第一段階技能教習。返事の前と後にはサーを付けるように。
摩耶さん付きのメイドの一人に用意してもらった車を前に、ちょいと腰が引けている僕チン。
いつもの大きな車ではなく、小型の高級車なのだが……ハッキリ言おう。俺は確実にこれを壊す。
どこかにぶつけて大破させる。
間違い無い。
そもそも機械文明と真逆の魔法世界からやって来た俺様が、直ぐに乗れるワケがないではないか。
練習して乗りこなせるようになるまで、早くても半年は掛かるだろうに。
「さ、行くわよシング」
俺の肩に乗っている魔人形の酒井さんが、急かすように小さな手で頬を叩いてくる。
「む、無茶ですよぅ」
「相変わらずのヘタレね。古いタイプのオートマを用意したんだから簡単よ。ちょっと大きなゴーカートと思えば楽でしょ」
「ゴーカートって何だよぅ……意味が分からん」
あとオートマも知らん。
「ゴチャゴチャ言わないで早く乗る」
「うぇぇぇん、怖いよぅ」
手渡された鍵を操作し、運転席の扉を開ける。
目の前には、男の魂を狂わせるハンドルやらメーターやら各種のスイッチ等がある。
が、しかし……
「暗くて見難いよぅ」
今は夜だぞ。
初運転が夜って、かなり厳しくないか?
「アンタは暗い所でも平気でしょ。ほら、ちゃんと座って座席を調整しなさいよ。ハンドルも」
パネル上のフロント部分に飛び乗った酒井さんが捲くし立てる。
まさに鬼教官だ。
「ち、調整って……どうやってでありますか軍曹殿?」
「シートの下の方にレバーがあるでしょ。あとハンドルの後ろの方にも、それでハンドルの位置を調整しなさい。早く」
「あ、あのですねぇ……何度も言いますけど、僕チン超素人ですよ?車に乗った事なんて、まだ指の数よりも少ないんですよ?だからもう少し、マイルドかつソフトに教えて頂けると有り難いのですが……」
「お黙り。返事はハイかイエスのみよ。それ以外の私語は禁ずるわ」
「うぇぇぇん…」
取り敢えず言われた通り、彼方此方と弄くって座席位置とハンドルの位置を調整する。
とは言え、どこがベストポジションなのかも全く知らんので、実は適当だったりもするが。
「じゃ、次はブレーキペダルに足を置いて……」
「や、どっちで?どれがブレーキなんですか?」
「左よ」
「あ、これね」
「違う!!右足で踏むの」
「あぅぅぅ……怖いよぅ」
「そうしたらエンジンを掛けなさい。パーキングとハンドブレーキは……掛かってるみたいね。さ、早くしなさい」
「掛けなさいって言われても、何をどうすれば……」
「その鍵を差し込んで回すのよ。右に回して離すの。黒ちゃんだって出来るわよ」
「黒兵衛には指的に無理な気が……あ、これですね」
ハンドルの後ろの方に付いている鍵穴に鍵を差し込む、慎重に回すと、ブルルゥン、と重低音と共に軽い振動が伝わり、思わず「うひゃぁ」と小さく叫んでしまった。
ここだけの話だが、少しだけチビった。
「何でエンジン掛けただけでビビるのよ」
「も、もうお家へ帰るぅぅぅ」
「ここが家でしょ。本当にこの魔王は……次はブレーキを踏んだまま、シフトレバーをドライブへ入れなさい」
「……すんません。未知の言語じゃなく、僕チンにも分かる言葉で説明してください」
「直ぐ左にレバーあるでしょ?それを手前に引いて、Dのマークで止めるの。レバーに付いているボタンを押しながら引いて……そうよ、それでOKよ。そうしたら次は後ろにあるレバーを今度もボタンを押したまま前に倒して……次にブレーキから足を離しなさい」
