「私とは行けないっていうの?」
「卒業したらさ、いや、厳密には卒業したらっていうか卒論とか全部終わったらさ、旅行行かん?」
「卒業旅行ってこと?」
「そうそう! 人生最後の長期休みを満喫しなきゃじゃん!」
「別にいいけど……。またずいぶん気の長い話だね」
私たちは、まだ四年生にもなっていないというのに。確かに何かと値段がつり上がっていく時代、先手先手で動く方がお得かもしれないけれど、それにしたってえらく早い段階から計画を立案してきたものだ。
「ほら、楽しみに思う期間は長い方がいいじゃん?」
「まあ……」
「うわぁ、微妙な反応」
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうから、わくわくと当日まで待つ時間を多く過ごすことに価値を感じるのは、理解はできる。一方で、そんな風に楽しみにしている様を人に見せるのは、まだ少し気恥ずかしさがあった。だから、どこかスカしてしまうというか、なんというか。
「でも、行くこと自体はあっさり受け入れてくれてよかった。晴香ならすげなく断られるかも、とかちょっと思ってたし」
「それはまあ、流石に。お世話になったし」
「な〜にそれ? 変なの」
カラカラと笑う美紀に、ホッと一息つく。彼女の言う通り、行きたいという積極的な意思はなくて、ただ感謝の気持ちで断らないだけ。
それを不快に思わせたら申し訳ない、そんな気持ちがあったけれど、杞憂だったようだ。まあそもそも、それを不快に思うようなら、ここまで私に付き合えていないだろう。
「ま、とりあえずどこがいいか、のんびり考えといて! なんでもいいとか言うなら勝手に決めちゃうからね!」
「はいはい……」
適当にうなずきながら、まだまだ先の話である卒業後に思いを馳せる。
そう、まだまだ先なのだ。そのことを美紀にツッコんで気づいたけれど、陽向も卒業後のことについて、あのとき何かを話そうとしていた。
そんなに未来の話、一体彼女は何を伝えたかったのだろう。気になるところではあったけれど、このときは美紀の描く旅行の計画に流されて、疑問は消えていった。
***
不思議な感覚。どんな自分でも受け入れてくれるだろうと思える安心感と、それでも行き過ぎて嫌われたくないと思ってしまう緊張感。この相反する二つが、今私の中で同居している。
「……」
「……」
あれ以来、なんとなく陽向と過ごす時間が増えている。それも、肩にもたれて触れ合ったり、腕を絡ませたり。何を話すでもなく、軽いスキンシップを取りながら、本当にただ時間を共有するだけのこともしばしば。
先の一件の気恥ずかしさがありつつ、色々な意味で心臓が痛いほどうるさい中で、私が今まで通り、いや今まで以上に話せなくなるのは許して欲しい。
しかし反対に、陽向の口数が減ったことは気がかりだった。彼女も、由唯ではなく陽向として接していくと、どうも多弁ではないというのは次第に分かってきていた。けれど、それにしても最近はとんと話さなくなったように思える。
最初は私がやらかしてしまったのかと不安だったけれど、スキンシップを続けてくれている以上は大丈夫そうだ。どうしたのだろうかと観察していると、何かを考え込んでいるようにも見えた。
静かに何も話さないでいられること自体は、別に気まずいとは思わないし、むしろ自然体であれることをありがたいし心地いいと思う。でも、何か思い悩んでいるのなら、力になりたいし、私が陽向に助けられたように、私も陽向の助けになりたい。
だから、不器用ながらに声を発した。
「な、なんかさ!」
「ん?」
急に気合いを入れて話し出したものだから、音量調整を間違えた。やらかしたと落ち込みかけるけれど、めげずに続ける。
「美紀が来年卒業旅行したい、って。ちょっと気が早いけど」
「へぇ、いいじゃん」
「う、うん。……陽向はそういうの、興味ない?」
「興味、興味かぁ……」
とりあえずジャブで、楽しそうな感じの話題を出してみる。美紀との会話を出してみると、第一声が返答の内容とは裏腹に、少し鋭いもので、間違えたかもしれないとドギマギしながら、うかがうように問いかけた。
「正直それ自体にはないけど、晴香と旅行できるなら、したいな」
「……そうなんだ」
「えぇ〜。この流れ、誘ってくれないの?」
言われてみれば、確かに誘うような口ぶりになってしまっていた。そりゃあ、陽向と旅行できるもんなら、私だってしたいとは思う。絶対に緊張はするけれど。
とはいえ、一応言い出しっぺの美紀にも聞かないことには決められないし、そもそも陽向を旅行に連れ出すことなんて可能なのかも疑問だ。
「だいぶ先のことだし、スケジュールもまだ……。っていうか陽向、旅行できるほど暇じゃないんじゃないの?」
「ああ。それなら心配しなくても、来年は大丈夫だよ」
「え?」
そんなことを言い切れるなんて、流石にそんなに未来の予定が確定しているわけもない。驚きとともに、少しの嫌な予感がした。
「ま、とりあえずいつか晴香との旅行があるってことで。楽しみにしてるね」
「もう決定事項なの……」
「あ〜。美紀ちゃんとは行けて、私とは行けないっていうの?」
「そんなことないって」
からかわれているのを分かりつつ、しっかり否定しておく。全く、油断も隙も無い。気づけば、私が持っていきたかった話の方向からは大きく逸れていた。
──まあ、いつもの調子に戻って来たのなら、なんでもいいか。
そんな風に納得していると、今度はあちらの番になっていて。
「じゃあ、それはそれとして。もう少し、近い話をしよっかな」
おもむろに私の手をとっていじりながら、陽向は薄く微笑んだ。




