シンノスケのスッテキーな午後
み、妙なヤツだ……
リーネアが最初に思った感想が、それだった。
エルフの護衛と供にネア・ブリュドワンを出立した彼女とヤマダは、広大なグレッチェの大森林を抜け、街道をそのまま南へ。
左手に聳えるスートホムス大山脈の麓を進んでいると、そこで魔王軍から派遣された護衛部隊と合流した。
数は百名ほど。
魔王軍本隊より選抜された精鋭部隊と言う話だ。
綺麗に研かれた銀色の鎧を装着した歴戦の勇士達が、リーネア達を魔王城まで案内する。
そして、そんな彼女とヤマダの前に現れたのが、先にリーネアが妙なヤツと思った男であった。
口元に大きなマスクをし、目尻から額に掛けて奇妙な図形が描かれている。
種族的な特徴かと思ったが、どうやら刺青のようだ。
一族の証か何かの風習だろうか。
それに肌の艶からして、思ったよりも歳は若そうである。
猫背気味に背中を丸めた彼は、目元に笑みを湛え、今にも揉み手をしそうなほど腰が低い感じで、
「へぇへぇへぇ、どうもどうも。元勇者パーティーのエルフの姐さんに人間の超絶剣士様でやんすね?あっしはシンノスケと言いやす。へぇ、遊び人のシンさんと呼ばれているケチな野郎で御座います。姐さん達の世話役、兼護衛役を務めさせて頂きやす。まぁ、護衛役と申しましても……姐さん達の強さからして必要は無いと思うんですがねぇ……ま、これも命令でやんすから。や、ぶっちゃけて言いますとね、護衛なんて建前で、本当は監視役って事で御座いますよ。あははは」
そう言って、独りクスクスと笑っていた。
リーネアはあからさま過ぎるその言動に、瞬きを繰り返す。
「い、良いのか、シンノスケ殿。そのような事を軽々に口にして……」
「良いんですよ。隠したってしょうがないでしょ?あ、それとあっしの事は気さくにシンさんとかシンちゃんで結構で御座いやす。もしくはシン公でも構いやせん」
一事が万事、シンノスケはこの調子であった。
最初は饒舌な彼に対し、訝しげに接していたリーネアではあったが、時が経つにつれ、彼女からも話し掛ける様になっていた。
リーネア自身も驚きである。
それほど会話に飢えていたのかと思う。
何しろ道中一緒だったのは、舌を母親の胎内に置き忘れて来たかのような男、ヤマダだ。
思い返せば、一日全く話をしなかった日もあるぐらいだ。
それにシンノスケが何族かは分からないが、その種族特有の何かがあるのかも知れない。
何故ならそのヤマダすら、シンノスケと普通に会話をしているのだから。
(不思議な男だわ)
と思いつつ、シンノスケと他愛の無い話しながらリーネアは馬を進める。
あれから二日、魔王軍護衛部隊はスートホムスの麓から砂漠地帯との境にある街道を越え、西へと進路を変えて名も無き森の中を進んでいた。
後一日もすれば魔王城と言う話だ。
「しっかし、あれですねぇ……リーネアの姐さんは、やっぱ普通のエルフとは違いますねぇ」
轡を並べているシンノスケが、僅かに首を捻りながらリーネアを見つめる。
今日もまた、子供のように好奇心旺盛な瞳だ。
「そう?」
「そうですよぅ。あっしの知っているエルフってのは……何て言うのか、どこか閉鎖的なんですよね。排他主義とか言うんですかねぇ……それに比べると、姐さんはかなりオープンじゃないですか。珍しいっすよ」
「……そうか」
リーネア自身、自分達種族の特性には気付いていた。
シンノスケの言う通り、エルフは基本、保守的だ。
伝統と言う名の殻に閉じ篭り、新しき物を認めようとしない所が多々ある。
他種族に対する嫌悪感や自意識の高さなども、それに付随する。
リーネアは微かに眉を顰め、
「それは……そうね。元々エルフは森の種族だから……森の木々と結び付いているから、他所へは行きたがらないのよ」
「ははぁ……なるほど。せやけど姐さんは……」
と、シンノシケの疑問に、横合いからヤマダが口を挟んだ。
「リーネアは若い頃から森を出て、世界中を旅していたからな」
