第59話 やっぱり普通が一番
どうすればこの状況から逃げることが出来るのか。駈は考えてみたが、無駄だった。
がっちり腕を掴まれていて、気づかないうちにドアは閉められている。振り払ったところでドアに手をかけたところで容易に捕まるだろう。
「……なんの話さ」
諦めた駈は肩の力を抜いた。聞いてもしょうもないことなのだろうが、それで隆と悠の気が済むのならそれでいい。
二人も掴んでいた腕を離す。しかし、依然として表情は強張ったまま。
それでも二人の手に持っているものは今の状況に似つかわしくないもの。胸の大きい女性と、胸が小さいロリっ子キャラ。
この時点で何を聞かれていたのかは明白だ。
「そりゃもちろん」
「胸の大きさの話だよ」
息ピッタリに分けられた言葉。別に一人が言えばいいのだが、さすがの仲の良さだと言うべきか。
それにしても、隆はともかくとして悠が胸の話題に食い気味になるなんて驚きだ。普段は大人しそうにしているのに。
「……それ答えないとダメなの?」
「大きい方がいか小さい方がいいか答えるだけだ」
「三橋くんはどっちの方が好きなの」
相変わらず二人の勢いに圧倒される駈。どっちを答えても、ろくな結末にはならないような気がする。
大きい方が好きだと言えば悠が、小さい方が好きだと言えば隆が。何を言ってくるのか想像はできないが、さっきみたいに二人だけの口論が始まることは目に見えている。
そうなるのは避けたい。というよりもうすぐ美鈴が戻ってくるはず。そんな時に胸の話なんてしていたらどう思われるか。
それだけは面倒だ。ならば、駈が言うべきことは。
「……別にどっちでもない。普通が一番だろ」
一か八かの賭けに思えるが、そもそも駈は胸のことなど興味はない。新しい派閥を出してしまっては悪化してしまうかもしれないが、どちらかに偏るかはマシだ。
「普通派が出てきた……」
「三橋くん、それはないよ……」
呆れる隆と悠。
さっきまでの熱が冷めたのか、何も言ってこない。上手くいったと言えばいいのか。だが、これで面倒なことは避けられそうだ。
「んじゃ、俺はただ人を待ちたいだけだから」
駈は逃げるように立ち上がり、ドアに体を向けた。美鈴美鈴が来ればもっと安心できるのだが、そんなわがままは言ってられない。
さっさと廊下で待つことにしよう。そう思った駈がドアを開けようとした、が開かない。
「ちょいちょい。待ちなさいや駈さん」
隆がドスの効いた声で駈を呼び止める。そして、隆のつま先は引き戸を押さえるように力が込められているようだ。
再度開けようと試みたが、微動だにしないドア。
「このまま逃げられても困るんよ」
「そうだよ、三橋くん。敵前逃亡は良くないよ?」
いつの間にか敵判定になっているようで、言葉に圧を感じる。それに、悠の目が笑っていない。表情こそ柔らかくしているつもりなのだろうが、目から感情を感じられない。
まるで、軽蔑しているような。悠はそんなつもりもないし、駈だってそんなことを思っているわけではない。
だが、状況が状況。駈は逃げられないと悟り、ドアに背を向けた。
「なにさ」
「お、やる気になったか?」
「何のやる気だよ……」
「それじゃ、三橋くん。なんで普通がいいの?」
まさか悠から聞かれるとは。そんな人物なのか、最近仲良くなった駈には分からない。だが、明らかにヤバイやつだということはわかる。
さっきよりも目を細めて笑みを浮かべる悠。駈の言葉を待っているのだろうが、果たして受け入れてくれるのか。なんて考えても無駄なのだろう。だって、隆と口論していたのだから。
それでも、何か言わないといけない。
「なんでって、別に胸に興味はないんだけど。なんかこう、大きくても現実味がないとうか」
「ほう。それが普通派の言い分か」
話を聞いていた隆は真剣に腕を組んでいる。そんな大層なことを言ったつもりはないし、なにしろ駈にとってはしょうもない話題。
なんとか絞り出した言葉に突っかかて来たことに溜め息が出そうになるほどに。
「駈はわかってない。ロマンなんだよ。大きければ大きいほど良いってわけでもないが、小さいよりかは夢がある。眺めるだけで毎日捗るもんよ」
自慢げに語る隆。それに呆れる駈はジトっとした目で聞いていた。さらっと悠を敵に回すことを言っているし、本当に大きい方が好みなのだろう。
隆は満足したのか、駈を煽り目で見ながら聞いてきた。
「んで、貧乳派じゃない理由はなんだ?」
「あー、特に理由があるわけじゃないかな」
「なんだそれ」
「じゃあ、三橋くんは貧乳派に近いってこと!?」
「うーん。でも、小さいよりかはあったほうがいいし、大きくても違和感があるというか……」
悠の期待は塵となって消えた。味方が増えるかもしれない、しかも多数決では勝つチャンス。それでも、駈は普通派だと言い続けている。
こんなことを真面目に考えることは普段あるはずがない。駈は思わず熱中してしまったのか、一人で勝手に喋り続けた。
「やっぱ、現実味があったほうが一番いいんだよ。だって、夢を見たってそれは空想でしかない。小さくてもエロさは感じない。だったら、普通である方が色々捗らない? って、あれ。聞いてる?」
二人のことなんか気にせずに普通派の主張を続けていたが、その間に二人が割り込んでくることはなかった。
気になった駈は途中で話を切り上げて視線を二人に向けると、なにやら引いている様子。
「聞いてたけどよ。駈ってさ、もしかしてむっつり?」
「いや、むっつりだよ、きっと……」
何かを察した隆と悠。そして、失言をしたことにやっと気づいた駈の顔はみるみるうちに赤くなっていく。
「いや、二人が理由を聞いてきたから言ったんだよ!?」
「――あなたたち、何を話しているのかしら?」
駈の後ろから感じる殺気。
いつの間にかドアは開けられていて、吹き抜ける風が心地いい。そう感じれたのはこの時だけだった。
駈が後ろを向くと、レジ袋を腕にかけた美鈴の姿が目に入った。しかし、もの凄い剣幕で腕を組んでいる。
「さて、あなたたち。さっきまで何を話していたか教えてくれるかしら?」
あ、終わった。
三人はこう思ったはずだ。
この後、三人は正座をさせられ、説教を受けることとなった。
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