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即断即決。ビジネスも戦争もスピードが大事です。


 翌朝、早速に俺は、俺の名を以ってエリウちゃんに四貴魔将、幕僚達にエルフの王族どもを旧エルフ王宮の玉座の間に呼びつけた。

緊急招集の用件はまだ話していない。


俺は効果レベルを落とした闇属性オーラを身に纏いつつ、玉座の後ろ、壁を突き破って生えてきた大木の枝に腰掛け、血相を変えて部屋に飛び込んで来る面々を、見つめていた。

酒井さんはエルフ王が使っていた玉座の肘掛に腰掛け、脚をブラブラとさせていた。

黒兵衛はそのまま玉座の上で寝ている。

ちなみに、何故にスキルを使って恐怖系のオーラを出しているのかと言えば、皆の気を引き締めると同時に、僕ちゃんちょっと言いたい事がありまんねん、と言うのを暗に示す為でもある。


……ふむ、来たな。

さすがにみんな、早いね。

幹部の中には息を切らしているのも居るし。

ただ、エルフ野郎はゆっくりしているのが多いんだけど……ま、良いや。

どうせ処分リストに入ってるんだし。


「シ、シング様。全員揃いましたが……」

先頭に立っているエリウちゃんが、どこか恐る恐ると言った具合に口を開いた。


今日のエリウちゃんは、いつもと同じく鎧と兜のフル装備エリウちゃんだ。

戦闘時以外は普段着で良いと思うのだが……何故か常時、身に着けている。

まぁ、エリウちゃんは、普通に可愛い女の子魔族だ。

あの容姿じゃ威厳も無いし、色々舐められたりする時もあるのだろう。

特にエルフどもは舐めそうだし。

実際、一般部隊の兵達の中にもエリウちゃんの本当の姿を知らない連中が大勢いるわけだしね。

それはそれで、時代劇ばりに下級兵の中に混ざって色々と面白い事が出来そうだと俺は思うんだがなぁ。

……

実は魔王ですぞ、って証明する印籠とかはこの世界には無いのかな?


「……うむ」

俺は揃った連中を木の枝の上から見下ろしながら、何時もの偉そうな演技で、

「エリウ。中々に頑張ってるな」

そう声を掛けた。


「あ、有難う御座います」


「ふふ……そこで御褒美に、お前に少し勉強をさせてやろうと思ってな。だから朝も早くから皆を集めたのだ」


「べ、勉強ですか?」

エリウちゃんが戸惑った声を上げた。


「うむ、そうだ。一つエリウに手本を見せてやろう。魔王とは如何なる存在であるか、とな。我の行いを見て、そこから何かを学ぶが良い。もちろん、我の真似をしろとは言わぬ。自分なりに考え、自分なりの魔王像を見つけるのだ」


「わ、分かりました」


「ふふ……ならば我は先ず、少しばかり出掛けるとしよう。期間は……そうだな、十日ばかりで良いかな」


「え?え?あ、あの……お出掛けになるとは?」


「なに、大した用事ではない。確か……ベーザリアとか言ったか?そのゴミどもを処理しようと思ってな」

俺は低く笑いながら答える。

「聞けばそ奴等は、此方の送った使者を殺し、その首だけを送り返して来たと言うではないか。ふふ……実に面白い。魔王軍に対して、中々に度胸があるではないか。ゴミではあるが、いささか興が湧いてな」


「そそ、それに関しては、リーンワイズと傘下のエルフで対処をしようかと……」


「……ゴミどもの処理を同じゴミに任す。確かに面白いが、上手く行かなかったと我は聞いたぞ?」


「そ、それは……」


「失敗は誰にでもあるが、使い所を間違えるなエリウよ。ゴミにはゴミに相応しい使い方がある」

俺は口角を僅かに吊り上げ、エルフども冷ややかな目で見つめる。

「未だ態度を保留している愚かなエルフ供が何匹かいたな。我が帰って来るまでに、そ奴等をそこに伏せさせて置け。あぁ、もちろん強要はしないぞ?ただし、この場にいなければ我が直々に処理してやるがな」

