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001 それはちょっと面倒な話だぜ

「やっと見つけたわ」

「へぇ、俺のことをそんなに探してたのか?

 君みたいな女の子に探されて光栄だぜ。

 だけど、その物騒なモノを俺に向けるのはよしてくれないか?」

「いいから、私と一緒に来てもらうわ」

「どこに?」

「そうね・・・あなたにとっては、地獄よ」

「そうか、君と一緒に地獄にねぇ・・・

 で、なんで俺がそんなところに行かなきゃいけないんだ?」

「自分の胸に聞けば分かる事でしょ?

 それか、今すぐ引き金を引いてもいいのよ?どうするの?」

「ぁぁ・・わかったよ」


この女との出会いが、俺の人生を狂わせることになる・・・



----- 数分前 -----



「オヤジ、勘定、ここに置いとくぜ」

俺はシワだらけのドル札をカウンターに置く。


「チッ」

髭面のマスターがグラスを拭きながら舌打ちをして俺をにらむ。


「大丈夫だオヤジ、今日はちゃんとチップもある」

俺は、グラスの底に残ったバーボンをグイと飲み干し、バーを後にする。

日陰で薄暗い路地だ。

バーから出た俺は、首をポキッと鳴らしゆっくりと伸びをしながら見上げる。

古びたビルの隙間からわずかに青空が見える。

表通りから絶え間なくクラクションが鳴り響く。

さらに遠くからパトカーのサイレンと、時折乾いた銃声の様な音がする。

パン!というその音は、銃声なのかエンジンのバックファイヤーなのかは分からない。


俺は、いつも通りの日常の風景に平穏さえ感じる。


俺はバーの横の細い階段を上がる。

ガタついたドアの鍵を開け、部屋の中に入り、所々破れたソファーに横になる。

破れたソファーが、聞き慣れたきしみ音をたてる。


ここはバーの2階、俺の職場だ。

俺はここで、


ガガ、ガチャ!


俺の説明の途中に、ガタついたドアが開く。


大きなサングラスをかけ、茶色のロングコートの女が入ってくる。

「ここ、エスコット探偵事務所で合ってる?」


「ああ・・」

俺はゆっくりと体を起こす。


「あなたが、ボビー?・・・ボビー・エスコット?」

女がドアの前で、コートのポケットに右手を入れる。

俺は、その女の行動に何か違和感を覚える。


「ああ、俺がボビーだ」

俺が答えると同時に、女の右手に消音器付きの銃が現れる。

まるでマジックを見ているかの様に、素早く慣れた手つきだ。


「やっと見つけたわ」

女は銃を向けたまま、ゆっくりと俺に近づく。


「へぇ、俺のことをそんなに探してたのか?

 君みたいな女の子に探されて光栄だぜ。

 だけど、その物騒なモノを俺に向けるのはよしてくれないか?」

俺はソファーからゆっくりと体を起こし、ローテーブルの灰皿から吸い殻をつまみ、口にくわえる。

一見、落ち着いているように見せるが、内心は焦っている。

当然だ。見た事も無い女に銃を向けられているのだ。


「いいから、一緒に来てもらうわ」

淡々とした口調で女が近づいて来る。


「どこに?」

俺はライターでタバコに火をつける。

とにかく時間を稼いでこの場を切り抜けるチャンスを待つ。

カチッ、カチッ。

なかなかライターに火が点かない。


女が少し間をおく。

「そうね・・・あなたにとっては、地獄よ」


「そうか、君と一緒に地獄にねぇ・・・」

カチッ、ジュポ!

やっとライターに火が点く。

「で?なんで俺がそんなところに行かなきゃいけないんだ?」

カシャン。

俺は、ライターのフタを閉じ、タバコを吸う。


「自分の胸に聞けば分かる事でしょ?」


俺の胸には、今、タバコの煙しか入ってねぇよ・・・


「それか、今すぐ引き金を引いてもいいのよ?どうするの?」

女が消音器付きの銃をクイッと動かす。


「ぁぁ・・わかったよ」

俺が灰皿でタバコの火を消す。


ガタガタガタ


事務所のドアを誰かが開けようとする音に、俺と女がピクリとなる。


ガチャ!!


事務所のドアが開き、男がガサツに入ってくる。

「くっそ!相変わらず建付け悪ぃドアだなぁ・・・おい!ボビー!居るか?」


銃を持つ女の右手が、滑らかな動きでコートのポケットに収まる。

やはり慣れた手つきだ。

だが、

マズいな。今、このタイミングでこの男はマズい・・・


「お?お?何だ?お邪魔だったか?」

男は左手でサングラスを少し下げると、俺と女を覗き込むように見る。


ここはなんとか誤魔化さなければならない。

女を客だと言えばそれで済みそうなもんだが、この女は明らかにプロだ。ヘタすると2人とも殺される。

さて、どうしたものか?


「久しぶり。巡査部長」

女がサングラスを外し、男の方を見る。


「お!?・・・」

男が目を細める。


ん!?