「うひゃッ!?ううう、動くぞコイツ!!」
「オートマだから何とかって現象で自然に動くのよ。次にアクセルを踏んで…」
そう酒井さんが言うので、隣のペダルを踏んだらいきなり急発進し、ビックリして今度はブレーキを強く踏んだら車体が前のめりになる勢いで止まった。
前後に大きく身体を揺すぶられ、僕チンは軽いパニックだ。
ちなみにフロント部分に立っていた酒井さんは、発進と同時に後部座席方面へ吹っ飛んで行き、ブレーキを掛けたら高速で舞い戻って来て前面のガラスにぶち当たった。
「……心が折れました。もう無理です。僕には運転出来ましぇん」
「ヘタレてんじゃないわよ。摩耶に危険が迫ってるかも知れないでしょ。早く行く」
「いやいやいや、やっぱ無理が有り過ぎですって。そもそもド素人の俺が運転して行くってのはおかしいでしょうに」
「アンタしかいないでしょ。メイドや執事を巻き込むのはダメでしょ」
「……タクシーで行くってのはどうです?近くまで行ってもらって、そこから歩いて病院へ……」
「……何でそれを早く言わないのよ!!」
酒井さんが憤怒の形相でいきなり襲い掛かって来た。
理不尽だ。
あまりにも理不尽だ。
「うぇぇぇん、殴られたよぅぅぅ」
「泣いてないで早く車から降りる!!」
「びぇぇぇん、更に蹴りまで入れられたよぅぅぅ」
俺はグスグスと鼻を啜りながら運転席から出ると、後頭部にしがみ付く様に酒井さんが飛び移って来た。
「メイドにタクシーを呼ぶように言って頂戴」
「シクシク……酒井さんは優しさが足りないよね」
★
と言うわけで、メイドさんにタクシーを呼んでもらい、そのまま病院近くまで急行。
もちろんの事、乗っている間は酒井さんは俺の持っている手提げ袋の中で静かにしてもらっていた。
さすがに剥き出しのままでは運ちゃんがビックリして事故を起こすからね。
「さて、着きましたな」
少し大きな交差点で降り、辺りを軽く見渡す。
夜だからか、人通りは殆ど無い。
「確か、喜連川第一総合病院でしたね?」
「そうよ」
袋の中から俺の腕を伝わり、肩まで登って来た酒井さんが上の方を指差しながら、
「あそこの大きな建物が見えるでしょ?あれがそうよ」
「あ~……分かりました。んじゃ、あれを目指して歩きますか」
「黒ちゃん。聞こえる?」
『……あ?』
脳内に黒兵衛の声が響いた。
『酒井の姉ちゃんか』
「僕チンもいるぜよ。今近くまで来てる所だ。そっちの様子はどうだ?」
『ワテ一人や』
「一人?」
「渋澤達はどうしたのよ?」
『や、それが……病院へ入ったきり、まだ戻って来ぃへんのや。どないしよ、と思っていた所や』
「戻って来ない?」
俺は肩に座っている酒井さんと顔を見合わせた。
「何かあったのか?」
『外からじゃ分からへん。せやけど、ここからだと特に異常は無いように見えるで。看護士の姉ちゃん達も普通に歩いとるし、面会時間も終わりやから、見舞い帰りの一般人とかも出て来よるで』
「早坂って言う女の子に何かあったんですかねぇ?」
「分からないわ。そもそも摩耶からまだ何の連絡も無いし……黒ちゃんの方はどう?」
『連絡無しや』
「ふむ……こっちから呼び掛けてみます?」
「あの子はテレパス能力が低いのよ。それに直感とか察知とかもね。攻撃や防御魔法は得意なんだけどねぇ」
「戦闘特化型の魔法使いって事ですか?中々に珍しいですねぇ」
普通はある程度の万能性があるモンなんじゃが……人間世界だと、それが標準なのかな?
