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丘の上で結わう花  作者: pan
第1章 退屈な日常が、変わる
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第42話 誘われたい

 窓から吹いてくる風に揺られた風鈴がチリンチリンと鳴いている。外もすっかり紺色に染まり、満月が空を照らしていた。


 (かける)は花火を終え、一足先に旅館の一室に戻ってきていた。両親はまだ親戚と話しているのか戻ってきていない。早苗(さなえ)も「お風呂に入ってから戻る!」と言っていたため、しばらくは一人だ。


「……っと」


 駈は広縁(ひろえん)の椅子に腰を下ろした。久しぶりの一人で過ごせる時間。外から流れてくる空気を感じながら、昨日から今まで返せず溜まっていたメッセージを確認する。


『おい、めっちゃ美味そうじゃん』

『あーずるいぞー!』


 昨日送ったラーメンの写真に対する返信から速人たちの羨ましそうで悔しそうな顔が脳裏に浮かぶ。思惑通りの結果になっていた駈は飲み物片手に微笑んでいた。


『一緒に北海道行く機会があったら食べようよ』


 思い付いた文章をそのまま送ったため、誘っているつもりはなかった。ラーメンを食べるならまだしも、直接北海道に行って本場の味を楽しむことなどできるはずがないからだ。


 だが、駈はどこか期待していた。その気持ちが通知音とともに確信に変わる。


『駈にしてはいい事言うじゃん!』


『おうよ、卒業旅行とかになりそうか? その方が予定合うだろうし』


「なんだよ、駈にしては、って」


 まだ遠い先のことなのに気持ちが浮ついてしまう。吹っ掛けた本人も乗っかって『卒業旅行でいいかもね』と送り、話を広げようとしている。今から予定を決めたって、その通りに行くかも分からないのに。


 何気ないやり取りに時間だけが過ぎていき、スマホの光を浴び続けて目が疲れてきた駈は外に目をやった。


「田舎って、星が良く見えるんだなぁ……」


 周りに建物が少なく、光っているものが街灯くらいしかない。部屋の電気も消したまま月の光を頼りにしていたため、輝きが目立つ。それは画面越しでも鮮明に映っていた。


 パシャっとスマホから鳴った音は、無常にも部屋に響き渡る。しかし、独りでいることなどどうでもよく思えるほどに、その光景に心を奪われていた駈は写真を見ていた。これも自慢してやろうとグループのトーク画面を開こうとした瞬間、メッセージが飛んできた。


『今、何してますか?』


 画面に映るそのメッセージは通知欄からではない。たまたま上から降ってきた枠をタップして開かれた結花(ゆいか)とのトーク画面だ。駈は慌てふためくも、ずっと開いていたと思われないようにとりあえず何かを返そうと飛び跳ねていたスマホを手に収める。


『今は星を見ているよ』


 駈は自惚れているような言葉に自分でも恥ずかしくなったのか頭を抱えた。実際にしていることなのに言葉にしてみると、あまりにも駈らしくない。


『そうなんですね!』


 すぐに返信が来て、焦りと羞恥から高鳴っていた鼓動が加速する。落ち着こうと外から流れてくる新鮮な空気を取り入れながら深呼吸を繰り返した。


 やっと落ち着いた駈はスマホを手に取った。落ち着くまでの数分の間にもメッセージは届いており、すぐさま指を動かす。


『北海道でしたっけ?』


『そうだよ』


 その後、さっき撮った星空と『こんな感じの空』とだけ送る。返信をしなかった空白の時間を、写真を撮っていた時間として勝手に免罪符とした。


 駈は場をやり過ごして緊張から解かれたのか、力が抜けたように椅子にもたれかかった。



 ◇◇◇



「綺麗な星空……」


 結花は送られてきた写真を見て思わず感嘆の声を漏らす。


 自室のベッドでゴロゴロしていた結花は駈との何気ないやり取りを楽しんでいた。それも尻尾を出しながら。


「あ、満月……」


 結花はカーテンの隙間から見える満月と写真の満月を見比べる。違う場所にいるはずなのに同じ模様で夜空に佇んでいた。


 起き上がった結花は窓に近づいて写真を撮る。


『満月と星、綺麗ですね』


 撮った写真は送らずにアルバムに残したまま。

 結花は青白い光を浴びながら満月を眺め、微笑んでいた。


(あ、そういえばもうすぐ……)


 夜空から何かを思い出したのか、急ぐようにメッセージを送った。


『そういえば、来週花火大会がありますね。駈さんって花火に興味ありますか?』


 違う、そうじゃないでしょと言わんばかりに首を振った。まるで誘ってほしいかのような文章を送った結花はベッドに戻り、タオルケットに潜り込む。


 来週行われる予定の花火大会は駈たちが住んでいる町にある川で行われる。打ち上げられる数も多く、外から人が来るほど人気がある。直接見に行くとなれば混むことは間違いない。


 結花はとりあえず落ち着こうとタオルケットから顔だけ出して深呼吸をする。よし、と気合を入れてから返ってきていたメッセージを確認した。


『あ、そうなんだ。花火かーさっき久しぶりにやったな』


 どこか期待していた気持ちは吹っ飛び、呆れを通り越していた。察することもせず駈らしい返しに思わず笑みがこぼれる。


 はあ、と溜め息をついてからいつものように返す。


『そうなんですね! 楽しかったですか?』


 ニコニコとした表情の中にどこか寂しさもある。

 このままの時間が続くのも悪くはない。けど、もどかしく感じる。


「ああ! もう!」


 結花はダラダラと続くやり取りに飽き飽きしたのか、再びタオルケットに潜り込んだ。

お読みいただき、ありがとうございます。

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