第52話 まとめ役って大変、だな③
教室に戻ると、まだ何人かクラスメイトが作業を行っていた。今日は金曜日ということもあり、いつもより残っている。
もちろん、そこには手伝おうとしない明音たちの姿もあった。
手伝ってくれる人が増えたと言っても、手伝わない人がいるのも事実だ。毎日のように連絡をしたところで響かない人はいるし、駈は明音たちに最初から期待していなかった。
ひどい言いようかもしれないが、他のクラスメイトが目の前で作業をしているのに目もくれず駄弁っているのだから仕方がない。
しかし、美鈴は諦めていないのか、放課後にその姿を見ては何度か声をかけに言っている。
どれも手伝ってほしいと言っているのだが、その度に明音たちは帰っていく。そして、美鈴は深く息をつく。
そんな日常を目の当たりにしているのだから、他のみんなは声をかけに行くどころか気にも留めていない。
明音たちもただ話したいからそこにいる、駈たちも文化祭の準備をしたいからここにいる。目的は違うが、教室を使う理由に文句はないため誰も気にしないのだ。
「はい、みんなお疲れ様」
美鈴は教室に入ると手を叩いて労りの言葉を添えた。一瞬、明音たちに睨むような視線を送ったが、明音たちは気にせず談笑している。
美鈴も気にしないようになったのか、すぐさま作業をしていたクラスメイトに視線を戻した。
「今日はもう解散にしましょう。金曜日ですし、早めに準備も進んでいるので体を休めてください。来週からは小道具の作成と廊下にかける看板の下書き作業に入ろうかと思っています。では、今日はお疲れ様、ゆっくり休んでね」
いつも通りの淡々とした口調で美鈴は言葉を続けた。
すると、クラスメイトは作業の手を止めて、「お疲れー」や「これ片付けとくねー」など、お互いを励まし合う言葉が聞こえてきた。
美鈴が部活でいないときは駈が同じようなことをしていたのだが、さすがにここまで流暢に喋れていない。緊張から時折言葉を詰まらせるし、張った声を出す機会もなかったため裏声になることもあった。
さすがと言うほかない美鈴の堂々と振る舞う姿に、駈はいつの間にか尊敬の念を抱いていた。
彼女に褒められて嬉しくないと思う人間はいないだろう、と駈はさっき褒められたことを思い出しては少し優越に浸った。
「三橋くんはグループで伝えといてね」
振り向きざまに言ってきた美鈴の声はどこか上擦っていて、心なしか口角も上がっているように感じる。
いつもとは違う様子。そして、体ごと振り向いてきたため、顔が近い。
駈は思わず顎を引いてしまうが、美鈴はそのまま返事を待つように駈を優しい目で見ている。
変に緊張してしまい、心音が頭に響いてくる。聞こえていないか心配になるほどの鼓動の高鳴りに我を忘れそうになってしまうが、それより先に美鈴がきょとんとした表情に変わった。
「どうしたの?」
「あ、いや、何も! とりあえずグループで言うね!」
駈は慌ててグループに今日は解散するという旨のメッセージを打ち始めた。美鈴は表情を変えずに駈のことを見続けていたため、焦りが募る。何度も誤操作を繰り返して、やっとの思いで送信ボタンを押した。
「ふう……送っといたよ」
「ありがとう」
美鈴は笑顔とともに感謝を述べた。
その表情は教室での美鈴を知っている人なら想像できないほど目元を緩ませた笑顔で、思わずそのギャップにやられてしまう人もいるだろう。
駈もその一人であるため、思わずドキッとしてしまった。
「お、おう」
「おー、ここにいたー」
後ろから彩夏の声が聞こえてきた。
彩夏も帰るところなのかカバンを持っており、それには夏休み中に速人がプレゼントした猫のキーホルダーが付いている。
その後ろには隆と悠の姿もあり、三人で美鈴のことを探していたようだった。
「どうしたの?」
「美鈴が美術室にいないから隆に居場所聞いて探し回ってたんだよ」
「何か問題でもあったのかしら?」
「いや、ただ一緒に帰りたかっただけだよ、がはは!」
彩夏は女の子とはほど遠い、がなりの入った大声をあげた。美鈴は呆れたように頭を抱えると、「はあ……」と深い溜め息をついた。
「だったら連絡をよこせばいいでしょう……」
「えーめんどくさーい」
美鈴はいつも彩夏に手を焼いている。いつも彩夏がB組の教室に訪れては
「美鈴いるー!?」
と言って美鈴を困らせている。大声で名前を呼ばれては注目を浴びてしまうが、日常になりつつある光景にもはや誰も気にしていない。
それほど頻繁に来ているのだが、駈は廊下側の席ということもあり、毎回そんな美鈴と彩夏のやりとりが耳に入っていた。
「私もそろそろ帰ろうと思っていたころだったから構わないけれど」
やれやれといった様子で美鈴は首を横に振ってからそう言うと、自分の荷物を取りに行った。駈もそれに乗じて取りに行こうと教室の中に入る。
気づけば教室内の人はまばらになっていた。明音たちも帰っているようで、さっきまで騒がしかった時間が止まったかのように静寂に包まれている。
さっさと帰ろうと駈はカバンを持って彩夏たちがいるドアとは反対のところから教室を出た。
「え、なんでそっちから出るの。一緒に帰ろうよー」
「お、おう」
「よーし! みんなでハンバーガー食べるぞー!」
「え!? 聞いてないけど!?」
彩夏は両腕を上にあげて声高らかに言うと、駈たちの反応を無視して昇降口へ向かった。
隆のように驚きの表情を浮かべる四人だったが、彩夏らしい振る舞いに呆れたように息をつく。
「まったくもう……」
「まあ、こういう日があってもいいんじゃない?」
美鈴が呆れた表情を浮かべる傍ら、駈はなだめるように言葉をかけた。美鈴は納得したのか、「そうね」とだけ言って足を動かす。
駈は友人と帰り道でファストフード店で時間を共にすることがなかったため、少し楽しみにしていた。
そのため、昇降口に向かうときの足どりはどこか軽い。誰よりも早く彩夏の姿を追っていたため、一足先に靴箱に手をかけていた。
すると、上履きをしまおうかとしゃがんだときに外から走ってくる赤髪が見えてきた。そこまで急ぐ用事とは何なのか考えているうちに、思わず笑みがこぼれてしまう。
しかし、昇降口のドアに近づくにつれて彩夏の驚愕した表情が見えてきた。目をこらしてみても、やはり何かに驚いている様子。
「はあ……はあ……。ちょ、駈」
「え、なに」
息切れしている彩夏は耳を貸せと言わんばかりに駈に手招きすると、小さい声でとんでもないことを言ってきた。
「校門に……結花ちゃんがいる」
「……は?」
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