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桜の木の下で  作者: 湖森姫綺
16/22

no.16

 二人が出て行ったあと、僕はベッドのそばに椅子を持ってきて座った。

 大じいちゃんの呼吸する音だけが聞こえてくる。

 本当にもう元気にならないんたろうか。

 ━━くっだらねぇよな。命を懸けて国を守るだのなんだのって言っててさ。結局、死ぬだけじゃないか━━

「誰だっていつかは死ぬよ。でもだからってくだらないなんてことはないよ、絶対」

 僕は、ボクに反論してみた。

 けれど力が入っていないのがわかる。

 人が生きたことがくだらないの一言で片づけられたりしちゃ、いけないんだと思う。

 でも人は必ず死ぬ……。

 ━━死ぬんだよ、皆━━

「やめてよっ!」

 思わず大きな声を出してしまった。

 それに気付いて、大じいゃんが目を覚ました。

「なんだ、琢磨。来とったんか」

「うん」

 ボクがすっと消えていったので、ほっとする。

「大じいちゃん、大丈夫?」

「まったくみっともねえなぁ、こんなかっこ。ションベンにも行けねえ」

 嫌だよね。

 縛りつけられているなんて。

 僕は黙って、大じいちゃんの腕に巻き付けられている紐を解いた。

「足もされてんだ。とらんでええ。帰りたくなるかんな。琢磨、まだ桜は咲かんか?」

 えっ?

「まだ桜は咲かんか?」

 桜って……。今は夏だよ。

 桜の花は、また春にならないと咲かないじゃないか。

 何を言っているんだよ。

「蕾もまだか?」

「まだだよ」

「そっか、まだか」

 なんか変だ。

 さっきまで普通に話していたのに突然、桜のことなんて言い出して。

 しかもどう考えたって、今の時期にする質問じゃない。

「あの桜の花が見てえなぁ。今年はあったかいから、早く咲くべと思ってんだ」

 僕は黙って聞いていた。

「あの桜はな、人に綺麗だと言ってもらうために花を咲かしてるわけじゃねえ。それがあいつの命の証だからだ。山から取ってきたときは、わしと大してかわんねえ、背丈だったんだ。んでも今じゃ立派になったべ。背、伸ばして、枝、増やして……」

 大じいちゃんは、目を閉じて話を続けた。

「風に吹かれたり、陽に当たったりして。誰のためでもねえ、自分のためにでっかくなったんだ。自分のために生きてっから花も綺麗だって言われて、強いとも言われんだべなぁ」

 そこで言葉を切ってしまった。

 眠ってしまったのかと声を掛けてみる。

「大じいちゃん?」

「なぁ、一緒に桜の花見てえなぁ、琢磨」

「大じいちゃん……」

 大じいちゃんは、しばらくしてスウスウと寝息を立て始めた。

 毎日、こうして寝かされているから、月日も季節も感覚がなくなってしまったのかもしれない。

 僕は下を向いたまま、顔をあげられなくなった。

 大じいちゃんが変わっていく姿を、見るのがとても辛いと感じられた。



 ******



 食事をして戻ってきた二人と入れ違いに、僕は病室を出た。

 ジュースでも買って飲めばいいかなと、病室のドアを背に考えていると奥から声がした。

「琢磨だけ来てたって、なんの役にも立たないでしょ」

「そんなこと言って。咲子も仕事があるんだし、そうは休めねえべ」

「仕事ってねぇ。私だって、仕事はしてないけど、まだ小さい子供がいるのよ。向こうの両親に預けてきたけど、嫌味まで言われて」

「わかってるよ。姉さんには、すまないと思ってる。なるべく俺らで見るようにしようと思ってたんだ。でも長引きそうだし、牛もほっとけねえし、畑も田んぼもこれから忙しくなんだ。どうしようもなくて」

 二人の会話を聞いてしまって、僕は居たたまれなくなった。

 確かに皆大変なんだ。

 それなのに母さんだけが来ない。

 公平とは言えないよね。

 でも僕には、何も言えなかった。

 母さんはよく「女が仕事を続けるのには、それ相当のリスクを背負わなくちゃならないのよ」と言っていた。

 母さんは、それを知っていて仕事を選んだんだもんな。

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