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魔法使いの弟子  作者: りく
終章 弟子の選択
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弟子の選択・3

 大地の塔を元気よく出て行ったカルナリスを見下ろしながら、塔長は楽しげに笑っていた。

 心なしか足の重かった行きとは違い、軽やかな足取りで彼女は帰っていく。向かった先が、今の師匠であるチルナのいる扶翼の塔だとわかり、彼はさらに笑みを深くした。


 彼の唯一人の弟子であるキーアは、今頃さぞ煩悶していることだろう。

 可愛い義娘を預けるのだ、もっと悩め悩め、と本来の目的とは関係ないことで意地悪く思う。


 塔長がカルナリスを拾ったのは、単に彼女が4つの魔力を持っているからだった。

 腑抜けたままのチルナとキーアが、このまま塔長を継がないなら、代わりにこの子を育てても良いかもしれない。カルナリスは、魔力自体はさほど大きくはなかったけれど、4つの魔力を均等に持っている稀有な存在だった。あのマリサやキーアにしても、地水火風の魔力の大きさにばらつきがある。


 時間はかかるだろうが、うまく育て上げればカルナリスにも塔長を継がせることが可能だろう。

 そういう勘定が働いて、彼女を義娘にした。


 カルナリスをキーアに預けたのは、危なっかしい彼女を見ていれば、自然あの怠け者もしっかりせずにはいられないだろうと考えてのことだった。魔力を抑える術を知らないカルナリスは、ちょっと目を離せばすぐに魔力を暴走させてしまう。そんな彼女を、キーアは上手くカバーしてきたと思う。

 しっかりカルナリスの師匠のような、兄のような気持ちになっている彼を思うと、可笑しくって仕方なかった。

 キーアは、幼少からあまりに優秀すぎて、周りとあまり上手く付き合うことが出来なかったけれど、カルナリスと過ごすようになって、随分偏屈なところがなくなってきたように思う。

