決闘?
ゲーメーテル学園生徒会長アルイネは、物分かりの良い人物だった。
「まさかねぇ……本当に男の子なのかい?」
薄暗い中華料理店の奥まった個室で、険しい顔付きのアルイネが、女の子のような男の子の華奢な身体を舐め回すように観察する。
ラズのような性的な目線ではなく、これからどうすべきかと頭を巡らせている様子だ。
「いえ、今はラズの呪術で女体化しています」
ヴィネイが今の晶を観察しても仕方無いと説明した。こんな姿になっている晶を見ても、アルイネはヴァネイとラズの言葉を信用している。
同郷の信頼なのか、再三の確認はするが疑いからではない。
「顔貌を変える魔法がかかってないっていうなら、あんたたちの言う通りなんだろうね」
アルイネはお茶を啜り、緊張を解した。
四人は西洋風のアパートメントが建ち並ぶ大通りから側道に入り、さらに小路へと入った裏通りに店を構える中華料理店で密談のような相談をしていた。
裏通りの店の割に店内は小綺麗で広い。個室も四人くらいなら余裕がある。
「……モグモグ。ゴマ団子美味しい。ヴァネイの奢りだから遠慮いらない」
ラズはマイペースに飲茶を楽しんでいる。その隣で、ヴァネイは申し訳なさそうに頭を下げた。
「初対面で厄介な相談を持ちかけて申し訳ありません」
「いやいや、いいよ。アメンテス様にガチ惚れして、愛人やってるようなエイテネの生徒会長に相談した日にゃ、物理的に去勢した晶ちゃんを女神様に差し出しそうだからな」
「そ、そんなまさか……」
冗談でしょうと、愛想笑いをする晶。ちらりと、ヴァネイの顔を伺う。
「すまない、晶くん。我が学園の生徒会長殿はそういう方だ」
その目に嘘がないと分かり、晶は身震いした。
「だが、会長殿は目線がアメンテス様の方を見ていたり、普段はやや高めの視点で行動するので、晶くんの正体が直接バレるような事はないだろう」
「あの気取ったアマは現場と現実に足がついてないからな」
ヴァネイの表現に被せ、アルイネが酷評を口にした。
「おおっと、勘違いしないでくれよ。あたしたちは仲が悪いってわけじゃねえんだ。あたしは未来思考でアクティブ。エイテネの生徒会長は保守的だが、将来、問題が大きくなる前にスパッと解決しちまう大鉈振りの指導者ってだけだ。実際、統治運営とか業務や執行じゃあ、あたいは足下にも及ばん」
会長同士として、実力は認める仲らしい。
アルイネの評価を聞いて、ヴァネイはそれ故の不安が浮かぶ。
「とはいえ、デリケートな問題では、その採決の速さが、晶くんの身を危険にしますね。上手くやれば三ヶ月後に彼は無事、帰れる訳ですから」
「そこまで誤魔化せればいいって訳かい。帰還にかんしちゃ制限はないからねぇ」
アルイネは「分かった!」と膝を叩き、お茶を一気に飲み干した。
「こんな可愛い子が女の子にされちまったら人類の宝を失うことになる。晶ちゃんよ。この閉鎖世界のアルイネが、あんたのキン○マをがっちり守ってやるよ。がっはははぁっ!」
アルイネの下心ありそうな発言と快活な笑い声が、狭い個室に響く。口悪く下品だが、 決して悪意はない。
晶はそんな雰囲気を持つ彼女を見て、隣家の幼なじみとアルイネが重なって見えた。見た目が全く違うのに、何処か似ている。
「ありがとうございます。こんな面倒事をいきなり相談して」
ヴァネイは生真面目に頭を下げた。
「何度も言わせんなよ。こんな大問題だからこそ、このあたしに相談すべきなんだよ」
胸を張るアルイネ。逞しい肉体と豊かな胸が、肝っ玉母さんのように頼もしさと暖かさがある。
「……アルイネ先輩、ステキ。でもワタシはあきらタン一筋」
ラズが熱っぽい視線を晶に向ける。
熱い視線から逃げつつ、晶はアルイネに頭を下げた。
「あ、ありがとうございます。ボク、まだこの世界分からないし、なんてお礼したらいいか」
礼を言われたアルイネは、ニヤリと含みを持った笑みを浮かべる。
「なーに。身体で返して貰えばいいさ」
「……あきらタンの純潔をご所望とアルイネ先輩は申しておられる」
ラズに腕を掴まれ、晶は小さい悲鳴を上げた。
「晶くん、恐れる事はない。この中二階で身体で払うとは、仕事をするって意味だ。元々、女性しかいない世界。肉体関係の要求など最初から想定していない」
「……ただし女神様の言葉は除く」
――やっぱり女神様は油断ならないらしい。
*
中二階最強と謳われるアルイネの協力を取り付けた晶たちは、裏道の中華料理店を後にした。
アルイネは路面電車で駅まで行き、スムッスの塔を南に回る汽車で帰って行った。ゲーメーテル学園はエイテネ学園から一番遠く、南北反対に位置しているという。
アルイネと別れた晶たち三人は、徒歩で第三学生寮へと向かう。
晶はレンガのアパートメントが建ち並ぶ石畳の大通りを、見回しながら落ち着き無く進む。
第三学生寮はヴァネイとラズが暮らす寮だ。晶は今日からそこで、寝食を行わなくてはならない。その寮はエイテネ学区の西側にあり、規模は小さい方だ。その代わり、学園も市場も近く利便性が高い。
道すがら、ヴァネイは寮生活での注意点を幾つか説明した。晶は何とかそれを頭に叩き込む。
「私たちが自宅やアジトを持っていたら、そこで生活してもらえたのだが」
一通り、寮の説明を終え、ヴァネイは嘆息と共にそんな事を言った。
「自宅? アジト? 何ですか? それって」
「ランクが高くなるとGPが余るからね。そういった生徒たちが中二階に自宅を建てるのさ」
「……アジトはチームで購入したり借りたりしてる個室。このアパートメントは限界者( (フィックスドリミット)の共同住宅だけでなく、生徒が一室を借りてアジトとしてる所もある」
「アジトって?」
晶は小首を傾げた。アジトと聞くと、悪の組織の秘密基地のように思える。
「手に入れた武器や道具を置いて、倉庫代わりにしてる生徒たちが多いな。城やマンション一つを大型のアジトにしてるグループは、演習場にしたりしてるね」
「……噂ではいかがわしいサービスをアジトで開いてる人たちもいる」
いかがわしい……? 女の子同士で?
