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そうでガンス


 しかし心配だなぁ……

と思いつつ、翌日から早速に探索を開始。

摩耶さんを囮に吸血鬼を誘き出すと言う、実に単純な作戦だ。

もちろん、摩耶さんに吸血鬼のことは伝えてある。

但し、血を吸われた魔女達が惨殺されたって事は秘密だ。

それはどうして、と俺が酒井さんに尋ねたら、

「激憤に駆られて摩耶が暴走したら拙いでしょ?だからヴァンパイアが魔女を襲って血を吸っている、と言う最低限の情報しか与えてないのよ。言い方はちょっと悪いけど、今回は摩耶は囮。要は餌よ。餌は余計な先入観を持たなくて良いの。変に怯えたり逆に興奮してたりしたら、相手を警戒させるだけだしね」


なるほどねぇ……

摩耶さんには申し訳ないが、酒井さんの言う事は最もだ。

何しろ魔女の殺され方からして、この事件にはまだまだ裏がありそうだからね。

ここは出来るだけ慎重に行動しないと。


俺は独り小さく頷き、前を歩く摩耶さんと黒兵衛を見つめる。

摩耶さんはいつもの魔女衣装で、その肩には黒兵衛。

いつも通りだ。

そしてその後ろを歩くは、白衣姿の芹沢博士と、メイド服にバックパックと言う出で立ちのラピス。

誕生してからそれほど日数の経っていないラピスはお出掛けが楽しいのか、あっちへフラフラ、こっちへフラフラしているが、その度に博士に首根っこを掴まれている。

中々に微笑ましい光景だ。


しかし博士の白衣姿も中々に謎だが、ラピスの背負ってるバックパックは……

博士曰く、荷物入れ兼攻撃用モジュールだとの事だが、ぶっちゃけただの赤いランドセルに見える。

ラピスの容姿と相俟ってか、無茶苦茶にピッタリ、ジャストフィットだ。

何の違和感も無い。

メイド服の童女に赤いランドセル……

博士のちょっぴりアレな性癖、まさに大暴走中と言った様である。


そしてその4人からちょいと離れた所を、俺と俺の肩に乗った酒井さん。

コソコソと尾行しているかのように歩いている。

俺と酒井さんが付いて来ているという事は、実は摩耶さんにだけは秘密にしてある。

俺と酒井さんは別角度からヴァンパイアの痕跡を辿ってみるとか何とか、代わりに芹沢博士とラピスを護衛に付けようと言う話の流れなのだ。

摩耶さんは物凄く不満そうな顔をしていたが……ま、これも作戦の内なのだ。

ちなみに俺達は、不可視の効果に良く似た術札を貼ってあるので、第三者からは見られない。

ただ、件の吸血族に対して効果があるのかどうかは定かではないが……


「しかしまぁ、何と言うか……平和ですなぁ」

俺達は今、郊外の田園地帯……といえば聞こえは良いが、単なるド田舎を散策している。

電車も無人駅だし。

しかもまだ昼前だ。

「とてもじゃないけど、吸血族……ヴァンパイアとやらが現れる雰囲気じゃないですねぇ」

まるで低予算の旅番組のようだ。


「私もそう思うけど、何事もやってみなくちゃね」

と酒井さん。

「アルの話だと、この近辺で襲われた魔女は分かってるだけでも3人。ま、何でこんな所に魔女がって、ちょっと疑問なんだけど……何か情報を掴んだのかしら?ちなみに遭遇した時刻は皆バラバラなのよ」


「ヴァンパイアはこの辺りを根城にしているのかな?ま、人も少なくて静かだし……身を潜めるには最適か。しかし日光に弱いとか、何でそんな大嘘が罷り通っているんですかねぇ?」

