復讐は華麗に。そして残酷に。
俺はタコ助に跨り、暗い森を突き進む。
その脇にはティラとペセル、その他の親衛隊が付き従う。
少し後ろに、ディーバス率いる近衛隊とティムクルスの魔王軍本隊からの先発メンバー。
そしてウィルカルマース率いる魔王軍第一軍団と続く。
総大将の俺が、一番先頭なのだ。
ちなみに黒兵衛は器用に鞍の上で寝ている。
まぁ、道が狭いからねぇ……
ど真ん中で偉そうに踏ん反り返っていると、どうしても対処が遅れちゃうんだよね。
だから俺は一番先頭を進むのだ。
「さて…」
懐からこの辺りの道を示した地図を取り出す。
情報参謀達が調べ上げた、最新の地図だ。
敵の本拠地、リフレ・ザリアとやらは、このまま進めば二日程度で到着出来そうだが……
うむ、その前に寄り道をしよう。
ベーザリア領には、点在する街や村が幾つかある。
それらを焼き討ちしながら進もうではないか。
ま、少し大回りになるけど、エルフに対する見せしめだ。
面倒だけど、それはそれで仕方あるまい。
……
どうせ後から全て処理するのだから、それが早いか遅いかの違いだ。
となると、先ずはこの先にあるザホムと言う街か。
中規模の街って話だったな。
住民は五千匹ぐらいか……
評議国の残党は潜んでいないって事だったが……う~ん、どうしよう。
こっちの兵力は、補給部隊を除いて約一万ちょい。
殺れない事はないけど、取り零しが多くなりそうだなぁ。
何しろ奴等の住処は木の上だからね。
俺はチラリと、タコ助の脇を併走させている騎乗のハーフエルフを見やる。
親衛隊のペセルちゃんとティラちゃんだ。
ティラちゃんはともかく、実はペセルちゃんとは、何度か話した事がある。
俺がストレス解消……もとい、情報収集の為に、素性を隠して一般兵達に紛れ混んでいるのを発見されて以来、色々と話すようになった親衛隊員だ。
彼女は魔王軍にしては珍しく、一般的なハーフエルフ、即ち人間の血が混じっているエルフだ。
基本、その系統のハーフエルフは、人間種の国に住むと思うのだが……まぁ、色々とあったのでしょうな。
その辺の話はした事が無いけど、何となくは想像が付く。
そもそもティラちゃんに話を聞いて、初めて彼女の過去を知ったぐらいだ。
まぁ、他人にベラベラと話す事でもないがね。
「……どうかなさりましたか、シング様?」
そのペセルちゃんが、俺の視線に気付いたのか、僅かに首を傾げた。
ふんわりとした、少しカールの掛っている金色の髪が揺れる。
彼女は柔らかい物腰とおっとりとした口調とは裏腹に、時々キッツイ言葉を放つ事がある。
や、もちろん俺には無いけど、部下達を叱ってるのを、偶々目撃した事があったのだ。
いやぁ~……その時の辛らつな言葉と言ったら、なんちゅうか少し酒井さんに似ていたのだ。
つまり、見た目とは裏腹に少しおっかない女の子なのである。
……
酒井さんは見た目も怖いけど。
「ん……何でも無いぞ。それよりも、ペセルはティラと仲が良いのか?」
「ティラちゃんですか?」
ペセルは、直ぐ隣のティラと顔を見合わせた。
「ティラちゃんに限らず、親衛隊に属する者は皆、仲が良いですよ」
「ほぅ、そうなのかティラ?」
「は、はい。ペセルさんの言う通り、親衛隊は――」
そう額から生えた小さな角が可愛いティラちゃんが言い掛けると同時に、微かに響く風切り音。
「シング様!!あぶ――」
「ん?」
頭上から飛来した矢が俺の額を打ち抜く直前、防御魔法によって威力倍増でそのまま反射。
俺に矢を射掛けた愚か者は、体の半分程が自分の放った矢に因って吹き飛ばされ、そのまま目の前の地面に落下して来た。
ふむ、そろそろエルフどもの警戒圏内って事か。
「ふ……中々に気付くのが早かったな、ティラよ。さすが親衛隊の中でも腕利きと言うだけの事はある」
実際、訓練の時に手合わせもしたけど、綺麗な剣術を使う女の子だなぁ、と感心したしね。
エルフ系だから弓とかも上手そうだし。
「い、いえ。それよりシング様、お怪我は……」
「ん?はは……当たってもいないのに怪我はしないぞ?そもそも我に飛び道具は通用せんよ。それより全軍、一旦停止だ」
ティラとペセル、その他の親衛隊の女の子達が頷き、何やら合図を送って行軍を停止させる。