「……つまり、普通のエルフより視野が広いと?」
「そう言うことだ」
「ははぁ……そうでやんすか。ま、勇者パーティーの一員として、彼方此方と旅をしていれば、性格も変わりますわな」
シンノスケは独りウンウンと頷いていた。
「エルフにも色々いると言うワケですなぁ……けど分からんのは、姐さんもヤマダの旦那も、どうしてその勇者パーティーを抜けたんでやんす?」
「む…」
ヤマダが口を噤み、低く唸る。
リーネアも知らず内に眉間に皺を寄せていた。
「まぁ、一つのパーティーに長く所属するってのは、結構珍しい事だとは思うんですけどねぇ。あっしも昔は、彼方此方のパーティーを渡り歩いて冒険をしたもんでやんすが……勇者パーティーはまた別でしょ?勇者の仲間と言えば、冒険者としては最高のステータスじゃないですか。魔王軍のあっしが言うのもなんですが、憧れの的ですよ?それを抜けるってのは、中々に……」
「い、色々と……あるのだ、シン殿」
リーネアは困った顔で言った。
それを見て、シンノスケは頭を掻きながら、
「ははぁ……人間、もとい種族関係ってヤツですかい?何かこう、勇者と精神的ないざこざがあったとか?」
「それは無いわ。関係は良好よ。全員、仲は良かったし……むしろ何でそんな風に思うの?」
「や、それがですねぇ……噂ですよ?あくまでも魔王軍の中での噂でやんすが、現在の勇者……オーティスでしたっけ?あの若い勇者は、その……出来があまり宜しくないって話でしてねぇ。へぇ、それで古参の御二方が呆れて見限ったと……や、本当に噂ですよ?そんな話が彼方此方から出てるんで御座いますよ」
「そ、それこそ有り得ない話よ」
リーネアはそう言って、チラリとヤマダに視線を動かし、
「確かに、オーティスは経験不足な所もあるけど……勇者としての素質は充分よ」
本当にそうなのか?
と、心の中に微かに疑問が湧くが、それを打ち消すようにリーネアは小さく首を振り、
「見限る事なんてしないわ」
「……まぁ、勇者にしろ魔王にしろ、未熟な内は色々とありますわな」
「魔王?」
「エリウ…様の方でやんすよ」
シンノスケが苦笑を浮かべる。
そして辺りを憚るように少し声を落としながら、
「姐さん達の勇者同様、ウチの魔王様もまだまだ未熟でやんしてね。知ってやすか?実はエリウ様は暗殺されそうになったんでやんす。幹部達に見限られましてね」
「そ、そうなの?」
初めて聞く話だ。
リーネアは驚きで目を丸くし、またヤマダを見やる。
が、ヤマダは何故か無表情であった。
「おや?姐さんは知らないようですが……ヤマダの旦那は何か知ってるようで」
「……真実は知らん。が、薄々は……な」
ヤマダはそう言って目を細めた。
「なるほど。や、それがですねぇ……ウチの幹部と、そっちのギルメスとか言う魔法使いの爺さんの間で、何か取引みたいな物があったんでやんすよぅ。もちろん……一応は噂って事になってますがね」
「ギルメスが…」
「そうでやんす。ウチの幹部が手引きして、勇者達にエリウ様を急襲させたんでやんすよぅ」
「……」
言われてみれば……確かに思い当たる節がある。
リーネアは眉間に皺を寄せ、古い仲間であった老人の顔を思い浮かべた。
あの時……ギルメスの提案で、スートホムスを超えて魔王領奥深くへと進んだのに、一度も魔王軍の偵察隊等には出会わなかった。
そして至極アッサリと、魔王の元へと辿り着いた。
あの時は、単に運が良かったとばかり思っていたけど……
「でも結局、その事が幹部達の首を締める結果になりやしてねぇ。へっへっへ……今更頑張ってもちょっとねぇ」
「……魔王エリウと言うのは、実際はどう言う者なのだ?先程、シン殿は未熟とか言っていたが……」
「い、いやぁ~……あっしのような下っ端が言うのもなんですが……まだまだ、色々と経験不足でやんすね。時々、酒井さ…酒井様の説教を受けて、涙ぐんだりしてますよ。さすがにちょっと可哀相でやんす」
「な、泣くのか?」
魔王が?
