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孫を守るためならばけもの道にも堕ちましょう

 男は真っ暗な田舎道の真ん中で足を止めた。

 男が足を止めた行為に対応するかのようにぽつっと外灯が灯り、男と男を呼び止めた男の上に灯りを投げかけた。

 外灯は黒ずんだ木で出来た電柱に括りつけられているためか、ぎしぎしと風が通るたびに電柱が揺れて灯りを揺らす。


 振り向いた彼の後ろに立っていたのは、薄紫の羽織袴姿の白い男だ。

 公家顔と分類できる顔かたちだが、キツネ顔とは違う系統の顔。

 年齢のわりに皺のほとんどない顔に、大蛇の化身だと思わせる一重でも大きなアーモンド形の瞳が輝いている。


「あら、白波の周吉さん。ここは僕の獣道ですよ。」


 舗装されていない土を固めただけの田舎道は男の古い記憶の中の道であり、そんな道がある世界は、男自身が作り出した彼だけの世界なのである。


「孫を守るためならば、私は鬼畜生にも堕ちますよ。獣道、今の私こそ歩く道だと思いませんか?」


「思いませんね、それに、あら、おっと。」


 男のスーツの上着を押しのけて、ひょこっと小さな白い生き物が顔を出したのである。

 その白い生き物は、同じ科の同種よりも口吻が短く、それによって丸顔のためにか成獣でも幼獣にしか見えないあどけなさを持っている。

 その上、短い手足に先だけ黒い長い尻尾と長い胴体が、にょろっとした動きをともなってとてもコミカルなのだ。


 殺気みなぎるこの場に、空気も読まずに首を出したその可愛いだけの生き物に男は微笑むと、指先で軽くその生き物の頭部を撫でてやった。

 するとその生き物は前脚で男の指を掴んでから軽く齧ると、再びひょこっと彼の上着の中にその体を隠したのである。


「君は猫みたいにじゃれ付いて可愛いね。いい子だ。ちび白ちゃん。」


 彼はちび白の隠れた前身ごろを軽く右手で抑えて、目の前の自分に敵意を燃やしている大蛇に自分のお得意の世界を魅了する笑みを返していた。

 しかし、白波周吉は男の笑顔に魅了されることもなく、第一男の顔など見てはいなかった。

 周吉は先ほどの殺気までも消して、白い生き物がいるはずの男の懐を凝視していたのである。


「それはあの子のお付きの一匹では無いですか。どうやってそれを手に入れたのですか?」


 その生き物が男に懐く事が信じられないと驚愕している周吉に対して、男はいつもの悪戯心が湧いた。

 撫でたら懐いただけという真実を教えずに、いつものように嘘を語ったのである。


「あの子の復活を餌に。」


「あなたはあの子を殺すのでは。」


「さぁ、どうでしょう。僕も彼に魅了されていますからね。どうしましょう。僕は彼を追い込みますよ。そして復活を促して熟した果実となってもらいます。復活した彼は、いったいどれだけ美しいのでしょうか。そんな彼には、いかほどの値が付くのでしょうか。」


 周吉は男を今ここで滅ぼしたいと再び双眸に怒りを浮かべたが、周吉が一歩も動けないのは、男が唱えた商談に乗るべきかと心が揺らいでいるからである。


「あなたは恥知らずにも、この私に新しい契約を持ち掛けているのですね。」


「違います。ただの商談。いえ、商談にもならない、オークションの勧誘ですよ。美しい美術品はオークションにかけられるものでしょう。ただし、一枚噛みたいのならば手付金を頂きましょうか。入会金であり、僕への保証金です。参加されるのであれば、玄人君という果実は、一番高値を付けた方の手に落として差し上げますよ。」


「この、――。」


 周吉が言葉に詰まり、続けて罵倒の言葉が出せないのは、彼の大事な孫が完全になるという彼自身の悲願を、唾棄すべき男によって目の前に差し出されているからである。


 男には、周吉が自分の差し出したリンゴを受け取ることもわかっていた。


「持っていきなさい。」


 周吉は袂から自分の財布を取り返すと、そのまま男へと財布ごと放ったのだ。

 ところが、男は財布を受け取るやすぐに中の札束を全部抜き、カードなどは目もくれず財布を周吉に投げ返したのである。

 周吉は受け取らず、財布はペショリと周吉の足元に落ちた。


「財布ごと、カードだって差し上げますよ。あの子の命が守れるのならばね。」


 男は再びふふっと笑みを向けた。

 世界を魅了するのではない、ただの悪戯好きの悪辣な笑顔だ。


「あなたのカードは罠そのもので、この蛇皮の財布など、あなたの術具そのものでしょうに。いりませんよ、懐に時限装置など置いておきたくありません。あぁ、そうだ。金額が後これだけ足りないの。追加料金をお願いしますね。」


 男は指を二本立てておどけた表情を周吉に見せつけた。

 そして、その姿に周吉が唖然とさせられているのをあざ笑うように、彼の目の前で、男はポンっと姿を消し去った。


 周吉の耳元に、赤いサラファンというロシア民謡を置き去りに。


 おかあさん、いらないことはしないで。

 わたしはまだこのままでいたいの。


              (おわり)



お読みいただきありがとうございます。

改訂前は、周吉は戦闘状態だからということで薄い紫色の三つ揃いスーツという悪趣味な格好でしたが、やはり、いつもの羽織袴の着物姿に変更しました。

これが初登場だったのに、実際は黒歴史になるぐらいの変な格好。

周吉は和装の方がしっくりします。

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