第5話 魔女の棲む島・2
前半の続き!
ミラ・セイラム捜索を続けているルルイエ神聖教団の戦艦の艦橋モニターに、ひとりの男の姿が映し出された。年齢は五十代ほど、肌は浅黒く、金縁の鼻眼鏡をかけた細身の男である。
「ミラ・セイラムの捜索は続いているか……?」
男は問う。
「はっ、目下、全力を上げて捜索中です」
仮面の女は答える。
「そうか……」
男は言った。
「ハイペリオンを四機とも手に入れ、我々が『鍵』をものにするためには是非とも見つけ出さなくてはならない。しかし……それは相手の防衛軍とて同じことだろう。奴らの動きをなんとしても封じなくてはならない」
男はここで言葉を切った。
「ですが、我々がまた戦うとなるとそれは……」
「いいや、お前たちはここで捜索活動に専念してもらって構わない。ちょうどマラカイボの街にレンヌ財団の者たちが集まっていてな。奴らのうちの一部分はミラ・セイラムと同じくバミューダ・トライアングルの磁場異常に遭遇したらしいが……まぁそれはいい。彼らとて防衛軍を潰したいという利害は一致しているはずだ。命ずれば動いてくれることだろう」
通信はそう言って切れた。
「レンヌ財団か……」
仮面の女は呟く。
「確か……兵器生産によりかなりを儲けていると……」
ウィンダーは記憶を頼りにして言った。
「そうだな。奴らは武器を作り、それを紛争地帯に売りさばくことによって富を築いている。奴らに取ってしても、世界の紛争解決を目標とする地球防衛軍は邪魔者ということか。教団とは少なからず関係を持っていると聞いたことはあるが……」
「ったく、どこの団体だろうと僕の美しい戦い方には及ばないだろうに……」
アギリが言った。
*
フローラ・リヨンはハイペリオンオメガのコックピットに潜り込み、計器類を色々といじっていた。
「どう? 治りそう?」
開け放たれたハッチの向こうからミラが尋ねる。
「あまり急かさないでくださいません? わたくしだってこういう機械をいじるのは二年ぶりですのよ」
「なーんだ、じゃあ初心者みたいなもんじゃない」
「うるさいですわね……脳筋女には言われたくありませんわ。幼児体型のくせに」
「幼児体型……って、それはあんたもでしょ!?」
「まぁまぁ、落ち着いてふたりとも……」
オメガが間に割って入った。
「オメガ」
と、フローラが声をかける。
「気が散るからそいつを連れてどっか行っといてくれませんこと?」
「わ、分かったよ。行こうか、ミラちゃん」
「うん……!」
ミラはオメガの腕に抱きついた。ふたりはハイペリオンオメガの機体を降りると砂浜に立った。
「ミラちゃん」
と、オメガは言った。
「なぁに、将来のお話?」
「違うよ……。でも、そうかも」
「え……」
「あの……僕たち、どうして争うんだろうと思ってね」
ミラはオメガをそっと見上げた。
「君も、それにウィンダーも、実際に会って話してみれば、話のわかる人だった。でも、僕は実際に会ってみるまで、君たちを本気で敵だと思い。多分、殺そうとまでしていた……」
「それは……あたしも……かも……」
ミラは言った。
「あたしだって、みんなに一人前と認めて欲しかった。だから、あんたを、それにあんたの仲間を大勢殺して、認めてもらおうと……」
「君も……今まで色々と大変だったんだね」
「も……?」
オメガは頷いた。
「僕は、両親がいないんだ。二年前のミレニアム戦役の時に兵器として人工的に造られた人間だったからね。で、僕の兄弟たちはみんな、顔も見ないうちに死んでしまった。僕だけが生き残り、ゼロムさんっていうエルフに拾われてアーカムの街にやってきた。そこで平和に暮らしていたはずなのに、気がついたらこんなことになっていた……」
「あたしもだよ……」
と、ミラも言う。
