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まさしく地獄☆

 端的に言おう。転生した。


 私がこの事実を呑み込んですぐにしたのは、とりあえず絶叫、であった。



「転生先が『マジラブ』の世界とかそれなんて地獄??」



『マジラブ』、それは前世日本で高い人気を博した恋愛小説である。


 正式名称は『魔法のような愛と恋』、略してマジラブ。私も前世では大変お世話になった純愛小説だ。

 内容はまあ王道。親無し子な平民だったヒロインに光魔法の才能があることがわかって、男爵家に養子入りして王立学院へ編入。それから勇者やら第一王子やら公爵令息やらと仲良くなって、数々の困難を愛と魔法の力でねじ伏せて、最終的に聖女になって勇者と結婚する。


 イマドキ驚くほど王道中の王道を行ったこの作品が大ヒットした理由は、なんと言ってもそのスケールだろう。

 魔王さえも操り、世界の征服を目論む悪の犯罪組織。辛い過去を繰り返さないために剣を握った、最強の力を宿した勇者。文字通りに世界中を巻き込んでの最終決戦は、圧巻の一言だった。

 キャラクターのビジュアルも大変素晴らしく、最終回の結婚式シーンなんて思わずホロリときてしまたほどだ。あれは歴史に残る名作だった。

「幸せになれよぉ……ゔゔぅ……っ!」と目を真っ赤にして泣き腫らしたことをよく覚えている。いやぁ懐かしい。うーん、当時を思い出したらなんだか涙が………………って。



「そうじゃなあああぁぁいっ!!」

「カナリアうるさい」

「ごめんねあーくんっ!」



 端的に告げられた苦情に叫ぶようにして詫びて、私は頭を抱え込んだ。

 そう、感動している場合ではないのだ。泣いている場合でもないのだ。


 この国の名前は、アゼル王国。国王陛下の名前はマークス・フェリム・アゼル。先日発見されたと噂の勇者の力を宿した少年の名は、リュヤ。

 ……『マジラブ』の舞台はアゼル王国の王立学院。国王陛下のお名前はマークス様。メインヒーローである勇者様のお名前は、リュヤ・ツカナァウィ。


 ここまで来たら馬鹿でもわかる。ここは『マジラブ』の世界なのだろう。

 そして私はおそらく作中に出てこなかったただのモブ。

 言わせてもらおう。神様さては私のこと嫌いだな??

 大好きな小説の世界だからワーイヤッターなんて手放しに喜べるほど私は阿呆じゃない。

 いいか神様聞いて驚け、この世界は死亡フラグが多いんだ!!

 世界を巻き込む最終決戦ではもちろん、それまでだって驚くほど死亡フラグが建ちまくる。実際、何百人も死んだ……みたいな描写あったぞ。

 しかも作中一度も描写がなかったモブって。それじゃあ作中で死んでるかどうかわからないじゃないか。

 もしかしたらそれ以前に死んでるかもしれないし、いつ死ぬかわからないって怖すぎる。


 それから、もう一つ。

 私はどうやら孤児らしい。それも悪質な孤児院に預けられちゃった系の。

 ……もうこれ神様が今すぐ死ねって言ってるようにしか思えないんですけど。私不憫すぎない? カナリアちゃん泣いちゃうぞっ☆



(生きるのに必死な環境とか、元日本人には合わないよぅ……)



 不衛生で不健康な服と身体、満足に暖も取れないボロい相部屋。お腹は空きすぎてもはや鳴りさえしてない。

 現在まん丸な月が天高く輝く真夜中なのだが、壁とか窓の隙間からぴゅうぴゅう吹き込んでくる風が寒くて仕方ない。布切れみたいな古い布を毛布代わりにして、相部屋の子と身を寄せ合って暖を取る。


 ……平和に慣れきった、恵まれた生活を知る人間にこれはつらい。

 この孤児院を経営している院長は、ここの子供達がどうなったって構やしないのだろう。なんなら死んでくれた方が生活費がかからなくて良い、とまで考えているかもしれない。

 精神年齢成人済みの私は「そういうもんか」と思えるけど、まだ人生半分も行ってない子供にその事実は辛いだろう。

 ……なんとかしたいところだなぁ。

 でももし社会に出ても、文字も計算の仕方も知らないような子供は長時間肉体労働の奴隷にされるだけ。それはそれで地獄だろう。


 つ、ま、り。……これ詰みでは??

 死亡フラグ建ちまくりの世界に転生した上に孤児で、この先の人生の希望は僅か。そして現在進行形で飢え死にしかけている。

 ………………さよなら今世。また来て平和な来世。



(……死にたくないなぁ)



 死にたくない。死にたくない。そんな思いが頭を占める。

 当然だ。だって私は異常性のカケラもない常人。死ぬより生きたいと思うのが当たり前。

 でもいつ死ぬかわからないようなこの環境。まさしく地獄だ。

 死が常に隣にあるような薄ら寒い気配に、ふるりと背を震わせて相部屋の子の背中にしがみつく。

 まだ十歳ほどの子供の体なのに、子供特有の高い体温はなく、まるで氷のように冷たい。

 あーくん、と小さな声で呼びかけると、歳不相応に痩せ細った小さな肩が揺れた。



「……なに」

「あーくんは……」



 ここから逃げたい? と訊こうとしたけど、言葉が喉に張り付いて何も言えず閉口する。

 逃げ出したいだろう、普通に考えて。きっとこの孤児院の子供は、みんな思ってる。

 温かい寝床で寝たい。美味しいご飯をお腹いっぱい食べたい。幸せになりたい。

 ありきたりで普通の願い。だけどこの子達は、それが叶えられないのだ。


 ……なんか、考え出したら苛ついてきたな。

 国からの補助金を横領して私腹を肥やす孤児院の院長にも、いつ来るかわからない死の気配にも。

 あー、苛々する……ていうか本格的にムカついてきたぞ。なんかすっごいむしゃくしゃする。

 無意味な叫び声出しながらガラス割って回りたい気分だ。そんなことしたら捕まるからしないけど。



(……うん、よし。決めた!)



 いつ死ぬか環境に転生させられて、黙っているようなカナリアちゃんではない。

 私は必ずここを出て行って、死亡フラグを全部へし折って、幸せな人生を歩んで寿命で死ぬ。

 事故死も病死も認めない。もちろん誰かに殺されるのも。私は老衰死以外絶対に認めない。


 必ずや! 私は! 普通の幸せを掴み取る!!


 人知れず内心でそう、堅く決意した。



 とりあえず今すべきことは、眠りについて英気を養うことである。

 そんなわけでおやすみグンナイ! ……くぅ。

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