タイムアタック派とマップを全部埋める派
先頭を歩くエリウちゃんは、最初の分かれ道をいきなり右に曲がった。
その後にヤマダが続き、リーネアは小さな手帳のようなモノを手に取り、何やら書き込んでいる。
俺も懐から、昼飯の時に使った炭の欠片を取り出し、壁に印を付ける。
曲がった先は直進の後、また丁字路になっていた。
ん~……
取り敢えず頭の中で簡易的なマップを組み立てて行く。
自動マッピング機能、的な魔法もあるにはあるが、生憎と俺は習得していない。
元々道を憶えるのが得意だから必要ないのだ。
「ねぇシング」
「はにゃ?何ですか酒井さん?」
「こう言うダンジョンとかって、実際道に迷ったりするの?」
「あ~……個々の特性によりますね」
俺は床から壁へと、罠がないか確かめるように視線をさ迷わせながら答えた。
「人間もそうでしょ?何処へ消えた?と言うレベルの物凄い方向音痴もいれば、お前は犬か?と言うような初めて歩いた道でも直ぐに憶えるヤツとか。マッピグン能力は、ある意味生まれ持った才能の一つなんですよ」
「なるほどね。帰巣本能もその一つだしね」
「です。人間種は、その辺の能力が衰えがちですが……エリウちゃん達はどうでしょうかね」
その魔王ちゃんは、通路をズンズンと突き進んで行く。
何かもう普通に、散歩のような気軽さでだ。
後ろから見ている僕チンは、ちょっぴりハラハラドキドキだ。
全く無警戒で歩いているけど、大丈夫かいな……
まぁ、あれでも魔王だから、トラップ如きで致命的なダメージを負うことはないと思うが……万が一、転移系トラップに引っ掛かったりするとかなり厄介だぞよ。
エリウちゃんはそのまま進み、丁字路で右を確認した後、今度は左へと進んで行く。
俺は壁に印を付け、右を見ると……なるほど、少し進んで行き止まりか。
「ふむ…」
エリウちゃんとは逆に、右を進んでみる。
「何してんの?エリウはあっちよ」
と酒井さん。
「分かってますよ。ただ、行き止まりも一応は確認するのが鉄則と言うか……まぁ、自分なりの攻略の仕方ですね。あと、ちゃんと見ておかないと心が落ち着かないんですよ」
「そうなの?」
「そうなんです。意外に、行き止まり地点に何かしらの仕掛けが有ったりする場合もありますからね。だから確認だけはしておかないと」
俺はそう説明しながら行き止まりで足を止め、目の前の壁や床を隈なく見渡す。
「お…」
壁の一番左下、床との境の石ブロックが、僅かに飛び出していた。
経年劣化の類ではない。
あからさまに不自然な飛び出し方だ。
「スイッチの類かにゃ?」
危険察知スキルに反応は無し。
「ん~……何のギミックだろ?隠し扉か……はたまた、幾つかの隠れたスイッチを全て押す事で、次の階へ進む事が出来るとか……それとも単なる罠かも」
「押してみれば良いじゃない」
「いや、リーダーはエリウちゃんです。彼女の許可を得ないと、勝手に作動は出来ませんよ」
俺は壁に大きくマークを付けた。
「各々が勝手にスイッチの類を押してたりしたら、とんでもない事になりますからね」
「まぁ、そうね」
「んじゃ、エリウちゃんに追い付きましょう」
来た道を早足で戻り、最後尾を進んでいるリーネアに追い付く。
そして一応、スイッチのあった事を報告。
後はエリウちゃんの判断待ちだ。
その彼女は、ダンジョンをズンズンと進み、突き当たりの角を左に曲がって今度はまた分かれ道。
そこをまた左に曲がって真っ直ぐ進むと……うん、スタート地点だ。
エリウちゃんは「あれ?」みたいな顔で首を捻っている。
酒井さんが、
「何してんのよ…」
と少し呆れたような吐息を漏らした。
「まぁ……クルッと路地裏を回ったって感じですかね。人間界で例えると、幹線道路から脇道へ入って、住宅街を一周して元の幹線道路に戻ったと……でもまぁ、これはこれで良いでしょう。マップを埋める事が出来ましたしね」
エリウちゃんはリーネアと何か話し合った後、再び歩き出した。
今度は最初の右折ポイントをスルーして、少し進んだ所にある左折ポイントへと入る。
道は真っ直ぐに伸びて突き当たりはまたもや丁字路。
エリウちゃんはキョロキョロと左右を見渡し、右に進もうとしたが、それをリーネアが押し留め、左へと転進した。
