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魔王城・一泊二食でこのお値段。ただいまキャンペーン中


 魔王エリウちゃんの城は、如何にも魔王の城、と言う感じであった。

ベースは人間世界で言う所の中世欧州の城に良く似ている。

もちろん小奇麗でメルヘンチックな、おとぎ話に出て来るようなザ・夢の城と言うわけではなく、前線地帯にあるような石造りの重厚で無骨なデザインの城だ。

簡単に言えば、本格的RPGに出てくるような城である。

そこにトゲトゲのスパイクやら何やらが過剰に装飾されており、遠目から見ると……良く言えば禍々しさを強調したダーティなデザイン。

悪く言えば新種のサボテンのようである。


うぅ~む、武器もそうだったけど、やはりこの世界は見た目が重視される文化が根付いているのかな?

巨大な門を潜り、そこから少し先へ進んだ城の中庭らしき場所で馬車を降りた俺は、建物を見上げながら独りフムフムと頷く。

肩に乗っている黒兵衛が、

「ホンマ、自分もさっき言うてたけど……慌しい一日やったな。吸血鬼を追って気付いたら異世界って……しかもお泊りは魔王の城やで」


「だろ?何か長い夢を見ているような気分だよ」

しかも少しだけ悪夢系だ。


「分かるわ。ここはちょっと幻想的な風景だしね」

と、もう片方の肩に乗っている酒井さん。


「丁度、黄昏時ですしねぇ」

夕闇の中、ポツポツと明かりが灯され始めている魔王の城と言うのは、確かに幻想的ではある。

「と言うか、久し振りに松明の明かりってのを見た気がしますよ。こんなに薄暗かったっけ?」

人間世界だと、24時間常時明るいしね。

それに音も……生活音が全く違うよ。

車の走る音も聞こえないし、当然テレビやゲームの音も。

何かこう、自然の音だけだと、ちょっぴり寂しい気分になっちゃうよね。

……

俺の住んでた世界もこうだった筈なんだけど……

それだけ人間世界の生活に順応していたのかな?


そんな事をぼんやり考えていると、ガチャガチャと甲高い金属音を響かせ、エリウちゃんが小走りに駆け寄って来た。

漆黒の全身鎧に悪魔を模したであろうデザインのフルフェイス兜を被っている。

ちなみにその鎧と兜は、先代魔王の遺物との事だった。

要は父の形見だ。

サイズが合わないのにどうやって器用に動いたりしているのかと尋ねたら、何でも魔力を使って動かしているそうだ。

いやぁ~……それはどうなんだろうねぇ?

確かに防御力は高そうだけど、そんな事に魔力のソースを割くぐらいなら、自分に動き易いよう鎧をカスタマイズすれば良いのに。

や、そもそもエリウちゃんの体躯からして、出来るだけ素のままの方が良いかも。

素早さに重点を置いた方が、戦闘力は上がると思うんじゃが……


ま、部外者の俺があれこれ言う事じゃないか。

それに親父さんの形見って話しだしね。


「シング様」

エリウちゃんが片膝を着き、臣下の礼を取った。

その辺に屯している部下らしき連中がビックリした顔をしている。


ま、そりゃ驚きもするわい。

何しろ自分達の主人、魔王様がいきなり頭を下げてるんだからね。

って言うか、俺自身もビックリだよ。

本当に何してんのこの

戦ってる時の凶暴さは何処へ消えた?


ま、参ったなぁ……

そんなに畏まっていては、これからやり難くなるでしょうが。

俺はあくまでもサポート役で、メインはエリウちゃんですよ?

部下を動かすのは君の役目。

俺は後ろに控えているだけ。

そのつもりだったのに……このままだと俺が先頭に立ってしまうではないか。

下手すりゃ、軍を指揮して下さい、とか言い出しかねんぞ。

それはちとマズイでしょう……

そもそも俺だってそんな経験は無いんだし。

や、帝王学の一環として戦略論とか戦術論は一応は習いましたよ?

けど、黒兵衛にすら将棋で負ける男なんですぞ?

リアルタイムSLGならそこそこ得意なんだけどなぁ……


「あ、あ~……それほど畏まるな」

俺は低く、威厳のある声を出しながら応対する。

「先も言ったが、この世界の魔王はお前だ。我の世界ではない故……あまりでしゃばるのはな」


「で、ですがシング様は、この世界の更に上位にある世界を統べる偉大なる魔王様であります。未熟な私が礼を尽くすのは当然の事かと」


あぅ…

上位の世界?

世界を統べる魔王?

って、誰が?

