第34話 これは看病、だよな②
その後持っていたコップを結花に渡し、言われた通り横になった。先ほどより体が重たくなっているのか、芋虫のようにゆっくりとした動作で布団に潜り込む。
「それでは、私は食器を片付けてきますね」
「わかった、なんか申し訳ないな……」
駈は顔を結花の方に向けながら、弱々しい声を出していた。結花が体調を心配して来てくれていることは明白なので、その面倒をかけたことが後ろめたく感じているのだろう。
「何言ってるんですか。とりあえず、今はそこで安静にしててください」
結花は座っていた椅子から立ち上がると、食器を手に持って駈の部屋から出た。今は言われた通りにしようと、駈は枕に首を預ける。
仰向けで天井を眺めていたその視界は、結花が来る前よりかはマシになっている。水分補給をしたからだろうか、ご飯を食べたからだろうか。それとも、看病されているからだろうか。
実際、結花は慣れているのか手際がよかった。弱った体に効く塩味や温度のおかゆ、すぐ体に浸透するように薬と共に渡された体温に近い湯。かけられた言葉は優しく、すべての振る舞いは丁寧で、相手を労わっていた。こんな健気で明るい子に看病されるなんて、一体どれだけの徳を積めばいいのだろうか。
「あ……」
駈は時間を潰そうとテーブルに置いてあったスマホを手に取ったが、思ったよりも力が入らず床に落としてしまった。
「……駈さん、ちゃんと安静にしててくださいって言いましたよね?」
駈は聞こえてきた声に思わず肩を飛び上がらせた。拾おうとベッドから身を乗り出そうとしたところで結花が戻ってきたのだ。先ほどまでの柔らかい表情はどこへいったのやら、険しくなった顔は額から脂汗をかかせるほど焦らせる。
「暇だから、ちょっとスマホいじろうかなって……」
駈は、顔だけは結花の方を向いておこうと頭を上げながら訳を説明する。その声は茶化そうとしているのか上擦っていた。
「体調悪いんですから控えた方がいいですよ」
「はい……」
駈は上から見下ろされる視線と真っ当な意見に委縮し、ゆっくりとベッドの上に戻っていく。結花は一つ大きな溜め息をついてから落ちているスマホを拾った。
「とりあえずテーブルの上に置いておきますね」
「……ありがとな」
迷惑をかけてばかりだと自覚しているのか、駈の表情が沈んでいた。その表情を見られないように布団を顔までかぶる。
「……体調悪くなってきました?」
心配になったのか、結花は顔を覗き込むようにして声をかけてきた。どちらかといえば良くなっていたため、誤解させないためにも目だけ布団から出す。
「悪くはないかな」
「それなら、良かったです」
結花は駈に寄っていた体を戻そうと、椅子に座る。安堵しているのか、その顔は微笑んでいた。
外は夏の陽気なのか、いつもよりも光が差し込んでくる。まばらに宙を舞う埃に反射して、さらに際立たせる。その光は部屋全体を包み込むような暖かさを感じさせ、ゆったりとした心地いい空気に染めていた。
結花が声をかけてきてからは特に会話はなかった。駈は薬が効いて落ち着いてきたのか、結花の優しさに安心したのか、重くなっていった瞼に耐え切れず寝ていた。
その表情に苦しさは感じられず、すやすやと眠っている。
「駈さーん」
試しに結花が呼びかけてみるが、それでも起きない。それほど数日間の体調不良に蝕まれていた身体を休ませたいのだろう。今はそっとしておきたいところだが、結花は駈の寝顔をまじまじと見ていた。
(かわいい……)
駈の寝顔は普段の暗い表情とは違い、どこか子供らしさを感じさせる柔らかい表情をしていた。結花は思わずスマホを取り出し、シャッターを切る。
その瞬間、布団が動き始めた。音で起きてしまったのかと慌ててスマホを後ろに隠す結花だが、駈が起きている様子はなく、ただ寝返りを打っていただけだった。奇しくも、顔は結花の方に向いている。
看病しているのだから許してくれるだろうと結花は再度シャッターを切ろうと駈に近づく。
「ひゃ!?」
テーブルの上に置いていた駈のスマホが急に振動し、その音に結花は思わず声を上げて驚いてしまった。
「……ん?」
「あ、駈さん。目が覚めたんですね!」
結花は腰の後ろにスマホを隠し、誤魔化すように早口で言葉を繋げる。駈は数十分ほどしか寝ていないが、寝ぼけているのか状況を把握できず、首を傾げていた。
「何か、あった?」
「駈さんに連絡が来たみたいです!」
駈は返事と同時に渡されるスマホに驚きながらも、その内容を確認する。画面からの光に目が慣れるまでに時間がかかった。
「……あ、早苗が帰ってくるって。早いな」
目を細めたりしてやっと見えたメッセージは『お兄が心配だから、もう解散して帰るよーん』だった。本当に心配しているのかと疑うふざけた口調だが、早苗らしさが出ていて思わず駈は微笑む。
「あ、じゃあ私そろそろ帰りますね!」
「お、おう。今日はありがとな」
「それではお大事に!」
急いで荷物をまとめたかと思うと、慌てた様子で駈の部屋を後にする。その時落としたのであろうか、結花のスマホについていた狐の尻尾のストラップが扉の前にあった。
寝起きだからか大きな声を出すことが出来ず、玄関の方から扉を閉める音が聞こえてきた。
「あとで連絡するか……」
駈はテーブルの上にスマホを置き、また重たくなってきた瞼を閉じた。
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