第1章2話 かつての教え子
翌日。
マスラは助手の女性を連れ、とある店の前に来ていた。
ちなみに今日は白衣姿ではなく、スーツ姿だ。
助手の名前は『アキハラ・ルイ』。26歳。
見た目はウェーブがかかった長い茶髪で、おっとりとした雰囲気が出ている。
ちなみにこのルイは、マミが指紋採取セットの話をマスラにした時にマミの案内やお茶を出した人物である。
話を元に戻し、とある店というのは地下にあり、看板にはバーと書かれている。
店の前には用心棒らしき男が二人立っており、
「すみません。パスを見せていただけますか?本日は関係者以外立ち入り禁止なもので…」
と、一人の男が言った。
それに対してマスラは、
「パス…は持っていませんが、実は私ナカグラさんとは知り合いなものでして…」
と、言った。
その言葉に反応した男達二人は急に顔を強張らせ、
「おい。どういうことだ?あんたら」
「少し事情を聞かせてもらおう。どういう用件だ?」
そう二人は声を低くしながらマスラの肩を掴んで言った。
「まぁまぁ落ち着いてください。実は私、こういう者でして…」
マスラは懐からバッジを取り出し、上に向ける。
すると、バッジから光りが出て、立体映像を映し出した。
映し出したのは紋章。
「「な…!?」」
その紋章を見た用心棒の二人は驚き目を見張った。
「う…嘘だろ!?…それじゃぁ、俺達助かった…のか?」
「こ、この判断は俺達だけじゃ無理だ。ちょっと待っててくれ、直ぐに上と話す!」
一人の男が慌てた口調でマスラにそう言った後、バーの扉を開けて急いで入って行った。
「確認だが、後ろの女は…?」
残ったもう一方の男がマスラに質問をする。
「私の優秀な助手です"ルーイ"」
「はい」
マスラがそう"ルイ"を呼ぶと、ルイはマスラと同じようにバッジを見せた。
やはりホログラムが出てとある紋章が出てくる。
「わ、わかった。もういい」
男は階段の上を覗き、誰もいまのホログラムを見ていないことを確認する。
すると、バーの扉が再び開き、上の人物に確認を取りにいっていた男が顔を出した。
「入ることを許可する。一応…テストと検査をする…」
そう言ってマスラとルイをバーの中に入れた。
部屋の中には老人も居れば女性も居た。
だが、全員こちらを心配そうに見ているか疑いの目を向けている。
「…いちおうバッジを見せていただけますかな?」
声をかけてきたのはここの店の店主と思われる人物であった。
恐らく50を超えている優しげな男性だ。
手には黒い小さな機械を持っている。
「どうぞ」
マスラは素直にバッジを見せた。
ルイも続けて取り出し店主に見せる。
「ありがとうございます」
店主はそう言うと、手に持っていた小さな黒い箱をバッジの上に持ってくる。
すると、小さな黒い箱から緑のランプが点く。
「大丈夫です。本物のようです」
店主がそう言うと、店の中は、
「「おぉぉ!」」
と、嬉しそうな声が響く。
「こちらも本物のようですね」
次にルイのバッジを調べた店主がそう言うと、再び店の中は歓喜の声に包まれた。
「失礼ですが、お名前の方を教えていただけますか?」
店主がそう聞いてきたので、マスラは、
「ここでは『マスラ・フラッグ』と名乗っています」
と、答えた。
「ここでは…と、いいますとそのお名前は偽名で?」
「その通りです。私の本当の名前は…『―――』です」
「「「「「!!!???」」」」」
バーの中に居た人々はその名前を聞いて驚いていた。
誰だっけ。という顔をしている人には隣の人物が教えている。すると分からない。という顔をしていた人物の顔も驚愕の表情へと染まっていく。
「ど、どどどどどうしてこ、こここここちらにわざわざ貴方様がい、いらっしゃったのです?そ、それほどここは危険地帯になっているのですか!?」
落ち着いた雰囲気を見せていた店主は急に冷や汗をおもいっきり流しながらマスラへ質問をする。
「それは―――」
マスラが理由を伝えようとした時、外で何か騒ぎを感じた。
「…まさか、連中に嗅ぎ付けられた?」
店主は先ほどの落ち着きの無い態度を改め、鋭い目つきになり殺気を放つ。