「あたしだって、自分の両親を知らない。気付いた時には孤児だったからね……。で、ある日、あたしは研究所に連れていかれて……そこで身体強化手術を受けさせられた。で、そこからは戦闘訓練と称してみんなで殺し合う毎日……。結局、その中で生き残ったあたしとウィンダーと、それにアギリが選ばれて、指揮官様に拾われた……」
「そうだったんだね……。僕たち、お互いの事情も知らないのに、あぁやって争って……」
「ねぇ、オメガくん」
と、ミラは言った。
「あんた……あたしたちの仲間にならない? あたし……オメガくんと一緒なら、どこまでも戦える気がする……」
「それは……」
と、オメガは言う。
「僕には、出来ないよ。僕には仲間がいる。その人たちを裏切るなんてことは……今更……」
「そう、そうだよね……。あたしにはあたしの、オメガくんにはオメガくんの陣営の事情がある。やっぱり、また戦場に戻ったら殺し合わなくちゃあいけないってことも分かってる。でも、それならどうすればいいの? あたしたちみたいに上に立てない人間は、自分の本当の気持ちを押し殺して、命じられたことをただひたすらにやらなくちゃあいけないの……?」
「分からない。僕にだって分からないよ……。でも、人が願いを叶えるには、戦う以外にも何か道があるはず……僕はそう信じたい……」
「オメガくん……」
フローラ・リヨンは計器類をいじる手を止めていた。彼女はふっと笑顔を見せると呟いた。
「まったく……危なっかしいですわね、どっちも……。でもわたくし、お手伝いくらいならして差し上げられるかもしれませんわよ……」
*
マラカイボの街の軍港から一隻の浮遊戦艦が発艦した。海上を進むその戦艦は、灰色の矢のようにも見えた。
艦橋にはひとりのスーツ姿の男の姿があった。灰色の髭をたくわえたガタイのいい男だ。彼の横には、色黒の少年がたっている。燃えるように赤い髪はやや逆立っていた。
「いよいよ、俺様の出番か……」
少年はニヤリと笑って呟いた。
「そうだ。我らはこれより世界に破壊と混乱をもたらす……。ルルイエ神聖教団だかなんだか知らんが、正直言ってそんな新興宗教まがいの者どもに興味などない。ただ……我らは我らの利益のため、世界の紛争を拡大させる。そのための第一歩だよ。これは……」
「へっ、大層なことを言いやがるぜおやっさん……。だがよ、地球防衛軍か……腕鳴らしにゃあちょうどいいかもしれねぇな……」
少年は好戦的な笑みを浮かべた。
*
スターペンドラゴン艦橋では、相変わらずにオメガの捜索が続けられていた。
「艦長、例の磁場異常が観測された地点ですが、やはりごく小規模なワームホールが発生していたことがわかりました。当時の条件をデータとして入力し、ワームホールをシュミレーションすることが出来れば……」
オペレーターのひとりが言った。
「難しいことは分からんが……オメガの居場所が分かるんだな?」
アリアが自身の椅子から身を乗り出す。
クローネと神威が顔を見合せた。
「やりましたね! 神威さん!」
クローネは神威にハイタッチをした。
「あぁ、まぁ俺は何もしちゃあいないんだがな……」
「そんなことはありませんよ。神威さんは私に色々と教えてくださいました」
「きゅう、きゅう!」
クローネに抱かれたモフ子さんも鳴いた。
だがそこで、オペレーターが声を上げる。
「艦前方に未確認艦です! 数は……一隻、前に現れた黒い戦艦とも違います……!」
アリア、レアーノ、クローネ、神威らが前方の大モニターに目をやると、そこにはこちらに向かって猛スピードで接近してくる灰色の戦艦の姿があった。そしてその艦上には赤いRAが仁王立ちをしている。
「あれは……エンディミオンタイプか……?」
アリアがRAの四本角のようなアンテナを確認して言う。
「エンディミオン……」
クローネがその言葉を反芻した。
