帰って来たクッキング魔女
何が何でこうなった?
ヴァンパイアの話をしていた流れで、何でこうなった?
淡い光を放つ豪奢なシャンデリアが下がる食堂で、俺は途方に暮れていた。
テーブルの上に座っている黒兵衛が、情けない顔で、
「何でこないことになったんや……」
「や、俺も今それを思っていた。本当に、何でこんな事になっちゃったんだろう?」
ラピスが晩飯を作ると言った時は、まぁそれも良いか、等と余裕の態度であったが、よもやその言葉に触発されて、『私も作ります』と摩耶さんが言った時の衝撃と来たら……まるで絶望の沼に拘束されて放り投げられた様な気分だ。
「はぁぁぁ」
と、打ち拉がれた重い溜息を吐いていると、黒兵衛と同じくテーブルの上に座っている酒井さんが、お茶を啜りながら、
「大丈夫よシング。もっと前向きに考えなさい」
「前向きって……」
直で見つめたら目が潰れるわ鼻はもげるわ……そんな料理を前向きに捉えろと?
そんな精神、ポジティブと言うか気が触れているとしか思えないですぞ。
「摩耶は基本的に頭の良い子よ。あれから練習もしているようだし、かなり上達しているかも知れないじゃない」
「むぅ……確かに、それはそうですけど……誰しも得手不得手ってあるじゃないですか」
残念ながら摩耶さんのスキル構成に『調理』と言う項目は入ってないような気がしますぞ。
「料理人を目指しているのならともかく、家庭料理ぐらいちょっと練習すれば誰にでも出来るわよ」
「そ、そうですかねぇ」
既にトラウマと化している僕チンには、とてもじゃないが無条件で信じる事は出来ませんな。
そもそも摩耶さんは味覚音痴だ。
舌馬鹿なのだ。
例えは悪いが、盲目の人に風景画を描けと言ってるようなモンだと俺は思うぞ。
そんな事を思いながら対面に目をやると、そこには芹沢博士が座っていた。
氏は非常に困惑した顔で、
「どうしても私まで夕飯に御呼ばれを……」
「製造者責任ってヤツですよ。博士、ラピスの生みの親でしょ?初めて我が子が食事を作るんですから、食べてやらないと……」
「や、それが分からんのだよ」
博士は困惑顔で、愛用の丸メガネを布で拭きながら、
「そもそもラピスに料理なんて……無謀じゃないかな」
「にょ?あれれれ?ラピスは炊事も完璧とかヌカしてましたよ?」
「炊事と言っても、あくまでも配膳から片付け、そして洗い物までだよ。超全自動食器洗浄器的な機能だ。確かに味覚機能は付いているが、人間に比べて大雑把な物だし、そもそもメイドロボとして構造的に食事を摂る事は不可能だよ。飲み物は辛うじて摂取出来るが……それ以外の固形物は、故障の原因になってしまうからね」
「マジっすか?本人は、知識は完璧と言ってましたけど?」
「いや、調理に関するデータをインストールした覚えは無いのだがねぇ……」
「……」
本当に今日の晩御飯は大丈夫か?