 実に、面白い。


 彼自分、同じように変わったと周りに思われていることに、露ほども気づいていない塔長だった。






「あ、カルナリス!」

「わおっ、運命だね!」


 前から聞こえてきたそっくり同じ声の2重奏に、カルナリスは迷わずくるりと反転して全力で駆け出した。


「えー、なんでー?」

「どうしたの、カルナリス?」

 二つの声がカルナリスを追いかけてくる。


「追いかけっこしたいの?」

「鬼ごっこ? カルナリスも随分なお茶目さんだね?」

 すごい勢いで迫る、迫る。


「ついてこないで、その1、その2! 何で追っかける!」

 ちらりと背後を振り返れば、楽しそうに笑う双子が全力で走っている。


「そりゃあ、逃げるから?」

「逃げたら追う。自然の摂理だよね?」


「そんな摂理あるか、阿呆」

 怜悧な声に、だばんっ、と大きな水音が続く。


「うぎゃっ」

「つめてっ」

 その水音に不吉な何かを感じたカルナリスは、念のためさらに少しだけ走ってから、ようやく立ち止まって振り向いた。


 ずぶぬれの双子。

 双子とカルナリスの間に、不機嫌全開な、銀の天使ならぬ、水の魔法使いの弟子が立っている。


「ク、ク、ク、クロイ先輩?」

「何故どもる」

 ゆったりとした足取りで、クロイはカルナリスに近づいてくるが、威圧感がありすぎて、彼女はその場を一歩も動けない。いや、双子の二の舞はごめんだ。


「アルザス・キーア・リンゼイは、光の魔法使いなのか?」

 双子の存在を完全に無視したクロイは、カルナリスの眼前に立って彼女を見下ろしながら、憮然と尋ねた。


「……さあ?」

「とぼけるのか?」

「いえ、本当に知らないので」

 苦笑交じりにカルナリスが答えると、クロイはじっとカルナリスの顔を見つめた。それが、あまりに長く感じられて、カルナリスはそわそわと居心地悪くなる。


「そうそう、僕たちも聞きたいことがあってー」

「カルナリス、うちに来ないの?」

 いつのまに乾かしたのか、まあ恐らく火の魔法で乾かしたであろう双子が、クロイの両脇からひょっこり顔を出した。


「うん、火の魔法使いにも、水の魔法使いにも、風の魔法使いにもならないよ」

 きっぱり答えれば、双子はにっこりと笑い、クロイは微かに眉根を寄せた。

「そっかあ、大変そうだけど、頑張って」

「火の魔法で困ったことがあれば、うちに来れば良いよ。超問題児だけど、あれでニルス先生は将来有望な魔法使いだからね」

 もちろん、僕らも将来有望な魔法使いのタマゴ。

 そう続けて、二人は楽しそうに笑い声を上げた。


「うん、ありがとう、……アリオン、ロッド」


 一瞬だけ大きく目を見開いて、双子はそろってにやりと笑うと、さっとカルナリスの両頬にキスを落とし、全速力でその場を逃げ出した。


「じゃあねー、カルナリス」

「今度新しい部屋にも遊びにおいでねー」

 それが本当に流れるような早業だったので、カルナリスはぽかんと口を開き、恐る恐る自分の両頬に手をやろうとして、クロイの手に阻まれた。

「は?」

 クロイが乱暴にカルナリスの両頬を、自身のローブでぬぐう。

「いっ、いたっ、痛いです、痛いって!」

「ったく、何なんだ、あの変態双子は」

「クロイ先輩、だから、痛いって!」

 彼女はクロイの両手をぎゅっと握り締め、何とかクロイを押し留めた。


「お前も、馬鹿面してるんじゃない」

「クロイ先輩……」

 何だかやたらに機嫌の悪いクロイに、カルナリスはため息をつきそうになって何とか押し留めた。


「先輩は、師匠のことを聞きにいらしたんですか?」

「……お前は、光の魔法使いになるのか?」

 質問に質問を返されて、カルナリスはクロイをじっと見つめた。


「ダメですよ、先輩」

 そう言って、にっこり笑う。


「一番に報告するのは、師匠って決めてるんです」






「結局カルナリスは、今までずっとアルのところにだけ顔を出さなかったみたいなんだよね」

 相変わらずいろいろな器具が放置された机の上を、手早く片付け、自前の菓子を広げながらマルクトが呟くと、漆黒のローブを身にまとった部屋の主が珍しく本から目を話し、彼を見上げた。

「仕方ないだろう。師匠があれでは」

「チルナは、カルナリスを手元に置く気はないの?」

 読んでいたページに栞を挟み、チルナは本をテーブルに置く。


 彼女は正式に闇の魔法使いになった今でも、相変わらず魔法具師の仕事を続けている。そもそも、魔法具を扱うようになって初めて、魔法のコントロールが可能になったんだとか。より強力な魔法を使うためにも、魔法具の研究は続けるつもりだと言っている。

 だからチルナは、カルナリスにも、自然にコントロールできるように魔法具に触らせた。ディオスやマルクト、ニルスに習ったことで強くなった魔力も、同時に魔法具をいじらせることで自然に抑えさせたという。


 チルナは寡黙だが、マルクトからすればキーアよりも良い師匠になれそうだと思う。

 キーアは才能こそあるが、指導者には向かない。 


「お前らのにやけた顔を見てると、弟子をとる気にはならん」

 きっぱりそう言って、チルナは微かに口角を上げた。

 マルクトは反射的に自分の顔を押えている。


 まあ、いつかは、そういうのも悪くない。






 カルナリスは3ヶ月ぶりのキーアの小屋の前で、大きく息を吸った。

「よしっ」

 小さく気合を入れ、勢いよく扉を開ける。


 ガタンッ


 聞こえてきた大きな音に、カルナリスは「げっ」と声を漏らした。

 扉が外れている。


「やあ、相変わらず元気だな」

 笑い混じりの懐かしい声に、壊れた扉を凝視していたカルナリスは、声の方を向く。


「……誰?」


 思わず漏れた声を、誰が非難できるだろう。

 実際カルナリスは、部屋の中央に主然として立っている若者が、誰だかわからなかった。

 部屋の中は、何だかちょっと片付けようとした努力の跡がある。相変わらず汚い。 

 そこに立っているべき人は、伸び放題の髪に、無精ひげのおっさんであるはずだった。


 純白のローブ。きっちり整えられた髪。髭なんてない。短い前髪の下に除く、綺麗な深緑の瞳。


「うそっ、わかっ」

「……感動の対面を期待した俺が悪かったのか?」


 すっかり脱力した声は、確かにあの懐かしい師匠のもので。


「本当に、師匠ですか?」

 カルナリスは扉の前から動けない。自分の目が信じられなくて、彼女は何度も目をこすった。


「光の魔法使い、アルザス・キーア・リンゼイだ」


 キーアがカルナリスの前まで近づき、彼女が目をこするのを止めた。

 ひざをつき、彼女の視線と同じ高さに合わせ、彼女の顔を覗き込む。

 じっと、何かを、彼女の言葉を待っている。


「私は、あの。師匠、えっと、貴方に弟子入りに伺いました、カルナリス・ティアルです」


 まだちょっとだけ不審そうにキーアを見ながら、カルナリスははっきりと告げた。

 キーアがにこりと笑う。彼女も釣られたように微笑んだ。


「ただ今です、師匠」

「お帰り」



 塔長の地位に再び光の魔法使いが立ち、その傍らに小さな弟子の姿を見るようになるのは、まだまだ未来のお話。


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