画面の中へ入りたい。もしくは出したい。そんな魔法を求む。
今日はいつもとは違う別の食堂で酒井さんと二人で晩御飯。
市松人形とサシで飯を食うのは、なんちゅうか少々微妙な感じと言うか、傍から見たらまるで僕ちゃんがアカン子のようではないか。
ま、もちろん二人っきりと言うのには理由がある。
摩耶さんはクラスメイトと夕飯を摂っているのだ。
話が長引き、良かったら夕食を一緒に、と言う流れらしい。
当然、酒井さんや俺が同席する事は色々な意味で憚れるので、こうして別の場所で飯を食っておるのだ。
ちなみに黒兵衛は、情報収集の意味も兼ねて、摩耶さんの元へと送った。
猫なら別に怪しまれる事もないだろう。
もちろん、普通に喋ったら即アウトだが。
「摩耶さん、さっきチラッと見掛けましたけど、結構深刻そうな顔をしてましたねぇ」
「安請け合いするからよ」
本日のメニューである特製カニクリームコロッケをフォークで切りながら、酒井さんが言った。
「いやいや、それは仕方ないでしょうに」
しかしこのコロッケ、美味ぇなぁ。
さすが料理長だ。
掛かってるソースも、デミなんとかと言ったが、これまた濃厚かつ絶妙な味わいで実に美味い。
いやはや、僕ちゃん一応は王だったのに、今まであまり大した物を食ってなかったんだなぁ、としみじみと実感するね。
「もし酒井さんだったら、この場合どう対処します?」
「ん?そうねぇ……別の霊能力者を紹介するわ」
「ありゃま?他人に丸投げすると?」
さっき他人を頼っちゃダメとか言ってなかったか?
「しょうがないでしょ?私は基本、陰陽使い。退魔が専門よ。霊関係は、そっちの専門家に任せるのがベストだとは思わない?相手の為にもね」
「ん~……ま、確かに。そう言う意味では、摩耶さんも専門外ですよね?」
「もちろん。あの娘は魔女ですもの。どちらかと言うと霊的な事には不向きだわね。本来魔女は、生きてる人間を相手にするのが専門だしね」
「だったら摩耶さんも、そうすれば良いと思うですが……どうでしょうかねぇ」
「ま、無理ね。相談しに来たのが全くの他人なら、それも有りでしょうけど……クラスメイトからの相談ですもの。摩耶の性格から言って、おいそれと他の術者を頼れとは言わないでしょうね」
そう酒井さんが言いながら添え付けのレタスを食べていると、食堂の扉が開き、黒兵衛が戻って来た。
「よぅ、お疲れ。どうだった?」
「あ~……ある程度の話は分かったで。殆どは愚痴みたいなモンを聞いてた感じやが」
テーブルの上に飛び乗り、黒兵衛は少し疲れた顔を前足で洗い始めた。
「猫のフリをするのも疲れるでぇ」
「や、猫だし。で、具体的な相談内容は?」
「摩耶姉ちゃんに相談しに来た姉ちゃんは、早坂って言うクラスメイトや。下の名前は知らん。で、陸上部に所属しているその姉ちゃんなんやが、今度大きな大会に出るんやって。で、ごっつ練習しとるんやけど……なんかな、最近変な事が多いって話や。練習中に何かに背中を押されたりとか、いきなり足首を捕まれるような感覚があったりとか……んで、そう言う時必ず笑い声とか聞こえるって言うてな。それで不安になって摩耶姉ちゃんに相談を……って言う話の流れやな」
「ほぅ……笑い声と。で、その声の主は?」
「先輩の声に聞こえるって言う話や。名前は知らん。先輩とかしか言うてないし。で、その先輩やが……本来は、その先輩姉ちゃんが大会に出る予定やったんやって。けど、怪我か何かで出られようになって、代わりに出るようになったのが、早坂の姉ちゃんって話や」
「ちなみにその先輩と早坂って子の関係は?」
「すこぶる良好や。可愛い後輩と尊敬する先輩って間柄やな。ちなみに早坂の姉ちゃんが試合に出る事になったのも、その先輩姉ちゃんの推薦があったからや。他にも候補がおったらしいけど、早坂の姉ちゃんをちょっと強引に推したらしいで」