お前たち、知り合いなのか?


「・・お前!エレナ、エレナか?・・エレナじゃねぇか!?

 何だお前、田舎に帰ったんじゃないのか?」


「ええ・・まぁ・・色々とあってね・・・」


「そうか・・・」

男が、俺と女に近づいてくる。

「で、エレナお前、こんな所で何してるんだ?」


一瞬、妙な間があく。


ヤバいな、どうする?

「あー、アレだ。この子は・・その、ちょっと、」


「共同経営者です。私、ココの共同経営者なんです」

食い気味に、女がハチャメチャな事を言い出す。


「は!?いつから?

 て、ウソだろ?

 おい、ボビー。それホントか?」

男が慌ててサングラスを外し俺を見る。


「ぁ・・ああ。急な、話だが・・

 そういう、事に、なった・・・」

俺が正直に言う。

本当に急な話だ。


「おいおい、お前ら・・それ、ホントか・・・?」

男が人差し指で俺と女を交互に指差す。


「ああ・・・」

俺がうなずく。

たった今、そういう事になったウソみたいな本当の話だ。


「そうか・・・まあいい。じゃあ、とりあえず2人とも聞いてくれ。

 仕事を持って来た」


この男の名はウォルト。警察官だ。

2年ほど前から俺の事務所にちょくちょく顔を出すようになった。

顔を出すというより、警察のおこぼれ仕事を俺に押し付け、紹介料と言って報酬を奪い取るという悪徳警官だ。


というか、俺を殺しに来たこの女・・・いいのか?

このまま話を進めて、いいのか?


ウォルトが茶封筒から2枚の写真を取り出し、俺の前のローテーブルに置く。

「今回も浮気調査だ」


このウォルトという男が持ってくる仕事は、ほとんどが浮気調査だ。

警察は浮気調査など行わない。

だがこの男は仕事柄、一癖ある連中に顔が広い。

そういった連中から調査を依頼され、俺に押し付けてくる。

拒否すれば、やってもいない罪でブタ箱にぶち込むぞ、と脅す悪徳警官だ。


「このババア、知ってっか?」

ウォルトがローテーブルに2枚並んだ写真の片方を指差す。


「それ・・サヴァラン?不動産の?」

女がつぶやく。


「お!さすがエレナ!お前、よく知ってるな!」

ウォルトが女を見て満足気に笑う。

「このババアが今回の依頼者、ミシェル・サヴァラン。

 サヴァラン不動産の社長だ」


「で、こっちが旦那だ」

ウォルトが別の写真を指差す。


「旦那?若いな?」

俺が男の写真を手に取る。


「ああ、5人目の旦那だ。

 金さえあれば何でも取り換えがきくってことだ」


「この旦那の浮気調査か?」


「そうだ。簡単だろ?

 このババア、自分は若い男をとっかえひっかえしてバンバン浮気するくせに、旦那の浮気は許さねぇっていう、ま、よくある話だ。

 後で旦那のスケジュールをメールするから、ちょちょっと調べてくれ」


「報酬は?」

俺がウォルトを見る。


「いつも通り、7、3だ」


「8、2よ。ウォルト」

女がしゃしゃり出る。


「8、2?・・エレナ、それ、どっちが?」

ウォルトの顔が曇る。


「こっちが8で、ウォルト、あなたが2よ」


「おいおい、ボビー・・・どうなってる?」

ウォルトが俺を見て苦笑いする。

目が笑っていない。


「あー、エレナ・・」

俺は初めて女の名前を呼ぶ。

「報酬は、いつも通りで・・」

小声でつぶやく俺をエレナはチラッと横目で見るが、すぐにウォルトの方を向く。


「ダメよ、巡査部長。私はもうあなたの部下ではないの。

 それにこの事務所は私のモノでもあるのよ。報酬には口を出させてもらうわ」

この女、すっかり経営者気取りだ。


「おい、ちょっと待てよ、エレナ。今までの取り分は、俺が7で、ボビーが3だ。

 これからもそうだろ?ボビー?」

ウォルトが助けを求める目で俺を見る。


「・・・」

俺を見るな。


「分かったわ、ウォルト巡査部長。それじゃこうしましょう。

 取り分は、8対2。こっちが8で、ウォルトが2。

 それが嫌なら、この話は無かった事で。お帰りはあちらです」

エレナが建付けの悪いドアを指差す。


なるほど、この女、依頼を破綻させてウォルトを追い返す作戦か・・・

さすがに取り分が7から2に減るのは許せないだろう。

さてウォルト、どうする?


「くっそ!分かった!分かったよエレナ!」


こいつ、折れやがった。

この男、強気の女にはめっぽう弱いな。


「今回はお前の顔を立ててやる。チッ!」

ウォルトが舌打ちして背を向ける。

「おいボビー!後で、メールする」

ウォルトが、建付けの悪いドアをつかむ。


「あ、そうそう、エレナ」

ウォルトがドアをつかんだまま振り向く。

「俺、今は巡査部長から警部補になったんだぜ。この俺がだ。スゲェだろ?

