第44話 心地よい空気感
自分から誘ったところまでは良かった。別に約束の時間まで待てる。
しかし、会ってからのことは何も考えていなかった。
目的が先行していた駈は自室でベッドと机を行ったり来たりしていた。
誘ってから数分後に結花から『いいですよ、時間はどうしますか?』とメッセージが飛んできて、『夜の7時くらいかな』と返して以降こんな調子だ。
そこまで深く考えなくてもいいことなのだが、駈は花火に誘ったと思っており、とても焦っている。
「花火が上がるまで何を話す……? てか、こんなに悩むなら『花火見ない?』って直接聞けばよかった……」
誰もいないことを良いことに、ぶつぶつと独り言をつぶやく。遠回しに伝えたことが仇となったのか、後悔が先立っていた。
そわそわした気持ちを落ち着かせるため、駈はベッドに腰を下ろしてみる。
もちろん、落ち着くことなど出来ない。むしゃくしゃしてきた駈は頭を振って髪を乱し、そのままベッドに倒れた。
その瞬間、なぜか頭の中に結花の顔が浮かんできた。
しばらく会っていないからだろうか。いや、違う。
話したかったからだろうか、それはスマホで解決する。
声が聴きたかったから、それも通話すればいい。
何でだろう。いつまで経っても答えにたどり着かない。
(結花なら何がしたいと言ってくるんだろ……)
時間だけが過ぎていき、考えても仕方がないと思った駈は両手で顔を叩いた。
「はあ……」
駈は紙袋片手に溜め息をつく。紙袋には北海道で買ったお土産が入っており、せっかくなら渡そうと持ってきていた。
せめてもの理由付けとして持参したものだが、駈もこれでいいのかと疑問に思っていた。自分で決めたのだからもっと自信を持っていいのだが、自分から誘ったという事実から責任を感じてしまう。
そして、看病されて以来の再会で嬉しくも思っていた。それが行動に表れているのか、一時間以上も早く家を出てしまっている。
「はあ……」
再び溜め息をついたのは桜丘神社の鳥居の前に着いた時。早く着きすぎるのを避けるためにわざと遅くしていたつもりだが、時間を確認しても一時間早い。
軽い足取りで階段を上っていく。空は花火が打ちあがっても見えないほど明るい。結花が来るまで何をしていようかと考えていると、気づけば神社の前。
(そういえば、最初に来て以来拝んでないな)
駈は手を合わせて、特にない願いを心の中で唱えた。一連の作法を終え、そのままいつものように小道に足を運んだ。
しばらく来ていなかったからか雑草が生い茂っている。成長期を迎えていたそれらは膝程まで伸びていたが、駈は紙袋を盾にして何とか通り抜け、そのまま木陰に向かった。
丘の上は何も変わっていない。風に揺られた木の葉は夏の暑さを感じさせない心地よい音を鳴らしていた。その音に合わせるように雑草や花も揺れ動き、まるで一緒に歌っているように見える。
もちろん、結花の姿はない。予定より早く来たのだから当たり前だろうと、一息つくため駈は木陰に腰を下ろす。
その瞬間、右肩を叩かれた。耳には叩かれる音が入ってきたため気のせいではない。駈はそのまま左に振り向いた
なぜ左を向いたのか、それは以前似たようなことをやられていたからだ。あの時はまんまと騙されて右頬に指が当たった。今回はやられな――
「……ふぐっ!?」
無情にも駈の左頬に人差し指が刺さった。学んでいたはずのからかい方を例外で返され固まってしまう。何とかして相手の顔を見ようとしたがなかなか見えない。
すると、笑い声が聞こえてきた。次第に頬を潰していた指の力も抜けて、やがて離れていく。はあ、と息をついてから今度こそ後ろを振り向いた。
「そういうのはやめてくれって言ったよな?」
振り向くと女の子が腹を抱えて笑っていた。決して怒っているわけではない、駈の優しい顔がそれを伝えてくる。
「やっぱり駈さん面白いですね」
「俺で遊ぶからだろ」
「でも、覚えてたんですね。右に向いたら指が当たるって」
いつもと変わらない結花に調子を狂わされる。駈は「……ほっとけ」と言ってから正面を向き直した。
後ろから急ぐように駈の横に来た結花はそのまま腰を下ろす。
「こうして駈さんと話すのも久しぶりですね」
「そうだな」
「あの後、風邪大丈夫でした?」
「結花のおかげで数時間寝ただけで治ったよ。本当に感謝してる」
そういえば、直接感謝を伝えるのはこれが初めてな気がする。
今まで早苗や速人にお礼を伝える場面はあっても、心からというか自然と出た感謝の念は初めてだ。駈は戸惑いを隠そうと後ろに手をついて身を任せる。
「よかったです。お盆はどうでした?」
「大変だったよ。早苗が親戚のおじさんに俺のことを勝手に話し始めてさ、その弁解に付き合わされてた」
「楽しそうでいいじゃないですか」
ゆったりとした時間が流れ、気持ちが安らぐ。いつの間にか駈の悩みは消えていた。それもそのはず、結局いつも通り過ごせばいいだけなのだ。
ただ会話を楽しんで、互いに笑い合って、悩みを言い合って。変に飾らず、いつもと変わらない日常を過ごしていればいいのだと、結花に気づかされた。
その後も、駈のお盆の話や夏休みの思い出話に会話を弾ませた。話している時に気づいたが、割と覚えているものだ。長いと感じていた夏休みが短く感じるほど記憶に刷り込まれているのだろう。だからこそ駈は思う。
「こんなに楽しかった夏休みは初めてだよ」
これは嘘ではない。心の底から湧いて出てきた本音だ。
今まで独りで過ごしてきた日常に突如舞い込んできた非日常。どれも新鮮で、刺激的で、退屈しなかった。
「私もです。高校で友だちが出来て、毎日のように連絡取り合って、プールになんかにも行っちゃって」
結花は自虐めいたように言うと笑みをこぼした。結花にとっても、この夏休みは初めてのことだらけで楽しかったのだろう。
結花は空を見ながら続ける。
「夏休み終わってほしくないなーなんて思ったりしてます」
「……確かに。ちょっと学校が面倒に感じるかも」
「ふふ、確かに」
互いに顔を見合わせながら笑った。
この時間がずっと続けばいいのに。不意にそんなことを思ってしまうほど、今の空気感が心地よい。
駈は「あ、そういえば」と思い出したかのように隣に置いてあった紙袋を渡した。
「……これは?」
「北海道のお土産。クッキーだから暑さにはやられてないと思う」
「ありがとうございます。帰ったらいただきますね」
結花は紙袋の中身を確認すると、箱の他にも何か入っていることに気がついた。それは小さめの紙袋に包まれていて、クッキーにしては歪な形をしている。触ってみるとお菓子にしては硬く、ジャラジャラと音が鳴っていた。
「駈さん、これは?」
「あ、ああ。開けてもいいぞ」
「わかりました、開けますね」
駈は何故か開ける姿を見ようとせずにそっぽを向いている。どこか耳も赤くなっていて、まるで開けるところを見たくないようだった。
一応、開けてもいいと許しを得た結花は首を傾げながらもテープを剥がす。
すぐに紙袋から取り出すと、それはどこか見覚えのあるものだった。
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