一人は舌馬鹿でもう一人はそもそも食べる事が出来ないって……
僕チン、物凄く不安ですぞ。
★
食堂で、逃げるべきか留まるべきかと葛藤しつつ待つこと小一時間。
何だか室内にヤバ気な香りが漂って来た。
ツンとした鼻腔を刺激する匂いだ。
「大丈夫よシング」
落ち着かない俺に、酒井さんが苦笑混じりに話し掛けて来る。
「万が一に備えて、胃薬と下痢止めは用意してあるし」
「や、それの何処が大丈夫なんで?」
お腹を壊すこと前提じゃないですかぁ……
「しかし、今日の晩御飯って一体何じゃろう?この香りからして、カレーかな?」
「確かにカレーのような匂いね」
「ような、ってのがポイントやな。普通のカレーと匂いが違うでぇ……」
「カレーかぁ……白衣のまま来てしまったよ。カレーは溢すとシミになっちゃうからなぁ」
「溢さなきゃ良いだけですよ、博士。しかし黒兵衛の言う通り、普通のカレーとは匂いが違うよな。なんかこう……凄く甘いような香りもするし……何だろう?花の香りかな?」
「リンゴとハチミツの匂いかしら?」
「なんや、ミントのような透き通る匂いもするで」
「私には化学薬品の匂いに感じるよ」
「お、おいおい……本当に大丈夫なのか?何か物凄くヤバ気な気配がするんですが……」
不安の波がドッと俺の心に打ち寄せてくる。
なにかこう、奇跡でも起きないかなぁ……いきなり調理場が爆発して料理が消し飛ぶとか。
だがそんなささやかな願いも空しく、ギギギ……と、重い軋み音を立てながら食堂の扉が開くと、
「お待たせしましたー♪」
にこやかに摩耶さん登場。
「お待たせでしゅ♪」
そしてラピスも登場。
遂に訪れてしまった胃袋のクラッシュタイムだ。
摩耶さんは前回と同じく、料理界に喧嘩を売ってるような分不相応な長いコック帽を被った白衣姿。
それに対してラピスは、作務依とか言う和装の服に鉢巻を締めた、炉端焼きの大将という出で立ちだ。
何故か知らんが二人とも自信満々と言った面持ちで腰に手を当て踏ん反り返っている。
何でそんなにイキった態度を取る事が出来るのだろうか。
「今日のディナーは、ラピスちゃんとのコラボカレーです」
「でしゅ」
摩耶さんとラピスがそう宣言すると同時に、お付のメイドさん達がキッチンワゴンに銀蓋が被さった食器を載せて登場。
物凄いデジャブ感だ。
「あ、あのぅ……摩耶さん?今日はちゃんと、料理長の言う事を聞いて作ってくれましたよね?」
取り敢えず確認だ。
だって命に関わるから。
「も、もちろんです。ラピスちゃんと二人、手取り足取り教えていただきました」
「でしゅ。でも……料理長のおっちゃん、ずっと小声で『申し訳ない申し訳ない申し訳ない……』って呟いていたでしゅ。何か病んでるような感じだったれす。きっと疲れているんでしゅね」
「……た、大変だぁ酒井さん。俺、早くも挫けそうです」
「大丈夫よシング。気をしっかり持ちなさい」
酒井さんはそう言って、着物の襟をキュッと正しながら、
「それで摩耶。今日のメニューはなに?」
「ハンバーグカレーです」
ハンバーグカレー!?
ハンバーグとカレーは、どちらも俺の大好物だ。
その二つのコラボ!!
しかも相性も抜群。
これは楽しみだ。
実に楽しみだ。
……
なのにちっとも食欲が沸かないのは、何故だろう?
「ハンバーグとカレー……ねぇ」
と酒井さん。
「カレーは、市販のルゥを使ったの?」
「いえ、スパイスから調合して作りました」
摩耶さんはフンフンと鼻息を荒くして答えるが……何でそこでチャレンジ精神を発揮しちゃうのかなぁ。
「へ、へぇ……自分達でスパイスから作ったの。凄いわね、摩耶」
「はい。ただ、クロちゃんも食べるので、少し甘口になってしまいましたが……」
「……そら有り難い」
と、ちっとも有り難っていない顔で黒兵衛が言うと、博士がやや気難しい顔で、
「カレーは哲学だ」
等と意味不明な事を言い出した。
「や、実は私はカレーに関して一家言、持っていてねぇ。私自身、究極の組み合わせを日々研究しておるのだよ」