「ふむ…」
のんびりと歩きながら、俺も左右を確認。
エリウちゃんが最初に進もうとした右側を見ると……ちょっと行って直ぐに右方向への曲がり道。
あぁ……なるほど。
あの曲がり道に沿って歩くと、今度は右への分岐点がある筈だ。
で、そこをスルーして道なりに真っ直ぐ進むと……俺が発見したスイッチの場所だな。
分岐点で右に進むとスタート地点に戻る……そんな所か。
ふ~ん、思ったよりも単純な迷宮だな。
で、エリウちゃんが進んでいる左方向はと言うと、真っ直ぐに進んで進んで……おっと行き止まりか。
壁を目の前にし、エリウちゃんはリーネアとヤマダと何か話し合っている。
「俺の勘ですが、あそこにもスイッチがあるんじゃないですかね」
そんな事を呟いていると、エリウちゃんが壁に手を這わせ、何やらゴソゴソと……
「お…?」
どこかでズズンと鈍い音が響き、足の裏に微かな揺れも感じる。
「あぁ……この手のダンジョンか」
「どう言うこと、シング?」
「スイッチを押すと、どこかで壁が開き、そしてどこかの壁が閉まる……要は迷宮の構造が変わる仕組みですね。一言で言えば、超面倒臭いダンジョンです」
どこの壁が開いたのか分からないから、またスタート地点から歩き回らないといけないのだ。
凄く疲れるのだ。
「目の前の壁が開くとかだったら楽なんですけどねぇ。酷いのになると、ダンジョン最深部のスイッチ押すとスタート地点直ぐ横の壁が開くってのもありますしね」
「それは確かに面倒ね」
「しょっちゅう冒険者が訪れるダンジョンなら、壁や床に付く仕掛けの痕跡……削れた岩の欠片とか擦れた跡とかで、そこからある程度の予測は出来るんですよ。何度も動かしている内に、削れて壁に隙間が出来てたりする場合もありますし。けど、さすがに築千年以上前の未踏破ダンジョンだと、見分けるのは無理ですねぇ」
そもそもこのダンジョンに入ったのは、おそらく俺達が初めてだろうしね。
「シーフかレンジャー系の技能を持ってないと、これはちょっと厳しいかも……」
「エリウが戻って来たわよ」
魔王ちゃんはリーネアが手にしている手帳を覗き込みながら、彼女と何やら会話を交わしている。
うんうん、頑張れエリウちゃん。
何事も経験だぞよ。
俺達はそのまま来た道を戻るが……ありゃ?
曲がって来た道が無い。
俺が曲がり角に印したマークが途中で途切れている。
変わりに、新たに左へと通じる道が出来ていた。
その道を見ると……少し進んで下へ降りる階段が確認出来た。
ふむ……
大回りして俺の発見したスイッチを押しに行くか、はたまた新たに現れた道を進むか……
さてさて、エリウちゃんはどうするかな?
ちなみに俺だったら、先ずはスイッチを押しに戻ってみるんじゃが……
その彼女は、なんの躊躇いも無く新たな道を突き進んで行った。
まぁ、この辺は性格だよねぇ……
ちょっぴり苦笑が零れる。
道は二十メートルほど進んだ所で、階段ポイント。
石造りの何の変哲も無い普通の階段だ。
特に罠も無さそうである。
エリウちゃん達はそこをトテテテッと駆け下りて行き、僕チンは慎重に下りて行く。
階段の先は、少し開けた場所になっていた。
そこから三方に道が伸びている。
その一つ、階段を下りて丁度正面にある道は、少し進んだ場所に幾つかの木の扉があった。
通路を挟み、等間隔に扉が並んでいる。
ほほぅ……これはまた、如何にも何かしらの仕掛けがありそうな……
なんて事を思っていると、エリウちゃんはいきなり一番手前の扉を開き、中へと入って行った。
その行動に何の躊躇いも無い。
思わず
「うぉう」
と声を上げてしまう。
な、何て猪突猛進と言うか無鉄砲と言うか……
……
いや、魔王とは本来、ああ言うモノなのかもな。
俺は逆に慎重過ぎて、ヘタレ魔王とかチキンハートとか玉無し野郎とか同級生に呼ばれていたワケだし……
もう少し、魔王らしい無謀さがあっても良いのかも。
そんな事を考えながらノンビリと部屋に近付くと、不意に爆発音が響いて来た。
続いてエリウちゃんの
「戦闘開始!!」
の声。
――敵か!?
もしかして、またゴーレム的なモノでも動き出した?