敵機の両腕には、赤銅色に輝く巨大なリング状の武器が装備されていた。
「輪刀……いや、あれはチャクラムか……。パイロットは東洋系か、あるいは東洋趣味か……」
「クローネ、神威」
アリアが命じた。
「ふたりとも、敵の正体は不明だがRAを出してきている以上、敵対する意思が見られると見ていいだろう。すぐに機体を出せ。攻撃をしてきたのならば迎撃をしろ……!」
「分かりました!」
「了解だ!」
ふたりは格納庫に向けて艦橋を出ていった。
クローネと神威はそれぞれの機体に乗り込む。
クローネは右目に照準用のレンズを装着した。
「ストリクス。クローネ・コペンハーゲン、撃ち抜きます!」
ストリクスがスターペンドラゴンのカタパルトから発進する。
「月聖神。和泉神威、いざ参る!」
同じく、月聖神がカタパルトより発進した。
スターペンドラゴンから二機のRAが発進したのを見てとった赤髪の少年は、自身の深紅のRAのレバーを引いた。
「エンディミオンラージャ。ドゥルヨーダナ・ヴァラナシィ、焼き尽くすぜ!」
エンディミオンラージャのバックパックから水色の魔法粒子が噴射され、機体は空中に飛び上がった。
「クローネ! 援護は頼んだぜ……!」
神威は月聖神に光刃刀を抜かせるとエンディミオンラージャに斬りかかった。水色の光の刃が展開される。だが、エンディミオンラージャは両腕に取り付けられたチャクラムを放った。
ふたつのチャクラムは月聖神に襲いかかる。
「くっ……やりにくいな……」
神威は光刃刀でオリハルコン合金性のチャクラムを弾きながら言った。
「どうした……。そんなもんかぁ? クク……だったらすぐに楽にしてやるぜ!」
ドゥルヨーダナはエンディミオンラージャの腰部から護拳のついた柄を取り出し、そこからオレンジ色の刃を展開する。バーラタの伝統的な剣、フィランギを模したビームフィランギである。
エンディミオンラージャはビームフィランギを月聖神に突き立てようとする。だが、そんなエンディミオンラージャ目掛けてストリクスがプラズマスナイパーライフルを使い光弾をあびせた。
「そう簡単に、やらせはしませんよ……!」
クローネはそう言うと次々と光弾を撃ち込む。
エンディミオンラージャは素早い動きでその攻撃をかわした。
「くっ……てめぇ、邪魔だ! 喰らえ……!」
月聖神の周囲を飛んでいたチャクラムがひとつ、ストリクス目掛けて飛んでいく。
「しまっ……!」
チャクラムはプラズマスナイパーライフルの銃身を真っぷたつに切断した。さらにオリハルコン合金性の円盤は進路を変え、ストリクスのコックピットを狙い飛んでくる。
「クローネ……!」
神威は叫ぶが間に合いそうにない。
だが、その時だった。深緑色のブーメラン状の武器が飛んできてチャクラムを弾く。オリハルコン合金性のブーメランはそのままクローネを救うと上空に飛んでいった。
「あれは……!」
クローネと神威が上を見上げる。
ブーメランは突如現れた四機目のRAの頭部に収まった。
「ハイペリオンオメガ……! ということは……!」
クローネのコックピットに通信が入った。そこに映し出されたのは、オメガの姿だった。
「クローネさん、ごめんなさい……! 僕、クローネさんに悪いことを言っちゃって……」
オメガは通信をかけるなりそう謝った。
「い、いいんですよ! それは後でで……それよりも今までどこにいたんですか!?」
「ある魔女さんが僕たちの機体を治してくれたんです……!」
オメガはそう言いながらハイペリオンオメガをエンディミオンラージャと向き合わせた。
「ちっ、新手か……だがそう来なくっちゃ燃やし甲斐がないってやつだぜ!」
チャクラムがふたつともハイペリオンオメガに襲いかかる。
「さぁ来い! お前の相手はこの僕だ……! それに僕は、もう今までの僕とは違うんだ……!」