「ほへぇ……そうなんですか博士?」
「そうなのだよシング君。スパイスと一口に言っても世界には100種類以上あってね。その中からカレーにベストな組み合わせ、最適な分量、即ち黄金比率を導き出すのが何とも楽しくて」
「ほほぅ…」
なるほど。
カレーと言っても、そんな錬金術的要素もあるのか。
確かに、博士が好きそうな感じだな。
何事にも凝り性だし。
「それで摩耶お嬢さん。本日のカレーは、何種類ぐらいのスパイスを使ったのかね?」
「38種類です」
「……は?」
博士の目が点になった。
「え、えと……38種類と……な、なるほど」
「ど、どうしました博士?」
俺が不安になって尋ねると、目の前にいる黒兵衛が小声で、
「ワテの聞いた話やと、カレーに使うのは専門店でも20種類程度やって話しやで。しかも家庭で作ろうと思うたら、基本的な5種類のスパイスを使えば普通に美味いカレーが出来るって聞いたんやが……」
「普通のカレーを作るには5種類で良いのか。……だったら後の33種類は何を入れたんだ?」
「知らんがな…」
むぅ…
俺は低く唸りながら摩耶さん&ラピスを見つめる。
もちろん彼女達は、場に漂う不穏な空気を意に介さず、物凄く上機嫌で、
「当然、ハンバーグにも拘りました」
「でしゅ。拘ったのれす」
「そ、そうなんですか」
「はい♪最高級松阪牛のミンチを使用し、カレーに合うスパイシーなハンバーグを作りました」
「作ったのでしゅ」
「……へぇ」
まだ食べてないから何とも言えないけど……取り敢えず、松阪牛もさぞ無念だっただろうに。
「そしてそして、御飯まで拘ったのです」
「でしゅ」
「ご、御飯まで?」
実はこの世界に来てから、僕ちゃん白米の虜だ。
最早一日一度は米の飯を喰わなければ気分が優れないほどだ。
だからもし、カレーやハンバーグが大失敗でも、何とか白い御飯さえ食えればそれで充分だと思っていたのだが……
「はい。普通の御飯より、カレーに合う御飯にしました」
「したのれす」
「カレーに合う御飯ですと?」
俺は小首を傾げながら、チラリと酒井さんを見やる。
俺より白米に対しての拘りが強い魔人形は、
「カレーに合う御飯と言っても、何種類もあるけど……定番としてはターメリックライスとかバターライスとか……少し変わり所でクミンライス辺りかしら?」
そう呟いていた。
ほほぅ……そんな御飯があるのか。
俺的には、カレーに合うなら少し硬めでパラパラした御飯ならそれでOKだと思うんじゃが……
大富豪の摩耶さんに運良く拾われた(?)事もあってか、今まで色々と珍しい物や高級な物を食して来たが、この人間世界には、まだまだ俺の知らない料理がたくさんあるようだ。
そう言えば、この間食べたパエリアとやらは中々に美味かったな。
米を使った料理だけでも、色々とあるもんじゃわい。
「で、摩耶さん。カレーに合う御飯って……どんなんで?」
「えへへ……オリジナルです」
「でしゅ。トロピカルでエレガントな御飯でしゅ。ラピスラズリをイメージしたんでしゅよ」
「……へぇ」
よもやカレーやハンバーグのみならず、神聖不可侵な白米にまで魔の手を伸ばしていたとは……
これで御飯に逃げると言う手が使えなくなった。
残るお助けアイテムは添え付けの漬物だけだ。
あぁ……神様、どうかお助けを……
って、神様ってなんじゃい?
俺の世界だと、神=万物の素を司る上位精霊だったんじゃが……この人間世界はどうなんじゃろう?
そんな事をボンヤリと考えている、と言うか現実逃避している間に、ゾンビのような顔色をしたメイドさん達が、震える手でそれぞれの前に食器を置いて行く。
お、おやおや、これはこれは……
危険察知スキルが大きく反応を示した。
や、既に予想はしていたから、特には驚かないけどさぁ。
「では皆さん、御賞味ください」
「食べるが良いでしゅ」
摩耶さん&ラピスがにこやかな笑顔で死刑を宣告すると同時に、銀蓋が取り除かれ邪悪なる夕食が御開帳。
――ギャッ!?
心の中で叫び声を上げてしまった。
ななな……なんだこれはッ!?
