表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深掘りギリシャ神話 ~男神と女神、愛と哀の奥の奥~  作者: 風炉の丘
星の乙女は正義の女神? ~アストライア編~
7/7

自力で執筆 ノベル第2話 星の乙女と見知らぬ少女

 乙女は眠りについていた。

 ほろ苦い夢を見ながら、眠りについていた。

 苦労に苦労の連続だったが、充実感に満たされる白銀の夢だった。

 しかし、その充実感も続かない。

 目覚めの時が近づいていたからだ。


「おねえさん」

 遠くから誰かの声が聞こえる。聞き覚えのない少女の声だ。

「おねえさん。起きてください、おねえさん」

 だんだん声が近づいてくる。うるさいな、もぅ~。誰よ。

「こんなところで眠っていたら、危ないですよ。起きてください。おねえさん!」

 重いまぶたを無理やり開いて見上げると、見知らぬ少女が心配そうに見つめていた。

「あんただぁれ?」

 アイドースが気だるげに問うと、見知らぬ少女は真面目に答える。

「はい、あの、私、ディケーと申します」

 ディケー? ディケー… ディケー。どこかで聞いた気がするが、思い出せない。

 アイドース、痛恨のミスである。


 半身を起こすと同時に激しい頭痛に見舞われる。

 二日酔いだった。

「イタタタ……。それで、あたしになんの用?」

 こんな時は迎え酒にかぎる。

「たまたま通りすがっただけです。そうしたら、お姉さんが横たわっていましたから、びっくりしちゃって……」

 だがバスケットを探っても、水筒には水しか入ってなかった。

「そう……。心配してくれたんだ。ありがとね~」

 アイドースは水を飲みながら考える。はて? この辺りには母エオスの屋敷しかないわけだけど……。

「ええっと、お名前なんだっけ?」

「ディケーです」

「そう、ディーちゃんね。それでディーちゃんは、どこのニュンペーちゃん?」

 少女は「えっ!?」っと、ほんの一瞬動揺を見せるが、酔いどれ女神は気づかなかった。

 ちなみにニュンペーとは、美しい乙女の姿をした精霊、もしくは下級女神のことである。

「その……ホーライです。最近まで『天の門』を守るお仕事に就いていました」

 ホーライといえば、季節を司る時の女神たちのことだ。

 かつては三柱で季節を回していたが、最近は地上に繋がる『天の門』の管理まで任されるようになった。さすがに多忙すぎて手が回らず、募集をかけて人員を増やしたという話だ。

「へぇ~。ディーちゃんホーライなんだぁ♪ まだ若いのにえらいねぇ……。お勤め、ご苦労様です!」

「あ、いえ、とんでもございません」

 アイドースの唐突な一礼に、少女もつられて頭を下げる。

 かくいうアイドースも、社会復帰を望むエオスから面接を受けるよう勧められていた。頑なに断ったが。

 働きたくないでござる!!! 絶対に働きたくないでござる!!!


「ところで、あの! もしかして……」

 少女は突然、前のめりに詰め寄り、期待を込めて問いかける。

「お姉さんは、アストライア様ではありませんか?」

「へ?」

 突然の特定にアイドースは目が点になってしまう。

「正義の女神として、地上に降りて人々に正義を訴え続けてた、アストライア様ですよね?」

 つまりこの子は、アストライアに会いたくて、エオス屋敷に向かっていたってこと?

「ちがうちがう! あたしはアイドース。廉恥の女神さ」

 思わず全力で否定してしまうアイドース。こんな酔っ払いがアストライアであってはならないからだ。

 偉大な父アストライオスの名を汚すなんて許されない。そう、自分は星乙女ではない……。

 少女からはみるみる笑顔が消えていく。落胆させてしまっただろうか。

「大変失礼ですが、初めてお聞きしました。勉強不足で申し訳ございません」

 少女は申しわけさなそうに頭を下げる。

「いいよいいよ、気にしないで。知らなくて当然だよ。なんせ、何もやっちゃいないからね~」

 昼も夜も引きこもって、飲んだくれる毎日なのだ。


「ところでディーちゃんは、どうしてあたしがアストライアだと思ったの?」

「あ、はい。今朝、アストライオス様のお屋敷に伺ったのですけど……」

「は!?」

「アストライオス様から、エオス様のお屋敷にいると教えていただきまして」

 確か父の屋敷は、オリュンポスを中心として、エオス屋敷の反対側にあったはずだ。この少女、怪物クラスの行動力である。

「おとっ……ア、アストライオス様にお会いしたの?」

「はい。朝早くてご迷惑かと思ったのですけれど、暖かく迎えてくださって、その……アストライア様の自慢話をいっぱいしていただきました」

「そ、そうなんだ……」

「それで、アストライオス様から伺った特徴と似てらっしゃいますし、エオス様のお屋敷も近いですから、てっきりアストライア様かと……。本当に申し訳ありません」

「そ、そうなんだ。いいのいいの、気にしないで♪」

 引きこもってから数百年。随分会っていないのに、父は相変わらずの子煩悩なようだ。

 アイドースはなんだか照れ臭かった。


「それでアイドース様、アストライア様はエオス様のお屋敷にいらっしゃるのでしょうか?」

「あ、いや……。そ、そうね。今は、いない……かな?」

 思わず目を逸らすアイドース。

「いらっしゃらないのですか!?」

「うん。なんだか急に出かけていっちゃって。いつ戻ってくるのかわからないんだよね。だから屋敷に行っても意味ないよ」

「それなら……、よかったです♪」

「へ? よかったの? 会えないんだよ?」

「はい。アストライオス様も心配されていたんです。地上で辛い思いをして、ずっと閉じこもっているって。ですからアストライア様が元気を取り戻したのでしたら、よかったです。アストライオス様もお喜びになります♪」