「宜しい。ここから先が、どうやらザホムいう街らしいが……ふむ、先ずは我が先に行って、街の様子を見て来てやろう。皆は命令あるまでここで待機だ」
「お、お待ち下さい」
「お待ち下さい」
ティラちゃんとペセルちゃんが同時に口を開いた。
「ん?」
「我等親衛隊は常にシング様の周りにて控え、その身を守るようにとエリウ様より厳命されおります」
「ティラの言う通りです。如何にシング様が強き御方とはいえ、やはり男である以上、見目麗しきエルフの女どもに現を抜かすかも知れないので、いつでも傍に控えて見張っておれと、そう命令されました」
「ん?んん?何か、言ってることは同じだけど微妙に意味が違うような気が……」
「……エリウ様もお年頃なのです」
ペセルちゃんは意味深な笑みを溢した。
ちなみにティラちゃんは首を傾げているが。
「年頃と言っても、君達もエルフの年齢的には似たような歳だと思うぞ」
あ~……しかし困ったな。
俺はボリボリと頭を掻きながら、本当に困った顔をする。
「我は一人でネア・ブリュドワンすら陥としたのだがなぁ」
ぶっちゃけ、一人の方がやり易い訳よ、色々と。
とは言え、物凄く真剣な顔しているし……まぁ、無碍に断る事も出来んか。
彼女達は俺の部下じゃなく、エリウちゃんの部下だ。
エリウちゃんが命令したのなら、守るのは当然だ。
俺がとやかく言って、彼女達に迷惑を掛けるのも忍びない。
ま、敵が何十万とかいたら話した別だがね。
「ふむ、ならば仕方ない。親衛隊は付いて来るが良い。但し、己の身だけは確実に守れ。我の事は気にするな」
取り敢えず、スキル・アビリティ・魔法の威力向上と範囲拡大と持続時間延長のバフを掛けてと……
後はステータスを少しアップさせ、防御魔法も掛け直し、序でに親衛隊の女の子達にも少し掛けておこう。
そして剣にも攻撃魔法を付与してと……
うん、先ずは準備オッケーですな。
俺はタコ助から華麗に降り立ち、
「では、行って来るぞ黒兵衛」
「……」
寝てるよ、この駄猫……
俺は鞍の上でまだ眠りこけている馬鹿猫の鼻を軽く摘んだ。
「…んぁ?な、なんやねん」
「戦の最中に呑気だな、お前は」
「あん?街の一つや二つ、戦って程でもないやろ。自分なら楽勝やないけ」
「……まぁな。取り敢えず行って来るから、後を頼むぞ」
「んぁぁ……分かった」
黒兵衛は大欠伸を溢し、また目を閉じてしまった。
これだから猫は……と思うが、ま、今朝は少し早かったから仕方が無いか。
俺も少し眠いし。
「良し。では行くぞ」
俺は剣を片手に、ブラブラと歩き出した。
後ろから付いて来るのは、十二名の若き女性達。
エリウちゃん親衛隊の半数近い者が、今回のベーサリア領侵攻作戦に参加している。
ティラちゃんに聞いたところ、本当はもっと参加希望者が多かったらしいのだが……
親衛隊の本来の任務は、エリウちゃんのお世話とその警護だ。
俺の方にそれほど多くを割く訳にもいかず、抽選で決めたとの事だ。
ま、そりゃ当然だわな。
ん?ふむ……早くも敵性反応が有りか。
頭上に何十匹か潜んでるのをスキルが感知した。
「お前達、そこで待て」
そう言って、散歩に行く気軽さで前へと進んで行くや、ヒュンヒュンヒュンと幾つかの風切り音と供に、俺目掛けて四方八方から矢の嵐。
もちろん全て反射され、矢を射った奴等は自分の矢で致命傷を負って木の上から次々と地上へと落下して行く。
まだ隠れている輩には、衝撃魔法を付与してある瑠璃洸剣を振って、粉微塵にして吹き飛ばしてやった。
「ふん、学習能力の無い奴等だな」
俺はそう吐き捨て、
「良し、付いて来い」
そのまま更にズンズンと森の奥へと突き進む。
やがてちらほらと、頭上に建物らしき物が見えて来た。
木の上には、ネア・ブリュドワン同様、やはり吊橋のような道が幾つか伸びている。
ふむ、この辺りから街って事か……
「スキル、魔王進撃発動」
戦闘領域が設定された。
これでこの街の住民は、一匹たりとも外へ逃げる事は出来ない。
さてと……
取り敢えず目に付く建物を剣を振って吹き飛ばす。
察知スキルにより、街の警備兵だろうか、大量のエルフどもがこっちへ向かって駆けて来るのを確認した。