何か得体の知れない物がゴロゴロと転がっている黄色の沼のようなカレー。
その中央に、不器用にも程があると言った造詣の黒い塊……恐らくこれがハンバーグだろう。
そして極め付けは、青空のような色をした御飯だ。
しかも赤やら黄色やらのグミのような物体まで混ざっている。
頭の中で想像していたハンバーグカレーのイメージからは、数億光年は離れている。
だがしかし、これが現実だ。
おおお、落ち着け俺……
曲りなりにも、俺は魔王だ。
王族は決して取り乱さないのだ。
ちなみに黒兵衛は既に四肢を痙攣させてぶっ倒れている。
口からは泡まで吹いてるし……
酒井さんは着物の袂で顔を覆いながら肩を震わせていた。
そして芹沢博士は、何処に隠し持っていたのか、既にガスマスクを装着していた。
さすがである。
し、しかしこれは……何と言うか……
先ず見た目だが、摩耶さん達の手作り料理に対し、このような尾篭な例えは非常に申し訳ないのだが……ぶっちゃけ、何かしらお腹の具合が悪くて粗相をしてしまった後のような見た目だ。
まぁ、簡単に言うと……便秘、後に下痢と言うか……栓が抜けたら一気に漏れたと言うか……いや、本当に申し訳ない。
だが、そう見えちゃうのだから仕方が無い。
もちろん、空気とか読める僕ちゃんだから、ここはやんわりと、
「な、中々に個性的な料理ですね」
等と無理矢理な笑顔を作って言うが、中には空気を読まない超俺流な傾いてらっしゃる人もいる訳で……
「そうかねシング君?」
ガスマスク越しに博士が顔を顰め、
「何と言うか、赤痢患者の便のようじゃないかね」
豪速球、ど真ん中ストレートに言い放った。
いやいやいや、言いたい事は分かります。
えぇ、分かりますとも。
けど、やはり少しはTPOを弁えないと……作った本人が目の前にいるんですぞ。
チラリと横目で摩耶さん達の様子を窺うと、
「……」
魔女様は物凄く怖い笑顔で博士を睨み付けていた。
ラピスは頬を大きく膨らませながら、
「博士、後で、ぶっ殺す。このビチグソ野郎が」
等と呟いているが、ビチグソはむしろのこの料理じゃね?
まぁねぇ……博士の気持ちも分かりますよ。
まんま、そのままですもんね。
「い、いやぁ~博士。……カレーとはそう言うモンですよ」
等と場の雰囲気に気を使いながら僕チンはちょっとだけフォローを入れつつ、御飯の方に目を移す。
むぅ……
色鮮やかなスカイブルーの飯だ。
いやいやいや、嘘だろ?有り得ないじゃんか。
青い色をした料理なんて初めて見た。
と言うか、青を基調とした天然食材って、自然界には存在しないだろうに。
しかも赤やら黄色やらの謎の物体も混じってるし……
「ま、摩耶さん。この御飯は一体……」
「ほんのりミントが香るドライフルーツ御飯です」
「……へぇ」
ほんのり?
物凄く歯磨き粉の匂いがするんですけど……
しかもドライフルーツ?
そんなモン、御飯に混ぜて良いの?
俺がもし農家の人だったら、今すぐ一揆を起こしますぞ。
「さ、酒井さん。その、これは……」
そっと小声で目の前の魔人形様に尋ねる。
「……確かに、ドライフルーツを使う御飯はあるわ。レーズンを混ぜる場合もあるし……パキスタン辺りだと、焼き飯の上に何種類か散らしたりもするし。けど、一緒に炊き込むのは……そもそもお米の種類からして違うわよ」
「……ですよね」
「それよりもシング。早く食べなさいよ。摩耶とラピスが物凄く期待した目で見てるわよ」
「む、無茶言わんで下さいよぅ」
チラリと視線をスライドさせると、う~わ~……本当に見てるよ。
超熱い眼差しだよ。
「じ、じゃあ……大好きなハンバーグから」
言いつつ、スプーンの先で真っ黄色のカレーと言い張る謎の液体の中央に浮かぶドス黒い固形物を突付いてみる。
む!?か、硬い……何か、凄く硬い。
炭のようだ。
これは本当に、元・肉なのか?
「むぅ…」
しかしこの形に色に硬さ……何か既視感があると思ったら、この間オヤツに食べたカリントウとやらにそっくりだね。
いや、一応はハンバーグと言う話だけど……お?ようやくに割れてきた。
って、えぇぇぇッ!?