全く想像が付かないわ。
「そりゃ泣く事だってあるでしょう。何しろ魔王と言っても、まだまだ若い女の子なんですから」
「……」
リーネアは驚いた顔でシンノスケを見つめる。
ヤマダも僅かではあるが、目を見開いていた。
「ありゃ?お二人とも知らないので?」
「魔王の娘だとは知っていたが……」
リーネアの記憶にあるのは、前魔王が使用していた暗黒の大鎧を身に付け、禍々しい巨大な剣を振り回していた姿だ。
「あぁ、あの大きな鎧を着込んでますからねぇ。でも中身は、華奢な女の子でやんすよ。綺麗なアクセサリーに瞳を輝かせる、普通の可愛い女の子でやんす」
シンノスケはそう言って、ウンウンと独り頷いていた。
そしてちょっと不憫そうな顔をすると、
「エリウ…様も、親父さんを亡くして急遽、魔王の座に就いたモンですからねぇ。何をして良いか分からず、毎日が右往左往って感じなんですよ」
「……その辺はオーティスと同じね」
「そうでやんすか。だったら尚更、姐さん達が勇者パーティーから抜けたって事が腑に落ちんワケなんですよ。姐さんもヤマダの旦那も、そんな薄情な性格には見えないワケですしね。もうちょっと、勇者の成長を見守ってても良かったのではと……あぁ、こりゃすいやせん。何か立ち入った事を聞いてしまって」
「……構わないわ」
リーネアの脳裏に、パーティーを抜けると言った時のオーティスの悲痛な顔が過ぎる。
親に捨てられた子供のように、今にも泣きそうであった。
シンノスケの言う通り、もう少し付き合って上げれば良かったのかも知れない。
けど……
「あ~……そろそろ昼でやんすねぇ」
リーネアの深刻そうな表情を見て取ったのか、シンノスケが殊更陽気な声でそう言った。
森の木々の隙間から、中天に差し掛かる太陽が見える。
リーネアは目を細め、空を見上げた。
その時、不意に彼女の耳に、シンノスケの口元に付けたマスク越しの小さな舌打ちのような音が聞こえてきた。
どうしたのか、とリーネアがシンノスケに顔を向けると、彼は少し困ったような顔で、
「いやぁ~……まさかこんな昼間っから仕掛けて来るとは、少し予想外でやんすね」
仕掛ける?
リーネアはヤマダに視線を向ける。
彼は口を真一文字にし、馬上から険しい顔で辺りを見渡していた。
シンノスケがボリボリと頭を掻く。
「どうも、スートホムスの残党どものようですね。四方八方から、嫌な気配を感じるでやすんよ」
「そうなの?」
リーネアも意識を集中するが、特に何も感じない。
だがヤマダはどこか感心したように、
「シンノスケは中々に鋭いな。確かに、周囲から見られている気配を感じる。極僅かだがな」
「ヤマダの旦那も中々のモンで。しかし……参りやしたね、これは。や、その……先ず御二方には謝っておきますです」
「謝る?」
リーネアは首を傾げた。
「実は姐さん達を囮に使ったんでやんすよぅ」
シンノスケは心底申し訳なさそうな顔で頭を掻いていた。
「囮?私達をか?」
「そうでやんす。馬鹿ね…もとい、黒衣の宰相黒兵衛……様の発案でしてね。姐さん達を連れて来るついでに、隠れている反抗勢力を炙り出そうと……そう言う作戦でやんすよ。姐さん達が魔王軍に捕まり、処刑の為に魔王城まで連行されるってな嘘話を、彼方此方に流しましてねぇ……いや、本当に黙っていてすいやせん。一応は命令だったもんで……」
「つまり、その反抗勢力とやらは私達を助ける為に動いたと?それが罠とも知らずに……そう言うことなの?」
「そうでやんす」
シンノスケはそう言って、肩を竦めた。
そしてまた辺りを見渡し、周りの兵に聞こえないような小さな声で、
「それで、どうしやす?」
「どうするとは?」
「いえ、姐さん達さえ良ければ……このまま反抗勢力に合流しても良いでやんすよ」
「は?」
リーネアは瞬きを繰り返しながらシンノスケを見つめた。
そして微かに鼻で笑うと、
「馬鹿な事を。私もヤマダも、自分の意思でオーティスの下を離れ、そして自分の意思で魔王シングに会いに行くのよ。そもそも会う気がないのら、最初から魔王軍に同行したりはしないわ。それに私達が逃げたら、シン殿が困るしょ?」
「へ?は、はぁ……や、確かにそうでやんすね。こりゃ変な事を言いました。しかし、奴等はその事を知らない訳で……奴等からしたら、姐さん達は裏切り者って事になりやすぜ?後のことを考えると、ちょっとマズイでしょうに……それにもし、逆上して襲い掛かってきたら……姐さん達、戦えますか?奴等の中にはエルフの残党も混じってるって話でやんすよ?もしかしたら姐さんの知り合いがいるかも……」
「そ、それは……」
リーネアは返答に窮した。
その眉間に、深い皺が刻み込まれる。
シンノスケの言う通り、もし仮に反抗勢力とやらが自分達を攻撃してきたら……自分は手にした武器を彼等に向ける事が出来るのだろうか?
