no.16
二人が出て行ったあと、僕はベッドのそばに椅子を持ってきて座った。
大じいちゃんの呼吸する音だけが聞こえてくる。
本当にもう元気にならないんたろうか。
━━くっだらねぇよな。命を懸けて国を守るだのなんだのって言っててさ。結局、死ぬだけじゃないか━━
「誰だっていつかは死ぬよ。でもだからってくだらないなんてことはないよ、絶対」
僕は、ボクに反論してみた。
けれど力が入っていないのがわかる。
人が生きたことがくだらないの一言で片づけられたりしちゃ、いけないんだと思う。
でも人は必ず死ぬ……。
━━死ぬんだよ、皆━━
「やめてよっ!」
思わず大きな声を出してしまった。
それに気付いて、大じいゃんが目を覚ました。
「なんだ、琢磨。来とったんか」
「うん」
ボクがすっと消えていったので、ほっとする。
「大じいちゃん、大丈夫?」
「まったくみっともねえなぁ、こんなかっこ。ションベンにも行けねえ」
嫌だよね。
縛りつけられているなんて。
僕は黙って、大じいちゃんの腕に巻き付けられている紐を解いた。
「足もされてんだ。とらんでええ。帰りたくなるかんな。琢磨、まだ桜は咲かんか?」
えっ?
「まだ桜は咲かんか?」
桜って……。今は夏だよ。
桜の花は、また春にならないと咲かないじゃないか。
何を言っているんだよ。
「蕾もまだか?」
「まだだよ」
「そっか、まだか」
なんか変だ。
さっきまで普通に話していたのに突然、桜のことなんて言い出して。
しかもどう考えたって、今の時期にする質問じゃない。
「あの桜の花が見てえなぁ。今年はあったかいから、早く咲くべと思ってんだ」
僕は黙って聞いていた。
「あの桜はな、人に綺麗だと言ってもらうために花を咲かしてるわけじゃねえ。それがあいつの命の証だからだ。山から取ってきたときは、わしと大してかわんねえ、背丈だったんだ。んでも今じゃ立派になったべ。背、伸ばして、枝、増やして……」
大じいちゃんは、目を閉じて話を続けた。
「風に吹かれたり、陽に当たったりして。誰のためでもねえ、自分のためにでっかくなったんだ。自分のために生きてっから花も綺麗だって言われて、強いとも言われんだべなぁ」
そこで言葉を切ってしまった。
眠ってしまったのかと声を掛けてみる。
「大じいちゃん?」
「なぁ、一緒に桜の花見てえなぁ、琢磨」
「大じいちゃん……」
大じいちゃんは、しばらくしてスウスウと寝息を立て始めた。
毎日、こうして寝かされているから、月日も季節も感覚がなくなってしまったのかもしれない。
僕は下を向いたまま、顔をあげられなくなった。
大じいちゃんが変わっていく姿を、見るのがとても辛いと感じられた。
******
食事をして戻ってきた二人と入れ違いに、僕は病室を出た。
ジュースでも買って飲めばいいかなと、病室のドアを背に考えていると奥から声がした。
「琢磨だけ来てたって、なんの役にも立たないでしょ」
「そんなこと言って。咲子も仕事があるんだし、そうは休めねえべ」
「仕事ってねぇ。私だって、仕事はしてないけど、まだ小さい子供がいるのよ。向こうの両親に預けてきたけど、嫌味まで言われて」
「わかってるよ。姉さんには、すまないと思ってる。なるべく俺らで見るようにしようと思ってたんだ。でも長引きそうだし、牛もほっとけねえし、畑も田んぼもこれから忙しくなんだ。どうしようもなくて」
二人の会話を聞いてしまって、僕は居たたまれなくなった。
確かに皆大変なんだ。
それなのに母さんだけが来ない。
公平とは言えないよね。
でも僕には、何も言えなかった。
母さんはよく「女が仕事を続けるのには、それ相当のリスクを背負わなくちゃならないのよ」と言っていた。
母さんは、それを知っていて仕事を選んだんだもんな。




