女の子だもの
『さあ! 早くスカートを捲るのです! その羞恥に染まる頬、怯えた眼がハァハァ……』
「……女神様の命令。晶タン、スカート捲って。パンツは半脱ぎ膝まで」
『あら、そちもエロよのぉ。私は股下ギリギリがいいわね。ギリギリ見えないではなく、ギリギリ見えるところで』
「……いえいえ女神様ほどでは」
前門の変態が追い詰め、後門の変態が忍び寄る。
「ヴァネイさぁん……」
晶は変態の視線に晒され、たまらずヴァネイに救いを求めた。
ラズの手が晶のスカートに伸び、是非もなしとヴァネイは彼女の手を取って羽交い締めにした。
「おっとラズくん。そこまでだ」
「……止めないで……パンツ。晶タンのぴっちりボクサーパンツ……」
非力なラズはヴァネイで抑えられる。しかし女神はそうもいかない。未だ興奮冷めやらぬ女神の声が、次々と頭上から降り注ぐ。
『ああ、なんてカワイイのかしら晶さん。スカートがダメなら胸でもいいのよ……。ブラしてる? まだかしら? してるならずり上げ……いえ、ずり下げてから捲り上げぐぼわらぁっ!!』
奇声と共に女神像からの通信が急に途絶えた。
『あーあー、てすてす。いっつふぁいんとうでい』
天から降る声が、優しく息の荒い声から、落ち着いているがやや嗄れた声に変わった。
二人目の声は、壊れたスピーカーから出る割れた音に似ている。
『変態女神が迷惑かけたようだな。すぐにシャンとさせるから少し待ってな』
乱暴な言い方だが、女神やラズより遥かに常識的な人物のようだ。
「誰……なの?」
晶は裾を押さえつつ立ち上がり、ラズを羽交い締めにするヴァネイに二人目の声の主について尋ねた。
「良く暴走するアメンテス様を諫めるお人さ。誰かは分からないが、魔王イーンフィムスって言う噂もある」
「良く暴走するんだ……」
変態女神を諫める魔王……。想像して晶は眉を顰めた。
そうこうしているうちに、太陽は雲で翳り、スカートの中を不埒にも写す床が輝きを失う。
『……もう、雲なんて出して意地悪なんだから』
再びアメンテスの声がドームから降ってきた。
『今度は可愛い下着を履いてきてね。……わ、分かってるわ! 手を下ろして! 殴らないで! 顔はダメ! 顔は止めてボディ、ボディもダメ…………。おっほん! 我々は八椚晶を新しい妹として迎え入れ、貴女を立派な淑女に育てる事を約束しましょう。ところで私は純白が好きよ。透けるなら尚更ね。では晶さん。何かご質問は?』
出迎えの言葉と変態の言葉が入り乱れ、晶は軽い目眩を覚えた。
「あ、あの、僕は元の世界に戻れるのですか? 僕、間違って呼ばれたと思うんですけど」
女神相手……というより、変態へ立ち向かうような勇気を振り絞って、晶は質問を投げかけた。男である隠し、喚ばれはしたが間違っていると伝えた。
『運命を知らぬ者には、良く間違いだと言われます。しかし本人に自覚は無くとも、私が厳選した人は皆さん、傑出した人物になれる才能のある方たちばかり。決して顔を見ただけで可愛い! 美人! とかそんな理由で召喚名簿を作ってはいません! はい、ここ重要!』
女神は自信たっぷりに言うが、晶はいまいち信用できなかった。特に後半。
『もし帰りたいのであれば、然るべき時にGPを支払えば、元の世界に戻れます。詳しくはゲート委員の彼女たちにお聞きなさい』
「自由に帰れるんですか?」
GPの意味は分からなかったが、思ったよりは簡単に帰れそうだと晶は安堵した。
『星巡りや月の位置などで制限がありますが、ヴァネイさんでしたか? 八椚晶さんの世界と再びゲートを開ける時期は何時ですか?』
「はい。凡そ三ヶ月後の一週間です」
ヴァネイは女神の質問に即答した。
三ヶ月かぁ……長いなぁ。
晶はその間、家族や友達が心配するなぁ……と、誰もが思わず抱きしめて慰めたくなるような悲しい顔をした。
『安心なさい。元の世界に帰る時は喚ばれたその時刻ぴったりに合わせます。タイムラグ無しで実生活に戻れますよ。仮にこちら十年間暮らしたとしても、帰る時間は喚ばれた時。しかもこの世界では一切、歳を取りません』
「そんなに都合がいいんですか?」
『もちろんです。この世界で可愛い女の子たちが、歳を取るなど私が世界律を変えても絶対にさせません。ええ、絶対ですともっ!』
どうやら女神の趣味らしい。
『それに良くあるでしょ? イヤーボーンっていうの』
「イヤ……ボーン?」
『ヒロインが追い詰められると、イヤーっと叫んでボーンと能力が解放されて悪漢を凪払う事が良くあるでしょう?』
「良くあるでしょうって言われても……」
現実にはあまり有り得ない特異な例で、同意を求められ困惑する晶。
『あれはヒロインがイヤーっ! とピンチの瞬間、この中二階の世界に召喚され、ここで授業した結果、ボーンが出来るようになってから、万全の体制でピンチの瞬間に帰ってボーン! としているんだよ!!』
「「な、なんだってーっ!!」」
晶だけでなく、ヴァネイも驚愕の声を上げた。
『ちなみにボーンした後、「なにこの力、違う私がやったんじゃない」とかいうヒロインは、この世界の秘密を守る為に知らない振りをしているのです』
(そんな馬鹿な……)
