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独立不羈の幻術士  作者: ムルコラカ
第二章
32/65

カティアの選んだ道

 シェーナの治療は、大事を取って翌日まで続けることとなった。


「ま、私の聖術にかかれば何の問題も無いんだけどね。治療中に一度暴れてることだし、念には念を入れて今夜は医務室で過ごしなさい。このカティアさんが、特別に付きっきりで看護してあげるわよ」


 という同僚の有り難い気遣いにシェーナは渋い顔をしていたが、私も重ねてそうするよう勧めると観念したように頷いた。


「この様ではシッスルを守ることもままならないしな。言う通りにしよう、カティア。ただしその場合、シッスルも……」


「ええ、ええ、みなまで言わずとも分かってるわよ。魔術士、あんたも今夜は此処で寝なさい。守護聖騎士の監視を逃れて羽根を伸ばそうとしたってそうはいかないんだから」


 勿論、私に異存があろう筈も無い。私とシェーナとカティアさんは、三人まとまって医務室で夜を過ごした。


 その間、色々な話をした。特に驚いたのは、カティアさんの出自に関してだ。


「えっ!? じゃあカティアさんって、ブロム団長の姪に当たるんですか!?」


「そうよ、私の母が団長の姉でね。他家に嫁いでいったから名字は違うんだけど、ボードワン家とは昔から付き合いが深くてね。幼い頃から団長には良く遊んでもらったわ」


 臥せったシェーナにクリスタルをかざし続けながら、カティアさんはいくらか険の取れた声で私に答えた。諸事が大体落ち着いたお陰か、昼間のような厳しさは鳴りを潜めている。


「あっ、だからカティアさん、ブロムさんにあんな砕けた話し方をしていたんですね」


「他の団員の手前、示しがつかないから皆の前では敬語で話すよういつも言われてるんだけどね、どうしても小さな頃の感覚が抜けなくて」


「要は公私混同だな。そうやって自分には甘いのに、シッスルにはいつも厳しいことを言ってるよなカティアは」


 ベッドの上でシェーナが笑う。彼女にもすっかり余裕が戻ってきているようだ。


「う、うるさいわね! 治癒騎士としての仕事はちゃんとこなしているから良いのよ!」


「そうやって開き直る奴が一番嫌われるんだぞ」


「ぐっ……! 相変わらず遠慮なく言うわねシェーナ」


「今更、お互い遠慮も何も無いからな」


「ふん! それだけ減らず口を叩けるならもう問題無いわね」


 シェーナとカティアさんは、全く飾らない調子でぽんぽんと会話を重ねる。この二人は、騎士見習いの頃から共に過ごした仲間だ。私の知らない期間のシェーナを、カティアさんは良く知っている。その事実に微かな寂しさや嫉妬心を覚えると同時に、こんな肩の力が抜けたシェーナの姿を引き出してくれる彼女の存在に心から感謝した。


「……うん、まぁ、そんなワケで。日中も言ったけど、私が守護聖騎士団に入ったのって少なからず縁故採用の側面があるのよ。だから本当のところ、あんたのことを偉そうにとやかく言える立場じゃなかったりするの」


 ふと気付くと、カティアさんは気不味そうにチラチラとこちらに視線を送っていた。部屋を照らす燭台の灯りに、彼女の透き通った青い目が仄白く輝く。


「だから、さ……あ~……。まあ少し、色々と言い過ぎたわ。悪かったわよ」


「カティアさん……」


「言っておくけど、発言自体の撤回はしないし魔術士への考え方も変わってないわよ。あんた達はいつ魔素に染まって悪に堕ちてもおかしくない生き物だってことは動かしがたい事実だし、あんたを見ていてシェーナに負担が掛かり過ぎてるって感じたのも本当のことなんだから。ただそれを踏まえても、昼間に私が言ったことはあまりにもあんた達の事情を無視し過ぎてたと思う。そういう道理が伴わない仕打ちをすることは、しゅの御心にそぐわないだろうなって反省しただけよ。……そ、それだけ!」