俺の友人の吸血族は、爽やかに日焼けしておったぞ。


「宗教的な教えが基本よ。それと人間は本能的に闇を恐れるからね。今はそれほどでもないけど、電気の無かった時代は、夜そのものが恐怖の対象だったのよ」


「夜が?僕チン、夜とか好きなんだけど……静かだし、アニメも放映するしね」


「人間がまだ猿だった頃の記憶の名残……ま、本能的なモノよ。夜は肉食動物の活動時間ですからね。その頃の恐怖体験が、脳の奥に残っているのよ」


「ほほぅ…」


「だから夜はイコール恐怖。つまり未知のモノへの恐怖イコール夜イコール太陽に弱い、なのよ」


「なるほどね。それでヴァンパイアは日光に弱いと決め付けて……ん~何だかねぇ。だったらニンニクとか十字架は?」


「ニンニクは単なる魔除けの信仰。十字架は、それこそ教会勢力のでっち上げ。そんな所よ」

酒井さんはそう言って、少し鼻を鳴らしながら辺りを見渡し、

「けど、本当にシングの言う通り、ヴァンパイアが出て来るような気配は無いわね。長閑過ぎるわ」


「ですね。雲一つ無い晴天ですよ。テレビで観た、ローカル線の旅みたいですよ。実に平和的で、小鳥も囀りながら飛んでるし……あ、トンボも飛んでるぅ♪何トンボじゃろ?」


「何でトンボで目を煌かせるのよ。本当に子供なんだから……」


「いやいや、この世界の虫は、なんちゅうか殆ど害が無いですからねぇ」


「アンタの世界は違うのね?」


「どちらかと言うと、害の方が大きいですよ。蟲系魔族はともかく、蟲系モンスターもいますし、普通の蟲だって、大きいわ強いわ……トンボに似た虫だっていますけど、体長は1メートルぐらいありますよ。この世界の古代種並です。確か石炭紀とか言いましたか?この間ドキュメンタリー番組で観ました。あ、もちろん小さな虫もいますけどね」


「……大きなゴキブリは?」


「いますよ。赤ちゃんならその背中に乗れるかも……ま、その前に喰い殺されますが」


「シングの世界には絶対に行きたくないわ」

酒井さんは眉を顰めながら軽く肩を震わす。

そして何時もの様に俺の耳朶を軽く引っ張ると、

「ん?見てシング。どうやら道を変えるみたいよ」


「ふにゃ?」

前を歩く二人と一体と一匹を見やると、黒兵衛が先導し、山間部方面への道へと入って行く所だった。

ふむ…

色々と尋ねたい事もあるが、現在、敵及び摩耶さんに感付かれないようにテレパス能力等を封じている状態なので、俺と酒井さんは前を歩く者達の行動を見て、状況を察するしかないのだ。

「このまま歩いても埒が明かないと判断したんでしょうかねぇ?」


「黒ちゃんが先導してるって事は、何か探知したのかも。シングは何か感じた?」


「や、逆探知を警戒して、殆どのスキルは切ってあるので、特に何も……けど、大丈夫ッスかねぇ?」


「敵の罠があるかもってこと?」


「いえ、そうじゃなくて……今日、夜まで探索して、敵が現れなかったらまた明日でしょ?」


「そうよ?それがなに?」


「いやぁ~……ラピスや黒兵衛はともかく、摩耶さんや博士の体力が持つかなぁ、と」

俺がそう言うと、肩に乗っている酒井さんは「あ~……」と少し大きな声を上げ、

「そうね。それは少し失念してたわ」


「摩耶さんは基本的に体力が少ないですし、博士もデスクワークの人ですからね。山道は結構、厳しいのではないでしょうか」


「シングは大丈夫なの?」


「いざとなれば疲労回復の魔法を使えますからね。この魔法があるから、徹夜でゲームが出来るんですよぅ」


「しょーもない事に魔力を使ってるんじゃないわよ」


「しかし実際、体力的な事も考えないと……何か回復的な魔法とかは?」


「魔法は難しいわね。怪我は治せるけど、疲労の回復は……生命力を戻すのとは少し違うわ。疲労を軽減する符札はあるけど、気休め程度よ。疲れを取るには、お風呂に入ってマッサージを受けた方が効果的ね」


