第8話 錬金術
俺は早速麻袋からいくつかのレースの切れ端を取りラーブルにお願いをする。
「ラーブル、もしよければこのレースを使って俺と少し商売をしないか?」
この工房が実質倒産となって、行く宛がないラーブルなら乗ってくるだろうと思って話をする。
「商売?しかもレースの切れ端なんかで?具体的に何をするんですか?」
ラーブルが首をかしげる。
俺は腕組みをして、昨日確保した「レースの端切れ」の山を睨みつけた。
素材はある。狙う客層(金持ちの市民)も決まった。
「このレース切れ端を市民達に売ろうと思うのだ」
「切れ端を?そんなの市民でも買わないと思いますけど…」
「俺は売れると思ってる」
問題はどんな「商品」かだがある程度目星がついてるが名前がわからん。
「えっとな、こう……丸いやつだ」
「丸い?」
「ああ。紅茶とか飲むときに、カップの下に敷くやつあるだろ? あの薄っぺらい布みたいな」
「……ああ、コースターのことですか? あるいはドイリー(卓上敷き)?」
「そう! それだ!」
俺が指を鳴らすと、ラーブルは呆れたようなジト目を向けた。
「マサトさん……もしかして、こういうお洒落な小物とか興味ないですね?」
「男なんてそんなもんだ。機能性があれば十分だろ」
俺は咳払いをして誤魔化す。
前世でもインテリアになど興味はなかった。だが、需要がありそうなのはわかる。
「とにかく、この不揃いな端切れを縫い合わせて、その『ドイリー』とやらを作ってくれ。形は丸でも四角でもいい。繋ぎ目は刺繍か何かで誤魔化せるか?」
「うーん……やってみます。アランソン・レースは『針』で作るレースですから、繋ぎ合わせるのは得意分野です」
ラーブルは職人の顔になり、針と糸を手にした。彼女の指先が魔法のように動く。
バラバラだったレースの切れ端が、巧みな技術によって繋ぎ合わされていく。欠けていた模様は別の端切れで補われ、新たな幾何学模様として生まれ変わった。
---数十分後---
そこには、継ぎ接ぎだとは思えないほど美しい、掌サイズのレース敷きが完成していた。
「すげぇ……」
これで見習いってマジかよ…職人のレベルが想像つかない。
「どうですか? 本来の一枚布には劣りますけど、普段使いなら十分だと思います」
十分どころじゃない。
腐っても最高級ブランド『アランソン』だ。その気品は、ただのコースターを芸術品に変えていた。
俺は完成品を手に取り、ニヤリと笑った。
「上出来だ。これなら売れる」
「でも、どんな市民に売るんですか? 」
「狙うのは、貴族に憧れている『小金持ち』や「役人」だ」
俺はターゲットを定めた。
この街にもうってつけの人物が居たはずだ。
***
俺たちは街の目抜き通りにある、アランソンの地方長官の屋敷に訪れていた。表向きは貴族の屋敷となってるが、普段は地方長官が執務をここで行ってるらしい。
何故知ってるかと言うと、ラーブルがまだ工房がちゃんと稼働してた時貴族に売るレースを何度か持って行った事があるからだ。本人曰くそのせいでチンピラたちに誤解されカツアゲにあっていたらしい。(※第4話参照)
警備兵とラーブルは、ある程度顔見知りだったためレースを持ってきましたと言えばすんなり通してくれた。
応接室に通され、そこには中年で小太りのおっさんが座っていた。
「レースを頼んだ記憶はないが何用かね?」
「いえいえ、実は良い品が出来たので地方長官様にかって頂きたく持って参りました」
俺は愛想笑いを浮かべ、慇懃無礼に頭を下げた。
さらに俺は敢えて地方長官様と言った。
いくら国から任命されたとは言え地方長官も市民だ。厳密に言うと違うかもしれないが、統治制度的に見るとその可能性が高く俺も市民だから、本当は地方長官殿の方が正しいのだらう。だが、そこを敢えて様付け、つまり貴方様は貴族様と同等ですよと言ってるものだ。
これにより向こうも少しは財布の紐も緩くなるだろう。
「良い品だと?」
「はい。こちらをご覧ください」
俺はラーブルが作ったばかりの『コースター』や『ドイリー』を、彼の執務机の上に広げた。
殺風景な木の机が、一瞬で華やぐ。
「……こ、これはレースを使ったコースターにこっちはドイリーか、レースで作るなんて珍しいな?」
「ご名答です。最高級の絹糸を使った、正真正銘の本物。ですが、少し訳ありでしてね」
男の目が釘付けになるのを俺は見逃さなかった。
こいつは地方長官だ。身分は平民だが金はある。そして何より、自分を大きく見せたがっている。
「通常、このサイズの正規のアランソン・レースなら、一枚で20リーブルは下らないでしょう」
値段はあらかじめ、ラーブルに相場を聞いといた。普通のレースなら、そのくらいの価値があるらしい。リーブルって日本円に直すといくらかわからないけど。まぁ帰ったらラーブルに教えてもらうか。(※1リーブル大体1000〜2000円ほどです。因みに労働者の日給が2〜3リーブルで、1日の食費が1リーブルほどです。以上解説でした。)
「うむ、高くて手が出しにくいな」
俺は満面の笑みで話す。
「実は、これは工房で出た『余り』で作ったものです。品質は本物ですが、正規のルートには乗せられない。そこで……」
俺は声を潜め、悪魔の囁きをした。
「地方長官様、今回特別に相場の『7割で』……つまり14リーブルでお譲りします」
「な、なんだと? 7割だと!?」
地方長官が身を乗り出した。きっとこの地方長官にとって喉から手が出るほど欲しいレースがたった14リーブルだ。
本来ならゴミとして捨てていた端切れだ。原価はほぼゼロ。いくらで売っても俺たちの丸儲けだが、安すぎると逆に怪しまれる。
正規価格の「0.7倍」。
これが、「お得感」と「ブランド価値」を両立させるギリギリのラインだろう。
「客人が来た時に、このレースでお茶を出せばどう思われるでしょう? 『おお、さすがは地方長官様。普段からアランソン・レースを使うとは、なんと教養豊かで高貴な趣味だ』……きっとそう噂されますよ」
俺の言葉に、地方長官は恍惚とした表情を浮かべた。
彼はすでに、客の前で自慢げにこのレースを使っている自分を妄想しているようだ。
「……か、買う! 全部貰おう!」
チャリーン。
重みのある銀貨が、俺の手のひらに落ちてきた。
合計70リーブル。
現代の日本円にして、いくらかわからないが、しばらく暮らしてけそうだ。




