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丘の上で結わう花  作者: pan
第1章 退屈な日常が、変わる
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第45話 花が咲く

 にっこりと可愛らしい笑顔を浮かべている美しいきつね色をした動物。ぬいぐるみで作られているそれは触ってみると柔らかい。上には金属音の正体であろう留め具がついていた。


「このキーホルダー、どうしたんですか?」


「え、ああ。それはな……」


 駈(かける)はなかなか答える素振りを見せずに言葉を詰まらせている。疑問に思った結花(ゆいか)は顔を覗き込むように何度も迫ったが、目すら合わせようとしない。


 避けているような態度に嫌気がさしてきた結花は小さく息をついた。それが引き金となったのか、駈は急に頭をかき乱しながら荒っぽい口調で「あー」と漏らした。


「それはな、その、あれだ」


「どれですか?」


「この前、ストラップ落としてったから。まあ、そういうこと」


 そのキーホルダーは速人とお揃いのものを選んでいる時に一緒に買ったもの。結花の笑顔と似ている狐に惹かれた駈はいつか渡そうと大事に机の引き出しにしまっていた。


 しかし、看病されて以来会う機会が減ってしまい、タイミングを見失っていた。だが、今日会うのならついでに、とお土産と一緒に持ってきていたのだ。


 本当は日ごろの感謝として渡そうとしていたのだが、いざその場面になると緊張してしまって挙動不審になってしまう。


「あとストラップ、入ってなかった?」


 駈は平然を装いながら続けた。何とも歯切れの悪い答え合わせに結花は目を丸くしている。駈の言われた通り開けた袋の中を確認すると、ちゃんとストラップも入っていた。


「あ、入ってますね。と、とりあえず、ありがとうございます!」


「お、おう」


 二人は互いによそよそしくなってしまい、会話が途絶えてしまった。

 さっきまでは素直に伝えられたはずなのに、今は喉から出てくることなくつっかえている。駈は何が原因なのか考えてみるが、見当がつかない。あれやこれやと考えているうちに頭の中がパンクしそうになっていた。


 花火までもう少しの辛抱だ。駈は気持ちを誤魔化そうと背筋を伸ばした。


「……あの、駈さん」


「ん?」


 突然、結花が不思議そうな表情を向けてきた。相変わらず手にはキーホルダーがあり、落とさないように両手で支えられている。乗せられている狐の顔もどこか嬉しそうに見える。


 すると、結花はその手に視線を移した。


「あの、嬉しいんですけど、スマホにはつけられませんよね?」


「いや、まあ。……そうだな」


 痛いところを突かれた。持ってきた本当の理由を伝え損ねていたからこそ起きたことに嫌気がさす。

 結花につられて駈もキーホルダーを見てしまい、留め具の形からしてスマホカバーにつけられる大きさではないと思ってしまった。


 そんな駈に畳みかけるように結花は続ける。


「それに、ストラップなら早苗(さなえ)ちゃんに買ってもらったので」


「ほう?」


「まあ、夏休み終わったら貰うんですけどね。これです」


 お土産の入った紙袋に汚れや形がつかないように丁寧にキーホルダーを置くと、買ってもらったというストラップの写真を見せてきた。


 早苗とのトーク画面だったため少し前後のやり取りが見えたのだが、どうやらお揃いとして買っていたようだ。


 そんなことなど到底知らない駈は、力が抜けたように腰を丸くさせた。


「なんだ、もう買ってたのか」


「そうですね、これどうしましょうか?」


 再度キーホルダーを両手に乗せて駈に見せた。なんだか試されているような気がしてならない問いに思わず戸惑ってしまう。


 自分から渡したのだから捨てるとも返してほしいとも言えない。


「あー……どっかに付けるとか?」


 もちろん、駈は真っ先にカバンにつけることを考えた。自分もそうしているから当然だ。しかし、それだと『お揃い』になってしまって意識しているように捉えられてしまうのではないかと思ってしまい、怖くなって言えなかった。


 結局、何も言わない選択は取ってはいけない良心が働いてしまい、ハッキリとしない返しをした。


「うーん、そうですね、どっかに付けときます!」


「そうだと助かる」


 はい、と元気のいい声色とともに向けられた笑顔にホッとする。

 これでいいのかと一瞬疑念を抱いたが、本人がいる隣で満足しているのだから気にする必要はない。


(ん……?)