バリバリと通常のハンバーグからでは聞こえないであろう音と共に黒い固形物が分断されると、中から脂の乗った肉汁と真っ赤な鮮血が溢れ出して来た。
本日何度目かのショッキング映像だ。
酒井さんも、「う゛…」と微かにえずいたような声を上げ、ナプキンで口元を覆った。
「ま、摩耶さん?これ、凄く生っぽいような……火があまり通ってないのでは?」
ま、そう言うレベルの話じゃないけどね。
本当に松阪牛が祟りそうだよ。
「ちょっと火加減を間違えちゃって……」
摩耶さんはテヘヘ~と可愛らしく笑う。
「でも大丈夫ですよ?タルタルステーキでも食べられる新鮮なお肉ですから」
「……へぇ」
つまり、今の言葉を要約すると……『ゴチャゴチャ言わずに喰え』と。そう言うことですね?
いやぁ~……参ったなぁ。
コレを食べろだなんて……
摩耶さんって、可愛い顔してるのに言う事がワイルドだよね。
ある意味、酒井さんよりおっかないよ。
「……博士。カレーを食べて下さいよ。カレーに御執心なんですよね?是非、感想をば」
「う、うむぅ…」
博士は低い声で唸りつつも、そこはそれ、やはりカレーに対して何かしらの拘りがあるようで、些か躊躇いながらもスプーンで一掬い。
そしてガスマスクを外して一気に口の中へと放り込んだ。
度胸満点だ。
尊敬する。
けど、真似したくはない。
「ど、どうですか芹沢博士?」
「そ、そうだねぇ……このスパイスの調合は……あぅ゛!?」
少しの間を置いた後、博士は奇声を発すると、いきなりギュルリと音を立てるかの如く目ン玉が回転。
赤く充血した白目を剥いたまま、そのままテーブルに突っ伏し、そして動かなくなってしまった。
「……やはり猛毒か。じゃ、酒井さん。御飯をどうぞ」
「ア、アンタねぇ……」
「摩耶さんの炊いた御飯です。ちゃんと食べないと……ってか、こうなったら一蓮托生ですよ」
「……分かってるわよ」
酒井さんはフンッと気合を入れると、大空と海の色をした御飯を一気に頬張った。
そして次の瞬間、カタカタカタ……と正座したまま振動を始め、テーブルの上を小刻みに移動。
市松人形から茶運びカラクリ人形へと華麗なるジョブチェンジだ。
「ふふ……そして最後に残るは僕ちゃんだけと」
俺は何処か達観した気持ちで、牛の怨念すら漂っていそうな生焼けハンバーグをダイレクトに投入。
岩のように硬い表面のガリガリ感と生肉のネチャネチャ感が渾然一体となって口の中で暴れ捲る。
しかも味付けと来たら、肉の旨味を全て消し去る事に成功したとも言える奇跡の調合。
そして極め付けはべっとりと絡み付いた殺人カレー。
それは鼻腔を付き抜け喉を焼き、更には脳天を突き破ってそこから魂が抜け出して行くようであった。
と言うか、実際に眩暈がして意識が遠くなって……
あ、これはアカンわ。
俺は薄れ行く意識の下、何とか最後の気力を振り絞り、
「ご…ごちそうさまでした」
そう呟くと同時に、まるで電源が落ちたかのように意識が途切れたのだった。
★
目が覚めると、俺はベッドの中にいた。
どうやら気絶していたようだが……うん、良かった。生きてて。
ふと横を見やると、部屋の隅で摩耶さんとラピスが正座させられ、しょんぼり項垂れながら酒井さんの説教を受けていた。
芹沢博士も仁王立ちで、カレーの何たるかを懇々と説いている。
ま、色々と怒られても仕方の無い事だろう。
悪気が無いと言え、れっきとした殺人未遂なのだから。
ただ、怒られながらも摩耶さんが、
「次こそは頑張ります」
とか言っていたのが気になる。
いやいや、次こそはって……摩耶さんもこんな時に冗談を言うなんて、人が悪いなぁ。
その後、料理長が謝罪に訪れた。
何でも、このままでは皆の命が危ない、と判断した彼は、こっそり味を付け直そうと試みたのだが、摩耶さんのカレーを味見してしまい、そのまま気絶してしまったと……
然もありなんだ。
何しろ黒兵衛が、未だに目覚めてないのだから。
匂いを嗅いだだけで気絶しっ放しとは……きっと猫的に致命的な何かがあったのだろう。
いやはや、何ともおっそろしい事である。




