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降臨せし、最強の者(住所不定無職)


 その名すら疾うの昔に忘れ去られた古代の神々を祀る遺跡からさほど離れていない山の麓で、勇者オーティスは泣き腫らした後の赤く充血した瞳で、燃え盛る炎を見つめていた。

炎の中には長老と呼ばれていた稀代の魔術師、ギルメスの遺体。

先代の勇者、オーティスの父グロウティスのパーティーの一員だった人物だ。

大酒呑みで気難しく、少し頑固で偏屈な所があるギルメスは、オーティスにとってはちょっと苦手な爺さんでもあった。

しかしその豊富な知識や経験は、若い彼には助けになった。

事実、それで幾度も助けられた。

今回の魔王討伐も、ギルメスの先導によって敵の監視を潜り抜け、殆ど奇襲に近い形で挑む事が出来たのだ。


そしてもう一人、オーティスにとっては掛け替えのない存在である人物が、炎の中に居る。

治癒師のフィリーナだ。

彼女はオーティスの幼馴染で、まるで兄妹のように共に育った。

幼き頃から彼の傍には常に彼女が居た。

それが当たり前の日常だった。

そしてそれは、これから先も続く予定だった。

何の疑問も持たず、そう信じていた。

事実、後一歩で魔王を倒せる事が出来たのだ。

そうすれば生まれ故郷に帰り、またフィリーナと同じ毎日を、代わり映えのしない退屈だけど平和な日常を供に過ごして……

しかしそれは呆けなく終わった。

何の予兆もなく、彼の日常は唐突に終わってしまったのだ。


オーティスは炎から目を逸らし、後ろを振り返る。

生き残った皆が、それぞれ去来する想いを胸に炎を見つめていた。

ギルメスと同じく、先代勇者のパーティーの一員であった森妖精族のリーネア。

オーティスにとっては姉のような存在である彼女は、唇を噛み締め炎を睨みつけていた。

二刀を操る剣士ヤマダは目を閉じ、静かに黙祷を捧げている。

ちなみに彼もまた、オーティスの父のパーティーに属していた。

そしてその隣には、大泣きしているクバルトと、気難しい顔で頭を掻いているシルク。

山岳地帯に住むウォーガルと呼ばれる巨鬼系の種族と、敏捷性に優れたオセ・ホビット族の探索者レンジャーだ。

両者ともシングの魔法で死んだのだが、オーティスの復活魔法で蘇ったのだ。


オーティスは勇者と言う特殊な職業クラスを持っている。

故に神官の使う蘇生系魔法や魔術師の使う高位の攻撃魔法も使える。

もちろん、それに特化した者達には劣るが、それでも各魔法系統を満遍なく扱えると言う汎用性は、戦闘においてはかなりの強みだ。


(何でだよ…)

オーティスは唇を噛み締め、もう一度、燃え盛る炎を見つめる。

(クバルトとシルクは蘇ったのに…)


フィリーナとギルメスは蘇生できなかった。

いや、蘇る事は出来たのだが、直ぐにフィリーナは屍食鬼グールに、ギルメスは動死体ゾンビとなってしまうのだ。

それがオーティスには理解できない。

呪いであれ病気や毒であれ、死ねばそれ等の状態異常はリセットされる。

それが世の理の筈だ。

なのにあの男、シングと言う男の放った魔法は、死後もその状態が続いている。

有り得ない。

まるで世界のルールから逸脱したかのような魔法だ。


もちろん、オーティスは何度も試した。

何かの間違いだと思い、その都度試してみた。

復活魔法を掛け、そして忸怩たる思いで殺し、また復活魔法を掛ける。

己のMPが尽きれば回復薬を使い、そしてまた魔法を掛ける。

何度同じ事を繰り返したか……

ようやくに彼が諦めたのは、回復薬のリソースが尽きたからだ。

持っていれば、まだまだ続けていたであろう。


(フィリーナはもう二度と蘇らない……)

その現実が、オーティスの心を大きく切り裂く。

父が死んだ時以上の衝撃で、心が壊れそうになる。

独りになりたい。

独りで静かに、フィリーナとの思い出に浸かっていたい。

しかし勇者としての矜持、自負、宿命、それらが彼に休息を与えてはくれない。


勇者とは世界でたった一人だけが持つ事が出来る特殊なクラスだ。

辛く困難な道であっても、決して挫ける事は許されない。

常に前を見て歩き続けなければならない。

例えそれが味方の屍の上でも。

そうギルメスは酒を呑む度、若いオーティスに絡みながら良く語ってくれていた。


(分かってる。分かってるよ、長老)

