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 四季の国に戻ったワースは城へと向かう。外の景色は相変わらずの冬で、体の芯まで冷える。子供たちが作った雪だるまでさえ、凍えているように思えた。

「おい、止まれ」

 いつもなら顔パスなのに、今回は何故か城門で止められた。

「大臣に用があるのですが」

 ワースは疑問に思いながらも要件を伝えた。

「大臣? 大臣がお前を呼んでいる、という話は聞いていない」

「いや、そんなはずは……」

「そんなことより、貴様は旅人のワースだな?」

「はい、そうですが」

「王様がお呼びだ。このままエントランスを直進して階段を上がり、王の間へ行け。従者を二人付ける。付いて行け」

 王様が? ワースは首を傾げた。心当たりは全くないが、王の命令であれば従う他ないだろう。ワースは二人の従者に付いて歩いた。赤い絨毯が敷かれたエントランスを抜け、大理石でできた階段を昇る。手すりには技巧を凝らした彫刻が彫られている。豊穣を願ったブドウ、自由を象徴する蝶、四季を意味する球体。天井に吊るされたシャンデリアの光が彫刻の凸と凹に陰影を作る。それは、陰影まで計算しつくされた、芸術だった。

「王様がお待ちだ。入れ」

 従者が先に行くように促す。目の前には巨大な扉がある。王の間の扉だ。そこには無駄な装飾はない。威厳をそのまま形にしたような、無骨な鉄壁。そこには、静寂と冷気が内在している。威厳とは、静寂と共にある。騒がしいところでは、威厳は影を潜めてしまう。

「ギギギギィ」

 重い扉が開く。何かに抵抗しているような悲鳴をあげる。ワースは気が重くなる。何度もこの王の間に来たことがあるが、その度、逃げ出したくなる衝動に駆られていた。ここは、不自由の巣窟だ。旅人が最も嫌う不自由が、わらわら蠢いている。ワースはそう思うほどに、息苦しさを感じていた。

「よく来たな。ワースよ」

 ワースは膝をつき、頭を下げる。王は椅子に座っている。椅子には金の装飾がほどこされている。王の権力を表す龍や威厳を表す王冠が描かれている。ちっぽけな人間を、少しでも偉大で荘厳に見せようという、職人の努力が垣間見える。本質を見抜けない人間であれば、あの椅子にみすぼらしい浮浪者が座っていたとしても、偉大な人だと錯覚してしまうだろう。

「ジャンホールドから聞いたぞ。魔女の島に行ってきたらしいな。どうだった。報告せよ」

 ジャンホールド? 誰だ? ワースは首を傾げた。

「どうした? 何か問題でもあるのか。世の命令に逆らうつもりか」

 王が不快な顔をする。ワースの沈黙は時間にして僅か数秒。その数秒が待てないせっかちな王。ワースは慌てて弁明をする。

「申し訳ありません。ジャンホールド、という名前に、憶えがありませんでした」

 ワースは頭を深く下げた。

「ジャンホールドは、元大臣の名前だ」

 元大臣? ワースの頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。元大臣とはどういうことだ? 何かがおかしい。俺が掟島に行っている間に、何があった? ワースの頭にいろんな可能性が浮かんだが、今は王の挙動に全神経を集中するべきだと判断し、浮かんだ可能性を沈めた。

「魔女の島では、サバトを見物しました。サバトは……」

 ワースの言葉が詰まる。サバトの詳細が、思い出せない。ワースは困惑した。サバトの記憶がなくなっている。そうか、化け物山羊を追い払う時に、魔法の対価として、サバトの記憶もなくなってしまったのか。ワースは、沈黙が王を苛立たせると知っていたので、直ぐに違う言葉を探す。

「魔女の島で、しゃべるカエルと出会いました」

「ほう。しゃべるカエルとな」

 王は少しだけ身を乗り出し、興味深そうな顔をした。

「はい。カエルは」

 カエルの名前は、やはり、思い出せない。沈黙が産まれそうになる。ワースは慌てて言葉を紡ぐ。流麗な言葉を心がける。

「いえ、その、そうです。ピコ鉛筆です。肉眼では見えないほど細くて小さい字が書ける、魔法の鉛筆です。これを手に入れました」

 ワースは懐からピコ鉛筆を取り出し、掌に載せて王に差し出す。王は椅子から身を乗り出して、ほうほう、ふむふむ、とそれらしく頷く。髭をかまいながら、うーむと唸る。自分には魔法の鉛筆の価値がちゃんとわかっているぞと、アピールするような仕草でコホンと軽く咳をする。

「もうよい。旅の報告ご苦労であった」

 ワースは頭を深く下げ、帰ろうとした。

「待て。まだ話は終わっていない」

 ワースは慌てて振り返り、膝をついて頭を下げた。

「元大臣である、ジャンホールドが、勝手な行動をしていたことが発覚した。奴はもう老年であり、認知症であると医師が判断した。何やら、認知症になると妄言が増えるそうだ。ワースよ、お前はジャンホールドの命令で掟島に行ったのだな? それだけじゃない、ヒートアイランドにも、ジャンホールドの命令で言ったと聞いている。それは本当か」

「はい。本当です」

 ワースは頷く。それは真実だ。王に嘘は付けない。真実をそのまま伝えるのみだ。

「そうか。わかった。ワースよ、お前には洗いざらい事情を話してもらうことになる。後はそこの従者に話せ。いいな、嘘偽りなく、全てを話すのだぞ。もう下がって良い」

 王は従者に合図を送った。ワースは従者に連れられて王の間を出た。そのまま別の部屋に誘導され、椅子に座らされた。

「旅人ワースよ。元大臣にどんなことを頼まれた? 全てを話せ。これは王様の命令だ。嘘偽りは許されぬ。私には全てを聞き出し、全てを記録し、全てを報告する義務がある。協力してもらうぞ。いいな」

 王の従者はそういうと、紙と万年筆を用意した。ワースは聞かれるままに答えた。嘘偽りなく、真実を伝えた。ワースは別に、隠すべきことなど何一つなかった。


 一時間後ワースは解放された。去り際、ワースは従者に訊ねた。元大臣、ジャンホールドは今、どこに? 従者は頭を掻き、少しめんどくさそうに答える。牢獄だ。あのジジイはイカレている。事実無根の妄言ばかりを吐く。仮にも、あのジジイは元大臣。その発言には多少なりとも力がある。だから、あのジジイの妄言を他の人間に聞かれては困るのだ。だから、今は城から抜け出して徘徊しないように、牢に閉じ込めている。従者はそれだけ言うと、興味なさそうな顔でワースから視線を外す。ワースから聞いた調書の整理を始める。

 ワースは部屋から出て、牢獄へと向かう。元大臣に会わなければいけない。会って、事情を確かめなければいけない。王様や従者の言っていることが正しいのなら、俺はボケ老人の戯言に付き合わされていただけなのだ。それは許せないことだ。こっちは命がけで旅をしているのだ。危険に見舞われ、結果、今までの旅の記憶を全て失ったのだ。それなのに、危険な場所へ行くようにお願いして来た張本人である大臣が、ボケていた? それは許されることじゃない。確かめなければいけない。

 ワースは勇み足で、暗く冷たい牢獄へと向かった。


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