その出会い
ザホムの街を蹂躙し、そのまま北方面にあるベアンと言う古い町と、まだ新しき開拓途中の村を破壊したところで、西の空がそろそろ茜色に染まる時間になった。
第一軍のウィルカルマースからの連絡だと、本隊は敵本拠地であるリフレ・ザリアへと通じる街道近くで夜営準備中との事だ。
俺達もそろそろ戻って合流した方が良いだろう。
お腹も減ってきたし。
あ~……しかし疲れた。
剣を振るっていた右腕が、ちょっと痛い。
特に肩から二の腕に掛けて、筋肉がパンパンだ。
明日には筋肉痛になっているかも。
「良し、それじゃあそろそろ戻ると……」
そう言い掛けた時、馬蹄を響かせ、ティラちゃんが駆け寄って来た。
「ん?どうした?」
「シング様。実は逃したエルフがいないかと、辺りを探索していた者からの報告ですが……ここから西の方角に、何やら煙が昇っている場所があるとの事です」
「煙?ふむ……もうすぐ夕食の時間だな。まだこの近辺にエルフどもの集落があったのか?」
「い、いえ。それが……白煙ではなく、黒煙が昇っていると」
「黒煙?」
俺は黒兵衛を肩に乗せたまま、飛行魔法を使い垂直に空へと上って行く。
「……おい、魔王。アレやないか」
黒兵衛が俺の頬を軽く叩いた。
見ると確かに、数本の黒煙が昇っているのが微かに見えた。
山火事の類ではない。
「ふにゃ?ん~……ちょっと遠いな」
懐から周辺地図を取り出し、照らし合わせてみるが……うん、載ってないね。
「どうやらベーザリア領の範囲外だな。あっちはまだ未開の地のようだけど……」
「どないするんや?」
「……少し気になるな。時間は掛りそうだが……ん~……ちょいと行ってみるか」
小さな声でそう言って、再び元の場所へと戻る。
「ティラ。親衛隊と近衛隊を集合させろ。それとティムクルスに言って本隊から百名ほど回せ。今からあの煙の場所へ行ってみる。残りは撤収だ。第一軍と合流しろ」
「畏まりました」
「宜しい。では早速に行くとするかな」
★
夕闇迫る時刻、既に森の中はかなり暗い。
しかも未開拓の地なので、道も殆ど無い。
そんな中を、タコ助を操り突き進む。
そして小一時間程進んだ所で、一気に森が開けた。
夕焼け空が目の前に広がっている。
その下には流れる小さな川と、その脇に伐採されて広がる小さな土地。
そして破壊し尽くされた粗末な小屋のような家々。
黒煙がまだそこから昇っている。
近くの木々に目を向けると、首に縄を掛けられ、ぶら下がる数人の遺体があった。
そのどれもに、無数の矢が突き刺さっている。
更に槍ごと木に縫い付けられるように刺さっている遺体。
切り刻まれた四肢も彼方此方に転がっている。
首だけになって、その目や耳に矢が刺さっている者もいる。
中には陵辱された後に惨殺されたと分かる女の遺体も無造作に転がっていた。
遺体は全て耳が長い。
が、エルフではない。
身体も普通より少し小さいし、肌の色もやや赤味掛っている。
詳しい種族は分からないが、ハーフエルフである事は間違いない。
親衛隊や近衛隊の中には、その場で泣き崩れる者もいた。
ティラちゃんやペセルちゃんも、カタカタと震えている。
「……」
無数の遺体の近くに、甲冑を着けた者も何人か転がっていた。
近くに行って見てみると……普通の森妖精だ。
「……装備は綺麗で整っている。野盗の類ではなく、おそらく正規軍か」
なるほど。
俺達が進軍中と言うのに、今日もまた領土拡張の狩りに勤しんでたわけか。
ふん、大した連中だな。
「……なぁ魔王」
「ん?どうした?」
「ワテはな、正直言うと……今日のはやり過ぎやないかと思うとったんや」
黒兵衛はそう言って、俺の頬をポンポンと叩いて来た。
「……そうか」
「せやけど、間違いやったわ」
「……」
「こいつ等、正気やあらへん。自分も仰山殺したけど、殺る時は一瞬や。こいつ等みたいに弄んだ上に遺体までオモチャにはせーへん」