正規軍は本拠地であるリフレ・ザリアに集結しているだろうから、おそらく街の警備隊か自警団と言った所だろう。
「飛行魔法」
俺は木の上まで舞い上がり、
「戦乱の息吹」
スキルにより威力と範囲を拡大させた混乱魔法を辺りに散布。
範囲内に居たエルフどもは唐突に奇声を上げるや、彼方此方で同士討ちを始めた。
「ん、ティラ達よ……上がって来られるか?」
木の下にいる親衛隊の面々に声を掛けると、
「は、はい」
ティラちゃんにペセルちゃん、その他の親衛隊の女の子達が、木の幹に掛けられた簡素な梯子で上まで登って来た。
エルフどもは彼方此方で喚声を上げながら武器を振るい、勝手に死んで行く。
「良し。敵は錯乱中で味方同士で殺し合ってるが、当然こっちにも攻撃はしてくる」
そう言うや、本当に矢が幾つか飛んで来た。
僕チン目掛けて飛んで来た矢は全て反射されたが、
「…ん?」
ティラちゃんに当たりそうになった矢を複眼スキルで探知し、そのまま腕を伸ばして軽やかに掴む。
「ま、このように何処から攻撃が飛んで来るか分からん。一応、お前達には防御魔法を掛けてあるが、万が一って事もある。それに当たると少しは痛いからな。ともかく、自分の身を最優先にしつつ、向かって来る敵だけを的確に処理して行け。分かったかね?」
「り、了解しました」
「出来るだけ二人一組で行動しろ。その方が安全だ。あと、無理に我を追うなよ?確実に死ぬからな」
俺は親衛隊の女の子達にそう言い残し、縮地スキルで別の木に瞬間移動するや、
「アンバクト」
左腕を突き出し、衝撃魔法でそこにあった建物を吹き飛ばす。
「さてと……」
――黒兵衛、聞こえるか?ってか、起きてる?
『さすがに起きてるわい』
脳内に馬鹿猫の声が響いた。
『で、どや、そっちは?何やここまで悲鳴が聞こえて来るんやが…』
――今から街の中央に向かって進む所だ。十五分ぐらいしたら部隊を突撃させてくれ。
『あぁ、了解や』
――歯向かう敵は殺せ。降参した奴は捕縛して一箇所に集めろ。そう命令してくれぃ。
『分かったわい』
「頼むぞ」
さぁ~て、糞エルフども……お前等が今までして来た事を、そのままそっくり返してやろうかのぅ……
俺は口角を吊り上げ、そのまま狂乱状態のエルフの集団に向かって突っ込んだのだった。
★
「出来るだけ二人一組で行動しろ。その方が安全だ。あと、無理に我を追うなよ?確実に死ぬからな」
シングが僅かに微笑みながらそう言うと、いきなりその姿が掻き消えた。
と思うや、次の瞬間には別の木の上にいた。
そしてそこにあった建物を魔法で粉砕するや、またもや忽然と姿を消し、別の場所へ。
そして剣を振って狂乱状態に陥っているエルフどもを吹き飛ばし、建物まで破壊しながら駆け足で突き進んで行く。
圧巻だ。
警戒する素振りすら一切見せず、ただ普通に走りながら次々とエルフどもを屠って行く。
凄い……と、ティラは口の中で呟いた。
自分独りで行く、と言った意味が今なら分かる。
シングに護衛などと、何と言う驕った事を言ったのだろうか。
その場で鼻で笑われてもおかしくはない。
いや、それ以上に、シングには足手まといであっただろう。
(う~……でもエリウさまの御命令だし……)
「どうかしたの、ティラ?」
短弓を装備したペセルが、僅かに首を傾げてティラを見つめていた。
「な、何でもない」
ティラは愛用のエストックを抜きながら答えた。
「じゃ、ペセルさん。私達も行きましょうか」
「そうしましょ。他の子達はもう行っちゃったわよ」
ペセルはクスリと笑いながら、素早く矢を番えて放つ。
木の幹の陰に隠れていた一人のエルフが、悲鳴を上げながら地面へと落ちて行った。
ペセルはかなり腕の良い弓使いだ。
その辺はエルフならではと言った所だが、逆にティラは弓よりも剣が得意だ。
少し変り種のエルフ種である。
「じゃ、私も……」
ティラは僅かに生き残っている狂乱状態のエルフを見つけ、華麗に剣を振るって倒して行く。
隠れている者や遠距離にいる者は、ペセルが巧みに弓で仕留めて行った。
「死ね!!」
更に口角に泡を溜めたエルフが横合いから飛び出して来たが、それを巧みに捌くと、その首にエストックを突き刺す。
(死ね……死ね、死ね、死ねぇぇぇッ!!)