 言っているうちに自分で恥ずかしくなったのか、最後の方はそっぽを向きながら怒ったように言い捨てる。頬に赤味が差していたように見えたのは、恐らく燭台に照らされたからではないのだろう。


「いえ、謝らないで下さい。カティアさんが言っていたこと全部が正しいとは思っていませんけど、その通りだと感じたところもたくさんあったんです。今は、言ってもらえて良かったと思っています。ありがとうございました」


「ふ、ふん! 殊勝なことね! 反省点が見つかったというなら、精々頑張って改めなさい!」


 少しだけではあるが、カティアさんと打ち解けた気がして私は嬉しかった。そこで彼女のことをもっと知りたくなり、更に質問を重ねてみることにした。


「カティアさんは、どうして守護聖騎士になろうと思ったんですか?」


「昼間も少し言ったと思うけど、これが自分の進むべき道だと思ったからよ。私の家もそれなりに格式高いところでね、父は修道士で母も修道女だった。私も幼少の頃は母と一緒に修道院で過ごしたわ」


 以前も述べたことがあるがこの国では聖職者、それも最下級にあたる修道士でさえ妻子を持つことを許されている。修道士と修道女で婚姻を結ぶということも珍しくない。デイアンさんの父親だってルモス地区の牧師を務めている。国教会のメンバーも殆どは家族持ちらしい。


「そこで主の教えを学び、この国に尽くすことが大義であるとずっと聴かされてきた。それを不満に思ったことは殆ど無いわ。だって、美味しい食事も、温かいベッドも、豊かな学問も、全てが与えられたんだから。それをもたらしてくださったのが主の御慈悲であれば、その恩に報いたいと思うのも当然よね。親も周囲も、私が聖なる務めに従事して志を果たすことを望んでいた。皆の期待に応えることに、何の迷いも無かったわ」


 デイアンさんの境遇と似ている、と私は思った。違うのはデイアンさんや妹のミレーネさんが自分達の上に敷かれたレールに疑問を持ち、自分の意志でそこから外れたのに対して、カティアさんは進んでその運命を受け入れたところだ。


「修道女ではなく守護聖騎士になろうと思ったのは、そっちの方が私の性に合っていたからよ。確かに修道女になれば、そこから牧師、主教と上がって国教会議会に列席することも夢じゃなかったわ。けど私は、もっと目に見える分かりやすい形でこの国に貢献したかった。魔族の脅威から国を護る、守護聖騎士として。魔族は主の敵、民衆の暮らしを脅かす悪党よ。それを討ち果たすことこそ、主に対する一番の恩返しとは思わない?」


 私の方を振り返ったカティアさんの目が楽しげに細められている。


「けど、守護聖騎士に選ばれるまでに相当な苦労があったんじゃないですか?」


「まあね、何と言ってもマゴリア教国の威信を背負う国教騎士団だもの。団長の伝手で見習い候補生の枠には余裕で食い込めたけど、流石にそこからは地金を問われたわ。結局、本当に騎士として認められるには自力で頑張るしかなかった」


 騎士団に入る際にコネを利用したと先程自分で言っていたけど、やはりそこまで甘くは無かったようだ。ということは彼女もシェーナと同じ、努力を積み重ねた末に今の地位を手に入れたことになる。


「私は治癒騎士としての素質を見出された。期待していた役目とは違ったけど、これはこれで毎日充実しているわ。前線で敵と斬り結ぶのも、後方で彼らを癒やすのも、等しく大切な仕事であることには変わりない。……まあ、とはいっても大半の相手が冒険者共だというのが玉に瑕だけどね」


