ノベル第7話 ティタノマキア問答 中編
「子供喰らいって……一体どういうことですか!」
「……根暗な子供という意味では断じて無いぞ」
「いや分かりますから! 食べるってことでしょ! ちゃんと分かります!」
驚き、戸惑うケイロン。そうか。ちゃんと意味を理解できたか。想像以上の賢さにアストライオスは感嘆する。
一方で愛娘は……スヤスヤと眠っていた。先ほどまで何とか起きていたが、高難度な熟語の連発に耐えられず、睡魔に身を委ねてしまったようだ。
星空の父はホッと胸を撫で下ろす。子供はこれで良い。過酷な現実を知るには、アイドースには早すぎる。
だが、彼は知るべきだろう。待ち受ける未来のためにも。
「少年。少し大人向けの話をしようかの」
「お、大人向けですかっ……。お手柔らかにお願いします」
「この件、そなたが知らなくて当然だ。クロノス王の悪癖は、世間には秘匿されておるでな。ティターン神族では公然の秘密だが、あくまで夫婦間の問題と見て見ぬ振りよ」
「夫婦間ってことは、食べているのは自分の子供だけ…。よりによって我が子を? 何故そんなことになったんです?」
「話はウラノス討伐にまでさかのぼる。勝利したクロノスに、ウラノスは断末魔に呪詛を吐いたのだ」
オ前モマタ、自分ノ子供ニヨッテ王座ヲ追ワレルコトニナルダロウ
「それはもしかすると、悔し紛れに吐き出した、ただの戯言に過ぎなかったかもしれぬ。だが、若きクロノスは言葉を重く受け取ってな。王妃レアとの間に赤子が生まれるたび、次々と丸呑みしていったのよ」
「アストライオス様、それっておかしくないですか?」
「おかしい? 確かに狂気に満ちた行為よな」
「いえ、そうではなくてですね。ウラノスの呪詛が怖いのなら、そもそも子供なんて作らなければ良かったのではないかと」
「ぬぅ………………」
「あの、ボク、何か変なこと言いました?」
「いや、全くもってその通りだ。その通りなのだがな。その考えには一点、穴がある」
「考えに穴!? ボクは何を見落としているのですか?」
「抗えぬのだ」
「はい?」
「年頃になると、抗えなくなるものなのだ」
「抗えなくなる? 一体何に? 運命にですか? 年頃になると運命に抗えなくなる? そういうことなのですか?」
「ふふ、そなたもいずれ分かるようになる。年頃になればな」
「そ、そうなのですか。抗えない運命って一体なんなんだろう…」
ちなみに星空の神様はすっかり枯れ果てていて、妻からの求めに応えきれなくなっていた。
その結果、エオスは恋多き女神となってしまうのだが、それはまた後の時代のお話。
「ティターン神族の一柱にして、随一の堅物である掟の女神テミスだけは、弟の蛮行に激しく抗議した。クロノスも厳格な姉が苦手なのか、その場では反省してみせるのだが、子供喰らいが止むことはなかった。結局、怒るのはテミスと当事者のレアだけで、外のティターン族はダンマリだ。止まるはずもないだろうな」
「何故止められなかったのですか? クロノス王が怖かったから?」
「むしろその逆よ。ウラノスからの虐待に怯えていたティターン神族にとって、恐怖から解放してくれた末っ子クロノスは正に救世主。とても返しきれない恩義のせいで、何も言えなかったのだ」
「……恩義、…恩義ですか。でも、それでも、こんな蛮行に目を瞑っていたら、歪みが生まれて大変なことになるのでは」
「その通り。クロノス王には特にそうであろう。ゼウス王子が決起した際、最高のタイミングで世界に暴露したのでな。ゼウス勢のクロノスへの反逆の正当性を神々に訴え、特に女神たちの同情を買うことに成功しておる」
「それが、つまり、世界を真っ二つに分ける巨神大戦争の始まりなんですね」
「天下分け目ではあるが、真っ二つではないな。中立を貫き、どちらにも与せぬものもおる」
「中立……。つまり戦わないってことですよね。どっちつかずで大丈夫なんですか? 戦後にどちらの陣営からも嫌われそうですけど」
「それならそれで構わぬよ。どのみち我らの力は地上では使えぬしな」
「それってつまり、アストライオス様が中立?」
「そうよ。我ら星空の一族は、地上には一切かかわらぬ。何せ外宇宙から迫り来る侵略者の撃退で大忙しでな。常に最高の『おもてなし』で迎えておるよ」
「そうか。もし星空の一族を怒らせたら、防衛任務をボイコットするだけで、地上が大変なことになっちゃうんですね」
「あとはポントス一家であろうな。深海をテリトリーとする彼らにしてみれば、地上の覇権争いなど何の意味もない」
「確かに……」
「故にな、ケイロンよ。そなたは決して天空の屋敷から離れてはならぬぞ。最低でも巨神大戦争が終わるまではの」
「え? それって……どういう意味なのでしょうか?」
「そなたの命はもちろんだが、世界の命運すらかかっておるやも知れぬのだ」
続く
書くことが! 書かなきゃならないことが多すぎる!!
肝心の主人公、とうとう睡魔に負けてしまったので、会話を集中させて2話で一気に終わらせるつもりでしたけど、良い感じに引きができてしまったので、中編となってしまいました〜(><)
もし次回後編で終わらなかったら? その時はもう「シン ティタノマキア問答」にするしかありませんね(笑)