エルフの返り血を浴びる度に、ティラの額の角に段々と熱が篭って行く。
自分の身体中に穿かれた矢傷の痕も疼く。
(殺す……彼奴等は全員殺す!!)
ティラの細い剣が年若いエルフの胸を貫き、更に彼女はそのまま敵の顔面へと拳を打ち付けた。
エルフは悲鳴を上げることも無く、地面へと落ちて行く。
「次はどいつだ!!」
「……ティラ、少し落ち着きなさい」
彼女の肩に、そっと手が置かれた。
その瞬間、ティラはハッと我に返り、
「え?あ……す、すいません、ペセルさん」
「興奮して、理性を失っちゃダメよ。ま、その辺は鬼人の血だから仕方ないけど……」
「で、ですね」
ティラの頬が僅かに赤らんだ。
「冷静になるように心掛けてはいるんですけど……」
「まぁ、怨敵である森妖精どもが目の前にいるんですから、分からなくもないけど……気を付けないと足許を掬われるわよ」
ペセルはそう言って、また矢を放った。
ティラとは違い、淡々と醒めた目でエルフを狩って行く。
「そうですね」
ティラもまだ息のあるエルフを見つけては、今度は冷静に剣で止めを刺して行った。
「それにしても、あまり敵がいないわねぇ」
ペセルは辺りを見渡し、どこか呆れたような口調で言った。
その言葉に、ティラも頷く。
木の上の街に残っているエルフは驚くほど少ない。
その代わり、地面には無数のエルフどもが横たわってはいるが。
「さすがシング様ね」
「えぇ……けど、何か凄く申し訳なくて。エリウ様の命とは言え、シング様に我侭を言って付いて来たようで……」
ティラは少しだけ眉間に皺を寄せ、『う~』と小さく唸った。
それを見てペセルはクスリと笑うと、
「大丈夫よ。あの御方は、そのような些細な事で気分を害したりはしないわ」
(だと良いんだけど……)
「あ、そう言えばペセルさんは、シング様と今までお話とかした事があるんですか?」
「あら?何でそう思ったの?」
ペセルが目を少し大きくした。
「え、えと……何か、シング様もペセルさんと話すのは初めてじゃないって感じがして……」
ここに来るまでの道中も、何やら二人で話していたのをティラは思い出した。
初対面と言う雰囲気ではなかったし、シング様も気さくにペセルに声を掛けていた。
その事がちょっと、ティラの中にモヤモヤしたものを生じさせていた。
「ふふ、エリウ様には内緒だけど、何度かお話をさせてもらった事があるわ」
「あ、やっぱりそうなんですかぁ」
「でもティラほどじゃないわよ。今回の件……貴方が色々とシング様に言ったんでしょ?」
ティラの心臓が大きく跳ねた。
ペセルの瞳が、ヒタと彼女を見据えている。
えーーーッ!?
ペセルさん、鋭過ぎるよ。
「え?え?どど、どうしてそれが……」
やはりシング様の部屋に入るところを見られていたの?
