第50話 まとめ役って大変、だな①
授業中はいつもとなんら変わらない静かな時間が流れていたが、放課後になればその雰囲気は一変する。
本格的に始まった文化祭準備期間に学校中は賑わいをみせていた。
教室で話し合いをする人たちもいれば、すでにやることが決まっているのか作業に取り掛かっているクラスもある。
廊下には近くのホームセンターに行ったのか、レジ袋を持つ人やダンボールを運ぶ人が散見された。
年に一度の大イベントに張り切る人が多いなか、駈はというと、椅子に座って悩んでいた。
もちろん、悩みの種は先日の帰り際に課せられたミッションのことだ。
再来週までに作業に参加するクラスメイトを集める、駈にとっては重すぎる課題。それに、クラスに馴染めているのか定かではない現状でクラスメイトに話しかけていいのか、と変に葛藤してしまう。
文化祭実行委員といえど、それはあくまで肩書きだ。こんなことになるなら推薦された時点で辞退しておけば良かった、と後悔の念を感じていた。
とはいえ、引き受けてしまった以上やるしかない。駈は重い頭を上げ、ちらちらと教室内を眺めてみた。
文化祭の準備をしているのが数人、そこに美鈴といった美術部メンバーはいない。それも、文化部は文化祭に向けて展示用の作品づくりをするためだ。
基本的に登校してからも制作に取り組んでいるらしいのだが、放課後も時間を取らなければ満足する作品が出来ないらしい。
それに、美鈴は美術部の次期部長になるようで、ある程度顔を出しておかなければいけないと言っていた。
なので、今は先週話し合いに参加した別の女子がまとめ役を担っている。和気あいあいと行われる作業風景に安心しながらも、少し離れたところで駄弁っているグループが一際目立っていた。
駈は横目でその中心にいる人物を観察する。
涼森明音。制服は適度に着崩され、金に近い茶色の長い髪はシュシュでまとめられている。いかにもギャルといわれるような見た目をした彼女は足を組んで友人と会話していた。
ただ楽しんでくれれば何の問題もないのだが、時々聞こえてくる笑い声が耳に障る。明音のまわりにいる友人も作業を手伝う様子はなく、会話を楽しんでいるためタチが悪い。
しかし、勇気が出ない駈は行動せずにじっと見るばかり。教室内にいるクラスメイトはこれですべてのため、明音たちを参加の説得を持ち掛けなければならない。
最初の仕事にしては荷が重すぎるが、意を決して明音たちのいる席に向かった。説得できなくとも注意くらいすれば作業もしやすいだろう。
「あ、あの」
「……なに」
さっきまで目の前に広がっていた盛り上がりが一瞬冷めたとともに、明音が鋭い目つきで睨んできた。
思わずひるんでしまい、今すぐにでも前言撤回して逃げたい気持ちが募っていく。
「い、いや、文化祭の手伝いをしてほしいなって……」
「あっそ、それで?」
明音は駈の言葉に耳を傾けている様子はなく、スマホをいじり始めた。まわりも明音の行動に水を差すことはせず、それぞれ騒がしく過ごしている。
どう説得すれば参加してくれるとか以前に、そもそもやる気が感じられなかった。
「何もないなら、ウチら帰るけど」
「だから、文化祭の……」
「何もないでしょ。いいから帰ろー、あかねっち」
一人の女子が半笑いでそう言うと、ぞろぞろと廊下に向かう明音たち。駈はただ立ち尽くしてその様子を見ていることしか出来なかった。
説得どころか注意もろくにできず、逆にまとめ役としては悪い印象しか持たれない結果になってしまった。
項垂れながら自分の席に戻る駈の姿はまるで打ち上げられた魚のようにくたびれていた。
「どうした駈、生きてるか?」
部活から抜けてきたのか、ドアから顔を覗かせていた隆が声をかけてきた。その後ろには悠もおり、心配そうに駈を見ている。
「宮地くんか……生きてるから大丈夫。部活は?」
「俺らはそこまでこだわって作ってるわけじゃないから今日はもう終わりよ。それで教室に戻ってきた感じ」
隆は腰かけていたドアから体を離し、空いていた席に腰を下ろす。
「んで、何があったんよ」
真剣な顔で駈の目を見ていた。突然のことに驚いたが、それよりも何か心配しているような面持ちにどこか寄りかかりたい気持ちを覚えた駈は正直に事を話した。
「さっき、涼森さんたちに文化祭の手伝いをしてほしいって言ったんだけど、適当にあしらわれた感じになって、呆れた様子で帰っていっちゃったんだよね」
「あー、明音たちか……。それはご苦労なこった」
「明音はちょっと難しいかも……」
隆と悠の曇った表情を見るに、駈は経験値が足りない状態でラスボスに挑んでしまっていたらしい。
二人は明音たちと仲良くしているようで、駈も教室で読書をしているときに度々見かけていた。どんな人物か把握しているのか、特に何も言わず黙っている。
「まあ、もっと他に声をかけて参加させていこうや。俺も協力するからさ」
「僕も、協力する」
「ありがとう……」
最初からこうやって頼っていれば良かったのだが、そんなことは頭にあるはずがない。
駈は焦っていても仕方がないと、感謝の言葉を述べてから前を向いた。
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