「……ベンザム」
「は」
近衛隊に所属する若い男が駆け寄る。
鬼人種系の戦士だ。
前に訓練してやった事があったが、中々に腕の立つ男だ。
近衛隊では一番の剣の遣い手らしい。
「哀れな開拓民達の遺体を集め、丁寧に埋葬してくれ。ティラ、ペセル」
俺は今度は親衛隊の二人を呼び寄せた。
「ちょっと付いて来い」
そう言って剣を抜き、それを片手に歩き出す。
「どうしたんや、魔王?」
と黒兵衛。
俺は小声で
「察知スキルに感有りだ」
そう呟き、スキルの反応を頼りに進んで行くと、そこは一軒の家……いや、粗末な小屋だった。
破壊され、半ば崩れ掛けた薄い木の板で出来た小屋だ。
至る所に矢も突き刺さっている。
俺は崩れた天井板などを慎重に退かしながら、スキルの反応を探す。
ふと床を見ると……何やら隅の方に、取っ手のような物があった。
どうやら落とし戸のようだ。
それをゆっくりと引き上げると……闇の中で何かと目が合った。
「……」
小さなハーフエルフの女の子だ。
年の頃は……人間年齢だと10歳前後って所か。
エルフ年齢だと五十手前だ。
その娘は、狭い落とし戸の中で、怯えた顔でカタカタと震えていた。
その腕の中には、まるで守るように更に幼いハーフエルフを抱えている。
おそらく弟か妹なのだろう。
……
悲しいけど、生体反応スキルは一つしか反応していない。
俺は手にしていた剣を納めながら、
「我は……あ、いや、お兄ちゃんが助けに来たぞ。ほら、お兄ちゃんの耳を見てみ?短いだろ?恐ろしいエルフじゃないぞ?それにこっちのお姉ちゃん達も、角が生えてたり……分かるだろ?お嬢ちゃんと同じ、ハーフエルフだよ?」
そう出来るだけ優しい声で、落し戸の中の女の子に語り掛ける。
「ほら、怖くないから出ておいで。もう悪い奴はいないからね。だから安心だ」
「……」
女の子は涙を流し、しゃくり上げた声を出しながら、ゆっくりと出て来た。
見るとその身体に、浅いながらも幾つか切り傷等が付いている。
俺はその子の頭を撫でながら、
「もう大丈夫だ。何の心配も無い」
薄い催眠魔法を掛ける。
その子は泣きながら、ゆっくりと目を閉じ、やがて俺の腕の中へと倒れ込んで来た。
「……外の光景は刺激が強いからな」
そう独りごち、その娘を抱き上げる。
「生き残りはこの娘だけか。……ペセル」
「は…はい」
「この子が抱いている幼児を、丁重に葬ってくれ」
「了解しました」
ペセルちゃんは痛ましそうな顔で、俺の腕の中で眠っている女の子が抱いている小さな遺体を、その娘の固く閉じている腕を慎重に外し、抱き寄せた。
ちなみにティラちゃんは号泣寸前だ。
黒兵衛も、気分を落ち着かせる為か、ずっと自分の前足を舐めている。
「……良し。遺体の埋葬が終ったら、帰陣するとしよう」
「……は。それでシング様、その娘は……」
「ふむ…」
俺は腕の中で眠る女の子を見つめ、少し眉間に皺を寄せながら、
「暫くは、我が面倒を見よう」
「シ、シング様がですか?」
「そうだ。この娘は少しばかり成長しているからな。保護した幼児エルフのように、今ネア・ブリュドワンに送っても環境の変化に付いて来れんかも知れん」
ただでさえストレス過剰なのだ。
魔王支配下とは言え、いきなりエルフの都市に連れて行ったら、精神を病んでしまう可能性もある。
暫くは世界で一番安全だと思う俺の許に居た方が良いだろう。
★
既に日は暮れ、森の中は闇に包まれていた。
松明を灯し、その中を行軍する。
俺は保護した女の子を鞍の上に乗せ、その背後から彼女の小さな身体を支えるようにしてタコ助を駆る。
ティムクルスやティーバスに聞いた所、この娘はどうやらホビストエルフと言う種族らしい。
洞窟等に住むオセホビット族に繋がる系譜のハーフエルフ種との事だ。
かなり珍しい種で、魔王軍にも同種はいないらしい。
