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裏営業は儲かります。

 


 ―――極上の情報には、値千金以上の価値が付く。



「ハイお待たせいたしましたー! こんがりグラタンでーす!」

「待ってましたァー!」



 上の部分が焼かれて香ばしい匂いを放つグラタンをドンッとお客さんの目の前に置くと、ヒャッホウと言いそうなほど弾んだ歓声が上がった。

 その声を嬉しく思っていると、また別の席から注文の声がかかる。



「カナリアちゃん、デミグラスハンバーグ一つとシーフードパスタ一つ!」

「こっちはオムライス二つ!」

「ご注文承りました! 少々お待ちくださいませー! ―――あーくん!」

「聞いてた」



 声をかけると、わかっていると言うようにカウンターの奥から淡々とした返答。頼もしいぜ、あーくんことアックス。

 私も調理の方に回って、卵を素早く割ってといていく。でも手際の良さはあーくんの方が数段上だ。さすがはウチの調理担当。

 でも料理私が教えたのになぁ……とボウルを抱えてジャカジャカやっていると、不意に手がつるっと滑ってボウルが腕の中から消えた。

 そのまま床に激突……する直前に長い腕がボウルを掬い上げてことなきを得た。

 氷のように冷たい視線が、蔑みを孕んで私を貫く。



「注文と会計取ってきて」

「……ハイ」



 それはつまり、余計なことするなってことっすね。了解です。

 私一応ここのオーナーなんだけどね……と思いつつ、お会計に並ぶお客さんを捌いていく。

 まあ私の得意分野はこっちだしね! 愛想がないあーくんにはできないことだしね!



「はい、銀貨三枚丁度ですね。ありがとうございました!」

「マジ美味かった! また来るから!」

「わーいお待ちしておりまーす!」



 機嫌良く帰っていくお客さん。これはリピート見込めるね!

 ふんふん鼻歌歌いつつテーブルを拭いていると、お酒でも飲んだのか顔が真っ赤な男性がニマニマ笑いながら話しかけてくる。



「お嬢ちゃん、ここの料理ホント美味しいね!」

「あっハイ、ありがとうございます!」



 突然なんだと思っていると、馴れ馴れしく肩を抱かれた。……肩を抱かれた??



「ところでお嬢ちゃんって彼氏いるー? いないなら俺とかどう?」



 えっキモイ無理。

 お店の中だからなるべく穏便に、と思ってさりげなく腰に回されそうになった腕から抜け出す。



「すみませんお客様、当店ではそういったことはお控えください」

「えー、別にいいじゃん! あ、この後時間ある? 美味しい店知ってっからさあ」

「ありませんお引き取りください」

「即答じゃん。照れてんの? かわいー」



 し、つ、こ、い!