「どうも補助的魔法に適正があまり無いみたいなのよ。だから黒ちゃんのような使い魔がピッタリなのよね。使い魔にも攻撃主体と補助主体と二種類いるからね」
「あ、なるほど」
黒兵衛は攻撃に関しては余り当てにはならないが、索敵や危険察知などの能力は高いからね。
言われてみれば、確かに良いコンビだ。
「と、喋ってる間に着きましたな」
大きな駐車場の横を曲がると、そこは病院の正面玄関に通じる道だった。
此方に気付いた黒兵衛が、金色の瞳を光らせながら駆け寄って来る。
しかしこれが病院かぁ……スゲェな。
これもまた俺の世界には存在しない施設だ。
基本、病気は町の治癒士や錬金術士の作る薬で治るし、毒物や怪我には治癒魔法があるからね。
「よぅ、早かったやないけ」
言いながら黒兵衛が肩に飛び乗って来た。
「本当はもっと早く来る予定だったんだがねぇ……」
最初からタクシーを使っていれば、一時間は早かったぞ。
「シングがビビッてるからよ」
と、俺の後頭部にしがみ付き、頭上付近に頭を乗せている酒井さんがヤレヤレな溜息を漏らしながら言う。
「何を仰る。最初から無謀なんですって」
「で、黒ちゃん。一体どう言う状況なの?」
「うわ、スルーされた」
「あ~……さっき言ったまんまや。渋澤の爺さん達、まだ戻って来うへんのや」
「摩耶は早坂って娘に付き添ってるのね」
「せや」
「……どう思うシング?」
「や、分からないッスねぇ」
俺は玄関付近から病院内を見つめ、ちょいと小難しい顔。
既にお見舞い時間を過ぎている所為か、幾つかの照明が落ちている。
ぶっちゃけ、ちと怖い。
病院って、何かこう……霊的な恐怖があるではないか。
ホラー映画とかはそうだったし。
「ってか面会時間って終わってますよね?追い出されないんですかね?」
「摩耶は喜連川のお嬢様で、ここは系列の病院。まぁ、何を言わなくても無理は通るわ」
「……なるほど。で、僕チン達はこれからどうします?行動プランは?」
「建物内に入って摩耶及び渋澤達を捜索。何かしらの怪異が起きた場合は臨機応変に対応。以上よ」
「了解。けど、僕チン普通に入って怒られないですか?時間も遅いですし……それに酒井さんや黒兵衛は?」
「喜連川の関係者って言えば良いわよ。私や黒ちゃんはこの札を使うわ」
そう言って酒井さんが何やらゴソゴソと動き、俺の頭上から馴染みの符札をぶら下げた。
「こりゃ何で?」
「隠形術の札よ。これを貼れば誰にも見つからないわ」
「透明化の魔法か何かで?」
「ちょっと違うわね。何て言うのか……見えてるけど、気に留めなくなるって言うのかしら?だから監視カメラとかには普通に写るしね」
「へぇ……対象の存在を記憶させないって事かな?中々に面白い魔法ですね」
「シングはどうなの?透明化の魔法とかは?」
「出来ますよ。透明化……不可視の魔法ってのには二種類ありまして、一つは消費魔力が固定だけど時間制限があるタイプ。もう一つは不可視化している間だけ魔力を消費するタイプ。僕チンが使えるのは前者ですけど、さすがに人間世界だと、ちょっと厳しいですねぇ」
「それってカメラとかにも写らないの?」
「試した事はないですけど、多分。完全に見えなくなりますからね」
不可視看破のスキルや対抗魔法を持ってないと、絶対に見られることはないのだ。
ただし、気配や匂いで分かったりもするので、野生動物には感付かれる事も多いがね。
そう言う時は、併せて不可知の魔法を掛ければ良いのだが、二つ同時に使用すると中々に魔力の消費が……
便利だけど、結構使い所が難しい魔法なのだ。
時間制限もシビアだしね。
「へぇ……そうなの。凄いわね。ホント、シングの世界の魔法は万能性があるわよねぇ」
「いやいや、そうでもないですよ?高位魔法になればなるほど使用者は限定されますし、個々の魔法レベルや熟練度に因って効果に差もありますから。通信系魔法に例えるなら、相手にその魔法に対しての素養がないと通じないですからね。それにレベルに依って距離も違うから、こっちの通信魔法が届いても相手からの返信が届かないと言う場合もありますし、ぶっちゃけ、この人間世界のスマホやネットの方が便利でお手軽ですよ」
「そうなの。魔法が普通にある世界だから、もっと便利なのかと思ったわ」
「皆が皆、平均的に使えるって能力じゃないですからね。やっぱ才能や努力も必要って言うか……あれですよ。球技と同じですよ。誰でも普通にボールは投げられるでしょ?けど、剛速球を投げる事が出来るのは極一部の人間だけじゃないですか。魔法もそれと一緒なんです。だから誰しもが便利に使えるってワケじゃないんですよ」
それに同じ魔法でも種族や魔法体系に依って差異が出ちゃうからね。
日常生活を送るなら、この科学が発展している人間世界の方が遥かに便利だよ。
誰しもが、道具を使えば均等に何でも出来るからね。
さっき言ったスマホだって、個人の能力によって通話距離に差異が出たりしないし。
……
今度、摩耶さんにおねだりしてみようかなぁ。
「ふ~ん……シングの住んでた世界を一度見てみたいわねぇ」
なんて事を言いながら、酒井さんが一枚の札を俺のおでこ付近で揺らす。
「これ、黒ちゃんに貼ってあげて。背中で良いわ」
「うぃ。このままで貼れば良いんで御座るか?糊とか付いてないけど……」
取り敢えず肩に乗っている黒兵衛の背中にそれを押し付けると、
「あり?ピッタリとくっ付いた」
どう言う原理なんだ?