オーティスは深く長い溜息を一つ吐くと、拳を硬く握り締めて生き残った仲間達を見つめる。

「みんなに……一つ聞きたい。今のままで、俺達はあの男に勝てると思うか?」


返答は無かった。

だがオーティスは落胆しない。

最初から分かっていた答えだったからだ。


「俺達では……アイツには勝てないか」


「……勝つとか負けるとかのレベルの話じゃないわ」

エルフ族のリーネアが、夜の帳が降り始めた空を見上げ、呟くように答えた。

見た目は若い女性だが、年齢は良く分からない。

オーティスが幼い頃から彼女の容姿は何一つ変わってないのだから。

「力の差が有り過ぎる。いえ、差があると言うより、桁そのものが違うわ。それも一つ二つの桁じゃなくてね」


「……そうだな」

オーティスは綺麗に折られた自分の剣を見つめ、奥歯を噛み締める。


聖剣ルイルシベール……

亡き父が使っていた勇者の剣、グラリオルスを上回るこの世界最強の剣。

大いなる力を秘めた神秘の剣。

この剣を手に入れる為に、どれだけ困難な冒険をして来た事か……

何度も死に掛けた事があった。

地下迷宮で迷った事もあった。

パーティー瓦解の危機にも直面した。

そうした艱難辛苦を乗り越え、やっと手に入れた剣が、いとも容易く叩き切られた。

あの男の持っていた細長い棒切れのような剣で。


「……あの男は、全く本気を出していなかった」

そう口を開いたのは剣士ヤマダだ。

オーティスに剣の使い方を教えた師匠でもある。

剣技に限って言えば、父よりも上だ。


「そうだな。しかも遊んですらもいなかった。……アイツは軽く剣を振っただけだ」

自分と退治した時の奴の目が、オーティスの脳裏にこびり付いている。

奴は目元に薄い笑みを浮かべていたのだ。

肉食獣が手慰みに小動物を甚振る時のような目で、勇者と呼ばれる自分を見ていたのだ。


(そう言えば奴の肩に乗っていた猫と不気味な人形も……)

あの二人、いや一匹と一体はまた違った目で自分を見ていた。

あれは憐憫の眼差しだ。

個としては世界最強の自分を、哀れみの瞳で見つめていたのだ。

まるで道端に座る物乞いを見るように。


「お、おいおい。遊んですらいないって……それは本当か?」

太い腕で無造作に涙を拭いながら、クバルト。

その横にいる小柄なシルクが、肩を竦めながら、

「本気を出してないって、おいらの奇襲攻撃が二度も破られたのにか?おいら達が戦っていた魔王だって、蹴り一発で吹っ飛んだんだぜ?それでも本気じゃないって……」


「いや、ヤマダの言う通り、奴は全く本気じゃなかった。奴がもし本気だったら、俺達は一呼吸する間も無く死んでいただろう」

認めたくはないが、それが事実だ。

正直、奴の力の底が全く見えない。

そもそもどうして自分やヤマダ、リーネアだけは生き残ったのか……それが分からない。

何しろ生きていること自体、有り得ない奇跡なのだから。


「俺は……情けない話だけど、生まれて初めて心の底から恐怖を感じた」

オーティスは恐怖で膝が震えた時の事を思い出す。


あの男と対峙した時、全身が瘧のように震えた。

今まで幾度となく強敵と対峙して来た。

人喰いの化け物と何度も渡り合った。

悪魔やアンデッドとも戦った。

だが勇者と言う職業が持つ特性なのか、恐怖を感じる事はあまりなかった。

それが普通の人間のような姿をしたあの男を相手にした瞬間、足の先から脳天に掛けて、恐怖が駆け抜けたのだ。

動けたのは勇者としてのスキルで恐怖心を幾分か和らげる事が出来たのと、後は単に運が良かったからだ。


(いや、本当にそうか?もしかしてアイツは動けない相手を甚振ってもつまらないと思って……)