そしてもし、それが親しい者であったならば……
「わ、私は魔王に組した事は無い。そして反抗勢力に組する事も無い。それではダメなのか」
「あ~……ダメでしょうね。中立なんてのは、奴等には通じないっスよ。連中は敗残兵の寄せ集めでやんす。切羽詰ってる連中でやんす。余裕が無いですからねぇ……きっと自分達に協力しないのは全て魔王の手先とか考えるでやんすよぅ。それに姐さん達は勇者パーティーですし……何の疑いも無く、自分達の味方だと思うでやんす」
「……困ったわね」
リーネアが呟いた。
と同時に、いきなり甲高い風切り音が響いたかと思うや、彼方此方から矢が飛来して来た。
敵襲、と言う叫び声が周りから響いてくる。
「き、来たでやんす!?」
シンノスケが馬上で飛び上がる。
そして見事に慌てながら、
「どどど、どうしやしょう姐さん」
「落ち着きなさい。そもそもこれは魔王軍が仕掛けた罠なんでしょ?何か対処する筈でしょ?」
「や、それがどうも……場所も数も想定外だったみたいで……護衛の兵達も右往左往してるでやんすよ」
リーネアが周囲の様子を覗う。
シンノスケの言う通り、魔王軍からの護衛部隊は、かなり取り乱していた。
森の中で奇襲攻撃を受け、部隊は秩序を失い、個々に応戦している。
「……モゥボルの罠にマンティコアが掛るね」
「な、なんでやんすか、それ?」
「想定外の事態に慌てふためくって意味の諺よ。知らないの?」
「ほへぇ……すいやせん。どうも学が無いもんで……しかし、本当にどうしやす?」
シンノスケが興奮する馬を宥めながら尋ねてくる。
その時、草叢から数名の兵が飛び出してきた。
小柄なオセホビット族に鬼系の種族達だ。
ここにたいぞ、と叫び、リーネア達に向かって手招きしながら森の奥へと駆けて行く。
「あ、姐さん。行きやすか?」
「……ヤマダ。どうする?」
「……ここは一旦、流れに身を任せるか。しかしシンノスケは……」
「あっしですか?そうですねぇ……姐さん達に雇われた荷物運びで、一緒に魔王軍に捕われたと……そう言う事にしときやしょう」
そう言ってヤマダと供に馬を駆って森の中へと入って行く。
「……仕方ないわね」
リーネアは呟き、その後に続いた。
★
樹木が折り重なって出来た緑成す自然のトンネルを抜けた所に、反抗勢力の駐屯地はあった。
周囲を小高い丘と生い茂る樹木に囲まれた、やや窪んだ地に、幾つかの簡易的なテントが並んでいる。
シンノスケが興味深気に、
「ほへぇ……まさか魔王城の近くに、こんな隠れ里みたいな場所があったとは。こういうのを、灯台デモクラシーとか言うんでしたっけ?」
そう辺りを見渡しながら言った。
「なにそれ?」
と、リーネア。
ヤマダも難しい顔で、
「初めて聞く言葉だな」
「そうでやんすか?どこかで聞いた覚えがあるんでやんすが……っと、何か皆、こっちを見ているでやんすよ」
シンノスケが首を竦めた。
確かに…
リーネアも四方からの強い視線を感じた。
多種多様な種族が、瞳を輝かせて自分達を見つめている。
正直、少し居心地が悪い。
彼等にしてみれば、勇者パーティーを魔王軍から救ったと言う事なのだろうが、リーネアからすれば全く違う。
自分達は既に勇者パーティーの一員ではないし、自らの意思で魔王シングへ会いに行こうとしていたのだ。
それにここへ来たのは、単なる成り行きだ。
これからどうするか……
リーネアは悩む。
自分達のことを正直に話してみるのは……何となく、悪手のような気がする。
かと言って、彼らを騙すのは忍びない。
その時、自分達を見つめる一団から一人の女が飛び出し、
「リーネア!!」
自分の名を呼んだ。
「……リーサイファ?」
そこにいたの少し痩せた女エルフだ。
第二王女リーサイズの次女だ。
リーネアにとっては歳の近い従姪に当たる。
「リーネア、良く無事で……」
両の手を広げ、歓喜の表情でリーサイファがリーネアに抱きつく。
「魔王軍に捕まって処刑されると聞いて……」
「そ、そう」