 そう語るカティアさんの顔は、やはり何処か楽しげだった。


「私は、今の私を後悔していない。あんたも、精々自分の望む人生を歩めるよう頑張りなさい」



◆◆◆



 燭台の灯りも消え、すっかり寝静まった暗い医務室に自分の息遣いだけがやたら大きく聴こえる。


 シェーナもカティアさんも既に横になり、安らかな寝息を立てている。穏やかな眠りへと誘われた二人に対し、私は未だ睡魔に襲われずにいた。


 頭の中を巡っているのは、これまで出会ってきた人々の人生だ。


 シェーナは、私の為に守護聖騎士を目指した。


 デイアンさんは、自由を求めて冒険者になった。


 ギシュールさんは、様々な制約の中で探究心を貫こうとした。


 カティアさんは、運命を受け入れその通りに歩んだ。


 立ち止まらず、後ろを振り向かず、誰もが皆自分の道を邁進していた。


 その有様はとても眩しく、そして美しいものに見えた。


 私も、皆のように生きられるだろうか?


 この道を選んで良かったと、後悔しない人生を歩めたと、胸を張って言えるようになるのだろうか?


『貴女は自由です、シッスル。自由に生き、自在に腕をふるいなさい。そして、自分が行動した結果、あるいは何もしなかった結果を、責任を持って受け入れなさい。……私が最後に貴女に望むのは、それだけです』


 師匠と別れた日の朝に、師匠から言われた言葉を思い出した。師匠の元を巣立った私は、他の魔術士と変わらない枷を嵌められている。しかし、師匠の言いたかった“自由”とはきっとそういうことじゃないだろう。


 私は、師匠の望むように出来ているのか? 師匠から最後に教わったことを、きちんと理解出来ているのか?


 ……自信は無かった。しかしそれでも、今やるべきことは分かっている。


 ――オーロラ・ウォールで起きたことを、師匠と相談する。


 いい加減、センチメンタルに浸った心を切り替えよう。考えなければいけないことは増えたけど、それは全て私個人の問題に過ぎない。まずは当初の目的から、ひとつずつ片付けていくんだ。


 自分に言い聞かせるように心の中で繰り返していると、ようやく眠気がやってきた。


 ……。


 …………。


 ………………。


 おかしな夢を見た。


 何処か、広い部屋のような場所で私とシェーナが向き合って笑っている。私はそれを、少し離れた位置からじっと俯瞰していた。


 その部屋は日当たりがよく、たくさんの窓の外から注ぎ込む木漏れ日が中を鮮やかに彩っている。小さな机と椅子が等間隔に、何列にも渡ってずらりと並べられている様は、昔師匠に連れられて見学に行った修道院の修学堂という勉強の為の部屋に良く似ていた。


 その机のひとつに私が座り、シェーナが前の席から振り返って何やら話している。話し声は聴こえない。けれどシェーナも私もとても楽しそうだ。


 私とシェーナはお揃いの服を着ていた。紺と白を基調にしたスカートにシャツ。首元には緑色のスカーフが巻かれ、それが白地のシャツに良く映えている。


 ……これは、何だ? 私は何故か、今目にしているこの光景に覚えがあった。しかし、記憶の中から浮かび上がってくるものは何も無い。見覚えがあるのに思い出せない、もどかしい奇妙な感覚。何処か懐かしく、それでいて胸が痛くなる郷愁の匂い。


 私はただ呆然と、夢の中の私達が交わす声なき会話を眺めていた。ところが唐突に耳の中が透き通り、世界に音が戻る。


「ところでさ、――は進路どうする?」


 夢の中のシェーナが、私に笑顔を向けたままそう言った。


 その瞬間、全てが遠ざかり意識は夢から還る。


「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……!」


 汗びっしょりで目覚めた私は、部屋を見渡してそこがギルドの医務室だと気付いた。シェーナとカティアさんはまだ起きておらず、寝る前に見たように穏やかな寝息を立て続けていた。


「今の、夢は……一体……?」


 問いかけたところで答えが帰ってくる筈も無い。不思議で不気味な夢には違いないが、それでもあくまでただの夢だ。そう自分に言い聴かせて、私はこの件を忘れることにした。


 ところが、その日に起きた現実の出来事も、夢に負けず劣らず私を驚かせることとなる。

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