「あの恐怖は私も感じた」

ヤマダがそう言って、静かに目を閉じる。

「あの男から立ち上る瘴気に、恐れを抱いてしまった」


「あれって魔法とかじゃないの?おいらもビビったけど、てっきり何かの魔法だと……」

そうシルクが言うと、リーネアは首を軽く振り、

「魔法の反応は感じなかったわ。あれは単に、抑えていた力を解放したとか……少しだけ気合を入れただけだと思うわ」


「そんなんで全員ビビったのかよ…」

憮然とした表情でシルクは腕を組んで唸る。

「そもそもアイツは一体、何者なんだ?クバルト、分かるかい?」


「魔王とか言っていたぞ」


「いや、それはない」

オーティスは即座に首を横に振る。

「俺達が戦っていた黒い鎧……あれが魔王だ。そうだろリーネア?」


「そうね。あの鎧には見覚えがあるわ」


「……ダグサンバールの鎧」

ヤマダが呟くように言った。

「先の魔王、アルガスが着用していた鎧だ」


「じゃあ何でアイツは自分の事を魔王だなんて言ったんだい?クバルト、分かるかい?」


「お前、からかっているだろ?」

クバルトは小さなシルクの頭を鷲掴む。

いつもの陽気な二人だ。


「けどさ、本当に何で魔王だなんて言ったんだろ?何か意味があるのか?あと、ちょっと痛いよクバルト。離せ」


シルクの疑問は最もだ。

しかしオーティスも正直、良く分からない。

「ともかく……俺達の力ではアイツを倒せない。この先どれだけ自分達の力を高めてもだ」

オーティスはそこで言葉を区切り、皆を見渡す。

リーネアは頷き、クバルトは顔を顰めていた。

シルクは憮然としている。

ただ一人、ヤマダだけは無表情だ。

「けど、奴は言っていた。自分を倒せるのは『神の御使い』だけだと」


「ん~……俺とクバルトは死んでたから良く分からないんだけどさぁ……その神の御使いって何者だい?本当に神の元から降りて来た連中がいるのかい?」


「……分からない。奴が突然現れたのと同じように、世界のどこかに現れたのかも」


「じゃあアイツはその連中を追って来たって事かい?」


「逆かも。アイツを追って、神の御使いが降りて来たのかも知れない」

オーティスはそう言って、気合を入れる為に自分の頬を両の手で挟み込むようにして叩いた。

「ともかく、俺達の目的は神の御使いと呼ばれる者達を探し出す事だ」


「雲を掴むような話だなぁ……世界は広いよ?」


「シルクを頼りにしているよ。情報収集は得意だろ?」


「……まぁね」

シルクはどこか苦笑交じりの笑みを浮かべるが、不意にその視線が横を向いた。

オーティスもそれに釣られて視線を動かすと

「なんだ?」

木陰から見慣れぬ生物が顔を覗かせていた。

掌に乗る程度の、小さな動物だ。


み、見た事のない動物だな。

危険な動物ではない、と言うのは一目で分かるけど……


「あら可愛いわね」

とリーネア。

「テーバイネス……いえ、フェウバリスの子供かしら?何かちょっと違うみたいだけど……」


その妙に細長く、柔らかそうな毛で覆われている小さな動物が、ゆっくりと辺りを窺うようにしてオーティスの元へと近付いて来た。

何とはなしに彼はその場に屈み、差し出すように手を伸ばす。


「……お、随分と人懐っこいな」

自分の出した手に、何の警戒もなく、そのままちょこんと乗って来た。

見た目どおり、フワフワとした毛が気持ち良い。

「この辺りだけの動物かな?」

その小動物が身体を伸ばし、オーティスを見つめている。

小さな耳がピクピクと動いていた。


……フィリーナの耳に良く似てる……いや、そっくりだよ。

オーティスは優しい笑みを浮かべ、その動物の頭を指先で優しく撫でると、小さな声でそれは鳴いた。

嬉しそうな鳴き声だ。

「本当に……可愛いなコイツ」

そう呟くオーティスの目に、また涙が浮かぶ。

「ふふ、誰かに飼われていたのかい?」


リーネアとシルク、そしてクバルトがオーティスの元へ集まり、首を伸ばしてその小動物を眺めている。

そしてその光景をただ一人、剣士ヤマダだけはどこか醒めた表情で見つめていたのであった。



「あ~……何か本当に慌しい一日だったなぁ。朝から吸血鬼に聖騎士、そして馬鹿勇者と……さすがに疲れたよ。そろそろ腹も減ったし」

と、馬車の中でちょっぴり愚痴る僕チン。


俺達は今、娘魔王ことエリウちゃんの居城に向かって馬車を走らせていた。

てっきり本拠地まで転移魔法でも使うのかと思っていたのだが、エリウちゃん曰く、転移の魔法は魔法陣と古代魔法を組み併せて云々……ま、要は非常に手間が掛かると言う話だ。