摩訶不思議だ。
「これで他人からは見られないわ」
「へぇ……でも僕ちゃんには見えますよ?」
「シングは最初から私や黒ちゃんがここにいるって認識してたでしょ?だから術が効いてないのよ」
「なるほど。良く分からんけど……」
「じゃ、行くわよ。摩耶と渋澤、それに早坂って子を探すの」
「最優先は摩耶さんですよね?」
「当然」
「了解。んじゃ、行きますかぁ」
★
ちょいと身構えながら病院内へと入る僕チン一行。
何かこう、結界的なモノでも張ってあるのかと思ったが、何も無い。
普通に入れた。
肩透かしだ。
酒井さんも同じような事を考えていたのか、
「今回の件に第三者……どっかの術者とかが絡んでいるって事はなさそうね」
そんな事を呟いている。
「さて、どうしましょうか?」
面会時間が終わっているので、受付は閉まっている。
人影もなく、辺りに響いているのは自販機から漏れる『ウ゛~』と言うコンプレッサーの音のみ。
ちょっぴり不気味な感じがする。
「う~ん、誰かに聞こうと思ったけど……ちと困りましたな」
このままでは、摩耶さん達が何処に居るのかサッパリ分からんではないか。
取り敢えず近くの壁に添え付けてある案内板を眺めて館内を確認。
……
滅茶苦茶に大きい。
西館に東館に本館に特別病棟に霊安室に……霊安室?え?なにそれ?
何かこう、そこはかとなく凄く怖い所のような気がするんじゃが……
「お?」
向こうから足音を響かせ、警備員が数人小走りに駆け寄って来た。
そして俺を取り囲み、面会時間は終わってますよ的なことを威圧的な態度で言ってくる。
いきなり不審者扱いだ。
ま、こんな時間に異国風の男がふらりと入って来たら、警戒するのは当たり前と言えば当たり前なんだが……
ちょっぴり遺憾であるぞ。
俺様を誰だと思ってるんだ?
喜連川の居候だぞ。
軽く魔王パンチを食らわしてやろうとも思ったが、先ずは情報収集が最優先だ。
酒井さんが頭上でそう囁いているし。
と言うわけで、不本意ながら下手に出つつ警備員のおっちゃん達に事情を話し、摩耶さん及び渋澤爺ィ達の事を聞く。
すると、本館13階のVIP専用の特別病棟にいるらしいとの事だった。
らしいって何だよ……
どうやら警備員達もその辺の事情は知らないようである。
どうしましょうか、酒井さん……
と囁くと、
「この警備員達に案内してもらいましょう。VIP棟には普通じゃ入れないし……それに何かあれば盾にも使えるしね」
相変わらずおっかない事を言ってくれるが、どのみち一人では行かせてもらえないだろう。
まだ不審者を見るような目で僕チン見てるしね。
と言うわけで、警備員どもにお願いし、案内してもらうことになった。
そしてエレベータを乗り継ぎ、件の本館13階へと向かう。
しかしやっぱ人間世界の科学文明って便利だよねぇ……
高い所へもスムーズに行けるんだもん。
俺の世界だと、飛行能力や飛行魔法を持たない連中は、それこそ階段を使って一苦労だったのに……
この世界だと、子供でも楽チンだ。
最も俺の世界には、それほど高い建築物ってのは無かったけどね。
やがて『チン』と言う電子レンジのような音と共にエレベータが止まり、扉が開く。
「ふにゃ?」
予想外の光景が広がっていた。
VIP専用特別病棟と言うことで、見た目からしてかなり豪奢な空間だ。
や、それは特に予想外ではないのだが……床にね、看護士のお姉ちゃんが何人もぶっ倒れているのですよ。
ふむ……生命体感知スキルに反応は有り。
と言うことは、単に気絶しているだけか?
