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何で大人になると虫が苦手になるのだろう


 戦闘が終わったエリウちゃんにリーネア、ヤマダを休ませている間、僕ちゃんは巨大石扉から少し離れた所に建っている謎の石碑を調査することに。

ちなみにゴーレムどもが装備していた大きな胸鎧は、ホールの片隅に置いてある。

これがまた中々の逸品だ。

物理防御は当然として、魔法防御力もかなり高い。

ドロップアイテムと言う事で、後で誰かに取りに来させよう。

魔王軍には巨人種の兵もいるからね。

優秀な奴に褒美として授けようと思う。


「しっかし、何が書いてあるか分からんのぅ」

俺は腕を組み、身長ほどの高さの石碑を見つめながら唸る。

一番上に何やら紋章らしきモノが三つ彫ってあり、その下に細かな文字が彫られている。

当然ながら初めて見る文字だ。

現在使われているこの世界の文字とは大分に違う。

千年以上前に起きたとされる歴史の大断絶で、この文字を使っていた文明も滅んだのだろう。


「うぅ~む…」


「なんや?分からんへんのか?」

肩に乗っている黒兵衛が、ちょいちょいと俺の頬を突っ突きながら言ってきた。


「分からん。ってか、分かる方がおかしいだろ。これがさ、ベタなファンタジィ小説だと『あ、これは俺の世界の文字。もしかして古代の魔王は俺の世界出身者?』みたいな流れ何だろうけど、やっぱ現実は違うわい」

俺は笑いながら、その珍妙な文字を繁々と見つめる。

「ん~……人間界のアルファベットにも見えるけど、妙な顔文字みたいなモンも混じっているし……思ったよりも複雑な文字体系だな」


「やれやれやな。しゃーないから教えたるわ。これはな、猫文字や」


「猫文字?マジか?初めて聞くワードだぞ」


「は、嘘に決まってるやろ。猫の手でどないして文字を描くんや」


「……」

こ、こんにゃろう……


俺は黒兵衛の顔を正面から掴んでいると、酒井さんが耳朶を引っ張りながら、

「ねぇシング。魔法で読む事は出来ないの?」


「読解魔法ですか?生憎と、そっち方面の魔法やスキルは習得してないんですよ」

今、自分達に掛っている翻訳魔法で読める文字は、一般に流通している文字だけだ。

古代文字の解読は当然ながら不可能。

それらの特殊解析系の魔法を習得するのは、遺跡探検家や上級アイテム鑑定士ぐらいだ。


「酒井さんは何か分かりませんか?ほら、この真ん中の紋章……どう見ても五芒星ペンタグラムですよ。酒井さんも良く使ってる印じゃないですか」


「私の陰陽道は、元は古代中国の五行説から発展したものだからね。五芒星はそれを表しているのよ。って言うか、和洋問わずにこの紋章は広く使われているわ。五千年以上前のメソポタミアの頃にも使われていたって話しだしね。世界が変われど、この手の紋様は結構誰でも考え付くのよ」


「ほへぇ……まぁ、そうですね。俺の世界にも五芒星や六芒星は普通にありましたし。しかし……一体何が書いてあるのでしょうか」

よもや観光地の立て札のような、このダンジョンについての解説文じゃあるまいて。


「大抵は、何かしらの警告文ね」


「ですね」

ここから先へ入ったら死ぬぞ、的な文章かな?

けど、入る為にここへ来たワケだし……

ま、危険は今のゴーレムで重々承知したし、何とかなるでしょ。


「え~と…」

指先で石碑の文字をなぞると、その箇所が淡く光りだす。


むぅ……何かしらの暗号的な仕掛けかな?

決まった文字を決まった順に入力しないと、扉が開かずにゴーレムが襲ってくる仕掛けだったとか?