「それでリーネア、勇者様は?ご一緒じゃないの?リーネアと剣士ヤマダ氏が捕まったとしか聞いてなくて……」
「それは……」
リーネアが言い淀んでいると、脇からシンノスケが揉み手をしながら割って入って来た。
「へぇ、オーティスさんとは別行動なんで御座いますよ、エルフのお嬢さん」
「……お前は?」
リーサイファが訝しげな顔で小首を傾げる。
「へぇへぇ、あっしは遊び人のシンさんと呼ばれている、ケチな野郎で御座いやす。縁あって、リーネアの姐さんとヤマダの旦那と供に旅をしていた所、魔王軍に捕まりやして……へぇ、助けて下さり、誠に感謝で御座いやす」
そう言って、慇懃に深々と頭を下げた。
「おっと、この口のマスクは気にしないで下せぇ。戦に巻き込まれて、ちょいと大怪我を負いやして……へぇ、しかしリーサイファさん、でしたっけ?凄いモンですねぇ……まさか魔王領の中に、こんな隠し砦のような場所があるとは。こりゃ驚きでやんすよ」
「ま、まぁな。魔王の支配地域と言っても、奴等は全てを把握しているワケではないからな。ここは元々、魔王の動向を探る為の拠点だ。数年掛けて造ったと言う話だ」
「ほへぇ、そりゃ大したモンでやんす。で、ここいるのが反魔王勢力の皆さんと……いやぁ~思ったよりも多いでやんすね。せいぜい百人ぐらいかと思っておりやした」
「五百はいるぞ」
どこか誇らしげに、少し胸を張りながらリーサイファは言った。
シンノスケは驚き、感心するように何度も頷く。
それがリーサイファや周りの者達の自尊心を刺激したのか、笑顔で様々な事を話し出す。
シン殿は話術が巧みだな。
とリーネアが感心していると、ヤマダがそっと小声で、
「大したものだ、シンノスケは。あっと言う間に情報を集めている」
「じゃあもしかして……シン殿は諜報活動を?」
この状況を利用して、場所の特定や反乱勢力の内部情報を集めていると言うこと?
「そうだろうな。ふ……実に抜け目が無い。この分だと……間違いなく、ここは終わるな」
「……」
リーネアは無言でシンノスケを見つめた。
「もしかして、他にも拠点があるので?」
シンノスケが何気を装い尋ねる。
リーサイファは難しい顔で首を横に振った。
「ありゃりゃ……ですねぇ。ここにいるのが最後の戦士と言うワケですかい。他の者達は……」
「皆、東へと逃げた。ここにいるのは魔王に奪われた祖国を解放する為に残った、最強の戦士達だ」
(……そうなの?)
リーサイファの言葉を聞いたリーネアは、そこにいる者達に視線を動かす。
確かに皆、武装はしている。
しかし歴戦の戦士と言うよりは、徴兵されたばかりの領民兵が多いような気がする。
「そりゃ凄い。いや、あっしなんて祖国を追われた身でしてねぇ……自分の生まれた国に対して、それほどの想いってモンは無いんで御座いますよ」
どこかしみじみとシンノスケが言った。
「祖国を離れ、明日をも知れぬ流浪の身で……そんな時、とある方に救われましてね。へぇ、人並み以上の生活をさせて貰っていたでやんす。感謝しても仕切れやせん。けど、とある事情で離れ離れになっちまいやしてねぇ……へぇ、その方を助ける為なら何でもしちゃうぞってのが、今のあっしの心境なんで御座いますよ」
「そ、そうなのか」
「おっと、こりゃ話が逸れやしたな。失礼失礼。実はあっし等は、勇者オーティスさんに頼まれて魔王の情報を集めていた所でやんすよ」
「魔王の?……なるほど。それでリーネア達は別行動を取っていたと」
リーサイファがリーネアを見つめた。
(本当に……次から次へと嘘が出るものね)
リーネアはシンノスケに呆れるやら感心するやらで、取り敢えず小さく頷いてみせる。
「そういう事でやんす。姉さん達、何か魔王の情報はないですかねぇ?あ、もちろん格好良い方の魔王でやんすよ?何しろオーティスさんは、魔王に歯が立たないどころか相手にもされなかった訳でして……挙句に、勘違いから自分の手で仲間まで殺めちまったって話でして……そりゃ魔王の情報も欲しいですわな」
勘違い?