晶は突っ込みを入れたかったが、この女神相手だと話が面倒になりそうなのでグッと堪えた。
『とにかく実生活への影響はありません。それどころかこの中二階で新しい能力の開花や異世界の道具を手に入れる機会もあるのです。決して損にはなりませんよ』
被る不利益は無いに等しいらしい。続く説明によると、同一もしくは同質世界の教師による授業も行われており、学力低下どころか向上すら望めるらしい。
「……元の世界で時間が進まないから、テスト前にこちらに来てたっぷり勉強。たっぷり睡眠」
ラズがなにやらライフハック的な異世界利用法を呟く。
「元の世界に帰る為に必要なGPってなんですか?」
『GPはガールズポイントと言ってこの世界の通貨です』
「すごい適当な名称……」
「……晶タン。そこは突っ込んじゃダメ」
『GPは、学園に貢献したりテストで良い結果などを修めると支払われます。他にも様々な獲得方法がありますが、詳しい事はゲート委員会の方から説明をうけてください』
晶が振り向くとヴァネイは任せておけと力強く頷いた。
『もしもGPが足りなかったら、私に全てを委ねて一晩……わっ! や、止めて! イタタタッ! 冗談だってば!』
様子は見えないが、調子にノった女神アメンテスが嗄れた声の主に諫められているようだ。
『あ、後の細かい事柄はゲート委員やクラスの方々と相談なさい。……痛、止めて乱暴なのはぁ……』
すっかり神々しさも消え失せた騒々しい女神との通信は、こうして有耶無耶な形で終わった。
「あー、なんと言うか。あーいう女神様なんだ。許してくれ」
「……あれでも一応、この世界の管理者。無限の権限と能力を持ってる。……逆らうと怖い」
ヴァネイとラズは女神に対して達観した考えを持っているようだが、晶はどうしても受け入れられない。
ドームから中央校舎に戻る渡り廊下で、晶は一つの提案をした。
「今から僕が女の子じゃないって言って、返してもらうとか出来ないんですか?」
ヴァネイは提案を聞いて渋い顔で腕を拱いた
「脅すようだが、女神アメンテスの男嫌いは偏執と言っていい」
「……こんな事があった。とある双子の妹がこの世界に来た。カノジョには双子の兄もいて、離れ離れは苦痛だから、どうしてもこの世界に喚んで欲しいと懇願して女神アメンテスに了承した。そして……」
ラズが唐突に語り始めると、ヴァネイの渋面が更に深まる。
「あの事件か……。アレは……一騒動だったな」
「ど、どうなったんですか?」
神妙なヴァネイの顔を見上げ、晶は息を飲む。
「ラズ。言いかけたのはキミだ。話を続けてくれ」
ヴァネイに促され、ラズは深くゆっくりと語る。
「……召喚された兄は夜更け過ぎに姉になっていた」
「え? それって?」
「……トランスセクシャル。症状名ではなく、状態変化呼称のTS」
「女神アメンテスはこの世界に男が存在する事を認めない。晶くん。バレればまず間違いなく、キミは女の子にされてしまうだろう」
ヴァネイが冗談を言ってるようには思えない。
「……パオーンバイバイ」
ラズは冗談を言っているようだが洒落にならない。
「安心したまえ。キミは私たちが守る」
ヴァネイは濡れた子犬のように、震え、怯える晶を抱き寄せた。
「……もしも視覚的に、物理的にバレそうになったらワタシがなんとかする」
ラズも負けじと、背後から晶に抱きついた。
晶は女の子に挟まれ、のっぴきならない。
「ラズは呪術で、男の子を女の子にする事が出来るんだ。いざとなったらそれで誤魔化す」
「ああ、それならバレないから安心……って! 同じ事じゃないですか!」
ヴァネイの胸にたじろいでいた晶も、思わず突っ込むほどの矛盾だった。
「ああ、すまない。いや、そうじゃないんだ」
「……安心して、晶タン。ワタシの性転換術は一刻が限界。晶タンの世界の時間だと一刻は二時間」
「と、いうことだ」
「で、でも……」
安心しろと言われても、晶は女の子にされた経験などないので戸惑った。
「……バレそうになったり、裸になりざる得ない時は、気が向いたら必ず女の子にしてあげる」
「気が向いたらって! バ、バレたら僕どうなっちゃうんですか!? その時は女の子にしてくださいよ!」
「……自分から『女の子にして』なんて。……変態、ハァハァ」
「い、今のは言葉のあやで……その……」
「女の子になる事が心配なら、一度経験してみるのもいいだろう」
ヴァネイは、まるで冴えたアイデアだという表情で、晶の性転換を軽い調子で提案してきた。
「……女の子になる練習。……いい。早く女の子になろう。女の子同士なら、一緒にお風呂も一緒にベッドも一緒にトイレも合法」
ラズの目の色が代わり、晶を解放してさっと後ろに飛び退き、両手の平を頭上で複雑に交叉させて、怪しい呪文を唱え始めた。
渡り廊下の屋根が振動し始め、晶に何かの力が押しかかってくる。
「せめて、こ、心の準備をっ!」
「……無理矢理、女の子にしてあげる」
「ラズ。キミはいちいち卑猥だな」
まったく悩ましいと、晶を念動力で抑え付けながら額に手を当てた。
「……エロくてもいいじゃない。変態だもの」
ラズがなんだか分からない迷言を言い切る前に、晶は女の子になった。