ハイペリオンオメガはビームセイバーを抜いてチャクラムをふたつともはじき飛ばした。
「てめぇ、これでも喰らえ!」
ドゥルヨーダナはビームフィランギを構えさせてハイペリオンオメガに突撃する。
だが、その前に赤と白の機体が立ち塞がった。エンディミオンラージャの動きが止まる。現れたのはハイペリオンシュヴァリエだった。
「あんた……そこまでにしなさい」
ミラはそうドゥルヨーダナに通信を入れる。
「なんだ……てめぇは……」
「それはないでしょ? 大方、防衛軍より先にあたしたちを見つけるためにあんたは遣わされたってところだよね? でも、あたしもオメガくんも、どっちも帰還した以上、あんたの役目は終わったってこと。必要以上の戦闘行為は上層部からも目をつけられるんじゃあない?」
ミラは言った。
「あの……何がどうなってるんですか……?」
状況が理解できないクローネはオメガに質問する。
「全部、僕たちを助けてくださった魔女さんの読み通りに進んだってことです。何故か彼女、自分の名前はクローネさんの前では絶対に出すなって言っていたので出しませんけど……」
「そ、そうですか……」
クローネは首を傾げた。
「で、その魔女さんはどう読んだんです?」
「敵は、ルルイエ神聖教団はクローネさんたちよりも先に二機のハイペリオンを見つけ出すために強硬手段に出るだろうって……。だから、それを止められるのは僕たちふたりしかいない……と」
エンディミオンラージャはチャクラムを両腕に収めた。
「ち……てめぇ、俺と同類で戦わずにはいられない性分だと聞いていたが……どういうつもりだ?」
ドゥルヨーダナはミラに問う。
「確かにあたしは血を求めているし、敵を徹底的に潰したい……でも、ちょっとはいい所を見せてやりたいって思ったの」
そしてミラは小声で付け加えた。
「特に、好きな人の前ではね……」
「訳が分からんな……」
「分からなくてもいい。でも、あんたにだって分かる時が来て欲しいと、あたしはそう思ってる。さ、指揮官にも報告しておいてくれる? ミラ・セイラム、無事に帰還しましたって」
それからミラは、ハイペリオンシュヴァリエをハイペリオンオメガに向かい合わせた。
ミラは通信をかけずに呟く。
「さよなら、あたしの……運命の人……」
ハイペリオンシュヴァリエはバーニアを吹かすとその場を飛び去っていった。
「ち……カルト教団風情が……」
ドゥルヨーダナはそう呟き、自身の旗艦目掛けて戻っていった。
「ミラちゃん、ありがとう……。僕は君たちと分かり合える日が来ることを、願っているよ」
「オメガくん、その『ミラちゃん』っていうのは誰ですか?」
クローネが問い詰めるように言った。
「あ、あの、まぁ色々と……」
オメガは言葉を濁す。
「まぁいいでしょう。戻ったら後でたっぷりおしおきをしてあげますからね?」
「そんな、酷いですよ!? 僕が一体何を……」
「ひとつ、私を心配させました。ふたつ、なんか知らないうちに仲間を作っていました。みっつ、名前からしてその仲良くなった子、女の子ですよね? というわけで帰ったら尋も……じゃなくて色々とお話を聞かせてもらいますよ」
「クローネさんには関係ないでしょう!?」
「いいえっ、関係あります! 後輩の健全性を保つのは先輩の務めです!」
ハイペリオンオメガとストリクスは並んでスターペンドラゴンへと帰投していった。
「ったく、水を得た魚ってやつだなありゃあ」
神威はオメガと言い合うクローネを横目にそう言った。
其は南の大陸。
文明と野生が交わる地。
少年と少女は過去の運命に導かれ、ふたたび相見える。
かつての青春が蘇りし時、光の刃がぶつかり合う。
次回、魔法戦線ハイペリオンΩ『リラ色春日記』。
導くは天使か、それとも悪魔か。