店内にいた人々も身構え、用心棒の一人が扉を開けると、
「ちょっと離してよ!やめてよ!」
という聞きなれた声が聞こえてきた。
「…マミさん…」
マスラは呆れた表情をして騒ぎを起こした本人。マミを見ながらそう言った。
「あ!やっぱりマスラさんも居た!」
と、嬉しそうな声でマミは言った。
「…付いてこないようにと言いませんでしたっけ?」
少し怒りながらマスラが言うと、
「え?マスラさんには付いて行かなかったよ?代わりにナカグラさんに付いていったの」
と、隣で怒りの表情をしているナカグラ・エミリを指差した。
「「……」」
マスラとナカグラは一瞬目を合わせるが、ナカグラは直ぐに視線を外す。
「はぁ…。せっかく教え子と語り合えると思ったんですが…。まぁ、いいでしょう。3人で近くの喫茶店に行きましょうか」
と、マスラはマミとエミリの二人へ言った。
「?」
エミリは突然知らない人物に話しかけられて怪訝な顔をしている。
と、いうか店の中に居た事に疑問を感じたのか、エミリは店主の方を見る。
エミリは店主が頷くのを見て、マスラに従った方がいいと判断をして、
「そうね。そうしましょう」
と、言って階段を登っていってしまった。
「あ、待って!」
マミは上っていったエミリを追いかけて行ってしまった。
「後は任せましたよ、"ルーイ"」
と、マスラは言って、二人の少女の後を追いかけていった。
地下室に上がりきって、二人と合流したマスラ。
そのまま三人で近くの喫茶店へと入った。
「えっと…その…ごめん。悪かったって。でも、どうしても気になって…」
と、マミは言った。
「もう怒っていませんよ。貴方の思考パターンを考えれば、こうなる事を予想しておくべきだったのですから」
「うぅ…」
全く信用されていないと分かったマミは力なく項垂れる。
「そ、それよりも二人のご関係を知りたいなー。なんってあはは」
マミのメンタルは物凄く強い事を認識するマスラとエミリ。
「はぁ~…。わかりました。別に隠すような事ではないですよ。エミリは私が以前家庭教師として教えていた子です」
と、マスラは言った。
その答えにエミリはビクっと反応した。
「え?そうなのナカグラさん?」
確認を取るようにマミがエミリにそう尋ねる。
「え、えぇっ。そうよ!」
ちょっと上ずった声で答えるエミリ。
「え!?本当なの!?」
と、驚くマミ。そして、
「いや~"USBメモリー"だっけ?それの中身をマスラさんが見た時の表情から何かあると思ったんだけど、この様子じゃ大したことじゃないんだろうなぁ~」
と、話を続けた。
「え!?」
マミの言葉に慌ててマスラの方を見るエミリ。
「ははは。大丈夫、私しか中身は見ていないから」
と、マスラは言った。
「所で、何が入っていたんです?」
それでもマミは気になるようで聞いてきた。
「そ、それは…」
エミリが答え辛そうにしていると、
「ポエム集だよ」
と、マスラが言った。
「な!?」
エミリは信じられない。と言ったような表情でマスラを見る。
「ポエム集!?それって全然大丈夫じゃないじゃん!」
マミも驚いている。
そして、
「って、ナカグラさんってそういう趣味あるんだねぇ~」
と、ニヤニヤと笑っていた。
「ぐぐぐ~……!!」
エミリは顔を真っ赤にして怒っている。
「やべっ!」
マミは慌てて黙った。
「全く、マミさんは例の件と言い、今回の件と言い…どうして自ら危険な状況へ陥ろうとしているのですか?」
そう呆れながらマスラは言ったが、
「いや、マスラさんも結構危ない発言を繰り返しているよ!?」
と、マミはツッコんだ。
「実際危険な目に遭ってないからいいんですよ」
マスラはそう言ってテーブルに置かれた紅茶を味わいながら飲む。
「…と・に・か・く!これで満足したでしょ!?貴方とはこれで今日はさよならよ!私は私でやることがあるの!!」
エミリは怒ってそう言うと、
「は、はいぃぃぃ!!さ、さよなら!また明日ぁああ!!」
そう言ってマミは逃げていった。
と、思ったが、戻ってきて、
「あの、ジュース代…」
と、小さな声で言った。