「ちょ、ちょっとシン殿」
「へ?何ですか姐さん?」
シンノスケが振り返り、リーネアを見つめる。
「いや、初めて聞く話だけど……勘違いから殺めたとは、どう言う意味なの?」
「ありゃ。姐さんも知らないようで。ヤマダの旦那も……その顔だと、ご存知ないないと?へぇ、こりゃ参りましたな。てっきりあっしは、そんな馬鹿な行動の積み重ねがあって、姐さん達は……と思っていたでやんすが……へぇ、こいつは少しばかり予想外で。あぁ、その勘違いの話でしたね。確か……フィリーナさんでしたっけ?オーティスさんの幼馴染とか言う獣人系の種族だったと聞いた憶えがありやすが……」
「……そうよ」
愛らしい、獣耳の少女の姿がリーネアの脳裏を過ぎる。
誰にでも愛想が良く、愛嬌のある女の子だった。
あの偏屈なギルメスも、まるで自分の孫娘のように可愛がっていた。
「何でもそのフィリーナさんは、魔王シングの魔法で屍食鬼に姿を変えられたとか何とか……それでオーティスさんは殺しては復活させて殺しては復活させてを繰り返したと。いやはや、随分と酷い事をするモンでやんす」
「それしか方法が無かったのよ。掛けられた魔法の効果を打ち消すには……」
「でも消えなかったと?あぁ、それは最初から間違っていたからでやんすよぅ」
そう言ってシンノスケは首を振ると、どこか大仰に溜息を吐いた。
「ま、間違い?」
「や、あっしの聞いた話ではね、あれは……魔王シングのお遊びだったんでやんすよ。えぇ、子供が使う、ちょっとした呪い魔法ってヤツですかねぇ……実はあれ、二十四時間で効果が切れるって話でやんすよ」
「……え?」
二十四時間……一日で効果が切れる?
え?え?
じゃあ、もしかしてオーティスは……
リーネアは言葉が出ない。
ヤマダは深く、息を吐いた。
そして静かな声で
「つまり……早まった事をしてしまったと……そう言う事か」
「そう言うことでやんす。適当に縛って放置しておけば、次の日には元に戻っていたでやんすが……何で元に戻らないって決め付けたんでやんすかね?愚かにも程があるってモンでやんす。その話を聞いて、魔王シングは腹を抱えて笑っていたと言う話でやんすよ。……と、また少し話が逸れやしたね。それでリーサイファの姉さん、魔王シングについて何か知っている事はありますかね?」
「ま、魔王シングか…」
リーサイファは難しい顔で俯いているリーネアをチラリと見やり、
「いや、あまり良くはな。ただ、ヤツは恐ろしく残忍で容赦の無い男だ。魔王エリウが可愛く思えるほどにな」
「エリウち…様は本当に可愛いんでやんすが……ま、それは置いといて、なるほど。魔王シングは恐ろしく残忍な上に容赦の無い男だと……なるほどねぇ」
「そうだ。私を含め……ここにいる者達は皆、家族を失い、故郷までも奪われた者達だ。それも全てあの男が……」
「いやぁ~……リーサイファの姉さん、そいつはちょっと逆恨みも入っているでやんすよぅ」
「さ、逆恨みだと?」
「だって、そうでしょ?姉さんは確か……あっしの記憶が正しければ、第二王女のリーサイズ…さんの娘さんでしたっけ?」
「そ、そうだが…」
「でしょ?ならしょうがないですよぅ。いやね、リーサイズさんは、魔王シングの忠告を無視した上に、リーネアの姐さんの兄であるリーンワイズの再三の説得も聞かなかったって話じゃないですかぁ。他の皆もそうでやんしょ?魔王シングの恐ろしさは分かっていた筈なのに、敢えて逆らって結果は滅ぼされて……それを魔王シングが悪いって、ちょっとおかしくないですかい?何で最初から素直に降伏しなかったんで?実際、戦う前に降伏した連中はそのまま普通に暮らしてやすぜ?」