 結花は尻尾を出していた。

 それに気づいた駈は静かに揺れるそれを見ながら首を傾げた。


 もちろん驚く要素はない。単なる会話で尻尾が出るほど楽しいと思えるなら話は別だが、テンションを考えればその可能性も低い。


 とにかく今は尻尾が出ていることを伝えるため、新たな原因に巡らせていた思考を止(や)めた。


「結花、尻尾出てるぞ」


「……知ってますよ」


 結花は今まで尻尾のことを気にしていたことが嘘みたいにひどく落ち着いていた。いつものように手で隠すこともせず、じっとキーホルダーを見つめている。


「……別にいいじゃないですか、出していても。気にしてないと言ってくれたのは駈さんだ(・)け(・)なんですよ」


「……それってどうい――」


 その瞬間、空に花が咲いた。とは言っても、それは小さい。まわりにそれほど高い建物がないため、丘全体が七色に染められる。


 駈の言葉は花火にかき消され、行き場を失った顔は結花へと向けられていた。


「どうしました? 花火始まってますよ」


「いいや、なんもないよ!」


 結花と目が合ってしまって思わず視線を逸らす。花火を見ていた結花の笑顔に見惚れていたなんて言えるはずがなかった。


 どこからともなく響いてくる音は花火ではなく、紛れもない自分の鼓動。花火が打ちあがる度に加速しているような気がする。


 駈は行き場のない感情に整理がつかないまま、ただ花火を見ていた。


「駈さん、私は嬉しいんですよ」


「……嬉しい?」


 独り言のように呟かれたため、危うく聞き逃しそうになった。

 思わず聞き返すような形になってしまったが、気にせず結花は花火を見ている。


「そうです。今日のお誘いも嬉しかったですし、このお土産もキーホルダーも」


「それはよかった」


「誘った理由は花火ですよね?」


「まあ、そうだね」


 こうなれば逃げる理由もない。というよりも立て続けに襲ってきた出来事に対応しきれず、頭が悲鳴を上げていただけだが。


 最初から気づいていたなら言ってほしいと思いつつも、元々は周りくどい誘い方をした自分が悪いため、心の中に留めておいた。


「最初から素直に誘っておけばいいんですよ。私は最初から気づいてましたけど」


「そうですか……」


 得意気な表情を浮かべながら説教じみたことをしてくる結花の後ろでは、尻尾がプロペラのように回っていた。


 それに駈は思わず声に出して笑ってしまった。気にしているのかもしれないが、あまりの動きっぷりに耐えられるはずがない。


「もう、何笑ってるんですか!」


「いや、ごめん。尻尾が、ふっ」


「素直にしていたらこれですか。まったくもう……」


「あはは、っちょ! 今撮ったか!?」


 駈が笑い続けていることに釈然としなかったのか、駈にはスマホのカメラが向けられていた。

 駈は立ち上がって結花のスマホを奪おうと追いかけるが、意外と小回りが利いてなかなか捕まらない。


「よし! って、あ――」


 なんとか結花のスマホを手中に収めることに成功したが、急に立ち止まった足が絡まって転んでしまい、「ほげ」と情けない声を出してしまった。


「大丈夫ですか!?」


「……まあな、もう変な写真撮るなよ」


 抜かりなくさっき撮られた写真を削除してからスマホを返す。


 立ち上がるのが面倒になった駈は仰向けになって空を見上げると、まだ花火は打ち上げられていた。

 そろそろクライマックスなのか始めの頃より光が散乱していた。


「駈さん、起きないんですか?」


「うん、今はこういう気分」


 なら私も、と結花は隣に寝転がり、一緒になって花火を見上げた。


(素直に、か……)


 今までは相手のことだけを考えて過ごしてきた。嫌われたくなくて、自分に自信がなくて。いつしか人と関わることに怯えていた。


 でも、今は違う。


 勝手に自分とは違う世界で生きていると括っていたのは関わることに勇気がなかったから。

 正直に気持ちを伝えられたら、助けてほしいと人を頼れたら、一緒に楽しみたいと輪に混ざれたら、きっと退屈な日々は訪れない。


「なあ結花」


「どうかしました?」


 後悔したっていい、素直に気持ちを伝えればいいんだ。

 そう気づいた駈はこれまでの感謝の気持ちを包み隠さず言葉にした。


「……ここで結花と出逢えてなかったらずっと独りだった気がする。思い知ったよ、自分がダメダメだって。助けられてばっかりで、自分では何も出来ないんだなって」


「……やけに素直ですね」


 そう言うと結花は優しい笑みを浮かべた。どこか嬉しそうにも見える表情はみるみる赤らんでいく。


「まあ、それは素直さが足りなかったんだなって気づかされたよ。本当にありがとな、っと」


 最後まで言いきったところで駈は体を起こした。

 この感覚はお盆参りの時と似ていて、とても清々しい。やっと言えたことで心が軽くなっていた。 


 もっと早く伝えられたら、もっと早く出逢っていれば、きっと最初から楽しい日々を過ごせていたのだろう。

 そんな叶いもしない空想に頭をよぎらせながら空を見上げる。


「駈さん、そんなに感謝しているなら私のわがまま聞いてください!」


 勢いよく起き上がったと思うと手に持っていたスマホを内側に向けてきた。


 結花のわがままと聞いて何をしてくるのかと思えば、ただの写真だった。しかも、花火を背にして撮っているわけでもない。


 記憶より形として残したかったのだろうと駈は素直に従った。その距離は今までで一番近く、二人とも自然に笑えている。


「後で送りますね」


「いやいいよ。なんか恥ずかしいし」


「私のわがままはこの写真を送るまで続きますよ?」


 へいへい、と駈が肩を落とすと結花は小さく微笑んだ。


 花火のように瞬間的なもので、すぐにこの関係が終わってしまうものだと思っていた。

 いつしか二人きりで会うことも増え、自分にはもったいないと感じてしまう。


(この時間がずっと続いたらいいのに、なんてな……)


 青春とは少し違うのかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。ただ結花と過ごす何気ない日々が楽しかったのだ。


「駈さん、どうかしましたか?」


「いいや、なんでもない」


 しかし、これは声には出さずに心の中にしまっておく。


 いつか言うべき時がくるその日まで。

 その時はきっと、もっと素直になれていると思うから。

お読みいただき、ありがとうございます。

よろしければ評価(下の☆マークのとこ)やブックマーク登録をしていただけると大変励みになります!

感想やレビューもお待ちしています。



以下は読まなくても……いや読んで、長いけど


どうも、panです。

実は、これにて『第1章』完結です。

当初ここで終わらせる予定だったのですが、思ったよりも読者が増え、僕自身も執筆や変わっていく駈を書いていくことに楽しくなって続けようと決意しました。

ここでは長くなってしまうので残りは活動報告にでも書いておきます。


次回『第2章』は8/5(土)より開始予定です。

ここまで読んでいただき本当にありがとうございました!

まだまだ盛り上がっていくので、今後ともよろしくお願いします!

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