それとも出て行くところを……
「あら?本当なの?ちょっと冗談のつもりで言ったのに」
ペセルは独り、コロコロと笑っている。
「……え?」
そして笑顔を溢したまま、ティラの肩を軽く叩き、
「ふふふ……でも、結果的には良かったじゃない。それにティラが言わなくても、あの御方は行動を起こしていたと思うわよ」
確かに、ペセルの言う通りだとティラは思った。
シングと話してから数時間後には、エリウを呼び付けて指示をしていた。
即ちそれは、ある程度の段取りは既に決めていたと言うことだ。
「そ、そうですね。シング様とお話をして、直ぐでしたから……」
「元々、ベーサリアのエルフに付いては色々とお考えがあったみたいね、あの御方は」
ペセルが感に堪えないと言った具合に、小さく首を横に振る。
そして手にしている短弓の弦を調整しながら、
「下々の話も良く聞いておられたし……エリウ様も少しは見習って欲しいものだわ」
「ペセルさん、エリウ様に少し厳しいですよぅ」
「そう?ん~……少しはそうかも。でもね、分かるでしょ?シング様と比べてしまうと……もうちょっと、しっかりして欲しいなって」
「そ、それは……そうですけどぅ」
ペセルの言うことに、ティラは残念だけど反論が出来ない。
ティラ自身、エリウに対し常々思う所があったからだ。
もちろん、おくびにもそれを出す事は無いが。
シング様が現れてからはそうでもないけど……
エリウ様は少し世間知らずな所があるし、それにちょっと気も弱いし……
「……いっそのこと、シング様が私達の王になってくれないかしら」
「ぺ、ペセルさんッ!?そそ、それは……」
「冗談よ?」
「洒落になってませんよぅ」
「ふふふ……次はあちらへ行きましょう。まだ破壊されてない建物が幾つかあるわ」
「はい」
剣を片手に、ティラが進む。
その後ろをペセルが警戒しながら付いて行く。
街の中央からは未だにエルフの叫び声等が響いているが、少し離れているこの辺りは、どこか物静かな雰囲気が漂っていた。
「ん?馬蹄の音が聞こえますね」
「本隊が動き出したんでしょう。……ティラちゃん」
ペセルが目の前にある一つの小さな家を指差す。
ティラも感じた。
何者かが潜んでいる気配を。
「……」
ティラはゆっくりと近付き、扉に手を掛ける。
その背後ではペセルが既に矢を番えていた。
そして互いに視線を交わし、小さく頷くと同時にティラは扉を乱暴に開けて剣を片手に押し入る。
「――ッ!?」
目の前にいたのは、エルフの母子だ。
エルフ年齢で12歳位(人間だと五十ぐらい)の童子と、その母親が互いに抱き合い、部屋の隅で震えている。
更にベッドには、まだ生まれたばかりであろうエルフの赤ちゃんもいた。
ティラは震える母子の姿を目にし、心の中の復讐心に火が点いた。
がしかし、それと同時に母子の姿に己が過去、幼かった自分とそれを庇う父母の姿を鮮明に思い出し、手にした剣を振るう事を躊躇ってしまう。
(だ、だめだ。さすがにこれは……)
その時、不意に彼女の肩に手が置かれた。
ペセルかとティラは思ったが、その手はシングの手であった。
「シ、シング様……」
「……ま、当然だな」
シングは微笑みを浮かべながら言った。
「いくら相手が憎き森妖精とは言え、子供とその母親ではな」
「……は」
「しかしそれが普通だ。むしろ躊躇無く殺せる方がどうかしていると我は思うぞ?例え戦争でもだ」
「あ、有難う御座います」
「……しかし、魔王は違う」
シングはそう言って、いきなり手にした剣をその母子のエルフに向かって振るった。
「ッ!?」
躊躇いすら無いその鋭い一撃は、一瞬で母子の命を奪った。
シングはそれを平然と見下ろしている。
そして驚き固まっているティラを見ると、
「ふ……残酷だと思うか?」
「え?あ…そ、それは……」
「ま、残酷だわな。だが、これが上に立つ者の宿命だ。時に部下が躊躇する事でも、率先して行わなければならない」
「……は」
「それに餓鬼と言っても、このベーサリア領の街で育ったエルフだ。何十年か後には、魔王軍に対する復讐者となろう。ハーフエルフやその他の種族を嬉々として殺す存在になるかも知れん。分かるか、ティラ?一時の情けは、後に自分の首を絞める結果を招く恐れがあると言う事だ。だから我は、躊躇無く始末する。だが……別にお前はしなくて良いぞ?もちろん、エリウもだ。これは我の仕事だ」
