ヘタまお・異界録
「何だかなぁ……」
と自室でボヤきながら頭を掻いていると、ノックの音と共に酒井さん&黒兵衛、そして制服姿の摩耶さんが部屋に入って来た。
「うぃ、お帰りなちゃい」
「ただいま。……で、何してんの?」
酒井さん達の目が、部屋の片隅にいるラピスに注がれる。
黒地の服に白エプロンと言うスタンダードなメイド服に身を包んだラピスは、床に突っ伏し、さめざめと泣いていた。
「や、なんちゅうか……」
「シ、シングしゃんに手篭めにされたんでしゅ!!」
ラピスが涙顔でいきなり意味不明な事を叫んだ。
「う、訴えてやるでしゅ!!」
「うぉいッ!?なに捏造してんだよ!!」
冤罪にも程がある。
しかも何処に訴えると言うんだ?
「ってか、どうしました摩耶さん?何か物凄く怖い目で僕ちゃんを睨んでいるんですけど……」
カタカタと小刻みに震えながら、今にもブン殴って来そうな感じだ。
物凄く怖い。
「ハァ~……落ち着きなさい、摩耶。このヘタレにそんな度胸があるわけないでしょ?」
「せやな。この魔王にそない度胸があったら、摩耶姉ちゃんはとっくに夜這い掛けられとるで」
「良く分からんが、その通りだ黒兵衛。自慢じゃないが、俺にそんな度胸は微塵も無い。むしろ少し欲しいぐらいだ」
「で、何がどうなってるの?」
酒井さんが困った顔でラピスを見つめながら言った。
「や、普通にゲームをしていただけですよ?対戦格闘ゲーム。もちろん、初心者のラピス相手ですから、超手加減しましたよ。そしたらコイツ、ちょっと調子こいたもんで……ここは現実を見せてやろうかと、少し本気を出したらこの様です」
悔しがるならともかく、まさか泣き出すとは思わなかったわい。
「シ、シングしゃんは優しさが足りないでしゅ!!初心者相手に無慈悲でしゅ!!接待プレイをするのが社会のルールなんれす!!」
「何を言うかラピス。俺の75%は優しさで出来てるんだぞ」
そして残りの25%は愛だ。
「う゛~……もうシングしゃんとはゲームで遊ばないでしゅ。一緒には絶対にやらないでしゅ」
あ、拗ねちゃったよ……
「そうなのか?実は物凄く面白いパーティーゲームがあるんじゃが……ラピス抜きで皆で遊んじゃうぞ?」
「仕方が無いから遊んでやるでしゅ」
「……思ったよりも単純だね」
俺は苦笑を溢しつつ、
「ま、良いや。それよりラピス、お茶でも淹れてくれ」
「了解でしゅ」
「そう言えば、今日は遅かったですね。何か居残りでも?」
「帰り道にアルと遭ってね」
と酒井さん。
その後を続けるように摩耶さんが、
「お茶を飲みながらランキフォイザーさんと話をしていたのですが……シングさんの世界には、ヴァンパイアと言うのは存在しますか?」
「ふへ?ヴァンパイア……あぁ、吸血系魔族ですね。もちろんいますよ。しかも多種多様で、知能を持たないモンスター系から一般的な吸血鬼。更には上級魔族から魔王まで存在しますよ」
吸血系種族だけの国ってのも、確かあった筈だ。
「へぇ…」
「で、何でいきなりヴァンパイアの話に?」
「ランキフォイザーさんとその話をしていたのです」
「前に少し話した事があったと思うけど……アンタをこの世界に呼んだのは、聖騎士と戦ってる時に発動した一か八かの召喚魔法だったの」
「その聖騎士と戦った直接の原因が、ヴァンパイアなんや」
「にゃ?それはどう言う意味だ、黒兵衛?」
「ワテらはあの時、別の怪異を追っててな。ま、妖怪の類や。そこで偶々、聖騎士の連中と鉢合わせしてもうたんや」
「本来、この国に居る筈の無い聖騎士……奴等が追ってたのが、ヴァンパイアだったのよ」
酒井さんはそう言って、難しい顔をした。
「わざわざ欧州からこの国まで追って来たみたい。アルが調べてくれたわ」
「酒井さん達はそれに巻き込まれたと?」
「と言うか、奴等は狂信者なの。取り敢えず目の前に居た魔女や化け物……摩耶や私の事ね。ヴァンパイアを追う前に目の前の私達を始末しようといきなり襲い掛かって来たのよ。殆ど奇襲に近かったわ」
「……狂ってますね。しかもいきなり目標を変えるとか……」
「でしょ?ま、過ぎた事だからどうでも良いけど……取り敢えず、今度出会ったらブチ殺してあげるわ」
「さ、酒井さん、それはちょっと……」
と摩耶さんが難色を示すが、俺的には酒井さんの意見に賛成だ。
相手が殺しに掛かって来たのだから、こっちだってそれなりの対応はさせてもらうのが普通だ。
「相変わらず摩耶は……ま、それは置いとくとして、問題は奴等が追っているヴァンパイアなのよ」
「と言うと?」
「アルが言うには、手傷を追ったヴァンパイアは魔女を狙うらしいの。血の中に含まれる魔力が多いからって話ね」
「へぇ……あ、なるほど。もしかすると魔力の高い摩耶さんが狙われるかも、って話ですよね?」