「私が払っておきますよ」
そうマスラが言うと、マミは笑顔になる。だが、
「(ギロリッ!)」
「ひっ!」
エミリに睨まれマミは半泣きになりながら店から逃げていった。
「「……」」
しばらくマサラとエミリは二人きりになり無言のまま出された飲み物を飲んだ後、
「この後のことはあのお店の中で話しましょう」
と、マサラが切り出した。
「もしかして…あなたは…」
マサラを見ながら何かを感じたエミリがそう言うと、
「それもあのお店で」
と、マサラはエミリの言葉を遮って紅茶を最後まで堪能した。
場所は戻って地下のバー。
ここで、マサラとエミリは正面同士で向き合ってテーブルに座っていた。
「…まさか救助に来てくれるなんてね…」
「ふふふ。私達は別の目的で来たので、あくまでもついでですよ?」
そう言ってニヤリと笑うマスラの顔はいやらしいものであった。決して好青年がする笑顔ではない。
「はぁ…そういういやらしい笑顔は"顔が変わっても"同じなんですね…マスラ"先生"」
「おや?」
マスラ先生という言葉に反応したマスラはエミリの目を真っ直ぐと見た。
「気付いていますよ。本当に私の家庭教師をしていた"マスラ先生"だったとは…」
「やはり気付いていましたか。顔や声は変えているんですが…」
「それでいて名前を殆ど変えていないとかどういう神経しているんですか?」
そう少し不機嫌そうにエミリが言う。
「うひひひひ。いやぁ~言うようになりましたねぇ。昔は半泣きになりながら私の授業を受けていたというのに…。あ、お父さんとお母さん元気でしたよ?二人ともあなたの事心配していました」
「うぐっ!じょ、情報ありがとうございますっ!しかし、半泣きになっていたのは、先生が必要以上に気味の悪い物言いをするからでっ!格好もいろいろとおかしかったじゃないですか!!」
「うひひひひ。それは貴方が社会に出ても必要以上に動揺しないように。と、子供の頃から度胸を付けるべくやった行為ですよぉ~?」
もう今までのマスラとは口調も表情も違い、ただいやらしい口調。いやらしい表情でマスラは一言一言喋る。
「その笑い方も…。っはぁ…もういいです…」
エミリはマスラとの言い合いを諦めた。
「それで…。先生は"USB"の中身を見たんですよね?」
「はい。それは勿論、じっっっくりと読ませていただきましたよぉ?」
「…はぁ…。それで、私達を助けていただきますか?」
「当然じゃぁないですかぁ。私を誰だと思っているんです?」
「…なんでかしら。不安しかない」
「失礼ですね~」
「やっぱりその喋り方、なんとかなりません?」
ついにエミリは頭を抱えてしまった。
「うひひひひ。これは失礼。では、この姿用の口調で言葉を話しましょう。ご安心下さい。この国にいるのは私や彼女"ルイ"改め、『ルーイ』だけではないのです。救出作戦はまだ先になりますが、それまでは大人しくしていてくださいよ?あまり派手に動かれるとこちらも救出し辛くなってしまうので」
マスラはにやけた表情をやめて、まじめな顔を作る。
「それは…わかりました」
エミリもそれに答えてまじめな顔でそう言った。
「…口ではそう言っていますが、納得していないようですね?」
「…私も恨みが無い訳ではありませんしね。ですが、無用なリスクを負う事などは考えていません。皆が安全に救助されるに越した事はありませんから」
「ふむ。よろしい」
マスラは納得したように笑みを作り、立ち上がった。
「もう行かれるので?」
エミリは残念そうにそう言った。
「えぇ。大体のことは"ルーイ"がここの店主に話しました。我々も仕事があるのでね。帰らせていただきますよ?」
「そうですか。分かりました」
と、やはり残念そうな顔をするエミリ。
「あ、そうそう」
マスラは入り口付近までルイと一緒に歩いた後、エミリの方へと振り返り、
「"15年ぶり"の学生服。似合っていますよ"エリーナ"ちゃん?」
マスラがそう言うと、店の中に居た人達は一斉にエミリの方へ顔を向ける。
エミリは顔を真っ赤にして、
「出てけ!!このクズ教師ぃぃぃいいい!!!」
と、怒鳴った。