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49 伯母、再び

 祝が風の守りの練習をして部屋を破壊したという話に風斗と七緒と有馬はお腹を抱えて笑った。

 ここまで笑われるとは思わなかった。

 有馬はお小言を言う途中で吹き出したのだ。

 母と蝶子にはこってりと絞られたし、結局、昨夜は自分の部屋で寝ることも出来なかったので客間を使った。蝶子に監督されながら今日の午前中はその後片付けに追われた。


「有馬様も笑ってないできちんと叱ってくださいませ。家の中で風を使うなんて瑞祥様でもなさいませんでしたよ」

「そう言わないでやってくれよ。祝福を使えるようになったら、ちょっと使ってみようか、なんて思うのは普通だ。それにな、瑞祥は部屋を水浸しにしたじゃないか。祝といい勝負だ」


 有馬は笑い過ぎて目尻に溜まった涙を太い指でぐいっとこすっている。蝶子は少し眉を上げ、そんなこともありましたね、と小さな声で呟き肩を落とした。


 良かった、部屋を水浸しにしてなくて。


「まあ、以後気を付ける、ということで納得しましょう。それと祝さま、今回はご自分で本家へ謝罪しに行かないといけませんよ」

「本家にですか?」

「ええ、夜中にガラスを割るような大騒ぎをしたのですからね。経過報告と謝罪は人として当たり前のことです。例えあちらが筋を通さなくてもこちらは筋を通しておかなくてはならないのですよ」


 本家と離れでは立場が違う。

 蝶子が言いたいのは、本家に付け入る隙や口実を与えるな、ということなのだ。

 父や祝の立場は微妙だ。『鍵』ではあるけれど、何の権限もない。伯父が父や祝を不要だと判断したらここにはいられなくなるし、へたをするとひっそりと存在自体を消されてもおかしくはない。

 領地外へ追放されるぐらいなら喜んで出ていくけれど、そうはさせてもらえないだろう。

 それに、父に付いている蝶子たちの行く末を考えると、下手なことは出来そうにない。


「祝さまはご自分で思っておられるより不安定な立場にいらっしゃることをご自覚なさいませ。楪さまが本家の跡取りとして川渡一族が後ろにいるように、祝さま、貴女の後ろには墓堀家の親戚筋の派閥があるのですよ」


 蝶子は眉頭にシワを寄せた。

 墓堀家の次期当主は楪で間違いない。けれど、楪の母親は川渡一族の当主の長女だから、川渡の派閥が楪の後ろ盾になっている。

 墓堀家の親戚筋一同はそれに誰も納得していないのだ。

 楪が跡取りになれば、墓堀家であって墓堀家ではなくなってしまう可能性がある。

 例えば、今、いろんな事業の中枢は墓堀家の有力な親戚が担っている。それを楪の代になったときにすべての首を挿げ替えるのは容易なことなのだ、と蝶子は言った。


「川渡一族の旗印は楪様で、墓堀家の旗印は祝さま、貴女になっているのですよ」

「……それはだいぶ面倒くさいですね」


 何度も父も祝も跡継ぎにはまったく興味がない、とあれほどアピールしているのに。

 まだ足りてないのだろうか。


「だけど、どうしてわたしなのですか? 傍系にあたるわたしを立てるより、直系の有馬先生やお父さんを立てた方が簡単だと思いますけれど」

「お二人は親戚の声をご自身で退けましたからね。有馬様や瑞祥様を手の上で転がすのは墓堀家の親戚筋の古狸でも不可能なのでしょう。それに比べれは祝さまを今から手懐けておく方が楽だと考えるのは何の不思議もありませんよ」


 要は何も知らない子どもだからって舐められているのよね。


「わたしも子どもですけれど、傍系を立てるより楪兄さまを手懐けて川渡を退ける方が真っ当だと思うのですけれど」

「それはそうです。けれど、退けるには川渡は大きくなり過ぎました。今、領地内の力関係は墓堀家と川渡の二大派閥になっておりますからね。若干、墓堀家側が優勢ですから百合子様も焦っておられるのでしょう」


 それに、と蝶子は付け加える。

 墓堀家にとって闇に落ちた『鍵』は禁忌であり、それに追従した川渡一族を嫌悪している節があるそうだ。だから、その血を引く楪が跡取りになるというのは感情的にも許せないのだろう。