え?俺が?

おいおいおい、そこまで風呂敷を広げた憶えはないぞ?

何故か知らんが、エリウちゃんの中で俺の虚像が作られてないか?

しかも物凄く大きな虚像が。

耳元で黒兵衛と酒井さんが『うわぁ』とか言ってるし。


「よ、止せ。我と二人の時ならともかく、衆人環境の前では魔王として堂々としていろ。そもそも戦を前に、部下の前で主が頭を下げていたら士気にも関わるであろうが」


「な、なるほど……そうですね」

エリウちゃんはコクコクと頷き、ゆっくりと立ち上がるが、

「さすがシング様」

とか呟いているのが聞こえたりする。


いや、もう……本当に何でこんな事に?

態度が改まり過ぎでしょうが……

戦っていた時のように、もっとフランクに接して欲しいよ。

そもそも俺、誰かの上に立つとかそう言うのに慣れてないし……何か少し胃が痛くなってきたよ。

本当にどうしましょう?


と、テレパスを使って心の中で酒井さんに相談してみると、

『アンタが尊大な演技を続けているからでしょ。だからこの御嬢ちゃんは畏怖しちゃってるのよ』


あ、それが原因か。

だったらいつも通りに接すれば……


『それはダメ』

ピシャリとそう返してきた。

同じく黒兵衛も、

『そのまま続けろや』

とか言ってくる。


な、なんで?僕ちゃん、そろそろ演技に疲れて来たし……そもそも飽きて来たんだけど……


『いきなり元のアンタに戻ったら、気が触れたと思うわよ』


ふにゃ?

それは一体、どう言う意味で御座る?


『ともかく、その偉そうな演技を続けなさい。アンタが始めたことでしょ?だったら最後まで貫き通しなさいよ。ここまで来たらその方が都合が良いわ』


ぐぬぅ……分かりましたよぅ。

「あ~…ふむ、ここがお前の城か」


「は。シング様の住まわれているであろう宮殿に比べれば、みすぼらしく小さな城ではありますが……」


いやいやいや、何でそこまで卑下すんの?

充分、立派な城だよ?

ま、デザインは少々アレだとは思うけど……

俺の住んでた城と、それほど大差はないですよ?


「ふ……そこまで謙る必要は無い。むしろ己が城があると言う事に誇りを持て。我の世界には、城の無い国主などざらにいたしな」

これは事実だ。

都市型国家や特に争いの無い平和な国では、城を持つ意味があまり無かったしね。

ま、維持費の問題もあるし……

むしろ辺境の国ほど、城は大きかったと思うぞ。

それに種族によって、城とか街の定義も違ってくるからねぇ……

森妖精の国なんて木の上に宮殿が建ってるし、蟲系魔族なんか土の中に住処があったからな。

初めて見た時はアスレチック場かと思ったよ。


「あ、ありがとうございます」


「ふむ……では魔王エリウよ。早速で悪いが、夕食を馳走になるかな。我はこの世界の食事とやらに興味があるぞ」

よもや摩耶さんレベルの料理は出て来ないだろう。

もし出て来たら、断言しよう、俺は即座に演技を捨てて号泣するぞ。


「は。既に準備は整っております」


「うむ。後は酒と女と金と名誉も用意してくれよ」


「……は?」


「欲張りか」

と、黒兵衛が俺の頬を前足で叩いてきた。

うむ。ナイス突っ込み、ありがとう。

いや、もう本当に……冗談の一つも言えなくて、ちょっとストレスが溜まってるんですよ僕チン。


「ふふふ、冗談だ」

俺は困惑しているエリウちゃんを見上げる。

鎧を装着している魔王は、俺より頭三つ分ぐらい高いのだ。

「それより四貴魔将……とか言ったか?魔王軍の幹部とやらだ。そいつ等はいつやって来るのだ?」


「は。早急に参上せよと命を発しましたので……あ、明日の昼頃にはと」


「そうか。ふふふ……どのような輩か、少し楽しみだな」


「あ、あの……シング様」

エリウちゃんはグッと腰を屈めると、辺りの兵士達に聞こえぬよう小さな声で、

「その……本当に四貴魔将の中に、裏切り者がいるのでしょうか?」


「確証は無いが、状況的には怪しむ点が多々ある」


「で、ですが……その……四貴魔将は父…先代魔王に良く仕えてくれましたし、何より魔王亡き後に軍が瓦解しなかったのは、偏に彼等の尽力の賜物で……」


軍の瓦解を防いだねぇ……ふ~ん。

「お前は本当に、甘い上に素直な性格をしているな」

とてもファンタジィ世界の魔王には思えないね。

「若くして跡を継いだ者は、普通なら先代からの重臣連中をとかく煙たがるものなのだが……ふふ、まぁ良い。連中の顔を見れば、その心の内など手に取るように分かるわ」

んなワケはないけどな。


しかしまぁ、本当にエリウちゃんは甘いよねぇ……

魔王なのに根が純真なのかな?

