙れリーファ! こてんぱんどころか邪魔が入っちまった! しかも仲間内のな!」
ドゥルヨーダナの機嫌はさらに損なわれる。
「ドゥル……邪魔って……?」
「てめぇには関係の無い話だ! 蝶よ花よと育てられたくせにな!」
「ねぇ、ドゥル……」
少女は今度はドゥルヨーダナの方に移動する。
「あなたの武勇伝も聞かせてよ……。私、その事を聞きたくてここに来たのに……」
「ねぇよ……」
ドゥルヨーダナは言い返す。リーファはドゥルヨーダナの首に腕を回した。
「ほんとに?」
「本当だ。それとてめぇ、いつも思うが鬱陶しい」
「だがドゥルヨーダナ……」
リーファの父がここで言った。
「今度こそ本当にお前が思う存分暴れられる日が来るかもしれんぞ?」
「なんだと?」
ドゥルヨーダナのオレンジ色の瞳がキラリと輝いた。
「どういうこと? パパ……」
「もうすぐ、この南ローリー大陸で大乱が起こるということだ……」
リーファの父親は窓の外を眺めた。
「大乱? そいつには、例のカルト教団は関わってはねぇんだろうな……。奴らは味方ヅラをしながらいつも俺様たちの邪魔をしやがる……」
「いいや、残念ながら関わってはいるさ……」
「んだと!?」
ドゥルヨーダナはリーファを突き飛ばした。リーファはちょうどそこにあったソファーに尻もちをつく。
「だが落ち着いて聞け、ドゥルヨーダナ。今回のは間違いなく大乱になる。なにしろあの仮面女ではなく、さらにその上の者が計画したことだからな……。それに、火種はすでに総督府の中にまかれている……」
「はっ、そうかよ……」
ドゥルヨーダナは満足気にニヤリと笑った。
「それを聞いて安心した。俺は今とても機嫌がいい。リーファ、今夜はお前を抱かせろ」
「もちろん、私もそのつもりだよ、ドゥル……」
リーファはドゥルヨーダナの手を取って立ち上がった。
*
スターペンドラゴンの艦橋に通信が入った。モニターに、スーツ姿の男が映し出される。歳の頃は30代くらいだ。
「地球防衛軍スターペンドラゴン隊だな……」
男は言う。
「あぁ、そうだが……あんたは?」
アリアはモニターを見上げて問い返す。
「私はローマ連邦共和国ブラジリア総督府通信部長官、アディーラ・マラガだ。実は総督がお前たちへの援助をしたいと言っていてな……」
「総督が!?」
「えっ……!」
オメガに抱かれているモフ子さんを撫でていたクローネの動きが硬直したように止まった。
「あぁそうだ。事の仔細はすでにナイアーラ提督から聞いている。地球を守る為ならば物資の支援と南極大陸までの護衛をするべきだろう……と」
「そうか、それは感謝する」
アリアは感謝の意を伝えたが、クローネは半ば放心状態だった。
「あの、クローネさん、どうかしたんですか?」
オメガは尋ねる。
「あっ、あの、いえ、なんでもありませんっ! い、いいですよねー援助が受けられるなんて……」
クローネはぎこちなく答えるとそのまま艦橋を出ていってしまった。
「ありゃあ、あれだな」
と、神威がオメガの隣に来て小声で言う。
「あれって……なんですか?」
「あー、お前……クローネの過去については聞いた事あるか?」
「過去……ですか?」
「あぁ、主に恋愛について……」
「あの、振られたって話なら……」
「そのクローネを振ったのが、今のブラジリア総督、ライラック・ソフィア様だ」
「えっ、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「きゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
オメガとモフ子さんは驚いて絶叫した。
「いや、声がでかい……。ほら、そっとしておいてやれ、あいつだって……なぁ……」
神威はニヤリと笑いながら言った。
*
クローネ・コペンハーゲンは艦橋の外に出ると艦内通路を歩いていた。彼女の思考はぐるぐると回っている。
お、思いもかけないことにもなってしまいました……。よりにもよってライラさんとこんな形で……。確かにライラさんは前の戦役の時にはとても頼りになる仲間でしたが……でも……。
「あの、クローネさん!」
クローネは背後から呼びかけられて振り返った。そこには、オメガと、彼に抱えられたモフ子さんの姿があった。
「なんですか?」
「聞きましたよ。ライラさんのこと……」
「聞かなかったことにしてください!」
クローネは思わず言い返す。
「そ、そうは言われても……」
「だいたいオメガくん、それを聞いてどう思いました? 私のことをバカにしにきたのでしょう?」
「違います!」
オメガは真剣な顔をして言った。
「僕は、これまでクローネさんに迷惑ばかりかけてきました。なのにクローネさんは僕のことを導いてくれて……。だから、少しは恩返しをしなくちゃなって思ったんです」
「恩返し……ですか?」
「僕には恋愛だとかなんだとか……そういう難しいことはよく分かりません。でも、それでクローネさんが傷ついているのなら……僕は……」
するとクローネは元気を取り戻したような顔になってオメガに歩み寄った。
「オメガくんには、私が傷ついているように見えるんですか……?」
「え……」
「確かに正直、その時は傷ついたかもしれません。ですが、今はむしろ、いい思い出だと思っているんです」
「で、でも……振られたということは嫌われたってことじゃ……」
「違います」
クローネは言い切った。
「これは、単純に好きだとか嫌いだとかいう問題じゃあないんですよ」
「どういう……意味ですか?」
オメガは混乱してきた。
「それは……」
クローネはもったいぶってから表情をほころばせて答えた。
「オメガくんも、もう少し大人になれば分かります」
クローネはそう言って踵を返すとやや機嫌の良さそうな歩みで歩き去っていった。
「むぅ、まったく……勝手に大人ぶっちゃって……」
オメガは頬をふくらませた。
「きゅう……」
モフ子さんが鳴いた。
後半へ続く!




