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独立不羈の幻術士  作者: ムルコラカ
第二章
39/65

合流と同士討ち

 シェーナと二人、手を取り合って坂道を駆け下る。黒い霧に覆われた視界はお世辞にも良好とは言えず、自分の正確な位置すら把握しにくいが、それでも必死に足を動かした。


 背後からは、死霊の呼び声もかくやと思える程のおぞましい呻き声の合唱と、霧を貫きながら飛んでくる魔法攻撃の発動音が絶えず響いてくる。


「シッスル頑張って! 足を止めたらやられるわよ!」


「シェーナこそ! 私を逃がす為に踏みとどまって時間稼ぎ、なんて考えるのはナシだからねっ!?」


 お互いの手を強く握りしめながら、私とシェーナは相手側の攻撃をそらす為に蛇行を続けていた。視界を狭める黒い霧のお陰か、意識が魔に堕とされたからかは定かではないが、魔術士達が放ってくる魔法の軌道はかなり大雑把で見当違いの場所に着弾するものも多い。それでも何発かは、私とシェーナのすぐ近くを掠めたりした。今も私の右脇の傍を複数の氷柱が横切って肝を冷やしたところだ。


 このまま躱し続けるのも限界がある。早く下の味方と合流しないと……!


「待ってシッスル!」


「えっ!? ど、どうしたのシェーナ!?」


 突然シェーナが動きを緩めて足を止めた。彼女の判断が信じられなくて、私は必死に掴んでいる手を引っ張る。


「なんで立ち止まるの!? このままじゃ的だよ!」


 足を止めるなってさっき自分で言ってたのに! ……と内心腹立たしさが芽生えるが、シェーナはそんな私も後方の敵もお構いなしにただ霧の向こうを睨んでいる。


「……前方から戦っている音がする。こっちに向かってくる足音も」


 長い耳をそばだたせながらシェーナが言った。


「え、それって……!」


「伏せてシッスル!」


 訊き返そうとした私を、シェーナが地面に押し倒した。


「きゃっ!?」


 どさり、と二人して坂道の地面に倒れ込んだ直後、前方の霧の中から何かが飛び出して来た。


「うおおおおおおっ!!」


 モードさんだ! 身の丈程もある大きな戦斧を振り回しながら、黒い霧を破って姿を現したのは彼だった。


 いや、モードさんだけじゃない。彼の後ろに続いて、弓を構えたミレーネさんと剣を抜き放ったカティアさんも出てきたのだ。


「ミレーネさん! カティアさん! 皆……っ!」


「……っ!? あんた、シッスル! シェーナも! あんた達も無事だったのね!」


 兜を外したカティアさんが、地面に折り重なって倒れ込む私達に気付いてくれた。


「カティア! モード殿らも伏せるんだ! 早く!」


 私に覆いかぶさっているシェーナが、寝たままの姿勢で鋭く指示する。三人共、一瞬戸惑う様子を見せたがすぐに彼女の言う通り地面に身を投げ出した。


「シェーナ、どうし――」


 ひとり、彼女の意図が分からない私は再び問いただそうとするのだが、その言葉を吐き切る前に『答え』が目の前に用意される。


 霧の中から浮かび上がる、いくつもの歪な人型。溶けた泥のような不定形の四肢に、のっぺりとした起伏のない顔。


「【心無き者(ノン・スピリット)】!?」


 第一種原生型に属する魔物、あのダンジョンでも見た魔族の尖兵が、カティアさん達の後を追うように姿を現したのだ。


 これも、リッチが生み出したこの黒い霧の効果か。魔術士達を狂わせるだけじゃなく、配下の魔物まで召喚するなんて……!


 前門の【ノン・スピリット】、後門の魔術士。進退が極まったかと思った時だ。


「ひゃっ!?」


 ヒュンヒュンヒュン――と。後方から飛来した魔法が、私達の頭上を通り越して【ノン・スピリット】の群れに吸い込まれていった。数に任せた魔法の乱打に曝され、【ノン・スピリット】達の足が止まる。


「なるほど、後ろに他の魔術士達も揃っているのね! これなら取って返して反撃出来るかも知れないわ!」


 悲鳴を上げる私の傍で、カティアさんが嬉しそうに言う。だがその希望は、即座にシェーナによって否定される。


「残念ながら、彼らは既に魔素に蝕まれて正気を失っているわ! 私とシッスルは、彼らから逃げてきたのよ!」


「はぁっ!? なによそれ!? 魔術士達も敵になってんの!?」


「私達も、無数の【ノン・スピリット】に襲われて……! カーヴァー隊長さんの命令で、丘の上に登るようにと……!」


 余波の風圧にさらわれるブロンドヘアーを抑えながら、ミレーネさんが悲痛な声を上げた。


「冗談じゃねぇぜ! 聖騎士共はなんか急に聖術が使えなくなりやがるし、他の冒険者共は混乱して連携もへったくれもなくなってよ! やっとのことでミレーネと一緒に逃げてきたらこっちにも敵かよ!」


 半ばヤケクソのように言い放ったのは勿論モードさんだ。ということは、既に丘の下も最悪の状況に陥っているのか。


「ちょっと! 私も居るんだけど!?」


「カティア、そんなことは良い! まずはこの状況を切り抜けるのが先決だ、次の攻撃が来る前に移動するぞ」


 シェーナはうつ伏せのまま、匍匐前進でこの場を逃れようとする。


「付いてこい。姿勢を低く、這うように移動するんだ」


「何処に逃げるってのよシェーナ! 前も後ろも敵だらけなんでしょ!?」


 文句を口にしつつ、それでもしっかりと匍匐の体勢を取るカティアさん。ミレーネさんもモードさんも、ちゃんとシェーナの指示通りにしている。


「喚くな、声で気付かれる……!」


 這いながらも前後の様子を素早く確認したシェーナが、声を落として鋭く注意する。確かに今、魔術士達は攻撃の手を止めている。【ノン・スピリット】達も、私達の姿を見失ったかのようにてんでにフラフラしている。一時的とは言え、彼らの目を欺くことに成功したようだ。