そう言うと、そこにいたエルフの一人、名前は知らんが多分王族の一人が、

「おお、お待ち下さい。ただいま事情を説明する書簡を送っている所でして……」


「……あ?」

俺は即座に魔法で強化を施したスキル『畏怖せしめる蛇視』を発動させ、そのエルフを睨み付ける。

まだ年若いであろうエルフは、いきなり口から泡を吹き出すや、その場に崩れ落ちた。

即死だ。


「誰が、いつ、口を聞いても良いと言った?」

周りのエルフは微動だにせず、何も発しない。

「お前達はエリウの温情によって生かされた。が、我は違う。ゴミなりに、少しは利用価値があると思ったから飼っているだけに過ぎん。ふふ……分を弁えろ、エルフよ。所詮お前等など、我の一睨みで死ぬ程度の惰弱な存在だ。死にたくなければ、せいぜい我に己が価値を示す事だな」

俺は不敵な笑みを溢し、木の枝から降りた。

そして大きく背筋を伸ばし、

「ウィルカルマース」


「は…は!!」


「第一軍をいつでも動かせるように準備させておけ。明日には発つかもしれん」


「畏まりました!!」


「それにエリウ」


「は、はい」


「魔王軍本隊と近衛隊、それと親衛隊の中から合わせて千名ぐらい選抜しろ。我の直属に加える」


「わ、分かりました。千名ぐらいですね」


「そうだ。あ~……ベーザリアに対して、思う所がある者を中心に選べ。ふむ、さしずめ親衛隊のティラにペセル、それに近衛隊のディーバスに本隊のティムクルスも参加させるべきかな」


「え?あ、あのティラとかディーバスとか……」


「……勉強不足だぞ、エリウ」

俺はちょっと怒った顔を向けた。

「上に立つ者なら、ある程度は部下の事も知っておけ」


自慢じゃないが僕チン、雑兵連中の名前も結構知っているんだぞ。

同じ釜の飯も食ったしな。

ってか、一部の下級兵士達からは遊び人のシンさんとも呼ばれているし。

……

最初は情報収拾の為に、下っ端の中に紛れ込んでたんだけど、実は最近はストレス解消の為なんだよねぇ……

だって、演技じゃなくて素の自分が出せるからね。

非常に気楽なんですよ。


「は、はい。分かりました」


「以上の事を踏まえ、参謀達は突貫で悪いが準備を頼む。ただ、大雑把で良いぞ?用意する物資は少なくても構わん。足りない部分は現地で調達する予定だからな。ただし、荷台車は出来るだけ多く用意してくれ。それと酒井さんは、今回は待機と言う事で……」


「え?私は仲間外れ?」

その酒井さんは、玉座から俺を睨み付けた。


「連絡が取れないと、色々と困るでしょうに……」

俺は笑いながら言った。

もちろん、理由はそれだけではない。

俺の留守中に何か変事が起こった場合、黒兵衛では些か手に余るだろうし、何より徹底的にやると言った以上、今回はちょっと凄惨な現場が多そうですからね。

酒井さんも一応は女性だから、あまりそう言う光景は見せたくはないのですよ。

……

怒られそうだし。


その辺は酒井さんも理解しているのか、

「仕方が無いわねぇ……分かったわ」

素直に言う事を聞いてくれた。

「ただしシング。私がいないからって、親衛隊の女の子とかに変なちょっかいを出しちゃダメよ」


「は、はっはっは……何を言い出すのやら。我はその辺、身持ちが固い男ですぞ」


「どうだか。黒ちゃん、シングを見張っていてね」


「あ?それはエエけど……この残念魔王に、そない度胸はあらへんで」


その通りだ。

あまつさえ、今は二次元以外に興味が無いしな。

ある意味、可哀相な僕ちゃんなのだ。

「ははは……我の話は以上だ。各自、早速に準備に取り掛かれ。あぁ、それと帝国の間者も連れて行こう。我の戦いを見学させてやろうではないか」



親衛隊のティラは足早にエルフの王宮内を進んでいる。

目指すは玉座の間だ。

エリウより緊急の召集を受けたのだ。


このように朝早く、何事だろうか……

もしかして昨夜の事がエリウ様の耳に入ったのだろうか?