けど、文字の意味が分からんしなぁ……ま、良っか。


そのまま適当に弄くっていると、ガタンと音がして、目の前の巨大な石扉がガリガリと大地を削るような嫌な音を立てながらゆっくりと開いて行く。

いやはや、意外に何とかなるもんだ。

まぁ、人間界のような、高度に電子化された複雑怪奇な暗号システムとは違うし……

そもそも、開かなかったら扉ごと吹き飛ばせば済む話だしな。

って言うか、千年五百年近く前の、しかもメンテナンスも施されていない扉が自動で開くこと自体、純粋にスゲェなぁ……と思う今日この頃だ。


開かれた扉の向こうから、生暖かく少し湿気のある風がホールへと流れ込んで来る。

中は当然ながら暗い。

ま、暗視スキルがあるから、少し暗いかな?と言う程度で見渡す事が出来るので、特にどうって事はないが。


ほほぅ…

扉の先は、床から壁、そして天井と加工された石のブロックで構成されている。

所謂、オーソドックスな造営ダンジョンだ。

ありきたりでケレン味の無いダンジョンではあるが、その分、トラップなども設置し易く注意が必要である。


「魔王ベルセバン……でしたっけ?そいつ造ったがダンジョンなんですかねぇ」


「じゃないの」

酒井さんは首を動かし、慎重に辺りを見渡している。

「魔王城の近くにあるんですから、その古代の魔王が造ったんでしょ」


「しかし何の為に……勇者を迎え撃つ為かにゃ?」

その辺は、歴史ごと消滅しているので定かではない。

ただ、先のゴーレムからして、侵入者を拒んでいる事に間違いは無いが。


「ねぇシング。もし仮に、入ると同時に扉が閉まったらどう対処するの?」


「扉ごと破壊します。剣で穴でも開けましょう」


「なら安心ね」

酒井さんが笑顔で俺の頬をムニムニと摘む。

と、エリウちゃんが手を打ち鳴らし、

「さ、皆さん出発しましょう」

元気溌剌な声で言った。

どうやら戦いの疲れから回復したようだ。

ヤマダの旦那も肩と首を軽く回し、リーネアは回収した矢を矢筒に入れながら小さく頷く。


ふむ…

直感アビリティも危険察知スキルも特に反応は無し、と。

今のところ、エリウちゃんの判断に任しても問題は無いだろう。


そのエリウちゃんは、扉を潜ると同時に手を挙げライトの魔法を展開。

仄かな明かりが彼女を中心に、おおよそ五十メートル四方に広がる。


「むぅ…」

ダンジョンは、入ってすぐに右折ポイントがあった。

更にその先にも左折ポイントがあり……突き当たりはT字路だ。

あれ、丁字路が正しかったか?

まぁ、良いや。

ともかく、いきなり道が分かれている、THE迷宮と言う造りになっていた。


「こいつはまた……マッピング能力が試されますな」

俺は呟きながら、肩に乗っている黒兵衛の頭をゴリゴリと撫でる。

酒井さんが、「へぇ~」と声を上げながらダンジョン内を見つめ、

「私も黒ちゃんも、こう言う如何にもダンジョンって言うのは初めてなんだけど……シングは経験あるんでしょ?実際の所、どう?」


「どう、と言われても一概には……まぁ、玉石混合って言うヤツですかね」

俺は口を少しだけへの字に曲げながら小さく鼻を鳴らした。

「さっきの洞窟のような自然系ダンジョンとは違って、色々と造り込まれている分、罠や仕掛け等のギミックが多いから難しい……と思いがちですが、実は簡単な場合もあるんです。この手のダンジョンは作り手のセンスに左右されると言うか……ゲームのマップを作ったりするレベルクリエイターと同じで、センスの悪いヤツが作れば、単に罠が多いだけの糞ダンジョンになってしまいますけど、上手いヤツは……それこそダンジョンの奥へ奥へと誘い込むように作ったりと、同じ素材を使っても罠の仕掛け方一つで難易度が極端に変わるんですよ。ですから実際に入ってみないと……ちょいと分からないですね。後は、そうですねぇ……同じ景色が続くので道に迷い易いです。そして一番辛いのが、精神的な圧迫感ですかね。ダンジョンの構造上、前後左右から常に挟まれている感じですから、慣れないとこれが中々にキツイんですよ」


「なるほどね。何となく分かるわ。延々と同じような道が続くって嫌ですものね」


「リーネアやヤマダの旦那は大丈夫だとは思うんですけど、問題はエリウちゃんですね」

俺はダンジョンへと入って行く、ちょっぴリ残念な魔王ちゃんの後ろ姿を見つめる。

まだまだ発育途上の小さなお尻がフリフリと揺れていた。

「今はまだ、初めてのダンジョンって事で気分が高揚してますけど、果たしていつまで持つのやら……」


「リーダーはエリウよ。あのが終了と言ったら……どうするの?」


「そこで終了ですよ。こう言った探索に於いては、不文律ですがパーティーリーダーの言葉は絶対です。意見を述べたりする事は良いんですが、リーダーが決めた事に反抗してはダメです。どんな立場の者であろうと、リーダーに逆らうのは御法度です」