「シング様……」
「シング様」
そう声を掛けたのは、ペセルであった。
彼女は少し戸惑った顔で、首を切られて死んでいる母子をチラリと見つめ、
「あの……この幼児はどうしましょうか?」
「ん?幼児……って、赤ちゃ…コホン、まだ生まれて間もないな」
「は。ですけどエルフですし……処理しますか?」
「えぇッ!?あ、いや……ふむ、そうだな。幼児、と言うか物心付く前の餓鬼は全て保護しろ」
「保護、ですか?」
「ふ、そうだ」
シングは軽く頷く。
「我は別に、エルフと言う種族が嫌いと言うわけではない。奴等の傲慢な性格と残忍さが気に入らんだけだ。しかし、まだ無垢なる者ならその心配はいらん。魔王軍で保護し、魔王に対する絶対的な忠誠を植え付ければ良い。ふふ、将来の幹部候補生として育てるのも一興か」
「なるほど。ですけどエルフは所詮、エルフかと思いますが…」
「その時は始末しろ」
シングはキッパリと、切り捨てるように言った。
氷のように冷たいその言葉に、ペセルもティラも、何も言えずにただ黙って唾を飲み込んでしまう。
「ふむ、本隊の連中が彼方此方で暴れているようだな。ティラ、ペセル、付いて来い。残っている者がまだ幾匹かいる筈だ。そいつ等を始末しに行くぞ」
★
「よぅ、お疲れさんやな」
と、黒兵衛が俺の肩に飛び乗って来た。
「あぁ……さすがに少し疲れたで御座る」
俺は小声で話し掛ける。
「片っ端からエルフを始末して来たから、血の匂いが染み付いて気分が滅入っちゃうよぅ」
とは言え、今回ばかりは徹底的にやると決めているからな。
まだまだこれからですよ。
料理に例えたら、前菜の段階だからね。
「片っ端って……女子供もか?」
「もちろん。ただ子供って言っても、エルフではって事だぞ。あの餓鬼吸血鬼と同じだよ。生まれてから五十年以上は余裕で経っているからなぁ……見た目は餓鬼でも、俺からすればオッサンだ。あ、もちろん赤ちゃんとか幼児は別だぞ?さすがの俺でも、そこまで幼いのはさすがに……ねぇ?」
「まぁ、せやろな」
「取り敢えず、赤ちゃんは保護するように命令してある。エリウちゃんの所で育てさせよう」
「幼児教育か。なるほどな。ま、エルフも生まれつきのサイコパスって言うわけやないからな」
黒兵衛はウンウンと頷いた。
「で、黒兵衛。降伏した奴等はどうなっている?」
「街の中央に集めてあるで。千人ぐらいはおるとちゃうんか」
「そうか」
千人か……まだまだ多いな。
「どないする気や?」
「ん?ん~……基本、皆殺しで」
「徹底しとるなぁ」
「酒井さんの言葉じゃないけど、これも因果応報だ。奴等が蒔いた種だ。奴等に刈り取らせるさ」
俺はそう言って、ブラブラと森の中を歩いて行く。
彼方此方にはエルフの死体が幾つもの山となって放置してある。
死臭も漂って来たし、早く残りの連中を片付けないと……
「せやけど自分、そない殺して化けて出ても知らんで」
「心配ご無用。エルフの幽霊なんて聞いた事も無いし、ウォー・フォイ曰く、幽霊と言う存在は知らんと言うことだ。つまりこの世界にはお化けなんて存在しない。あれは人間界特有のモノなのだ」
もし仮に出て来たら、決戦奥義(浪漫飛行)で対処しつつ、酒井さんに助けてもらおう。
そんな事を黒兵衛とボソボソ喋っていると、
「シング様」
「ん?ウィルカルマースか」
青ビョウタン系魔族が、軽く頭を下げて近付いて来た。
「降伏した連中は、街の中央に集めてあります。どうぞ此方へ……」
「ん」
と頷き、ウィルカルマースの後に続いて歩いて行くと、そこには一際大きな木が聳え立っていた。
どうやらこの街のシンボル的な大木らしい。
その木の根元周辺に、老若男女のエルフが犇き合っている。
その周囲を、武器を手にした第一軍の兵士達が遠巻きに取り囲んでいた。
「ふむ……」
俺は黒兵衛を肩から下ろすと、ゆっくりと彼奴等に近付きながら、物凄く優しい声で、
「やぁ糞エルフ諸君。我は魔王エリウが後見人、真なる魔王シングと言う。短い時間ではあるが、我の事は気さくにシングと呼んでくれて結構だ」
そう言うと、エルフ年齢四百歳ぐらいの初老の男エルフが恐る恐ると言った具合に歩み出て、
「わ、私がこのザホムの街の代表で、領主代行を務めますベアルバと申します。こ、このザホムの街は魔王軍に降伏します」