そう考えると、不安な気持ちになる。

しかしシングや酒井がエリウに何か言うワケがないと、ティラは確信を持って言えた。

そもそも記憶を消せ的な事を言ったのは酒井だ。


でも……もしかして、シング様の部屋にお邪魔するのを誰かに見られていたとか……

その可能性は高い。

緊張のあまり、辺りの警戒を怠ってしまったのかも……


だとしたら、非常に拙い事だ。

何も無かったとしても、エリウの怒りを買ってしまうだろう。


実は今回のこの大遠征に出立する前、エリウは親衛隊を集め、どこか難しい顔をしながら、

「この度の出撃は、少し長いものになるだろう。え、えと……それで、あれだ。お前達は女で、それに中々に器量が良い。だからその……シング様も男であるからにして、時には色々と……わ、分かるだろ?けど、シング様が誘ってきても、断りなさい。そして私に報告すること。これは命令だ。そ、それとシング様と二人っきりで話したりするのも禁止だ。わ、分かったわね」

等と言ったのだ。


正直な所、ティラにはエリウが何を言いたかったのか、あまり分からなかった。

今も良く分かっていない。

元々、過去の出来事から男性に対して若干の恐怖症があるし、何よりそのような経験が未だ無いのだ。

更に言えば恋愛経験すらない。

ただ、エリウが駄目と言ったのを破ってしまった。

その事がティラの心に重く圧し掛かる。


「でも、正直に喋るワケには行かないし……」

口の中で呟きながら、ティラは玉座の間の前で警護に当たっている近衛隊の者達に軽く会釈し、

「ティラ、参上しました。失礼します」

そう言って室内へと入る。

既に玉座にはエリウが座っており、その前に三名の者が膝を着いていた。

ティラは小走りで近付き、

「遅れました」

慌てて膝を着き、臣下の礼を取る。


「……構わぬ。いきなり呼んだのは私だ。全員、立つが良い」


エリウの言葉に、呼ばれた者達は立ち上がり、直立不動の姿勢を取った。


(な、なんだろう?エリウ様、何かちょっとお疲れなのかな?少し元気が無いような……)

玉座に座るエリウは、何時もの鎧兜を外し、簡素な衣服に身を包んでいた。

その所為もあるのだろうか、今日は覇気が余り感じられないし、どこか暗い雰囲気が漂っている。


ティラはチラリと、視線を横に動かす。

そこにいるのは、魔王軍本隊第二獣騎兵隊の隊長を務める隻眼のダークエルフ、ティムクルスだ。

閃槍の異名を持つ、魔王軍切っての槍の使い手だ。

ティムクルスもティラの視線に気付いたのか、軽く首を傾げる素振りを見せた。

どうやら彼女も、呼ばれた理由などは知らないらしい。


「あ~……実はな、今朝早くにな、シング様が私や幹部達をお呼びになったのだ」

エリウはちょっとだけ肩を落としながら、そう口を開いた。


『シング様』と言う言葉に、ティラは一瞬身を固くする。


「シング様は明日からウィルカルマースの第一軍と、魔王軍本隊や近衛隊に親衛隊、そこから選抜された者達を引き連れ、十日間ほどお出掛けになるそうだ。それで、その……選抜する隊にな、お前達を指名されたのだ」


せ、選抜?

指名って……え?シング様が私達を?

ティラは少し混乱する。

話が全く見えない。


「お、お待ちをエリウ様」

口を開いたのは近衛隊のエリート戦士であるディーバスだ。

灰色の髪を持つ偉丈夫である。

三分の一ほど、巨鬼系の血が入っていると言う噂のハーフエルフだ。


「誠に申し訳ないのですが……選抜隊とか我等を指名とか、少々意味が判りかねます。そもそもシング様は一体、何処へ出掛けると言うのですか?」


「あ、あぁ……そうかすまない。私も急な事で少し頭の中が混乱していてな。は、話の順序が違うな。うん」

エリウはそう言うと、呼吸を整え、頭の中で整理するようにゆっくりと口を開いた。

「シング様は、ゴミ処理をすると仰った。ベーザリアのゴミ……エルフを一掃すると」


その言葉に、その場にいる全員がハッと息を飲んだ。

ティラの心臓の鼓動も早くなる。


ベーザリアのゴミ……奴等をシング様が?

え?え?昨日の今日で、もうそこまで話が?