晶はどんなアジトなのかと想像し、頬を紅潮させて俯いた。
一面ピンクの一室。そこに気だるく寝そべるヴァネイとラズ……。薄絹一枚で女子生徒たちを招いている様子の妄想…………。
「ふむ、その話か。まったくGPとGPの直接交換で出来ないからと、物品を賭けるギャンブルなど思いつくとは。全く悩ましいな」
額に手を当てるポーズは、彼女の癖らしい。
「え? ああ……そっちですか」
思わず零した納得の相槌を、ラズは聞き逃さなかった。
「……あきらたん、何だと思った? 賭博場を何と勘違いした? もしかしてそっちじゃないエッチな方?」
晶は女の子のようだが、立派な男の子である。エッチな妄想くらい人並みにする。
だがそれを女の子に悟られた事は無い。
ラズは晶の両手をがっちり掴み、無表情だが上気した顔を近付ける。
「いえ、その……あの……」
ラズの吐息が鎖骨を撫でる。
晶は視線を下に向け、追究から逃れようとしたが、緩い襟元からラズの深い胸の谷間を覗いて見てしまった。
慌てて上を向くと、隙有りとばかりにラズが胸の中に飛び込んできた。
女体化して膨らんだ敏感な胸に、ラズの豊かな胸が押し付けられる。
「ひあっ! ……あ、あの違うんです!」
「……違くない。あきらタン、美味しそう。食べたい……性的な意味で。イジメたい……性的な方法で。妊娠させたい……性的な行為でがふっ!」
往来で興奮し始めた変態の頭頂部に、ヴァネイの拳が振り落とされた。ラズはその場に踞り、両手で頭を摩る。
「やはりラズと同室にする訳には行かないな。晶くん。寮では私と相部屋でいいかね?」
「え……?」
余りにも気軽に、提案するヴァネイ。晶はオドオドと、返答に詰まった。
「ラズはこの通りだし、他のゲート委員は第二学生寮だ。何、不自由はさせないよ。いいだろう? 私との相部屋……」
「異議ありっ! ですの!」
晶が返答に困窮していると、突如、背後から大声がかけられた。
振り返ると、甘くフワリとした雰囲気を漂わせる少女が、小さい身体で仁王立ちして晶を指差していた。
桃色の髪がふわふわとウェーブしつつ腰まで伸び、ちょっと寸詰まりで丸い印象がある。決して太ってるわけではない。頬の膨らみや、くりくりとした瞳などが目立ち、丸く可愛らしい魅力を持っているのだ。
「お、お姉様とどどどど同室なんて! このリューレが許しませんのっ! リューレがいつも申しでているのに……。お姉様も酷いですの!」
ズンズンと突き進み、晶を突き飛ばす。ラズより更に小さく、日本で言えば小学校高学年くらいしか見えないのに、やたらと動きが力強い。
力に自信のある晶ですら、その膂力に押されてよろめいた。
「リューレスネコア……。君にはすまないとは思うが、これには事情が……」
「いいえ! もう我慢できませんの! あの時もこの時もリューレのは我慢したのっ! もう、お姉様に遠慮はしないの!」
気圧されるヴァネイ。その前で猫が戯れるように飛び跳ねるリューレスネコア。
何事かしら? と、周囲の視線が集まり出した頃、リューレスネコアはキッと振り返り、再び仁王立ちで晶を指差すと力いっぱい叫んだ。
「あなたに結婚を申し込むのっ!!」
「……ええっ!!!!」
大通りは騒然とし、人々はリューレスネコアと晶を交互に見遣った。
晶は呆然と、丸い少女の瞳を見つめ返す。
リューレスネコアの頬がみるみる赤く染まる。
「間違えましたの……。決闘を申し込むのっ!」
リューレスネコアは、視線を逸らしつつ訂正した。
結婚発言にも驚いたが、決闘と改めて言われ、晶は狼狽しつつヴァネイに救いを……求めようとしたが、彼女は申し訳なさそうに手を合わせて謝るジェスチャーをしている。
「ね、ねえ。ラズさん……。どういう事なの?」
晶は一縷の望みをかけて、ラズに助けを求めた。
「……中二階の言語がどうなってるとか考えちゃダメ」
ラズは全く関係ない問題の返答を呟いた。




