124話 紅海への道
パリ・総裁府の大会議室。
大きな卓上には、地中海から紅海へと至るスエズ地峡の巨大な三次元立体模型と、何枚もの緻密な設計図面が広げられていた。
オスマン帝国の皇帝から届いた「全面支援」の親書を傍らに置き、マサト、ドニ、ジャン、ラーブル、そしてラトゥーシュ=トレヴィル提督が膝を突き合わせていた。
「さあみんな。オスマン帝国からの正式なお墨付きも得られた。ここからが本番だ。地中海と紅海を繋ぐ『スエズ運河』の具体的設計に入ろう」
マサトが切り出すと、ドニが興奮気味に図面の一角を指差し、大声を上げた。
「待ってました! マサト、まず一番重要なポイントだが……ヨーロッパの古い技師どもが主張してる『水門式』の設計は、全部ドブに捨てるぞ!」
「水門なしの『直接連結』でいくんだね?」
「その通りだ!」
ドニが大きく頷き、模型の地中海と紅海を指でなぞった。
「昔の連中は『両方の海で水位が違うから、船を段々で上り下りさせる水門が必要だ』なんてトンチンカンなことを言ってたが、僕たちが測量したデータじゃ水門式にする必要な高度ではない! 水門なんて作ったら船の待ち時間が増えて物流が滞る。地中海と紅海をそのまま一本の巨大な川として繋ぎ直す!」
「水門なしのノンストップ航行か……!」
ラトゥーシュ=トレヴィル提督が眼光を輝かせ、髭を撫でた。
「素晴らしい。我が海軍の大型艦や蒸気船が、何の停滞もなく地中海から紅海へ、そしてインド洋へと一気に抜けられるわけだな。物流の速度は従来の数倍跳ね上がるぞ」
「だがドニ、水門を作らないとなると、全長百キロ以上にわたる灼熱の砂漠をひたすら深く掘り進めなきゃならない。過酷な砂漠でどうやってそれだけの土砂を掘るつもりだ?」
ジャンの問いかけに、ドニは待ってましたとばかりにニヤリと笑い、新たな設計図をバッと広げた。
「ふふん、そこでドニ技術省の秘密兵器『大規模蒸気掘削機』と『蒸気浚渫船』の登場だ! 掘り起こした砂利や土砂は、近くの砂漠へ排出する予定だ。旧時代のやり方みたいに、現地の人々を何万人も鞭で叩いて手掘りさせる必要なんて一秒もない!」
「機械による自動施工か……! これなら人命を損なうことなく、恐ろしいスピードで掘進できますね」とラーブルが感嘆する。
「それだけじゃないよ」
マサトが静かに笑い、模型のナイル川からスエズ地峡へと伸びる「青いライン」を一本書き加えた。
「運河の工事で一番怖いのは、作業員の脱水症状や熱帯病だ。……だから僕たちは、海水運河を掘る前に、まずナイル川から水を引き込む『淡水運河(給水用水路)』を先行して建設する」
「淡水運河……! 砂漠に真っ先に飲み水を引くのか!?」
ジャンが目を見開く。マサトは深く頷いた。
「そうだよ。作業員たちに綺麗な飲み水と温かい食事、そしてキニーネをはじめとする最新の医療を無償提供する。それだけじゃない。この淡水運河があれば、工事が終わった後もスエズ沿線の砂漠に水が行き渡り、広大な緑のオアシス農地と新しい港湾都市が爆誕するんだ」
「……圧巻ですな、マサト総裁」
ラトゥーシュ=トレヴィル提督が、心底感服したように息を吐き出した。
「他国が植民地で人を使い捨ての道具として死なせている中で、我がフランスは砂漠に清らかな水を注ぎ、現地の人々を安全と高給で潤しながら、人類史に残る運河を創り出す……。これぞまさに、我が同盟の誇る『共栄』の真骨頂だ」
「防衛と管理の拠点も完璧だよ」
マサトは模型の北(地中海側)に『ポートサイド』、南(紅海側)に『スエズ』、そして中間に『イスマイリア』の三台拠点を指し示した。
「ここにフランス海軍とオスマン帝国の共同警備基地を置き、運営は『スエズ運河公社』として国際管理する。イギリスや他国が良からぬ横取りを企もうとしても、手出しできない絶対的な防衛網を敷くんだ」
水門なしの爆速水平運河、最新重機による安全な施工、砂漠を緑化する淡水運河の併設、そして絶対的な共同防衛体制。
「よし! 設計思想は固まったね」
マサトが立ち上がると、仲間たちの顔を見渡して力強く宣言した。
「全軍および技術省へ通達! これより、スエズ運河建設プロジェクト『紅海への道』作戦を正式に開始する! 地中海とアジアを繋ぐ新しい時代の架け橋を、僕たちの手で創り上げよう!」
「「「おーっ!!!」」」