「ま、危険を伴う冒険には、そう言う厳しいルールは必要よね」


「ですです。だから僕チンも、エリウちゃんが撤退と言ったらそれに従いますよ」

もちろん、ミッション失敗と言う事で、帰ったら色々と苦言を呈したりはするがね。

「ある意味このダンジョン探索は、エリウちゃんの魔王としての資質……リーダーに相応しいかどうかを試す場でもあるんです」


「でも初めての経験よ。少しは甘くしないと……って、シングは充分、エリウには甘いわよね」


「まぁ……ねぇ」

俺は少しだけ苦笑を溢し、少し離れた最後尾を進みながらダンジョンへと入る。

「俺達がいなくなった時の事を考えると、本当はもっと厳しくエリウちゃんを鍛えるべきだと思うんですが……どうにもね」


「基本的にアンタは優しいから」

酒井さんが俺の頬を軽く摘んだ。

「けど……あまり宜しくないダンジョンね。エリウには少し厳しいかも」


「宜しくない?」

はて?どこがだ?

至ってオーソドックスなダンジョンだと思うが……


「感じない、シング?」


「ふへ?何がですか?」


「……久し振りに感じたわ。霊気ってヤツよ。しかもかなり性質が悪そうな」


「霊気?ま、またまたぁ……黒兵衛、冗談だよな?」


「うんにゃ」

肩に乗っている黒猫が首を横に振る。

そしてニンマリと笑みを溢し、

「扉が開いた瞬間から、気配が漂って来たわい」


「……マジか?」


「自分、ホンマにその手の気配は感じんのな」


「い、いやいやいや……だってこの世界には、幽霊とかお化けの類は存在しないじゃん。実際、今まで遭遇もしてないし……存在するのなら、俺の枕元にはエルフの幽霊が一個師団で出て来ますぞ」

と、酒井さんが小難しい顔をしながら、

「ここは千五百年程前のダンジョンでしょ?その当時はいたんじゃない」


「……なるほど。分かりました。エリウちゃんに撤退を進言しましょう」


「何言ってんのアンタ?」

酒井さんが呆れた声を上げた。

黒兵衛はクックック…と嫌な笑いを溢している。


「や、だって……もし仮に、本当に出て来ちゃったら……久し振りに僕チン、奥義『浪漫飛行』が発動しちゃいますよ?そうなったら、今まで築き上げてきた異世界最強魔王の威厳が……」


「あ、その辺は自覚があるのね」


「ですよぅ。誰しも、苦手なモンがあるんです。例えば人間界で顎鬚生やした格闘マッチョ風味の厳つい男が、小さな蜘蛛を見て叫んだりしたらどう思います?何かもう……残念でしょ?酒井さんだって、いきなり大きなゴキブリ型モンスターが現れたらどうします?」


「地球破壊爆弾を使うわ」


「ふひーーー……そうでしょ?酒井さんの威厳も台無しですよ。だからね、ここはエリウちゃんに言って……」


「ダメよ。アンタが言ったら、エリウは従っちゃうわ。あくまでも、あのが自主的に決める事。さっき自分で言ったでしょ?リーダーはエリウよ」


「……あぅ」


「それに、まだ本当に出ると決まったワケじゃないわ」

酒井さんの眉間に深く皺が寄った。

「確かに良くない気配だけど……それならそれで、今までこの近辺で何かしらの目撃情報があった筈よ。幽霊の類に扉とかは関係ないでしょ?あの大きな石扉は、特に封印が施されていたワケじゃないし」


「な、なるほど……確かに」


「霊気を感じたからと言って、本当に何か出て来ると言うワケじゃないの。そもそも出て来てもアンタなら平気でしょ?体質的にもそうだし、武器だって持ってるじゃないの」


「芹沢三式ですね。けど、武器が有っても怖い物は怖いですよぅ。酒井さんだって、殺虫剤を持っていてもゴキブリが怖いでしょ?」


「お黙り」

酒井さんがキュッと強く俺の頬を摘む。

「ともかく、エリウが進んでいるんだから、アンタも進むの。それに私的には、俄然興味が湧いて来たわ。この場所には、未知の怪異が眠っているのかも……ふふ、楽しみね」


「僕チン的には、一気にやる気が失せたと言うか……実にしょんぼりなんですがねぇ」

願わくば、本当に化け物が出ませんようにと祈るだけだ。






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