過酷な労働現場って事か?
そんな事を考えていると、いきなり警備員のおっちゃん達も倒れた。
見ると後頭部に符札が貼り付けられている。
「酒井さん?」
「騒がれると面倒だからね」
「そりゃそうだ。しかしこれは……」
「どうやら気絶しているようね」
「厄介な展開やないけ……」
と、黒兵衛。
「で、どないするんや、酒井の姉ちゃん?」
「急いで摩耶達を探しましょう。このままだとシングはテロリストよ」
「うぇッ!?な、なんで?」
「分からないの?」
「警備員のおっちゃんが戻らんかったら、他の警備員が気付くやろ?んで、様子を見に来てこの光景を見た場合……真っ先に疑われるのは誰や?」
「……あ、俺だ」
「そういう事。ともかく進むわよ」
「了解。って……どうやって?」
目に前にはナースステーションとか言ったか?何やら大きな受付のような場所があり、その左右に廊下が続いているのだが、生憎とVIP専用と書かれた分厚そうなガラス扉に遮られている。
「ここは確かIDカードがいると思ったんだけど……警備員は持ってない?」
「……ないですねぇ」
酒井さんの術札によって気絶させられている警備員達の身体を弄るが、特に何も出て来ない。
「どうしやす、姐さん?ステーションの中から扉の操作を……あ、ここからだと入れんわい」
「ぶち破って良いわよ」
「合点承知」
スキルを幾つか発動させ、軽く魔王パンチを扉に向かって放つ。
特別病棟への道を閉ざしているガラス扉は、粉々になって吹き飛んで行った。
「お邪魔しますぅ……って、彼方此方に人が倒れてますねぇ。生きてはいるようですが」
「何があったのかしら?」
「未知のウィルスが漏れ出したとか?」
「ここは病院よ。どこぞの研究所じゃないわよ」
「ん?魔王。あそこに倒れてるのは渋澤の爺ちゃんやないか?」
「ふにゃ?」
廊下途中の角付近で、黒服姿の男が二人倒れている。
小走りに駆け寄ると、確かに黒兵衛の言う通り、渋澤の爺ィと田野倉のおっちゃんのようだ。
ふむ……
「ってシング。何で首を絞めてんのよ」
「や、今の内に止めを刺しておこうかと……」
「馬鹿な事やってないで、起こしなさいよ」
「へーい」
俺は不承不承、爺ィの首から手を離し、その年季の入ったハゲ頭をピシャリと叩いてやった。
「う゛…あ……」
「おい爺さん、起きろ。廊下で寝るんじゃない」
「こ、これはシングさん……」
そう呟くや、いきなりカッと目が見開かれ、爺ィは跳ねるような勢いで起き上がった。
ちと怖い。
「ま、摩耶お嬢様は!?」
「落ち着け爺さん。何があったんだ?」
「も、申し訳ありませんが、落ち着いている暇は御座いません。急ぎ摩耶お嬢様を探しませんと……」
渋澤の爺ィはそう言って、倒れている田野倉のおっちゃんの頬を張り飛ばした。
「待て待て。だから摩耶さんはどうしたんだって。何が起きた?説明しろよ爺さん」
「分かりません。ただ……いきなり意味不明な事を口走りながら看護士や私どもに襲い掛かって来て……」
「ふへ?まさか爺さん、摩耶さんにヤラれたのか?え?どう言う事だ?しかも意味不明な事って……何を言い出したんだ?」
「わ、分かりません。急に早坂様と一緒に死ぬとか何とか……」
「は…はぁぁぁ?」