「ま、魔王に降伏なぞ、そんな事は出来ん!!」
「何でです?もしかして王族のプライドとか誇りとか?……そんなモン、自己満足じゃないですかぁ。知らない内にそんなチンケなモンに付き合わされた領民が哀れですよ。負けると分かっていても戦う……まぁ、長年の恨みや因縁もありますし、場合によっては有りなんですけど、そんなモンは自分達だけでやれば良いんです。無関係な民を巻き込んじゃダメだと、あっしは思うんですがねぇ。見た所、ここには兵だけじゃなく普通の街の住民みたいなモンもいるみたいだし……ちょっとねぇ。実際、評議国の何とかって種族は、魔王軍の侵攻の際、領民を逃がす為に敢えて寡兵で戦いに挑んだと聞きやしたぜ。もちろん正規兵のみでやんす。領民から徴兵もしていやせん。それこそ、上に立つモンの決意ってヤツですやね。……ま、その種族は魔王シングの説得で、今は魔王軍の傘下なんですがね」
「だだ、黙れ!!」
「おや?図星を突かれて怒りやしたか?こりゃ失礼。……ですけど、それももう終わりでやんすよ?外から何か聞こえやせんか?蹄の音とか」
「な、なに…?」
「……魔王軍を舐め過ぎでやんす。既にここは数千の部隊に囲まれているでやんすよぅ」
シンノスケはクスクスと笑った。
「全ては魔王シングの掌の上と言うわけでやんす。精鋭部隊が、たかが数百の敗残兵どもに右往左往するわけないじゃないですかぁ。全部演技でやんすよ。それにあっし等がここへ逃げ込んだ時……その後ろを尾けて来たヤツもいるでやんすよ。……ヤマダの旦那は気付いていたようでやんすが」
「……微かな気配ではあったがな」
とそのヤマダが頷く。
「しかし数千の魔王軍がこれほど素早く動くとは……なるほど。ここまでの流れも、全て計画通りと言うワケか」
「そう言うことでやんすね。や、リーネアの姐さんもヤマダの旦那も、御協力、感謝するでやんすよ」
「か、感謝……」
リーサイファが呆然とした顔で、ゆっくりとリーネアとヤマダに視線を移す。
「おっとっとっと、勘違いしないで欲しいでやんす。姐さんも旦那も、アンタ達を裏切ったワケじゃないでやんすよ?勝手に、アンタ等が勘違いしていただけでやすん。……まぁ、そうなるように仕向けたんでやんすが……」
「き、貴様は……まさか魔王軍か!!」
「へ?や、違うでやんすよ?」
シンノスケは即答した。
「な…え……」
リーサイファの気勢が削がれる。
「あっしは遊び人のシンさんと呼ばれる風来坊でやんす」
シンノスケが『ははは…』と笑うと同時に、四方から木々を掻き分け魔王軍が殺到して来た。
いきなり乱戦……いや、一方的な殺戮の始まりだ。
個々のレベルが違い過ぎるのか、反抗勢力の兵が次々と呆気無く討ち取られて行く。
「と、姐さん?何をしようと言うんで?」
思わず駆け出しそうになったリーネアを、シンノスケが前に出て止めた。
そして少し困った顔で
「武器も持ってないのに……いくら元勇者パーティーとは言え、そいつは無謀でやんすよ」
「し、しかし……」
「や、これはもう、自業自得でやんす。奴等もそのぐらいの覚悟はあるでしょうに。それに姐さん達は勇者パーティーを抜け、今は一介の冒険者でやんす」
「だが……シン殿ッ!?」
リーネアの瞳に、シンノスケの背後から切り掛かるリーサイファの姿が映った。
剣を大上段に構え、頭上目掛けて振り下ろす。
(い、いけない!!)
リーネアの身体が反応する……直前、シンノスケはさっと振り返るや、僅かに間合いを詰めながらリーサイファの腕を取った。
その素早い動きにヤマダも低く唸る。
う、嘘……
攻撃モーションが見えてたの?