 もう、本当に面倒くさいの一言に尽きる。

 そんな昔のことを引きずるなよ、と言いたいところだけれど、本人たちにしか分からないこともあるので迂闊には口に出せない。

 ここにいる有馬も風斗も七緒も蝶子も墓堀家の親戚筋なのだ。有馬以外は直系とは離れているけれど、血を繋いでいる。

 ここで育っていない祝だけがその価値観が理解できないのかもしれない。


「あの、蝶子さん本家から奥様がお見えになっているのですが……」


 祝たちが食堂で話し込んでいるところに遠慮がちに声をかけてきたのは、離れの使用人の一人だった。祝たちが暮らすことになって新たに雇われた人だ。

 この人も蝶子の遠い親戚にあたるというから、この離れの派閥は間違いなく墓堀家側で固められている。


「まあ、百合子様がわざわざ来られているのですか? 先触れもなくお越しになるなんて急用かもしれませんね。応接室へお通しして用件を伺ってくださいね」


 蝶子はそう言うと使用人を先に応接室へ向かわせた。


 ……蝶子さんが言った内容がイヤミだと気が付くようになったわたしもここにずいぶん馴染んでいるのかもしれない……。


 蝶子は「本家の嫁がわざわざ連絡もなくズカズカとやってくるなんてどんな急用でもあるのかしらねえ?」を丁寧に言っているだけなのだ。


「瑞祥様は幸いなことに沙織様とお出かけになっておられますし、どうせ本家へ伺う予定にしていたのですから、祝さま、わたくしと一緒に行きましょう」

「え、行くって謝罪するんですよね」

「そうです。瑞祥様に謝罪させるとケンカを買って帰ってきそうですからね。祝さま、何を言われても、以後気を付けます、とだけ言えばいいのです。それ以外はしゃべらないように」


 蝶子は早口で祝に注意事項を伝える。その間にもう一人の使用人に伯母に出す茶葉の種類を指定し、有馬たちは食堂でこのまま待機するように言った。


「有馬様たちがいらっしゃると百合子様の闘争本能に火がついてもいけませんからね。さくっと謝ってお引き取りいただきましょう」


 蝶子はそう言うと祝を引きずるように応接室へ連れていった。

 入る前に肺の中の空気を吐き出すようにため息を吐く。

 そして、息を吸い込んでノックをした。


「百合子伯母さま、遅くなってすみません、祝です。入ってもよろしいでしょうか?」


 自分の家なのに伯母にお伺いを立てないといけないのも片腹痛い。

 そんな小さい上下関係を疎かにしないことが重要だと、蝶子にも釘を刺されている。


「ええ、かまわなくってよ」


 中から冷やりとした声が聞こえた。

 

 自分の人生の中で「かまわなくってよ」なんて言うことがこれから先あるだろうか、とふと考えた。それから自分が「かまわなくってよ」と高飛車に言っているところを想像して首を振った。


 ないな、絶対に無い。


 失礼します、と入った応接室のソファの上座に伯母は当たり前のように座っていた。

 

「そこにお座りなさいな」


 と祝に自分の前の席を勧める。祝は小さくお辞儀をしてから座った。

 

「あいにく両親が出かけておりまして代わりにわたしが参りました。頼りないと自分でも思いましたので蝶子に同席を頼んでおります。ご了承くださいませ」


 応接室へ向かう廊下で蝶子に暗記させられた最初の挨拶を口にする。

 伯母は鷹揚に頷いていた。


「わたくしが聞きたいのは昨夜のことですわ。大変賑やかだったとか。瑞祥様がご乱心なさったのではという噂が出回ると困るでしょう? ですからね、真相を聞きにきましたのよ」


 伯母が言いたいのは「昨夜のことを正直に言わなければお前のところの父親が乱心したって噂を流すぞ」という脅しだ。

 祝にはこの手の脅しはまったく効果がない。

 だって、何とも思わない。ご乱心でも酒乱でも好きに噂を流せばいいと思うけれど、それを口に出してはいけないということは理解できるので、素直に謝っておく。


「実は風の祝福を昨日受けたのです。それで不用意に風を動かしてしまって、たまたまガラスに風が巻き上げた本の角が当たってしまってガラスが割れてしまったのです」


 半分は本当で半分は蝶子たちと打ち合わせした言い訳だ。

 祝がどれほど風を使えるかということを悟られないように、あくまでも事故だった――本当にある意味事故だったけれど――と強調した。


「遅い時間に本当にすみませんでした。以後このようなことがないように気をつけます」


 祝が心のこもってない謝罪をして顔を上げると、伯母は形の良い真っ赤な唇を歪めていた。


「そう、あなたは風の祝福まで受けたのね。どこまで貪欲なのかしら。少しは考えてみてはいかが? あなたが祝福を得ることでどんな風に思われるかを」


 祝が反論しようと口を開きかけたとき、蝶子が後ろから祝の背中を小さくつねった。

 その痛さに、ムッとしていた気持ちが落ち着く。

 祝は小さく息を吐いた。


「……大変申し訳ございません。以後気を付けます」


 祝は表情をなるべく変えないように細心の注意をしながら、謝罪してから顔を上げた。

 伯母はその祝の顔を見て、満足気に微笑んでいた。




 











読んでくださってありがとうございます。


伯母百合子との対面をもう少し書きたかったのですが、長くなりそうなので一度切りました。


お気に召していただければとても嬉しいです♪

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