ウォルトが背を向けドアを開ける。


ガチャ、


「あ、それと、エレナ・・・

 コートの中は、もう少し馴染む銃にしろ。

 そいつは銃身が長すぎる。すぐにバレるぞ。

 じゃあな!」


ガチャン


建付けの悪いドアが閉まる。

ウォルトが階段を降りていく音がする。


しばらく事務所の中に無音の時間が流れる・・・が、


「・・アンタ、バカじゃないの?」

エレナが俺の横にドスンと座る。


「何が?」


「今までの報酬よ。7,3って・・・実行するアンタの取り分が3なんてあり得ないでしょ!

 なんでウォルトは紹介しただけで7も持って行くのよ!頭おかしいんじゃない!?」


「世の中、そういうもんだ」

俺がつぶやく。


というか、なに怒ってんだこの女は。

俺を殺しに来たんじゃないのか?

「お前、これからどうするつもりだ?」


「・・・・・」

腕組みをしたエレナが無言で俺を見る。

その様子からポケットの中の銃を取り出す気配はない。


どうやら話を整理すると、元警官の女殺し屋が、俺を殺しに来たら、元上司の警官と鉢合わせになった。

という事か?


「仕方がないわね・・・受けるわ」


「何を?」


「依頼よ」


「は?」


「依頼を受けるのよ。浮気調査を」


「は?エレナ、お前、なに言っ、」


「だってしょうがないでしょ。元上司に私の顔、見られたんだから・・・

 このまま2人で姿を消したらウォルトに怪しまれるじゃない。

 それにあの人、頑固で粘着質なところあるから依頼を放り出して恨まれると追いかけて来るかもしれないし・・・」


「確かにそれはイヤだな」

俺には関係ないが・・・


「いい?よく聞いて」

エレナが立ち上がり、俺を見下ろす。

「この依頼が終わり次第、私はあなたを始末する。それに変わりはないわ。分かった?」


そんなあっさりと言うような事じゃないだろ。

この女、本当に元警官だったのか?


「ぁぁ、分かったよ・・・好きにしろ」

ま、これで、依頼解決までは命拾いしたという事か・・・

俺は、両手を枕にしてゆっくりとソファーに横になる。


「それにしても汚ったないわね!ココ!」

エレナが事務所を見回す。


俺はソファーで寝たふりをする。


「ちょっと、ボビー。アンタまさか、ココで寝泊まりしてるんじゃないでしょうね?」


「だったら何だ?」


「家にぐらい帰りなさいよ!」


「アパートは家賃滞納で追い出された。ココは住まい兼オフィスだ」


「オフィス?このゴミ溜めが?ウソでしょ?」


「だったらお前、片付けろよ?ココの共同経営者なんだろ?」


「はぁ?アンタ自分の立場わかってんの?

 私、ちょっと用があるから、帰ってくるまでにちゃんと片付けなさいよ!」


「おいおい、それはちょっと面倒な話だぜ」

俺は目を閉じたまま寝転がって言う。


「・・ボビー・・・」

エレナが間を持たせてつぶやく。

その口調の異様な雰囲気を察した俺は、少し目を開けエレナの様子をうかがう。


「いい・・・?よく聞きなさい」

エレナがグググっと俺に近寄ってくる。

「私が、帰ってくるまでにココを片付けなければ、」カチャ・・・

エレナが俺の額に消音器付き銃を突きつける。


「アンタの脳天に、鉛の玉をぶち込むわよ」

この女、目が本気だ。ブチ切れた女の目だ。


「わ、わかったよ・・・」

俺は、小さなネズミのようにソファーにちょこんと座る。


「よろしい・・・」ガガ、ガチャ

エレナがドアを開ける。

「それじゃ、今すぐ始めなさい!」


ガタガタ、ガチャン。

建付けの悪いドアが閉まり、エレナが事務所から出て行く。


俺は目の前のローテーブルにある灰皿の吸い殻をゆっくりとつまむ。

吸い殻を口にくわえると、ライターで火をつける。


カチッ、ジュポ!


「すーーーーぅ・・・・・ふぅーーーーッ」

俺はタバコの煙を吐き出し、乱雑な事務所を見回す。

まぁ、確かに・・汚ったねぇなぁ・・・・・


ガチャン。

事務所のドアがわずかに開く。


「何やってんのよアンタ・・・」

エレナがドアの隙間から俺を見る。


「・・・・・」

ドアの隙間のエレナと目が合う。

全身が固まった俺の右手のタバコから、ゆっくりと煙が立ちのぼる。


エレナはドアの隙間から無表情で俺を見る。

「脳天にぶち込むわよ」


「・・・・・」


「返事は?」


「・・・はい」


「さっさとヤレ」


「・・・はい」


ガチャン。

事務所のドアが閉まる。


さて、俺は一体どうなるのだろうか・・・




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