「そう……なんだ」

 この少女、善良にもほどがある。何か裏があるのでは? 流石のアイドースも勘ぐってしまう。

 しかし、仮に裏があったとして、それがなんだというのだ。

 引きこもりの酔っ払いに、失う物など何も無い。無駄な勘ぐりなんてやめだやめ。

 それにしても、この子は何故自分に会いたがっているのだろう?


「ディーちゃんは、どうしてアストライアに会いたいの?」

「実は私、ホーライのお仕事を辞めて、地上に降りることにしたんです」

「ええっ!? ち、地上に降りちゃうの? 何故!?」

「オリュンポスには自分の居場所がないと、思い知らされまして」

「それで地上に? 一体何があったっていうの?」

「いろいろありまして……。その……いろいろあったんです」

「いやまあ、話したくないなら、無理に話さなくてもいいけどさ」

「申し訳ありません」

「それで地上に降りる前に、アストライアから地上での話を聞こうと思ったってこと?」

「はい。私にとっては偉大な大先輩ですから、心構えなり、ご教示なり、いただけたらと思いまして……」

「ディーちゃんは、どうしても地上に降りたいの?」

「本当は、天空から逃げ出したいだけなんです。でも、消去法で考えたら地上以外あり得ないかなって」

 地獄のタルタロスは論外として、死後の世界は静かすぎるし、大海はずぶ濡れになる。天空も嫌となれば、確かに地上以外逃げ場はない……か。

 不思議な少女だとアイドースは思った。地上が嫌になって天空に逃げ出した自分とは真逆の判断をするなんて。自分が人々に失望したように、少女は神々に失望したのだろうか?


「ディーちゃん」

「はい」

「あたしはアストライアではありません」

「あ、はい。アイドース様ですよね」

「ですが、あたしも地上に降りていた経験があります。あたしで良ければ地上の話はできますよ」

「本当ですか! 是非、お願いします!」


 アイドースは自分の体験を話して聞かせる。

 黄金時代の人々がいかに素晴らしく、幸せな気持ちでいられたか。

 白銀時代の人々がいかに愚かしく、それでも愛おしく思えたか。

 青銅時代の人々がいかに度し難く、心の底から幻滅させられたか。

 だけど一つだけ……。自分自身に絶望した事……。一番のトラウマだけは話せなかった。


「ありがとうございます。とても勉強になりました」

 少女は深々と頭を下げる。

「おかげでアストライア様の失望は、理解できたと思います」

「それでも、地上に降りるのよね?」

「はい。やはり私には、神々よりも人々の方がずっとマシに思えますから」

 少女も肝心なことは話す気が無いようだ。もっとも、知ったところでできることは何も無いけど。


「じゃあ、これで話はおしまいね。大変だとは思うけど、地上でも頑張ってね、ディーちゃん」

「はい。ありがとうございました。……ところで、あのぉ~、アイドース様?」

「なぁに? まだ用があるの?」

「またこんなところで、お眠りになるのですか?」

「丘の上ってね、雲が良い感じにクッションになってるの。案外気持ちいいのよ」

「不躾ですけど、アイドース様って処女神ですよね?」

「そうだけど、何よ?」

「男神の方が、私みたいに通りすがって、アイドース様のお眠りになっているお姿を見かけたら、その……。エッチなことされちゃうんじゃ無いかなって。処女神でしたらなおのこと、大問題でしょう?」

「あっはっはっ♪ なんだ、あたしのこと心配してくれてるの? ありがとう♪」

「だってアイドース様、美人さんですもの」

「あら~。おべっかもお上手ね♪ でも大丈夫よ。こんな酒臭い女神なんて、向こうからお断りでしょうしね。もしもの時はゲロを吐きかけてやるんだから♪」

「そ、それは……女神としてどうなんでしょう?」


 実際一度だけ、豊穣とぶどう酒の神ディオニュソスに、迫られたことがある。

 酔狂にも、ぶどう酒の神だけに酔狂にも、アイドースの貞操を奪おうとしたのだ。

 しかし、溢れ出るゲロで撃退して以来、二度と迫ってくることはなくなった。

 むしろこちらから近づけば後退りするようにまでなった。

 身の安全は確保されたが、少女の言うように、女神としての大切な何かを失ってしまったような気がする。


 やがて少女は、心配そうに何度も振り返りながらも、雲でできた丘を降りてゆく。

 アイドースは一度手を振ると、再び丘の上に横たわり、目を閉じる。

 程なくして酔いどれ女神は、三度目の眠りにつくのだった。


 星の乙女は正義の女神? 第2話 完


■■■■■■■■■■■■■■■■■■□□□□□□⫎⫎⫎⫎===- - -

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