第60話 友人と呼ぶに相応しい
「お、駈だ。って、どうしたその顔!?」
「あ、速人。お疲れ……」
片づけを終えた駈は昇降口で部活終わりの速人と出くわした。
速人は制服に着替えておらず、部活着の上に学校指定のジャージを羽織っている。そして、下は短パンで膝から下があらわになっている。
下校時に制服を着用するなどという決まりはないし、速人は部活終わりであるからいいのだが、やはり一際目立つ。
さらに、一人で驚いた表情を浮かべているのだから、なおさらだ。
「まあ、疲れてるけど。そんなことより顔。ほっぺ赤くなってるけど、どうしたよ」
「まだわかるくらい赤いのか……」
駈は思い当たるところをさすった。少し痛いのか、丁寧にゆっくりと触れていく。
「これは、さっき美鈴にやられたんだよ」
「ちょっと。その言い方は語弊があるんじゃないかしら」
駈の後ろから、腕を組んだ美鈴が現れた。
怒りをあらわにしているのか声が少々張っていて、表情も強張っている。そして、その隣には美鈴の怒りを抑えるかのようになだめている彩夏の姿が。
状況が呑み込めていない速人は困惑しながら駈と美鈴を交互に見ていた。
「え、なに。どういうこと?」
「簡単に話すと、駈くんと隆と悠が卑猥な話で盛り上がっていたのよ。何度も言い訳をするものだから、ついね」
「おおう……。秋川さんってやるときはやる人なんだ……」
急にニコニコと笑顔を浮かべながら教えてくる美鈴はどこか不気味だ。目が笑っていないというか、奥に底知れない怒りが垣間見えた、ような気がする。
そんな美鈴の姿を見た速人は肩をすぼめていた。
「お、速人じゃん。部活お疲れ……」
「おう、お疲れ。って、隆もほっぺ赤くね?」
「あ、お疲れ様……」
「お、悠もお疲れ。って、あんたもかよ!?」
美鈴の後ろから現れた隆と悠。その二人は元気がなく、周辺の空気がどんよりしている。それに、二人の頬も心なしか赤くなっていた。
思わず突っ込んでしまった速人が一つ溜め息を挟んでから言葉を続ける。
「……ったく。なにやらかしたんだお前ら」
「俺らはおっぱいの話をしてただけだよ。そこに美鈴がやってきて、このざまよ。まったく、思春期男子の猥談の邪魔はしてほし――」
「だから、女子の前でそんな話はしない!」
「いって!」
美鈴の小さく鋭い平手打ちが隆の頭に落とされた。音こそ小さかったが、それなりに痛かったのか隆は叩かれたところを両手で押さえている。
速人はすべてを察したのか呆れた様子で駈たちを見ていた。
「なるほどな。確かに女子の前で話すようなことじゃないな。ちゃんと男子しかいないところでしないと」
「最初はそうだったんだよ。だけど、美鈴が戻ってきてな」
「なに? 私が悪いってこと?」
まあまあと彩夏がなだめているが、美鈴は腕を組みながら隆を睨み続けている。その覇気に怖気づいた隆は「あ、いや」とだけ言って、両手を横に振って否定した。
駈と悠も、今の美鈴を恐れているのかちらちらと見るだけ。頬に平手打ちをお見舞いされた者たちなら当然の反応だろうが、少しビビりすぎな気もする。
「いい加減にしなよ。美鈴を押さえるこっちの身にもなってくれ」
彩夏が呆れたように腰に手を当て、「はあ」と息を漏らす。
「うちが帰ろうとしたら美術室から美鈴の怒鳴り声が聞こえてきて、それからずっとこんな調子。今やっと落ち着いてきたところなんだから。そのくらいにしておいてくれ……」
彩夏も参っているのか、懇願するように項垂れた。
すべてを理解した速人は、切り替えるように曲げていた背中を逆に反らした。部活で疲れた腰に効いているのか、わざとらしく声を漏らしている。
「んんー。とりあえず帰ろうぜ」
「そうね。くだらないことに時間を使ってしまったわ」
「あはは。そうだね、帰ろっか」
駈は乾いた笑みを浮かべ、自分の靴箱へと向かった。
時刻はすでに19時をまわっており、もちろん駈たち以外に人の姿は見えない。
それに、すっかり外は暗くなっている。階段付近の電気はついているものの、昇降口のドアまわりに明かりはない。
潜在的に刷り込まれている記憶を頼りに、外靴に履き替えて外に向かった。
「うお、ちょっと寒いな」
速人は晒されている足に吹く夜風に身構えた。陽が出ていたときに温められていた空気は夜になれば冷めている。空も星が見えるほどに晴れているというのに、空気がどんよりしていない。油断していたら風邪を引きそうだ。
文化祭の準備で気づいていなかったが、確実に季節は秋へと変わりつつあった。
「速人、そんな恰好で大丈夫?」
「まあ、大丈夫だろ。帰ったらすぐシャワー浴びるし」
「よーし、帰ろー!」
「ちょっと彩夏。声が大きい」
「それにしても今日も楽しかったな。でも俺は絶対認めないぞ」
「まだその話するの……。怒られたばっかじゃん」
「そうよ。また私の目の前で変な話してたら、今度は」
「わかったよ。もうしないから。叩くのはやめてくれ……」
怯えたように震えた声で言う隆に笑う駈たち。
変わっていくのは駈たちも同じだった。準備期間を通じて築いた友好関係。それは学校だけにとどまらず、一緒に寄り道もした。
駈は何度も不安になることがあった。だが、そんな不安はすぐさま消し飛んだ。
学校に行けば挨拶をしてくれる友人。
困ったことがあればすぐ察してくれる友人。
分からないことを聞けばすぐ答えてくれる友人。
くだらないことで真剣に語り合える友人。
誰がどの役割だとか、そんな括りはない。
誰もがどの役割にもなりうる、そんな友人。
そして、その中に駈もいる。
誰かの友人。
少なくとも、今まわりで一緒になって笑っている人たちは友人と呼べるのだろう。
お読みいただき、ありがとうございます。
よろしければ評価(下の☆マークのとこ)やブックマーク登録をしていただけると大変励みになります!
感想やレビューもお待ちしています。