その場に膝を着き、頭を垂れた。
「降伏?ほぅ……降伏か」
「は、はい。降伏後は、魔王様にお仕えし……」
「一つ尋ねる」
俺は小さく鼻を鳴らし、
「貴様等ベーザリアのエルフは、数多のハーフエルフや少数種族の村や集落を襲って来たが……その中で、素直に降伏を許した村はあるか?あるのならば教えてくれ」
もしあったら、少しだけ許してやろうと思うが……ま、無いだろうな。
エルフの占領政策は、全住民の虐殺と言う話だし。
「そそ、それは……わわ、私どもでは御座いません。り、領主様直属の者か……他所の街の者で御座います。このザホムの街は昔から平和で御座いまして、他所とは違い他の種族の方々を襲った事も無ければ特に差別などもした事は無く……」
「ほぅ……平和とな」
良くもまぁ、そんな嘘を平気で吐けるモンじゃわい。
「ならば今一つ尋ねる。この街に、お前等以外……薄汚いエルフ以外の種族は住んでいるか?昔から差別も無く平和な街なんだろ?少しぐらいは定住している他種族もいると思うが?」
「そそそ、それは……」
初老エルフは目に見えて狼狽えはじめた。
超キョドってるって感じだ。
「ふ……ベアルバ、だったな?今更下手に取り繕うな。お前等エルフのことは、よーーーく知っているからな。だが、勘違いするなよ?」
「か、勘違い……ですか?」
「そうだ。別に我は、お前等ベーサリアのエルフがハーフエルフや他種族を差別し、村を襲っては住民を皆殺しにし、その土地を奪って勢力を広げて来た……その事について、とやかく言うつもりは無い。何故ならそれはお前等の文化であり、まぁ習慣と言うか風習みたいなものだからな」
傍から見たら非人道的な行いでも、それが風習やら神聖な儀式として伝わっている事があるからね。
それを他所の文化圏の者が、あれこれ言うのは間違いだよね。
そんな事を前にテレビでやっていたドキュメンタリー番組を観ながら、酒井さんが言っていた。
確か南米だかアフリカだかの少数民族が何たら……って番組だった筈だ。
「は、はぁ……」
「だが、お前等が強者として、弱者に自分達の価値観を押し付けて来た以上、今度はお前等が弱者として、我の価値観を押し付けても文句は言えまい?我の風習に、お前等は黙って従ってもらう」
「ふ、風習で御座いますか?」
「そうだ。気に入らんエルフは即座に殺す、と言う素晴らしき風習だ。実に単純だろ?」
俺がニッコリ笑顔で言うと、街の代表エルフは顔面蒼白で、
「そそ、それは……どどど、どうかお許しを……」
「陳腐な台詞だな。お前は『助けてくれ』と言った者を助けた事が今まであるのか?とてもそうは見えんぞ」
古今東西、そんな悪人にはお目に掛った事が無い。
ってか、助ける時点で根っからの悪人じゃねぇーし……
その時、不意に別の男エルフが飛び出してくるや、その場に平伏した。
「おおおお、お待ち下さい」
「なんだ?」
「わわ、私はどうなっても構いません。ですが妻と子供の命だけはどうかお助けを……」
これまた陳腐な台詞を……
何でこう、モブキャラは同じような台詞しか言えないんだろうね。
「ほぅ……ハーフエルフの女性や子供は平気で殺すのに、自分の餓鬼と女だけは見逃せと?」
「な、何でもします。何でもしますから……」
何でもする、って言う奴に限って、何も出来ないのが定番なんだけどねぇ。
「そうか。ふむ……ならば一つ、お前を試してやろう」
俺は『ククク』と鼻に掛ったような笑いを溢し、腰から芹沢三式羅洸剣を引き抜くと、それを男の前に放り投げた。
「その剣で、取り敢えず十匹ぐらい殺せ。誰でも構わんぞ?誰でもな」
さぁ、これはシングちんの情けですぞ。
最適解を見つけ出したら、その勇気と機転に免じて特別に命だけ許してやろう。
女子供を人質に、このエルフをスパイとして使うのも面白いかも知れんし。
「……」
「どうした?何でもするのだろ?自らの命はどうなっても良いから、妻と子供を守るのではなかったのか?ならばそれを証明して見せよ」
「う、うぁぁぁぁッ!!」
男は大きな叫び声を上げると、いきなり近くに居た者達に襲い掛かった。
問答無用で羅洸剣を振り回し、次々と仲間を殺して行く。
パニックなって逃げ出すエルフ達も居るが、少しでも一定のラインを超えると、取り囲んでいる兵達から矢が飛んできてそいつを射殺す。
