第48話 お土産
黒板の前に向かう途中、自分が先頭に立ってまとめるなど実感が湧かなかったが、いざ上から教室を見渡すと緊張が身体中を巡った。
ちらっと視界に入った速人は肩を震わせながら笑っている。とりあえず、あとで一発言ってやろうか。
「それでは、このクラスでやりたい出し物がある人は挙手してください」
美鈴は緊張している駈には目もくれず、役割を全うし始めた。
確かに勝手に仕切ってくれた方がありがたい。
しかし今の駈は、ただ道端に生えている雑草も同然。何をすればいいか分からず、ただ立ち尽くしていた。
「……三橋くん。挙がった候補、黒板に書いてってくれる?」
「お、おう」
美鈴に指示された通り、黒板に拙い文字を書いていく。
次々挙がっていく候補にあたふたしながらも対応していったが、たまにチョークが折れては美鈴からの溜め息が聞こえてきた。
自分だってこんなことしたくないわ、と言いたい気持ちを抑えながら黒板と向き合った。
出てきた候補は、王道であるメイド喫茶や動物喫茶などの店員役の見た目を変えただけの喫茶店、お化け屋敷のような体験型や童話をモチーフにした軽めの演劇。
中には、完全に偏った嗜好の出し物があったが、書くだけ書いておいた。
「それではこの中から決めたいと思います。一つずつ読み上げていくので、やりたい出し物が来たら挙手をお願いします」
美鈴は黒板に書かれた文字を坦々と読み上げていき、駈は挙げられた手の数を書き残していった。
虚無になりながら黒板と教室内を交互に見ている姿はまるで機械のようだが、そこらへんに生えている何もしない雑草よりかはマシだ。
気づけば最後の候補まで来ており、やっと役目が終わったと思っている駈は美鈴とは少し離れた位置で正面を向いた。
「では、お化け屋敷の票が一番多いようなので、二年B組の出し物はお化け屋敷とします。先生、よろしいでしょうか」
「ん? ああ、大丈夫だ。二人とも席に戻っていいぞ」
やっと解放された安堵から、席に戻るときの足どりは早い。
もうこんなことはごめんだ、と席に着くと同時に溜め息をついた。
「おーい、駈さーん? 何でさっきから無視するのよー」
隣から話しかけてくる速人の声が聞こえていないふりをし続けること数分。帰りのホームルームを終えた教室は、帰る人やこれから部活なのか昼食を取る人など、それぞれ自由に行動していた。
駈もその一人で、ひとり帰宅の準備を進めている。
「ねえ、駈ぅー」
「……もう、うるさいって」
どこまでも無視しようと決めていたが、虫唾が走るような甘ったるい声に我慢できなかった。
もちろん、無視し続けていた理由はさっきの実行委員の件だ。
速人のせいにするわけではないが、事の発端が推薦からきているため根に持っている。
断れない駈も悪いところはあるのだが、それ以上に教壇の上から見た速人のほくそ笑む顔が腹立たしくて仕方なかった。
「お、やっと反応した。もしかして、怒ってる?」
「怒ってるというか……なんで俺を推薦したのか意味不明で訳が分からないっていうか」
「あーそれね」
速人はふざけていた態度から一変、一呼吸置いてから落ち着いた声で続ける。
「駈でもいいんじゃないかと思ったし、何より信頼しているからね。いつもまわりを見て行動しているし、クラスを上手くまとめれるんじゃないかなって」
「……なるほど」
適当に選んでいたのかと思っていたが、さすがは速人と言ったところか。至極真っ当な理由が返ってきて、微妙な反応を取ってしまった。
いつもまわりを見ているのは、みんなの物語に干渉しないための行動だ。
どうすれば嫌がられないか。
こう言えば傷つかないか。
これなら受け答えしやすいか。
相手の行動と反応を見てどう接するか決めているので、結局は自分のためにやっていることなのだ。
しかし、モブ以下であり続けるためにやっていたことを褒められると、なんとも言えない気持ちになってしまう。