「摩耶さん、大丈夫かなぁ……明日には筋肉痛かも」

そんな事を小声で話しながら、俺達も山道へと入って行く。

人の手があまり入ってない、ちょっと小綺麗な感じの獣道と言った程度の細い道が延々と続いている。

左右には手入れがされてない、勝手に成長してますと言わんばかりの鬱蒼とした木々の波。

日差しも遮られ、精神的な圧迫感を加えて来る。

酒井さんも少し眉を顰め、

「打って変わって陰鬱な感じね。さっきまでの陽気が嘘みたい」


「上の方まで行けばまた変わるんじゃないですか?ってか、そろそろ昼なんですが、お弁当は何処で食べれば良いのやら……」

ちょっとばかり、腹が減って来たぞよ。

食べれる時に食べておくのが冒険の基本なんじゃが……その辺の所はどーなっておるんじゃろうか。


「登山するような山じゃないからね。特に休憩所とかは無いと思うわ」


「え~……地べたに座って食べるのは嫌だなぁ」


「なに上品ぶってるのよ。アンタ、ダンジョンへ潜ったりもしてたんでしょ」


「まぁ、そうなんですけどねぇ……この世界に来てから、随分と野生的な感覚とかが鈍くなって来たなと。科学って便利だけど、ちょっと怖いですねぇ」


「一番愉しんでるのに、何を言ってるんだか」

酒井さんがどこか呆れた声で言う。

「けど、シングの言う通り、こんな所で御飯は食べたくないわね。やぶ蚊も多そうだし」


……蚊が多くても酒井さんは身体的に全く平気だと思うんじゃが……

「その蚊の親分は、本当にこの辺に潜んでいるんですかねぇ。どこで寝泊りしてるんじゃろ?」


「そうね。本当に何も無いただの山だし……ヴァンパイアが潜んでそうな感じは全くしないわ。イメージ的にもね」


「イメージと言うと?」


「ヴァンパイアって、何かこう……貴族的な感じがするじゃない」


「そうなんで?俺の世界ではありふれた……特に珍しい種でもなく、普通に過ごしてましたよ。イメージ的には、一般人って所ですかね」


「この世界だと、どちらかと言うと希少種だからかしら?私自身、本物に会ったことは無いし……」


「そう言えば、この国には存在しないとか言ってましたね。……と、また道を変えましたよ」

先頭を歩く黒兵衛が、更に脇道へと入って行く。

その後ろを、棒を振り回しながら鼻歌交じりの軽い足取りで付いて行くラピス。

少し離れて摩耶さんと芹沢博士が、肩を落としながら歩いている。

足取りはかなり重そうだ。


あ、ありゃまぁ。もう疲れちゃいましたか……ま、何となく予想はしていたけど。

「この辺りで小休止を取った方が良いと思うんじゃが……黒兵衛は何してるんだ?」

猫も基本、長距離の移動は不得手の筈なんだがなぁ。


「黒ちゃんと言うより、摩耶の方が少し意地になってるんじゃない?まだ大丈夫です、まだまだ余裕です、とか言ってると思うわ」


「うわぁ……容易に想像が付きますね」


「でしょ?あの、妙な所でかたくななのよねぇ」


「魔女が襲われたって事で、気を張っているんでしょうか?」


「そうねぇ、仲間意識は強い方だから……って、何かあるわ」

酒井さんが前方を指差す。

上へと続くやや急な脇の小道の先は、少し行った所でいきなり開けていた。

草木が刈り取られ、開いた場所に薄い鉄…この世界だと確かトタンとか言ったか?そのような物で出来た小屋が3つほど建っている。

いや、小屋と言うより物置に近いが。


「こんな場所に一体なんでしょうかねぇ?人が住むには小さ過ぎますし……何かの監視所かな?」


「炭焼き小屋……では無いわね。多分だけど、林業で使う道具とかを仕舞って置く倉庫じゃないかしら?」


「なるほど。林業って確か樵のような職業で……と」

少し近付くと、何やら子供の泣き声が響いてきた。

俺と酒井さんは顔を見合わせ、遠くから慎重に様子を窺ってみる。


……む?

餓鬼だ。

栗色の髪をした小さな餓鬼……ラピスと同じかもう少し小さい背丈の餓鬼が小屋の脇でしゃがみ込み、グスングスンと泣いている。

「……あからさまに怪し過ぎて、僕ちゃんちょいとビックリですよ」


「私もよ」


「ん~……あの餓鬼がおそらく、例のヴァンパイアでしょう」


「確証は?」


「無いです。そっち系のスキルは全面的にカットしてあるんで……ただ、状況的にどう考えてもねぇ。こんなド田舎の名も無き里山に、いきなり異国風のガキンチョって……黒兵衛や芹沢博士も、めっちゃ警戒してますよ」