「そう言うこと。けど、私も摩耶もヴァンパイアと戦った経験が無いのよねぇ。この国には存在しない種だし。それに世界的にも数は少ないんじゃないの。思うに、シングの世界から流れて来た種族だと考えられるんだけど……アンタはどう思う?」
「そうですねぇ……ん~……どうでしょう?元は俺の世界から流れて来たとは思うんですけど……長い月日でこの世界固有の種になった可能性もありますね。ってか、俺の世界に関係の無い、全くの別種って可能性もありますけど」
「その理由は?」
「違うからですよ」
「違う?」
「なにが違うんや、魔王?」
「ん~……この世界のヴァンパイアってのには、会った事が無いですから何とも言えませんが……話を聞く限り、過分に人間の想像力が加味されていると言うか、ちょっと宗教的なアレが強いんですよねぇ。反キリストって言うの?やれ日光が苦手とか十字架に弱いとか……ンなワケあるかって話ですよ。それに邪悪な生き物には銀の弾丸が効果的とかも言いますけど、どんな生物でもあんな物を喰らったら致命傷ですよ。そもそも銀にそんな効果は無いです。ただの鉱物です」
「そうなんか?せやけど昔から言われてるで?」
「対抗属性を付与すれば、その辺の石ころでも効果抜群だよ。そもそも銀の弾丸って……俺の世界に銃は無ぇよ」
「ファンタジィ設定が台無しやなぁ」
「その設定も、人間が勝手に想像したモンだろ?現実は全く違うよ」
俺はそう言って、腕を組んで大きく息を吐く。
「例えばさっき酒井さんが、魔力の強い血を求めているってな事を言ってましたけど、俺の世界だと、血を吸う連中は一部の下級吸血鬼だけですよ。上位種は普通に食事から魔力を吸収できますし、血を吸う連中も相手に許可を得てからでないと、傷害罪で牢獄行きですよ。ま、野生のモンスター系吸血生物は別ですけど。そもそも、この人間世界だと吸血鬼はアンデッド系だと思われてますけど、普通に定命の生物ですよ?長生きするってだけで、寿命はあります。上位種だと1000年ぐらいだったかな?だから当然、普通に子供も出来ます。ってか、クラスメイトに居たし……」
「血を吸った相手を隷属化させるってのは?」
と酒井さん。
「定番の設定ですね。ん~……この世界でそう進化したのか、はたまた人間に対して特殊な魅了系のスキルが発動するのか……俺の世界では、そんな事は全く無かったですね」
「霧に溶け込むとか言うで?」
と、お次に黒兵衛。
「俺の世界ではそれは無いな。似た魔法はあったけど、種族特有の能力ってワケではないぞ」
「水が苦手とか海を渡れないとも聞いた事がありますが……」
そして摩耶さん。
「その話は初めて聞きましたけど……そんなわけ無いでしょ。クラスメイトの吸血族は、水泳部所属でしたよ」
そして最後にラピスが
「シングしゃん。お茶れす」
「うぃ、ありがとさん」
俺は湯気の立つ湯飲みを受け取り、それをフーフーしながら、
「ま、何にせよ、実際に会ってみないと分かりませねぇ。俺の世界の吸血鬼とこの世界の吸血鬼とじゃ、色々と違いが多過ぎますよ。それがこの世界で進化したものなのか、はたまた人間が勝手に想像しただけなのか……ちょっと判断が出来ないですね。ただ、脅威度はそれほど高くない種族ですよ。そもそも魅了だカリスマだの言いますけど、嫌ってる連中も多かったですし……クラスメイトの吸血鬼も、陰で『蚊の親分』とか陰口叩かれていましたしね。上級吸血鬼だから、血を吸わなくても良いんですがねぇ……ちなみに僕ちゃんとは普通に仲が良かったですよ。下らないエロ話で良く盛り上がっていましたし」
そう言って、ちょっぴり懐かしい思い出に頬を緩めながらお茶を啜り、
「ブハッ!?」
盛大に噴き出した。
「あ、甘ッ!?え?何これ……砂糖?日本茶に砂糖を入れたのかッ!?」
「ふぇ?英国流れすけど?」
「え?そ、そうなのか?」
「そんなわけ無いでしょ」
酒井さんが眉間に皺を寄せながらラピスを見つめる。
「ふぇ?」
「……食べ物で悪戯をしたら怒るけど……どうやら悪気ないみたいね」
「ふぇぇぇ?ラピス、普通にお茶を淹れただけでしゅよ?」
いや、普通って……
「おいラピス。お前、炊事洗濯お掃除は完璧なメイドロボじゃないのか?博士はそう言ってたぞ」
もしかして詐欺なのか?
「もちろん、知識は完璧でしゅ」
ラピスは無い胸を張って答えた。
いやいやいや、知識はって……お茶に砂糖を入れるのに?
何処から得た知識だ?
「ただ、足りないのは経験値だけでしゅ。実践が不足しているのれす。残念無念でしゅ」
「そ、そうなの……かなぁ?」
「そうだシングしゃん。ラピス良い事を思い付いたのれす」
「は?何を?」
「今日の晩御飯、ラピスが作るでしゅ。これは又とない良い実践の機会でしゅ。ラピス、あったま良いでしゅ」
「……は?」