「でも、このままでは見つかるのも時間の問題です。匍匐じゃ、稼げる距離に限界があります……!」


「面倒くせえ、いっそどっちかに全員で切り込むか?」


 ミレーネさんとモードさんが口々に言うが、シェーナは言下に却下した。


「早まるな。今はとにかく、少しでも移動することを考えるんだ。そうやって転機を待つ」


「転機、ね。単なる全滅の先延ばしにならなきゃ良いけど」


 こんな時でも相変わらず嫌味を欠かさないカティアさんだが、彼女の言葉は正鵠を射ている。オーロラに閉じ込められている上に、この黒い霧だ。外部からの援軍は期待できない。此処に居る私達だけで突破口を見出さなければいけないのに、前後を狂える魔術士と魔物に挟まれて絶体絶命だ。こんな状態で転機なんて……!


「せめて、さっきみたいに魔術士さん達が【ノン・スピリット】を狙ってくれれば良いのに……!」


「そんな何度も都合良くいかないわよミレーネ。あいつらは今、魔素に頭やられちゃってるんでしょう? “お仲間”になった魔物と戦うなんて……」


「いや待てカティア。……シッスル、貴女の幻術で魔術士達の標的を魔物共に向けられないかしら?」


 シェーナの提案は、私も勿論考えたことだ。しかし……


「“幻光ミラージュ・ライト”でやっても、効果は薄いと思う。魔術士達の意識は混濁しているだろうし、そんな状態で光を当てても正しく幻術に掛かるかどうか分からない。ましてやこの霧だし……」


「シッスル、幻術は何も視覚だけを間口にしているワケじゃないんでしょう? 他の感覚からならどう?」


「他の感覚……」


 確かに、魔術士達の五感全てが鈍くなっているならそもそも私達の追跡さえ出来ない筈だ。目に頼れない時、人間が次に研ぎ澄ます感覚は大体二つに一つ。そしてこの状況から考えるなら、恐らくそれはこっちだ。


「ちょっと待って」


 私は腰に付けているポーチの口を開いた。確か、念の為にとアレを持ってきていた筈……!


「急ぎなさいよ、連中との距離が縮まってきてるわ」


「急かすなカティア、シッスルを信じろ」


 焦燥に駆られながらも必死に身を伏せる私達五人を、魔術士と魔物の群れが嘲笑うように包囲しようとしている。完全に囲まれてしまえば、その時が私達の最期だ。


 急げ……! 急げ……! と逸る心を抑えつつ、私は目的の物をポーチから取り出した。


 それは、指で摘める程の大きさをした幾つかの青い丸薬だ。


「皆、耳を塞いで下さい!」


「分かったわ、任せたわよ」


「え? え、ええ……!」


 唐突な私の指示に、シェーナ以外の三人は若干戸惑いつつも言う通り両手で耳に栓をした。


 それを見届けた後、私はおもむろに呪文を唱え始める。


「――魔力よ、我が発せし音に宿りて、耳を傾けし者達に幻を与え給え。汝が前に立つ影、その全てが敵とならん――“幻響ミラージュ・ハウリング”!」


 そしてそれを、魔術士達に向かって放り投げた。


 ――パン! パン! パパン! パン! パパパン!


 青い丸薬が弾け、辺りに乾いた破裂音が響き渡る。


「……!」


 魔術士達の動きに、明らかな変化が現れた。彼らは、私達を挟んで向こう側で蠢く無数の【ノン・スピリット】達が上げる移動音に誘われるようにそちらを向き――


 そして、魔物達目掛けて魔法を打ち込み始めた。


「やった……! 成功しましたよ皆さん!」


「何? あんた何したの!?」


 耳から手を外したカティアさんが、俄に敵対しだした両者の間を何度も見比べながら尋ねた。


「音です。魔術士さん達の聴覚を経由して幻術を仕掛けました。今の彼らには、自分以外の全てが敵に見える筈です!」


「は? 自分以外敵!? 待って、それって――!」


「おい、あれを見ろよ!」


 モードさんが上体を起こして前を指差した。つられて反射的にそちらを見る。


「え……!?」


 魔術士達が、お互いを攻撃しあっていた。


 距離が遠い者は魔法を打ち合い、近い者は己の拳で殴りつけ、あるいは首を絞め合い、お互いがお互いを喰む血みどろの地獄絵図を描いている。虚ろな顔のままで行われる同士討ちは、より一層の衝撃を私に与えてきた。


「そんな、どうして……!? あっ……!」


「そりゃ、“自分以外全てが敵”なんて暗示をかけたらそうなるわよ……!」


 カティアさんは、苦虫を噛み潰したような顔で前方を睨んでいる。


「そんな……! 私はただ……!」


「いや、良くやったわシッスル! これで魔術士達は無力化された! 今のうちに逃げるのよ!」


 シェーナの声が、自分のしたことに愕然とする私の意識をかろうじて引き戻した。


「シェーナ……!」


「シッスル、今大切なことが何か忘れないで! 全てを省みるのは後よ!」


「……うん!」


 茫然自失になりかけた自分に活を入れ直し、私とシェーナは揃って立ち上がる。すぐ傍で、カティアさん達も同様に身を起こしていた。


「さあ皆、逸れないで! せめて私達だけでも全員無事に脱出するのよ!」


 シェーナの号令を合図に、私達は再び坂道を駆け上がり始めた。

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