ちなみにラピスは……うわ、現場で起こっている一連の出来事をスルーするかのように、トンボを捕まえようとしているよ。

スゲェよ。

ある意味、超フリーダムだよ。


「摩耶は……何かオロオロとしてるわね」


「警戒は特にしてないようで……何でだ?どう見ても怪しいでしょうが」


「見た目が子供だからかしら?」


「摩耶さん、隠れショタコンですか?それよりは、女性だけに発動する魅了系のスキルか何かに引っ掛かったのかも」


「有り得るわね」

と、酒井さんがおもむろに俺のほっぺを抓み、

「見てよ、あれ。しゃがんで話し込んじゃってるわ。黒ちゃんが何か言ってるようだけど……摩耶が何か言い返しているし。芹沢は……お手上げって感じのジェスチャーしてるわ」


「察するに、『ちょ、摩耶姉ちゃん、待ちーや。そいつヴァンパイアやで?あまり近付かん方がエエで?』『クロは黙ってて下さい。相手はまだ子供ですよ』とか何とか……そんなやり取りがあったんじゃないんですかねぇ?」


「リアリティが有り過ぎるわね」

酒井さんが膨れっ面を作る。

「摩耶には魔女がその後どうなったのかを説明してないし、相手の見た目が子供ですもの。性格的に、どうしても警戒心とかは薄くなっちゃうわ。経験も不足しているしね。もしあの場にアンタがいれば、少しは違ったんでしょうけど……」


「はにゃ?そうなんで?」


「そうよ。黒ちゃんや芹沢が言っても聞かないけど、シングが何か言えば、少しはねぇ……」


「ん?僕チンが?何で?」


「……アンタって本当に面白い男ね」


「ふにゃ?」

酒井さんが何を言っているのか、サッパリ分からんぞよ。


「それよりどうしましょう。この流れは少しばかり想定外だわ」


「そうですねぇ……あの餓鬼を捕まえて、色々と情報を引き出しますか?」


「……ちょっと早計ね。私達の目的は、あのヴァンパイアの陰でコソコソしている殺人鬼集団よ」


「となると、もう少し様子見と言う事で?」


「そうね。摩耶に経験を積ませると言う意味でも、ここは見守っていましょうか」


「でも、既に黒兵衛や博士が、『手に負えん』って感じで、こっちの方をチラチラ見て来るんですが……」

俺達の姿は見えないが、ある程度の場所は分かっているらしく、情けない顔で視線を送ってくるのが何ともはや……

もう少し厳しく言えば良いのに。


「ちょっとミスったわね」

チラリと横目で窺うと、酒井さんはかなり渋い顔だ。

「黒ちゃんは使い魔だし、芹沢も何だかんだ言って摩耶に対して気を使っているし……私かシング、どちらかが付いていた方が良かったかも」


「酒井さんはともかく、僕チンも結構イエスマンですよ?」


「それでもアンタの言う事は聞くわよ。しかし……本当にどうしましょう?」


「いやぁ~摩耶さんも確かに甘い性格ですけど、それでも魔女ですし……相手の見た目が餓鬼とは言え、ヴァンパイアって事は分かってると思うんです。だからそう簡単に……って、えぇぇぇぇぇッ!?」

とんでもない光景が目に飛び込み、思わず驚きの声を上げてしまう。

摩耶さんが、魔女衣装のフードの肩口付近を手で広げ、件のヴァンパイアに向かって、血を吸っても良いですよと言わんばかりに首筋を晒しているのだ。

何が何でそんな事になったのだ?

黒兵衛も尻尾をぶんぶんと振りながら何やら喚いているが、摩耶さんは全く聞いていない。

博士は腕を振り上げながら天を仰ぎ、完全無欠のお手上げ状態。

ラピスはその場でクルクルと回っていた。

創作ダンスだろうか?


いやいやいや、摩耶さん……人の好さにも程があるでしょうが……

それともまさか本当にショタ好きとか?


と、いきなり耳元でピシャンと何かを叩く音が響いて来た。

見ると酒井さんがおでこに掌を打ち付け、重い溜息を吐いている。

ま、そりゃ溜息も出るわな。


「……シング。予定変更よ」


「良いんで?」


「良くは無いけど、このままだと拙いでしょ?取り敢えずヴァンパイアだけは逃がさないようにね」


「了解ちまちた」

俺は頷くと同時に制御していた種族アビリティと幾つかのスキルを解放。

「んじゃ、行くで御座る」

一歩踏み出すと同時に縮地スキルで空間を飛び超え、摩耶さん達の傍へ躍り出るや、

「そいッ!!」

ヴァンパイアの餓鬼の脇腹に、蹴りを一発お見舞いしてやったのだった。









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