ノベル第6話 ティタノマキア問答 前編
大戦争はやがて巨神大戦争と呼ばれるようになる。
数年が経過したが地上戦が終わる気配は無く、稀に地響きが天空世界にまで届いていた。
避難民たちは基本野宿だが、幸い、天空世界は雨が降らず、気温も穏やかで暑くも寒くもない。屋敷の周りで、なんとか共同生活を送っていた。
地上に降りられなくなったアイドースが、ケイロンと遊ぶようになったのも、自然の成り行きだろう。
ケンタウロスのケイロンは本当に賢い子供だった。彼の叡智には、アイドースも感服せずにはいられない。
だから分からないことがある時は、いつもケイロンに質問していたほどだ。
「ねえケイロンくん。戦争ってなんだろう?」
「そうですね。大きな組織が問題を解決するための、最後の手段でしょうか。暴力が伴いますので、巻き込まれて死ぬのが嫌なら逃げるしかありません。ボクたち避難民はアストライオス様が助けてくださったので、こうして生きていられます」
「戦争が最後の手段なら、他にも問題を解決する手段はあるの? だったら、最初の手段はなぁに?」
「まずは交渉。話し合いですね。互いの代表者が集まって、要求する。拒絶する。苦言を呈する。注意を促す。誤解を解く。説得する。代替案を出す。持ち帰って検討する。妥協点を見つけて合意できれば、和解して問題は解決です」
「話し合いで解決できなかったら? すぐ戦争になっちゃう?」
「準備に手間暇かかりますので、直ちに戦争とはなりませんけど、次の手段に移るでしょうね。例えば、『言うこと聞かなきゃ攻め込むぞ』と脅迫。脅しですね。それに『うちで収穫した作物は送ってやらない』って感じの経済封鎖。有り体に言えば、嫌がらせでしょうか」
「ひど〜い! 脅しや嫌がらせが解決手段だなんて、なんだかイヤな感じね」
「それでも戦争が始まるよりは、はるかにましですからね。脅しや嫌がらせに屈して言いなりになれば、平和は守られます。仮初でも、ニセモノの平和だったとしても、平和は平和ですから」
「それじゃあ、戦争が起きるのって……」
「片方の要求が理不尽すぎて、もう片方の忍耐が限界を越えちゃったからじゃないかなって、ボクは思います」
「話には聞いておったが、誠に聡きわらべよの」
唐突に大男が現れる。アストライオスだった。
「あ、お父様お帰りなさい! そうなの! ケイロンくんはすごいのよ!」
ケイロンは慌てて立ちあがろうとするが、アストライオスはそれを笑顔で制すると、二人の側に座った。
「我も話に入れてもらえるか?」
「お父様も? ええ、それは構わないけれど」
「さて、ケイロン。確かに話し合えるなら、戦をせずとも済むやもしれぬな。だが、それは互いに話し合う意思がある場合だ。問答無用で一方的に攻め入る邪神どもは、敵と定めて殲滅せざるを得ぬ。やられる前にやらねば、この世界が滅ぶでな」
星空の一族は、総司令アストライオスのもと、外なる神の侵略から太陽系を、何より地球を守るべく、日夜戦い続けている。防衛戦。それもまた戦争の姿だった。
ふとアイドースがつぶやく。
「ねえお父様、巨神大戦争はどうして起きたの? 止められなかったのかな」
「ふむ。確かに同じ神々で、同じ言葉を話す者同士だ。話し合いで解決できなかったのかと思う気持ちもわかる。さて、ケイロンはどう考える?」
「無理ですね」即答である。
「え〜、どうして無理なの?」アストライアは不服そうに問いかけた。
「巨神大戦争は一見するとスケールの大きな親子喧嘩です。そしてアストライオス様とお嬢様は、とても仲の良い親子です。ですから『話せば分かるのでは?』と、お考えになるのも分かります。ですが、その実態は醜い権力争いなんですよ。権力が欲しいゼウス王子と、権力を手放したくないクロノス王。世界は広いけれど、世界の半分じゃ満足できない。どっちも強欲者なんです」
「ふふ、なかなかに辛辣よのぉ」
「きょ、恐縮です」
アストライオスは楽しそうに笑いながらケイロンの頭を撫でるが、手が大きすぎて頭がすっぽり隠れてしまった。
「そうだな。我も戦争は不可避だったと考える。考えるが……。これは、ただの権力争いではないのだ。互いに己の存在をかけた戦い。生存戦略とでも言うべきか……」
「生存戦略……」ケイロンは思わずつぶやく。
「せいぞんせんりゃく……」アイドースも思わずつぶやく。
だが、アイドースには二人が何を話しているのか、さっぱり分からなかった。
難しい! 難しい言葉が多すぎる〜! もう少し噛み砕いて話してくれないとついていけないよぉ!!