「まあ、そういうことだから。申し訳ないけど、代わりだと思って。オナシャス!」
「はあ……わかったよ……」
結局のところ速人が笑っていた理由が分からなかったが推薦理由を考慮して、このことは水に流しておこう。
任されたには最後までやりきらなければならないため、いつまでも引きづっていては埒が明かない。
文化祭が終わるまではクラスの迷惑にならない程度の立ち回りを心掛けよう。
「お、いたいた」
廊下から彩夏が教室を覗き込んでおり、探していた誰かを見つけたのか、ずかずかと教室に入ってきた。
「美鈴ー部活いこーぜ」
「分かってる。ちょっと待ってね」
美鈴が適当にあしらうと、駈の方に向かっていった。
近づいてくる足音に何事かと思ったが、おそらく文化祭のことだろうと平然を装った。
「三橋くん、文化祭のことなんだけど。明日から放課後残れるかしら」
「ああ、大丈夫だけど」
「そう、これからよろしくね」
「お、おう。よろしく」
全く変わらない凛とした表情にたじろいでしまう。
少し会話しただけで気が張ってしまうのに、今後やっていけるのだろうか……。
つくづく自分の性格を恨んでしまうが、なってしまったことなのでどうしようもない。今は気を紛らわそうと、駈はカバンから箱を取り出した。
「速人、これお土産」
「お、さんきゅ。これみんなで分ける感じ?」
「そうだね、勝手に分けといてくれると助かる」
そう言うと近くにいた彩夏が「お土産!」と大きい声で反応した。遠くにいたはずの隆と悠も欲しいのか、速人のもとに集まった。
渡したのは、北海道では有名なクッキーで結花にあげたものと同じだ。いつ渡そうかと悩んでいたのだが、ちょうどいいタイミングで人が集まったので切り出した。
駈は帰ろうとカバンを持ち上げたとき、四人がクッキーを分け合っている中、ひとり様子を見守っている人物が目に入った。
「……秋川さんも持ってっていいよ」
「いや、私はいいよ。奇数になっちゃうし」
物欲しげな目で見ていると思ったが、申し訳なさそうに断りを入れる通り、最初からもらう気はなかったようだ。
それでも、気になった駈は速人から無理やりクッキーを取り上げて美鈴に渡した。
「ほら、これから結構迷惑かけると思うから」
「あ、ありがとう……」
照れ臭いのか、駈の目線は美鈴の肩らへんにあり、手も震えていた。それに美鈴の反応も微妙で、突然のことに困らせてしまったようだ。
勢いで慣れていないことはしない方がいい、と心の中で自戒していると美鈴の表情が柔らかくなっていることに気づいた。
(なんだ、秋川さんも笑うのか)
良くも悪くもサイボーグのように微動だにしない表情と坦々とこなす仕事の手際の良さを見てきた駈は皮肉にもそう思ってしまった。
人間味を感じたことに、安心感を覚えて不覚にも微笑んでしまうが、後ろから聞こえてきた話声に眉をぴくりと動かした。
「え、駈が実行委員になったの!?」
「そうそう。さっきさ、駈が黒板の前に行って出し物決めてたんだけど、ガッチガチになっててすごく面白くてさ、ってちょ!」
「やっぱ速人にはお土産やらんわ」
駈は速人から渡した箱を取り上げて、怒りの目を向けた。速人は何が何だか分かっていないのか、戸惑いの表情を浮かべている。
意図しないところで笑っていた理由を知った駈は続ける。
「誰のせいで実行委員やる羽目になったと思ってるんだ。お土産はやらん」
「えー、そんなあ。許してよー」
速人が子供のようにいじけた態度をとるものだから、思わず笑ってしまった。別に悪く言っているつもりはなかったのだが、それよりもお土産を取られたことに不満を抱いている様だ。
このまま楽しい雰囲気で準備期間を乗り越えられたらどんなに楽だろうか。
柄にもないことを思いながら、駈は速人たちに挨拶をして教室を後にした。
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