「いやいやいや、リーサイファの姉さん……往生際が悪いでやんすねぇ」
「きき、貴様……」
「姉さんは一度、領民に混じってその苦しみを知った方が良いでやんす。王族の誇りとやらで、とばっちりを喰った領民達がどんな目に遭ってるか……身を以って知る良い機会でやんす」
シンノスケは目元に笑みを溢し、そっとリーサイファの身体に手を這わすや、彼女はいきなりその場に崩れ落ちた。
「リーサイファ!?」
「あぁ、大丈夫でやんす。気絶しただけでやんすよ」
シンノスケはそう言って、どこか草臥れた様な息を吐いた。
そして辺りを見渡し、
「あっと言う間に片が付いたでやんすね。半分死んで半分捕らえられたって所でしょうか。逃げたのも何匹かいるようでやんすが……ま、逃げられないでやんすがね」
リーネアは血生臭い現場を目の当たりにし、
「……これが魔王軍のやり方なの」
思わず呟く。
「へ?何を言ってるんですか、姐さん?人間種の国だって、同じような事をしてやすぜ?何しろこれは戦争ですからねぇ」
「……」
確かに、否定は出来ない。
リーネアとて、今まで幾度となく戦場は見てきた。
人間種の国同士の争いに巻き込まれそうになった事もある。
その時の光景を思い出すと、魔王軍だけ特別に非道……とは確かに言えない。
リーネアは床に横たわる自分の従姪を見つめ、
「リーサイファはどうなるの?」
「まぁ……エルフの王族でやんすからね。そう簡単には殺されないでしょう。……いっそ殺された方が楽なんでしょうがね」
シンノスケは小さく鼻を鳴らすと、ちょっぴり困った顔でリーネアを見つめた。
「申し訳ねぇーです、姐さん。親戚とは言え、こればっかりはねぇ。反抗勢力のリーダー格ですし、目溢しは出来やせん」
「……仕方ないわ」
「や、本当にすいやせ――とッ」
シンノスケがどこか慌てた様子で、リーネアの背後に隠れた。
「ど、どうしたのだ、シン殿?」
「や、やべぇのが来たでやんす。……空気の読めない残念な娘が来たでやんす」
「は…?」
リーネアが微かに首を傾げ、前方を見やる。
すると、金色に輝く全身鎧に身を包んだ者達が数名、此方へ向かって歩いて来るのが見えた。
全員が蒼いサシュを掛け、威風堂々たる雰囲気を漂わせている。
それなりに身分がありそうな者達だ。
ヤマダが小声で
「中々に腕が立つな」
と呟いた。
シンノスケも頷き、
「魔王親衛隊でやんすよ。魔王軍の中でもっとも怖い存在でやんす」
「魔王親衛隊……?」
初めて聞く名だ。
「魔王エリウ様の側近部隊でやんすよ」
シンノスケは更に縮こまりながら言った。
そして囁くような小さな声で
「ま、参ったなぁ。ペセルにはちゃんと言っておいた筈だが……」
と、その親衛隊と呼ばれている者達が、リーネア達の前に現れるや自分の鎧の胸を叩き、
「失礼する。自分は魔王親衛隊のティラと申す。主命により……」
そこまで言い掛けるや、いきなりその場に跪いた。
そして
「こ、これはシング様」
シング……?
え?
「ちょ、待て待て待て!?は、早い!!早いよ、もう……」
リーネアの背後からシンノスケが飛び出した。
それと同時に他の者達も跪く。
いや、一人だけ苦笑を浮かべて立っている者がいた。
カールの掛った髪をしているハーエルフの戦士だ。
「ンもぅ、これからなのにぃ……ペセル」
「申し訳ありません」
ペセルと呼ばれた苦笑を浮かべているハーフエルフの戦士は、小さな溜息を吐き、
「ティラにはそれとなく言っているのですが……生真面目でして、ちょっぴり融通が利かないんですよ」
そして優雅な動作で、ゆっくりとその場に跪く。
「……参ったなぁ」
茶目っ気な瞳でシンノスケ……いや、シングは口元を覆っていたマスクを外し、
「短い間だったが、面白い旅であったぞ、リーネア。そしてヤマダ」
打って変わってどこか威厳のある口調でそう言った。
「ペセル」
「は」
「彼女達は我の客人だ。丁重に魔王城までお連れしろ。無礼を働く者は我が許さん」
「畏まりました」
「それとティーバスに伝えろ。十四匹ほどここから東へ逃げた。全員捕らえるか殺せ」
「は」
「ティラ。タコ助は用意してあるか?」
「もちろんです、シング様」
「うむ、宜しい」
シングは呆然としているリーネアに振り返る。
そしておもむろに相好を崩すと、
「へっへっへ……そいじゃ姐さん達、あっしはお先に魔王城に戻ってるでやんす。また後で会いやしょうや」
軽く片目を瞑り、手を振りながらその場から去って行ったのであった。