でも、話の腰を折るのはなんだか申し訳ないから、聞いているふりをしていよう。
それにしても、お父様のお話についていけるなんて、やっぱりケイロンくんすごい!
あとで教えてもらおっと♩
「我が父クレイオスの話を信ずるなら、我が祖父にして先代王である天空神ウラノスは、最低最悪の男だったようだ」
「最低…最悪…ですか」
その言葉にケイロンはふと、母を捨てた男を連想する。あいつより酷いヤツなんているのかな?
「ウラノスは我が祖母、大地の女神ガイア様を愛したが、ガイア様しか愛さなかった。独り占めしたかったのだ。故に生まれた子供たちを憎んでいた。排除したかった。だが不死なので殺せない。だからティターン神族12柱を洞窟に閉じ込めたが、それでも扱いはマシな方だ。同じように生まれたキュクロプスやヘカトンケイルは、ただ醜怪であったがためにタルタロスへと堕とされ、今も苦しんでいる」
「それは確かに……最低最悪ですね」
「うむ。偉大なる始祖にして、我が一族最大の恥よ」
上には上がいる。世界の広さを実感したケイロンだった。
「生きとし生けるものをこよなく愛するガイア様は、父親として振る舞うようウラノスを説得するが、聞く耳を持たない。ついには堪忍袋の尾が切れて、ウラノスとの絶縁を決心する。子供たちを救うには、それしかなかったのだ」
「きっと、苦渋の選択だったでしょうね」
「とはいえ、ガイア様もか弱きおなごにすぎぬ故、ウラノスを倒す力など欠片も持たぬ。そこでアダマスの鎌を用意すると、ティターン神族に命じたのよ。『この鎌を使ってウラノスを倒しなさい』とな。だがしかし、長年にわたり酷い虐待を受けて来た子供たちだ。ウラノスのことを考えただけで体が震え、立ち向かうことすらできぬ。そんな中、アダマスの鎌を受け取ったのが、末っ子のクロノスだった。クロノスは勇気を振り絞り、ウラノスを倒した。誰もが成し得ぬことをやり遂げたのだ。クロノスが王座に付くことに異議を唱える者など、おらぬだろうな。ここまでがクロノス王誕生の経緯よ」
ちなみに子供に話している上、愛娘も側にいるため、星空の神はセンシティブな表現を避けている。
「なるほど。クロノス王はウラノスの圧政から皆を解放した英雄なのですね。納得です」
「残念だがな、皆ではないのだ」
「え!?」
「ティターン神族は救ったが、キュクロプスやヘカトンケイルは、そのままタルタロスに放置したのよ。ガイア様はたいそうお怒りになったが、偉大なる大地の女神も、か弱きおなごにすぎぬでな。怒りを溜め込むしかなかった」
「戦争の火種は、最初から燻っていたのですね」
「そうよな。現に今、ガイア様はゼウス勢に加勢しておるよ」
「きっと怒り大爆発ですね」
ケイロンは知る由もなかった。偉大なる大地の女神様が、この後さらに怒りを溜め込み、とてつもない怪物を生んでしまう未来を。
「さて、クロノス王の政治手腕だが、概ね善政だったと言って良いだろう。農耕を司る神であったのも幸いした。死の世界に生命が宿り、さまざまな動植物や精霊で溢れかえった。ガイア様ですら怒りを一時忘れていられるほどの繁栄ぶりだ。
もちろん、全てが良好だったわけではない。大きな問題が二つあった。一つ目は先ほど話したキュクロプスとヘカトンケイルだ。血を分けた兄弟だが、クロノス王は救わなかった。ガイア様の怒りを買ったが、二つ目に比べれば些細な問題よ」
「二つ目ってなんですか?」
アストライオスはチラリとアイドースを見ると、ためらいがちに話す。
「子供喰らいだ」
続く
書くことが! 書かなきゃならないことが多すぎる!!
肝心の主人公が置いてけぼりになるので、1話で一気に終わらせるつもりでしたけど、ケイロンくんの重要話をここで書かないと、書くチャンスを失うことに気づいてしまったため、前後編に分けました〜(><)