大切に育てられたのか、ちょっとだけ摩耶さんに似ているよ。

けど、四貴魔将かぁ……どう対処しようかねぇ。


実は馬車の中で、酒井さんや黒兵衛と色々と話をしていたんじゃが……

ぶっちゃけ、先代魔王も姦計に嵌められて殺されたんじゃないか、と言う話も出たんだよね。

勇者と相打ちで死んだと聞いたけど、そこまでの展開に色々と疑問が残るんですよ。

だってゲームなら、中ボス的立場として先ずは四貴魔将とやらが勇者の前に立ちはだかるのが普通じゃね?

そしてその後でラスボス魔王戦と……そう言う流れが一般的じゃないか?

もちろん、ゲームとリアルを一緒に考えるのは大間違いなのだが、ならば四貴魔将は先代勇者と何故戦わなかった?

そして軍の瓦解を防いだって……もしかして魔王が死ぬ事を予見していたんじゃないか?

ま、少々考え過ぎな気がしないではないが。

四貴魔将とやらがそれだけ優秀なのかも知れないしね。

……

優秀なら優秀で、どうして勇者を止める事が出来なかったのか等の疑問も出て来ちゃうが……ま、ともかく明日だ。

僕ちゃん的には後顧の憂いをなくすと言う意味でも、四匹纏めて処分したいのだけど、そうすると軍を誰が指揮するとかの問題も出て来るし……うん、中々に難しいね。

それにまぁ、奴等の主人は魔王エリウちゃんだ。

俺ではない。

彼女がどう判断するか、ちと見物でもある。

酒井さんがしょっちゅう『摩耶には良い経験よ』とか口癖のように言ってるけど、これもエリウちゃんには良い経験かもね。


四貴魔将とやらが、見える形で反旗を翻してくれたら楽なんだけどなぁ……

正直、摩耶さん達を見つけて人間界に帰るまでに、何とか彼女を一人前の魔王にしたいよ。

その為には、俺のように部下にクーデターを起こされたりしないよう、身辺をある程度は綺麗にしておいてやらないとね。



漆黒の闇に閉ざされた森の中を走る一台の馬車。

馬車とは言っても牽いているのは普通の馬ではない。

人の胴回り程はあるであろう太く強靭な足を8本揃えたデザトガウルと呼ばれる魔獣だ。

人間世界では、神話やファンタジィ小説等でスレイブニルと言う名で呼ばれている。

その屈強な魔獣が牽く馬車に乗っているのは男と女。

もちろんどちらも人ではない。

女の方は四貴魔将が一柱、焔の女王ビュルガトワールの異名で恐れられるファイパネラ。

燃えるような赤く長い髪と背中に生えた灼熱色に輝く羽根が特徴的な精霊系魔族で、この馬車の持ち主でもある。

そして彼女の対面に座るのは、同じく四貴魔将が一柱、ウィルカルマース。

少し青み掛った長い白髪を後ろで束ねている男だ。

簡素な長衣に身を包んだ彼は、一見すると生れ付き体の弱そうな貴公子と言った様ではあるが、無論そんなことは無く、れっきとした魔族だ。

彼が腕を軽く振るうだけで、その辺の亜人どもは瞬く間に身体を切り裂かれるであろう。


そんな魔王軍の最高幹部二人の間に、久し振りの再会を祝う戦友の雰囲気はない。

どこか緊張にも似た張り詰めた空気が流れている。

その空気を最初に切り裂いたのは、ウィルカルマースであった。

彼は落ち着いた物静かな声で、

「すみませんね、ファイパネラさん。同乗させてもらって」


「構わないさ」

軽く口角を吊り上げ、ファイパネラは笑みを以って答える。

もちろんその心中は違う。

(さて、今日は何を探りに来たのかねぇ……ま、分かってはいるけどさ)


「しかしあのお嬢ちゃんも偉くなったねぇ。私達を招集するなんて。しかもすぐに来いってさ」

ファイパネラがそう言うと、ウィルカルマースは細い眉を軽く持ち上げた。

そしてどこか咎める口調で、

「おやおや、魔王をお嬢ちゃん呼ばわりとは……それは粛清の対象になりますよ」


「そうかい?そう言うアンタも、敬称を付けずに魔王と呼び捨てだよ」


互いの視線が宙で交わる。

微かに殺気すら孕んでいる視線だ。


(はぁ~…相変わらず回りくどい男だねぇ)


