調合3
「ねぇ、エリーチェちゃん。おなか空いてない?」
唐突に、シャルロッテが尋ねてきた。
「おなか空いてると、余計に不安になっちゃうよ。何か食べよう! グランも食べてくよね。今日は妖精さんが来たから、おいしいチーズが手に入ったの。」
シャルロッテはそう言って、部屋から出て行った。
妖精さん?
またも、あり得ない単語が飛び出し、私の不安は高まった。
グランは、部屋の隅っこに置かれていた木の椅子を、私の近くまで持ってきて座った。
「とりあえず、メシだな。それから考えよう。」
私は、鞄の中に入っていた手帳を出し、何かの手掛かりがないか調べてみることにした。
手帳は、最初の方に1か月ごとのカレンダー、その後に1週間ごとのスケジュールが記載できるようになっていて、メモとアドレス欄が最後の方に数ページずつ付いているものだった。カレンダーには所々、日付の数字に丸印が付いていた。そして、赤字で〆という記号が少ない月で3か所、多い月で7か所入っていた。
何かの締め切り? でも何だろう? 具体的な内容は書かれていない。
1週間ごとのスケジュールには、「○○○○」△文庫 600円という感じに、本の題名と値段がずらずら書かれていた。しばらくして、カレンダーの丸印が付いていた日と、本の題名が書かれている欄の日付が一致しているのに気が付いた。
これ、新刊文庫本の発売日だ。
そして書かれていた本の題名には、見覚えがあった。これは紅茶について書かれた本。主に有名老舗メーカーの歴史についてだった。こっちは猫と探偵のミステリ。シリーズ物の最新作。今回は猫ちゃんに新しい友猫ができるエピソードが良かったんだよね。これは明治時代の近代建築を訪ねる話。本が発売された時点で、既に取り壊されてしまっていた建物も何件かあり、もったいないなぁと思ったのを覚えている。あ、これは雑誌の連載エッセイだ。なぜか、変わった形の葉っぱのイラストがたくさん入っていた。
間違いない。これ全部読んだことのある本だ。
スケジュールは10月まではきっちり書かれていた。
鞄の中に文庫本が1冊入っていたことを思い出し、それも取り出してみた。水族館がテーマのショートショートが集められたものだった。手帳のスケジュールの9月23日の欄に、その本の題名が書かれていた。
そして最後の方のアドレス部分には、市立中央図書館、市立北部図書館、市立西部図書館、県立図書館本館、分館、駅前の大型書店のから近所の本屋など12件の書店の電話番号が記されていた。
「何か、思い出せた?」
私の様子をじっと見ていたグランが、声をかけてきた。
「……、本が好きだったみたいです。」
そう、本のことは思い出せた。けれど、これらの本を何処で読んだのかは思い出せない。それどころか、自分の仕事も、家族も、友人も、全く思い浮かばないのだ。
アドレスに書かれていた図書館と書店は、すべて思い出せる。行ったことがある。あるどころか、中央図書館はかなり頻繁に利用していた記憶がある。でも、自分の家や部屋は、まったく思い浮かばない。
こんなことってあるのだろうか?
「おまたせ。」
シャルロッテが、トレーを持って部屋に戻ってきた。
部屋の真ん中にある机に、食器を置き始めた。シチューとパン、そしてカットされたチーズの皿を並べると、私とグランの方に席に着くよう目で合図をしてみせた。