まだ数時間しか経ってないのに……


まさに迅速果断とはこの事だ。

ティラは音を立てずに唾を飲み込んだ。


「そこで先にも言ったが、千名程の選抜隊を作り、シング様が指揮をなされるそうだ。そこで先ず、お前達が指名されたのだ。シング様は、ベーザリアのエルフに対し思う所がある者を中心に選べと仰った。お前達は、エルフに対して何か思う所があるのか?」


「……い、些か」

ディーバスが俯きながらそう呟くと、その場にいる者、ペセルとティムクルスも小さく頷いた。

もちろん、ティラもだ。


「そ、そうか。わ、私はあまりそう言う事は知らなかったが……お前達、シング様と話をした事があるのか?」

エリウの問い掛けに、四人のエルフ系統の戦士達は互いに顔を見合わせる。


「ディーバスはどうだ?」


「は。某は近衛隊として、シング様の近くに居た事もありますが、殆ど命令等の伝達だけで……個人的な話などは一切……」


「私は遠くからは見た事はありますが、話をした事はありません。此方から気軽に話し掛けられる御方ではありませんし……」

と、ティムクルス。

ティラも心臓のドキドキが顔に出ないように、

「じ、自分は……先の訓練の時に少しお言葉を掛けられましたが、それ以外は……」

(ご、ごめんなさい、エリウ様)


「そうか……そうだな。何故かシング様は、私の知らない事をいっぱい知っているようでな。部隊の者達の事も詳しいし……」

エリウが少し落ち込んだ様に項垂れると、それまで殆ど喋らなかったハーフエルフのペセルが静かな声で、

「シング様は時折、お一人で様々な陣を訪れては下級兵士達に気さくに声を掛けられておられるようで……そこで色々とお話を聞いたのでしょう」


「そ、そうなのか?」


「はい。もっとも、声を掛けられた兵達は恐れ慄いていましたが……そう言えばこの間は、下級兵の着る粗末な鎧を身に着け、兵達と仕事したり供に昼食を摂ってる姿をお見掛けしました」


「一緒に仕事って……」


(シ、シング様が……あの偉大で恐ろしい魔王様が、雑兵に混じってそのような事を……)


「後でその兵達に話を聞いた所、シング様は貧乏魔族の三男坊で名前はシン・ノスケと名乗っておられたとの事でした。ただ……中にはシング様の正体に気付いたものの、言い出せなくてそのまま話を合わせていた者も何名かおりましたが」


「……そうか。道理で最近、会議にもお顔を出さないと思ったら、そのような遊びを……」


「エリウ様。遊びと仰られましたが、そのお言葉は些かどうかと。一つお尋ねしますが、エリウ様は下級兵士の名前を如何ほど知っておられるのでしょうか?我等お側に仕える者ではなく、また帷幄に居る者でもはなく、常に前線に立つ兵達の名前をです」


「そ、それは……」


「おそらくシング様は、既に千名以上の兵の名前を憶えておいででしょう。兵達と同じ目線に降り立ち、兵達の視線から様々な情報を得る。決して、玉座に座っているだけでは得られない情報をです。さすがは真なる魔王様と、私は感服いたしました」

ともすれば、現魔王エリウを暗に批判しているような言葉を、ペセルは淡々と述べる。


(ぺぺ、ペセルさん。相変わらず平然とキツイ言葉を……エリウ様がまた落ち込んでしまうじゃないですか……)


「そ、そうだな。うん……」

ティラの危惧した通り、エリウは更に首の角度が大きくなってしまった。


(あぁ、ほら……エリウ様は一度落ち込んじゃうと引き摺るって分かってるのに……ダメですよ、ペセルさん)


そんな年若い魔王を些か憐れんだのか、近衛隊のディーバスが少しワザとらしく咳き払いし、

「エリウ様のお話は分かりましたが、ベーザリアに関しては、ブリューネス王家のエルフに一任されている筈ですが……そちらの方はどうなっているのでしょうか?」


「シング様が一蹴なされた。エルフには別の仕事が与えられたが……そう言えば、第二王子のリーファルトは死んだぞ。愚かにもシング様のお言葉に異を唱えてな。その場で睨まれて死んだ」


「……なるほど。死にましたか。それでエリウ様、我々は何をすれば?」


「う、うむ。時間があまり無くてすまないが、選抜隊の面子を選んでくれ。シング様の仰った通り、ベーザリアに対し思う所がある者を中心にな。親衛隊と近衛から五十名ほど……残りは魔王軍本隊から選んでくれ」


「畏まりました」

ディーバスは深く一礼した。

それにティラ、ぺセル、ティムクルスも続いた。







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