 何を言っても暖簾に腕押し、ぬかに釘。鬱陶しいったらありゃしない。

 もういっそ殴り倒そうかなんて物騒なことを考えつつ、声を張り上げる。



「お客様! これ以上は営業妨害として、出禁にさせていただきますよ!」

「つれないなあ。いーじゃん、このくらい。ねぇちょっと胸触らせてくんね? Eはあるよね? ずっと触ってみたかったんだよねー!」

「っ、あーくんお客さんだよッ!!」

「はい只今ただいま



 流石にアウトな発言にカウンターの内側に叫べば、すぐさま軽い身のこなしで駆け寄ってくるウチの調理担当。その速さ、豹もびっくりだろう。

 スッと男性の目の前に仁王立ちで立つアックス。切れ長の目を細めて、なんとも素晴らしい迫力である。



「ウチのオーナーに何か?」



 肌がピリつくような殺気を滲ませるアックスに、男性は「あ、いや、なんでもないっす……」と怯んで退散していった。やーい、根性なし根性なしー。

 遠ざかっていく背に内心でそんなことを思っていると、黒曜石の瞳が今度は私をギロリと捉える。



「警戒しろって言っただろ」

「まさかの飛び火」

「は?」

「はいごめんなさい」



 ひっっくい声に秒で謝った。謝罪って大事。

 アックスは百八十センチ以上の高身長で、無表情な顔はちょっと怖いくらいに整っている。だからその顔で睨みを効かされると、ちょっとどころじゃなく怖いのだ。

 ……でもまぁ、なんだかんだであーくんは優しいので。

 大活躍なうちの店の門番さんの背中に、常連さんと一緒に生ぬるい視線を送った。

 ……ちなみに、ほんの数秒で気づかれて「何」って振り返られた。怖かったですマル。






 ▼△▼△▼△






 フキフキフキ、キュッキュッ、フキフキキュッ。

 昼間の営業が終わった店で、幾つもあるテーブルをフキフキキュッキュする。これがなかなか楽しい。




 時間の流れとは早いもので、転生を自覚してもう七年が経った。

 この七年間、本当に色々あった。いや、本当に。


 死なないようにしたいと言っても、まだ十歳かそこらの子供には限度というものがあった。

 とりあえず孤児院を出ることを最初の目標にしたのだが……最初の頃はそれはもう悲惨だった。

 孤児院の院長に課せられた肉体労働ばかりの毎日にヘトヘトで、未来のことを考える暇さえなかった。

 この店をやろうと思ったのは、唯一外出を許可される食料の買い出しの時のことだった。

 僅かな賃金で食べ物を買おうとしたら、見かねた店主のおじさんがオマケしてくれたのだ。

「これ少し形が悪いから。内緒だよ」って。マジ惚れるかと思った。おじさん、男前すぎる。

 それで予定より少し余ったお金と野菜を見て、これだと思った。



 お金を集めて孤児院を抜け出して、お店をやろう。



 それからは、ただひたすら目標に向かって真っ直ぐだった。

 買い出しの時は必ずオマケをもらえないか交渉してお金を貯めて、いろんな人と関わりを持って、情報を集めて。

 そして十五歳の夏、相部屋だったアックスを連れて孤児院を抜け出し、事前に話を通していた女性に譲ってもらったこの場所で、前世の料理を再現したお店を開店。

 まだ見ぬ異世界料理はこの世界の人の口にも無事合ったようで、小さなお店にも関わらず、見事大人気店になったというわけだ。

 今ではこの辺りでは知らない人はいないほどの人気店だ。ふふん。

 いやぁ、前世での趣味がこんなところで役に立つとは。何事も経験してみるもんだねぇ。


 機嫌良くふんふんと鼻歌を歌いながらカウンターの内側に入ると、黒髪黒目のクールな美青年……もといアックスが出てくる。

 このお店の制服は、白いブラウスに黒いベスト、黒い細身のパンツ。青い宝石が縫い付けられた、小洒落たタイネクタイがよく似合っている。

 ちなみに私はほとんど同じで、タイネクタイの宝石だけ黄色いものだ。お揃いお揃い。



「あーくん、()()()()だよー」

「あぁ」



 アックスには、私の前世について、この世界の未来について既に話している。

 最初こそ『正気かコイツ?』と言わんばかりの目で見られたものだが、今ではちゃんと信じて、一緒にお店をやってくれている。

 味方は多い方がいいもんね。一人でも事情を知ってくれてる人がいると、精神的に楽なんだ。

 それから、あえてアックスを味方に引き入れたのには理由がある。



「あーくん、ここの床のゴミおねがーい」

「ん」



 私のお願いにアックスが頷くと、その黒曜石のような瞳が、ぼんやりと紫色の輝きを帯びる。

 同時に床の上で、小さな小さな竜巻が発生してゴミを巻き上げた。

 竜巻はそのまま小さな青い炎に姿を変え、ゴミを燃やし尽くして消滅した。

 その鮮やかな手口に感嘆する。



「いつ見てもすごいよねー、あーくんの魔法。死体溶かし液要らずだ」

「なんだその物騒な例えは」



 きゅっと眉間に皺を寄せる顔すら美しい。イケメンって罪だね。

 アックスには、驚くほど大きな魔法の才能があったのだ。これこそが、私が彼を選んだ理由。

 膨大なまでの魔力量に、それを使いこなせるだけのセンス。常人以上の頭脳と動体視力で敵を捕捉し、必ず標的を逃さない。

 ついでに体術と剣術の方も才能があったらしく、並の騎士では歯が立たないくらいの戦闘最強マンだ。

 原作のメインキャラじゃないのがおかしいくらいのチート人間だ。魔法も剣術も最強のクール系黒髪美青年ってなんだそれ、属性盛りすぎ。


 ちなみにだが、私には魔法の才能は特になかった。せいぜい人並み。平々凡々の凡庸人間だ。

 ただ、稀少な精霊魔法が扱える点は平凡じゃないかな。

 これがすごく助かっている。妖精達、お客さんが注文してからの待ち時間とか言ってくれるから。普通にめっちゃ良い子達。一生ウチにおいで。




 そんなこんなで、今はなかなか充実した毎日を送っている。

 いやー、本当に楽しいんだよね。稼ぎは良いしアックスは頼もしいし、妖精達は可愛いしー。

 お店も大繁盛で、昼間だけの営業とは思えないほどの売り上げを見せている。

 七年間であったことといえば、このくらいかなぁ? うむ、なかなか濃い内容だ。カナリアちゃんもビックリだ。



 ……あ、やっぱりもう一つあったな。それも一番重要なやつ。



 このお店の、“裏の顔”。

 それは―――――



 カラン、と扉に付いたベルが軽やかな音を奏でた。

 もう営業終了後だとか、そんなことは私もアックスも思わない。


 ―――だってこっちが本業なんだから。



「―――おい、てめぇがここのトップか」

「わぁ、いらっしゃいませお客様! 初顔ですね。初回来店ですか?」



 カウンターの内側から昼間と同じように明るく声をかけると、入ってきた男と視線が絡む。

 大柄なのに病的なまでに痩せ細っている男だ。白目は充血していて目の下には濃い隈。ギラギラとした鋭い眼光は、とても表の人間には見えない。

 まあ当然だ。夜にこの店を訪れる人間には、二つの分類がある。


 裏社会の人間と、そんな彼らを求める人間だ。



「はぁ? いいから無駄話してねぇで、さっさと情報を」

「――――当店は世界中からたくさんの“食材”を仕入れております。ですのでメニューの種類は世界随一。お客様の“べたい”ものも必ずあることでしょう。ありすぎて、逆に迷われてしまうかもしれませんね」



 アックスが私の斜め後ろに黙って佇む。鋭い視線を男へ投げかけて、その動きを牽制するように。

 その視線に恐れをなして、男はその場に縫い止められる。


 しっかりと男と目を合わせて、片手を胸に当てる。

 そのまま上体を少しだけ前に倒し、首を傾けるようにして上目遣いで男を見上げ、気障ったらしく笑った。

 鮮やかな黄色の宝石が、胸元で柔らかな煌めきを放つ。





「――――情報酒場『アーカイブ』へようこそ! ご注文は?」





 表の顔は、人気異世界料理店。裏の顔は、世界中から情報を仕入れて売り捌く、世界最高峰の情報屋。



 それがこの、情報酒場『アーカイブ』だ。

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