そんなハーフエルフの遺体は、およそ五十近くあった。
破壊された小屋の数からして、十五世帯があそこに住んでいたらしい。
集落の発展具合からして、おそらくここ最近あの場所を開拓したのだろう。
……くそが。
悔やまれる。
もう少し早く、ここに来ていれば……
もっと早く気付いていれば……
いや、そう言う考えは良くないな。
今はこの娘だけでも助ける事が出来た幸運を喜ばないと……
……
親衛隊の女の子達も、こうやって魔王軍に助けられたのかな。
「……ん…」
俺の前に座る女の子がくぐもった声を上げ、僅かに身を捩る。
どうやら魔法の効果が切れたようだ。
「……起きたか?」
「ッ!?」
女の子はビクンッと身体を大きく震わせ、そして辺りを窺いながら、恐る恐る肩口から後ろを振り返る。
俺は怖がらせないようにニッコリと微笑み、優しい声で、
「大丈夫。馬クンに乗ってるだけだ。ま、馬じゃないけど……心配しなくて良いぞ?ここには怖い森妖精はいない」
「……」
「あ~……耳の長いのもいるけど、基本的に皆ハーフエルフだからね。えと……それで、君の名は何だい?」
「あ…う……リ、リッカ」
「リッカ……リッカちゃんか」
俺はそっと手を伸ばし、その淡い緑色の髪を撫でた。
「もう大丈夫だぞ。お兄ちゃん達は、この森に住む悪い森妖精を退治しにやって来たんだ。だからリッカちゃんは何の心配もしなくて良い。もうすぐ、強い軍隊の居る所へ戻るからね。そうしたら、一緒に御飯を食べよう」
「……」
リッカちゃんはコクンと小さく頷いた。
そして小さな声で
「あ…ありがとう…ございます」
「あ~…我、じゃなかった、俺の事は気さくにシングって呼んでくれ。……あ、お兄ちゃんでも良いぞ?そう呼ばれると、死滅した筈の妹属性が不死鳥の如く蘇るかも知れんし」
「……?」
「んで、そこの馬の頭の上に座っているのが、黒猫の黒兵衛だ。口は悪いが良い奴だから、仲良くしてやってくれ。むしゃくしゃした時に殴っても俺が許す」
そんな他愛の無い事を話しながらタコ助を進める。
リッカちゃんは、何も尋ねてこない。
普通なら、彼女が抱いていた小さな子供……男の子だったのだが、その安否などを聞いてくる筈だが、彼女は何も言わない。
多分……この娘自身、既に気が付いていたのだろう。
あのハーフエルフの幼児が、事切れていた事に。
それが俺を余計にやるせない気持ちにさせる。
「あ、ほら……たくさんの篝火が見えて来ただろ?あそこが本陣だ。ちょっぴり怖い兵士がいるかも知れないけど、大丈夫だからね。何かあったら、遠慮なくお兄ちゃんに言いなさい」
そう言って、俺は優しく彼女の頭を撫でる。
と、その本陣から馬蹄の音が近付いて来た。
出迎えの者らしいが、馬の走る音に、リッカちゃんは何かしらの恐怖を思い出したのか、カタカタと小刻みに震え出した。
「大丈夫、大丈夫…」
俺はそっと、背中から包み込むようにして彼女を抱きしめる。
「シング様。お帰りなさいませ」
ウィルカルマースと数名の参謀達が駆け寄って来た。
「夜営の準備は整っておりますが……そちらの娘は?」
「……我が保護した。丁重に扱え」
「は。それと……ザホムの街で捕虜にしたエルフどもですが、どう致しましょうか?このまま荷役として使いますか?」
俺はチラリと、目の前のリッカちゃんの後頭部を見つめながら、
「……用済みだ。荷役に使うなら、また捕まえれば良い。エルフなぞ使い捨てで構わん」
「……は。そのように処理いたします」
「宜しい。後は食事の用意を頼むぞ」
俺はそのまま背の高いタコ助から飛び降り、万歳の姿勢でリッカちゃんを降ろす。
そしてその小さな手を握り、
「良し、御飯にしよう。お腹減ったろ?けど、軍隊の御飯だからあまり美味しくないけど……我慢してね」
そう言ってゆっくりと本陣へ向かって歩き出したのだった。




