第47話 役員決め
「よし、じゃあ始めるぞ」
鐘の音が止んだと同時に朝のホームルームが始まる。
駈は開いていた小説をそっと机の上に置いて、一応前を向いて担任からの連絡事項を待った。
連絡事項と言っても欠席確認から始まり、それで終わることがほとんどだ。
しかし、今日は夏休み明けということもあり、課題のことや担任が夏休み中にあった話などが上がっている。
いつもより長いホームルームに欠伸が出そうになったが、思い出話にひと段落ついた担任の様子を確認して何とか堪えた。
「夏休みの話はここまでにして。えー、今日の四時間目に文化祭の話があるので、頭に入れておくように」
教室内がざわつき始める中、駈はひとり冷静にじっと構えていた。
駈が通っている清修高校では、夏休みが終わったと同時に十月に開催される文化祭に向けて本格的な準備が始まる。
各クラスで教室を丸ごと使用した催し物を考え、当日までに完成させて発表。そして、外には屋台などが並び、高校生活の花形と呼ぶにふさわしい盛り上がりを見せる。
もちろん、駈は興味を示していない。昨年だって、助けを求められた時以外はろくに準備に参加せず、当日になれば待機室でひとり小説を読んでいた。
今年もどう過ごそうか呆けた顔で考えていると、いつの間にかホームルームは終わっていた。
「駈、文化祭だとよ」
「そうだな、俺には関係ないことだな」
「なんだよそれ、つれないなあ。ちゃんと楽しもうぜ」
楽しめるものなら楽しみたいが、現実はそうも上手くいかない。
今年は速人や仲良くなった美術部員数人がクラスにいると言っても、クラス全体に馴染めているわけではないので、自分から輪に入って楽しむことは難しい。
だったら無理せず、そこそこの協力だけしていればいいだろうと、次の授業が始まるまで本の続きを開いた。
久しぶりの登校、それに加えて通常授業も再開されたからか、普段より疲れていた。
何とか集中を切らさずに乗り切れたが、頭が思うように働かない。
「よし、じゃあ朝話した通り文化祭の話をするぞー」
担任が教壇の上に立ち、手元にある資料らしきものを見ていた。
文化祭の話となれば、集中する必要もないため、ただ黒板を見ながらぼーっとしていよう。
「まずは、文化祭実行委員を二名選出したいんだが。実行委員といっても、仕事はあまりないから誰でもいいんだが、立候補いるか?」
苦手な時間がやってきた。
自分から率先して手を挙げるほど目立ちたがり屋ではない駈は、他人事のように過ごしている。そんな役目を担う器ではないことを本人が一番分かっている。なら、ここは黙って静観している方が吉だ。
確認するまでもなく、誰も手を挙げない。こういう場合は、だいたい誰かに押し付けるように推薦が行われ、その本人もなんだかんだ受け入れてしまう流れになるのだろう。
しかし、その予想を裏切るようにひとりの女子が手を挙げた。
「お、秋川やるか。部活と委員長もあるが大丈夫か?」
「はい、構いません」
秋川美鈴は落ち着いた口調で答えると、手を下ろした。
美鈴は担任からもあったように、このクラスの委員長と美術部員をやっている。部活に関しては、個別に文化祭用の作品を仕上げる必要があるため、そのことを言っているのだろう。
そんな彼女は、誰もやる人がいないなら自分がやろうと自らを犠牲にするタイプだ。委員長になったのも、その性根が働いていたからで、今更文句を言う人もいない。
「よし、あとは男子から選ぶか。どうだ、片桐」
「え!? 俺っすか!?」
瞬時に静かだった教室は笑い声に包まれた。
確かに、クラスの中で男子を選ぶとしたら速人になるだろう。人当たりがよく、それでいて分け隔てなく誰とでも関わりを持てる人間なら、担任も当然任せたい気になる。
速人は突然指名されたことに驚きの表情を浮かべていたが、すぐに申し訳なさそうに断りを入れる。
「まあ、今回は厳しいですね。部活でキャプテンやることになったので」
「それなら仕方ないか……じゃあ、誰かやりたいやついるか?」
他の人に任せるとなると、もう誰でもいい気がする。
駈は実行委員の仕事を見たことはないが、担任の口ぶりから察するにそこまで重たくもなく、最後までやり遂げられる人物ならやってもいいのだろう。
自分には関係ないと、俯くように机の上に目線を移した。
「あー、先生。推薦してもいいですか」
「お、誰だ」
「えっと、駈です」
「……は?」
駈は、さすがに意味が分からないと驚愕と疑念が混ざったなんとも言えない表情になり、思考が固まった。
どういう意図で自分にしたのか、クラスに馴染んでいない自分を選んだ理由はなんなのか早く問いただしたい。
「……ほう、三橋か。どうだ、やるか?」
担任が駈に顔を向けると、一気に教室中の目線が襲ってきた。
状況が上手く呑み込めていないほど動揺しているため、何も考えることができない。
駈は過去にクラスの代表として何か成し遂げたことはおろか、委員会や部活にも所属してこなかったため、やるとなればこれが初めての役員となる。
「いや……」
「なあ、駈。お願い!」
速人は手を合わせて懇願してくる。
こうなってしまうと駈も弱い。相手からどうしてもと頼まれてしまうと、情が湧いてきて断ることが出来なくなってしまう。
駈は心の中で溜め息をついてから、承諾した。
「……じゃあ、やります」
「お、そうか。それでは、これからの文化祭準備期間は秋川と三橋が中心となって進めていくように。では早速だが、出し物を決めたいと思うので、二人とも前に出てくれ」
「はい、わかりました」
美鈴は物怖じせず、颯爽と教壇に向かって行く。
その姿はどこか大人びていて、腰まで届きそうな紺色の後ろ髪が歩く度に横に揺れる。隣に行くことがおこがましくなるほどの硬派な立ち振る舞いに駈は見惚れてしまい、一足遅れてしまった。
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