取り敢えず抜刀し、部屋に駆け込む。
そこで目に飛び込んで来たのは
「んなッ!?バ、バジリスクッ!?」
大きな爬虫類だった。
全長は……おおよそ十メートルはあろうか。
木の幹ほどはあろう太い胴体はヌメヌメと光る緑色の鱗に覆われている。
そして後方部には、長い胴を支えるどっしりとした四足。
頭頂部にはフサフサした綿毛が三本のラインを形成しており、目元には赤く焼け爛れたような紋様が入っていた。
肩から俺の頭上に移動した酒井さんが、
「バジリスク……蛇の王ね。本で読んだ覚えがあるわ」
「ワテもや。ゲームやけど」
と黒兵衛。
「正式には、キメラ類バジリ・スクス科バジリスク属の四肢種です。バジリスク属は四肢種以外にも八肢種や完全に蛇形態の無肢種もいます。あとバジリ・スクス科にはコカトリス属ってのもあります。如何にもキメラって感じのヤツです。こっちも有名です」
「なに?アンタ、生物学者でも志してたの?」
「テストに出た事があるから、憶えてるんですよぅ」
俺は笑いながら答えた。
幅はそれ程でもないけどやたら奥行きのある部屋の中で、バジリスクはその長い胴…と言うか首を左右に振り、目の前にいるエリウちゃん達を威嚇している。
「ん~……蛇と蜥蜴の中間のような姿にアンバランスな足の位置。そして三本ラインの毛……俺の世界にいたフォウボル・バジリスクと言う種に似てますね」
「特徴は?強いの?」
「脅威度は中程度です。かなりの強さです。動きはそれほど俊敏ではないんですが……あの鱗は物理・魔法耐性があります。それに毒持ちです。蛇タイプだと毒牙ですが、この種は顔の形状からして蜥蜴に近いから……恐らくは毒息を撒き散らすタイプでしょう。あと、一番の武器は蛇眼です。種類にも因りますけど、精神恐慌に麻痺や硬直、それに上位種だと石化や即死効果のある蛇眼を使って来る場合があります」
「確かにそれは、かなりの強敵ね」
「せやけど魔王」
黒兵衛が俺の頬を前足でプニプニしてきた。
「自分、さっき生物はおらんとか言うてたやないか。目の前に居るで」
「や、普通は居ないと考えるだろ?千年以上も閉ざされたダンジョンで生きていける生物は普通はおらんぞ。多分だけど……凍結系魔法などで封印されてたんじゃないかな?石化や時空凍結な。それがダンジョン内で侵入者を感知すると解除される仕組みとか……そんな所じゃね?」
「あ~……なるほどな。確かに、納得いったわ」
「しかし序盤でゴーレムに続いてバジリスクとは……この世界のレベルを逸脱した高難易度ダンジョンですぞ」
和製ロールプレイングゲームだと、中盤以降に出てくる敵キャラどもだ。
「下手すりゃ本当にドラゴンなんかも出て来たりして」
「どうするのシング?」
「ふへ?や、どうするもこうするも……エリウちゃん任せですし、僕ちゃん的には少しラッキーかなと」
「ラッキー?」
「だって食料の心配がいらないじゃないですかぁ」
俺はバジリスクを見つめ笑い声を上げた。
「ゴーレムの類やアンデッドしか出ないと、食料の確保が大変ですもん。普通のモンスターが出てくる、イコール飯が食えるです。それだけでダンジョン探索は楽ですよ」
「アンタ……アレを喰おうって言うの?」
「美味いですよ?蛇や蜥蜴類のモンスターは、肉に癖が無くて美味しいです」
その晩飯候補のバジリスクは、奇妙な声を上げながら、いきなり薄黄色のガスを口から噴出した。
エリウちゃんは咄嗟に、防御シールド的な魔法を前面に展開する。
「さてと……じゃ、僕ちゃん達は戦闘のお邪魔にならないように部屋の外に出てましょうか」
そう言って、そこから出ようとすると、通路を挟んで向かい側の木の扉がバンッと大きな音を立てて開き、そこからガシャガシャと金属音を響かせながら大量のスケルトンが現れた。
剣に盾、鎧にボロボロになったマントと……装備も充実している上位のスケルトンだ。
それらに混じり、頭二つ分ほどは大きい、角の生えた異形種のスケルトンも何体か混じっている。
「いや~ん、こいつは参った。挟撃されましたよぅ……大ピンチってヤツですかね?」
まぁ、そんなワケないけどね。
いや、もしエリウちゃん達だけだったら、確かに全滅必至って状況なんだけど……
「ん~……これもある意味、トラップなのかな?片方の部屋に入るともう片方が開く的な。ま、取り敢えず後ろのガイコッツどもは片付けますかね」