いやいや、罠系の転移魔法ならともかく、目的地までの単純転移魔法で魔法陣とか使うって……

そんな事を呟くと、エりウちゃんは非常に恐縮していた。

ちなみに彼女は今、別の馬車に乗っている。

ここにいるのは俺と酒井さん、黒兵衛だけだ。


「しっかし色々とありましたけど、寝床も確保できたし飯もある。幸先の良いスタートですな」


「アンタって本当に呑気ねぇ」

俺の膝の上に乗っている酒井さんが、そう言って溜息を吐いた。


「いやいや、活動拠点が出来たってのは、かなり重要なことですよ」


「せやけど自分、あれやで」

と、俺の脇で寝そべっている黒兵衛。

「何や微妙に、最初に言ってた作戦と違ってるやないけ。あの魔王をコキ使って、世界中のヘイトを集めさせようって話やったのに、何や……目指せ世界征服、みたいなノリに変わってるやないけ」


「そ、そうか?いや、う~ん……少しはそうなのかなぁ?でもさ、何となく……分かるだろ?」


「……せやな。あの姉ちゃん、まんま自分やもんな」


「まぁ……ねぇ」


「アンタは基本的に優しいのよ。でもねシング、本来の目的を忘れちゃダメよ」


「わ、分かってますよ酒井さん。摩耶さん達を可及的速やかに且つ、無事に保護しますです」


「分かってるのなら良いけど…」

その酒井さんが片耳に手を当て、急に押し黙ってしまった。


「ど、どうしました?」


「シッ。今、管狐から情報が入った所よ」


「ほほぅ…」

俺は黒兵衛と顔を見合わせる。


情報が入ったと言う事は、上手く勇者パーティーに潜り込む事が出来たって事かな?

ま、あの人畜無害な容姿なら容易い事だろう。

魅力値も高そうだし。

もし仮にあれが管狐じゃなく黒兵衛だったら……

腹いせに八つ裂きにされていたんじゃないか?


「あ?何や?何でワテ見て笑とるねん?」


「や、別に……それで酒井さん、何か情報は?」


「パーティーへの潜入は成功よ。勇者に早速名前まで付けてもらったみたい。フィリーナって言うらしいわ」


「フィリーナ?はて、どこかで聞いたような……」


「確か……アンタが殺したケモノ耳の少女がそんな名前だったような覚えがあるけど……」


「あ、あ~あ~……確か治癒師の嬢ちゃんがそんな名前でしたな。ってか、別に殺してないですよ?一時的に屍食鬼グールにしてやっただけです。24時間経てば魔法は自動的に解除されます」


「そうなの?」


「そうですよ。学校で禁止になった悪戯魔法の一つですから。ま、悪戯にしてはちょいと過激なんですけど」

そもそも魔法じゃなくて呪いの類だけどな。


「でも、その娘の名前を付けるって事は……」


「多分、間違えて殺しちゃったんですね。ありゃまぁ、ですな」

そもそも学校で禁呪に指定された理由が、ズバリそれだしな。

拘束してそのまま放置しておけば良いのに、馬鹿だねぇ……

未知の呪いや魔法を受けたら、先ずは魔法構成探知とかステータス探査の情報確認魔法で、どんな魔法か確かめるのが常識なのにね。


「けどさ、死んだパーティーメンバーの名前を付けるって……まさかケモ耳が似ていたからか?ぷぷ、笑ってしまうではないか。勇者の癖にどんだけメンタルが弱いんだよ。ぷひひひ」


「アンタねぇ…」

「あまり可哀相な事を言うたるなや。ホンマにコイツは……」


「何を言うか黒兵衛。例えばもしお前が死んだ後、俺が猫を拾ってそいつに黒兵衛って名を付けたらどう思う?」


「気持ち悪いこと言うなや」


「だろ?気色悪ぃだろ?ま、普通の野郎ならともかく、勇者のすることじゃねぇーよなぁ……きっとあの勇者、ネーム設定が出来るゲームとかやると、ヒロインに自分の初恋の女の子の名前とか付けちゃうんだぜ?少しおっかねぇよ」


「ま、少しは分かるけど、あんまそないな事言うたるな。そのうち自分、誰かに刺されるで?」


「大丈夫。奇襲察知とか物理耐性のスキルやアビリティがあるから」

ってか、今言ってて気付いたんだけど、クーデター時に暗殺とかされなかったのは、俺が色々なスキルを持っていたからじゃないのか?

「しかし、そんな名前まで付けて貰ったって事は大成功って事ですよね。あの勇者の事ですから、その内『なぁフィリーナ。聞いてくれよぅ』とか動物相手に愚痴とか溢し始めますよ。大笑いですよ。どんな情報を喋ってくれるのやら……今からちょっと楽しみですな」











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