やがて男は血に塗れた羅洸剣を片手に、荒い息を吐きながら俺を見つめていた。
ちゃんと殺りました、ってな顔をしている。
「……そうか。それがお前の答えか」
俺は心の中で大きく舌打ちした。
下らん男だ。所詮はただの村人か。
折角、生き残るチャンスを与えてやったと言うのにね。
「ツマラン。我は誰でも良いと言ったのだが……これだからエルフは」
「そ、それはどう言う意味で……」
「……何故、その剣で我に挑まなかった?我の身体にその剣を突き立てなかった?憎い敵が目の前におり、自分のその手には武器まであると言うのに」
「え…」
「命を懸けると言いながら、命が惜しくなったか?一つ言っておくが、その剣は特殊でな。我の防御魔法等を破る事が出来るのだ。まぁ、殺す事は出来んが、傷付けるぐらいの事は出来る。それが出来たら、その度胸を称え、お前の女と餓鬼は見逃してやろうと思ったのだがな」
俺はワザとらしく、やるせない溜息を吐くと、
「取り敢えず、死ね。次元切断」
軽く手を振り、その男の女と餓鬼を一刀のもとに切り捨てた。
「う、うぁぁぁぁッ!!」
「うるさい。お前も死ね」
その男も切り捨てる。
「ティーバス」
「は」
黄金の甲冑に近衛隊の証である赤いサッシュを掛けたハーフエルフの男が駆け寄って来た。
「……そこの列とそっちの方の男エルフを連れて行け。後で仕事させるから、命だけは助けてやる」
「了解しました」
ティーバスは軽く頭を下げ、手を振りながら部下達と供に、俺が指定したエルフの野郎どもを引き摺って行く。
もちろん、少しでも抵抗すればその場でぶち殺されるだけだ。
その辺は理解しているのか、はたまた諦めているのか、エルフどもは大人しい。
「さてと……ではエルフに相応しく、弓で始末してやろう」
俺は左腕を伸ばし、その親指と小指を一直線になるように立てる。
そして弓を模したその手に右手を伸ばし、見えない弓弦を引きながら、
「範囲限定……威力強化、星天弓」
そのまま角度を変え、空に向かって弓を放つ動作。
刹那、雷鳴が辺りに轟くと同時に、固まっているエルフの集団目掛けて無数の光の矢が空より降り注ぐ。
まさに絨毯爆撃だ。
天上から飛来する光の矢がエルフの身体を貫き、次々とその場に倒れて行く。
ものの数秒で、千人近いエルフは全て屍だ。
だが、まだまだ終わらんですぞ。
「ウィルカルマース」
「は…は!!」
四貴魔将の一柱が素っ飛んで来る。
「先程のエルフを使い、死んだエルフの首を切り落として集めさせろ」
「く、首をですか?」
「そうだ。彼奴等は魔王軍の使者の首を切り落として届けさせた。それの返礼だ。ま、死んだ使者はブリューネスのエルフではあったが、魔王軍の使者に変わりは無い。この街のエルフの首を、持ってきた荷台車に乗せてリフレ・ザリアまで届けろ」
まぁ、魔王軍としての報復と言うより、『神の御使い大作戦』の布石なんだがね。
魔王シングの悪評を、せいぜい高めてくれよ。
「畏まりました」
「それとこの街にある食料と貴重品を根こそぎ奪え。軍資金の足しにする。あ、兵達に少しぐらいなら懐に入れても良いと言え。ちょっとした褒美だ。あと手が空いてる者は我に従え。今日中にあと二つは村を始末する」
「は。急ぎ作業に当たらせます」
「うむ。……ティムクルス」
「何でしょうかシング様」
魔王軍本隊を指揮する隻眼の女性ダークエルフが、甲冑の音を響かせながらやって来る。
相変わらず、エルフらしからぬマッチョな女性だ。
しかし、なんちゅうか……
甲冑姿しか見た事が無いから、一度は薄着の時とか見てみたい。
や、別に俺は、その手の性癖は無いのだが、それでも少し気になる。
胸に力を入れると、筋肉がビクンビクンって本当に動くのか、ちょっと見たいし。
「今から北東にあるベアンと言う村へ向かう。本隊に進軍の準備を。それと保護した幼児エルフは……そうだな、順次ネア・ブリュドワンに送れ。ただし、エルフどもには引き渡すな。魔王軍で面倒を見るのだ」
「了解しました」
魔王軍本隊は、今回はあまり出番が無かったからな。
エルフに対して恨み辛みの多い者を選抜して集めたワケだし、そろそろ活躍させてやらないとね。
「うむ。では準備が整い次第、進撃開始だ。一匹たりともエルフを逃すなよ」
「は!!」