ウィルカルマースは四貴魔将の中で一番知恵の回る男である。

その事はファイパネラも重々承知している。

特に謀略面では、彼女自身も眉間に皺を寄せ舌を巻くほどだ。


「そう言えばファイパネラさん、聞きましたか?魔王が勇者に襲われたと言う話を」


(ふん、やっぱりその話か。最初から言えば良いのに)

「あぁ、聞いたよ。急な召集はそれについての話だろ?」


「おそらくは。しかし……ファイパネラさん、今回は少し事を急ぎ過ぎましたね?」


ウィルカルマースの冷たい眼差しがファイパネラを射抜く。

しかしながら彼女の瞳に動揺の色は無かった。

何故なら最初から分かっていた事だからだ。

ウィルカルマースなら全てを見抜いていると。

だから彼女は薄い笑みを浮かべながら口を開く。

「アンタが悠長なんだよ。アルガスを始末してから後何年待つ気だったんだい?」


「……これはこれは」


「ま、今回は確かに急ぎ過ぎたけどさぁ……全部が失敗じゃないさ。アンタの計画を台無しに出来たんだしさ。ま、タイミングを掴むのに五年も掛るとは思わなかったけどね」


「……」


互いの視線が再び音も無く交わる。

ファイパネラもウィルカルマースも、その目指す先、目標とする頂は同じであった。

だが、その頂に同時に並び立つ事は出来ない。

どちらか片方だけだ。

だから互いに牽制し合い、そこに辿り着くまでのルートを日々模索しているのだ。


「ふふ、ファイパネラさんは本当に恐ろしいひとですね。私は考え抜いて行動するのに、貴方は直感で動く。しかもその殆どが良き結果に終わると……長考している私がまるで馬鹿みたいじゃないですか」


「良く言うよ」

ファイパネラは小さく鼻を鳴らす。

本心ではないと言え、ちょっと褒められたので気分が良い。

「さて…」

彼女はおもむろに足を組み、背もたれに深く身体を預けた。

そしてウィルカルマースを見据えると

「そろそろ腹の探り合いは止めて、少し本音で話そうじゃないか。回りくどいのは嫌いなんだよ」


「本当に相変わらずですね」

ウィルカルマースは項垂れ、少し大きな溜息を吐いた。


熟考を重ねて動く彼にとって、物事を直感で進めるファイパネラは苦手の対象であった。

なまじ知恵のある者より、行動力のある愚者の方が遥かに面倒な相手だ。

しかもファイパネラは、知恵は無いが馬鹿では決して無い。

ぶっきらぼうに思えて、意外に交渉ごとも得意だ。

それにその直感力に裏づけされた洞察力は、時に過程を無視して真実へと辿り着く。

実に厄介極まりない。


「今回の件で、二つの事が分かりました」

ウィルカルマースは顔を上げ、目を細めなら言う。

「一つは、魔王の力が勇者を上回っていること。そしてもう一つは、私達四貴魔将を信用していないと言う事です。急な召集が、それを如実に物語っていますね」


「あの嬢ちゃんがねぇ……けど、それが何だってんだい?実質的に軍権を握っているのはこっちだよ。あの嬢ちゃんが私等を疑っていても、何も出来やしないさ。それに本当に勇者を破ったのかい?実は逃げ出しただけとか……いや、勇者が物凄く弱かったって可能性もあるかもね」


ファイパネラとしては、その可能性が一番高いと思っていた。

現勇者は、魔王同様、先代の跡を何の苦労も無く継いだ者だ。

武勇に優れている等の話も聞いた覚えがない。

(魔王はお嬢ちゃんで、勇者はお坊ちゃんって事だね。ふん、下らないねぇ)


「確かにその可能性もありますね。ただ、詳しい情報が入っていませんから今の所は何とも……しかしもし仮に、魔王の力が私達の力を上回っていたとしたら……これは少し考える必要がありますね」


「……そうだね。いっその事、軍を率いてそのまま……」


「それはさすがに……」

ウィルカルマースが苦笑を溢す。

それに釣られて、ファイパネラも笑みを浮かべた。

「冗談だよ。私だってそこまで馬鹿じゃないさ」


「もちろん、分かってますよ。もし貴方が本気で言ってたとしたら、疾うの昔に私は魔王でしたよ」








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