「……ふむ。どう思います酒井さん?僕チン的には、その早坂ちゃんの先輩が生霊の発生源だと思いますよ。動機としては大会に出られない悔しさなど……って所でしょうか」
「少し早計よ、シング。確かに生霊の発生プロセス的には、その先輩ってのが怪しいとも思うのも分かるけど、霊障と言っても殆どの気のせいかもってレベルじゃない。それに悔しさもそうだけど、恨みや妬みと言う点から言えば、他の出場候補の女の子達の方が強いんじゃない?その先輩が、早坂って子を強引に推薦したんでしょ?他の子達から見れば、かなりの僻みの対象よ」
「あ、なるほど。先輩に贔屓にされてたら……他の子達は、ちょっと思う所があるでしょうなぁ」
「その早坂って子にとっても、かなりのプレッシャーの筈よ。他の子を差し置いて選ばれたんですもの。だから精神的に追い詰められて、幻覚を見たって線も考えられるわ。更に言えば、辛い思いをするぐらいなら大会に出ない方が良い、って心の中で思っちゃってて、それが肉体に影響を及ぼしている、と言うのも考えられるわね」
「ははぁ……なるほど」
「何でもかんでも、霊的なことに結び付けるのは良くないわ。先ずはあらゆる可能性を排除してから判断しないとね」
むぅ…
さすが経験豊富な酒井さんだね。
色々と考えてらっしゃる。
「でも早坂って子の気持ちも分かるわ。先輩からは期待され、周りからは妬まれ……未熟な心に圧し掛かる重圧を考えると、逃げ出したくなるでしょうに。ちょっと可哀相ね」
「周りも、素直に応援とか出来ないんですかねぇ?」
「出来ないわ」
酒井さんは断言した。
そして手にしたフォークを目の前で揺らしながら、
「心身ともに成熟した大人ならともかく、まだ未熟な子供ですもの。しかも女の子でしょ?先ず無理ね。男はともかく、女の子ってのは中々にねぇ……特に摩耶の学校は女子校よ。女子だけの学校ってのは、そりゃもう凄い物よ。外では普通に接していても、中は結構、ドロドロとした負の感情が渦巻いていたりするのよ」
「わ、分かる!!それ、凄い分かるよボク!!」
何しろ僕チン、学校でシバかれたりパシらされたりもしたけど、相手は全て女だったからね。
しかも俺の国を滅ぼしたのも、多分女だ。
何しろ周りの超大国、全部姫やら王女やらが仕切っていたし……
いやはや、女子って怖ぇ。
あのおっとりしているような摩耶さんだって、時々何か物凄い目力で僕チンに圧を加えて来る事があるもんね。
……
けど、何故か酒井さんはそう言う意味では怖くないな。
そりゃ一番殴ってくるけど……なんでじゃろう?
人形だからかな?
「せやけど摩耶姉ちゃん、どないするんやろ?」
黒兵衛が顔を顰めながら、自分の股間を舐め始める。
毎度毎度、身体中を嘗め回して……美味いのかな?
「気のせいって線もあると言う話だけど、どうなんじゃろう?摩耶さんの診断結果を伺ってみないとねぇ」
「今のところ明確に霊障って断定できるモノが無いわね。さっきも言ったけど、生霊ってのは発生する事自体、珍しいのよ。恨みや妬みだけで発生するんなら、女子校は毎日が阿鼻叫喚の地獄よ。それにこれも言ったけど、生霊自体に大した力は無いの。対象者が心身ともに健全なら、先ず何の霊障も起きないわ。免疫力と同じよ」
「でも今回、その早坂って子は少し心が参っちゃってる様子ですよね?」
「摩耶に相談しに来るぐらいだからね。さて、摩耶はどう対処するのかしら……お手並み拝見ね」
「酒井さんならこの場合は?」
「私?そうねぇ……何かテキトーなお守りでも渡して、これで大丈夫、って言うわ。後は少し観察って所ね」
「はにゃ?そんだけ?」
「あ~……プラシーボ効果って奴やな」
黒兵衛がフムフムと頷いた。
「要は自分は安心だって思い込ませるんや。病は気からって言うしな」
「そう言うこと。気のせいであれ本当に生霊の仕業であれ、心が弱っていると駄目ですからね」
「は~……なるほどねぇ」
★
食後、部屋でゴロゴロと転がり、まったりタイムを満喫中。
黒兵衛のやたらゴツゴツとした背中を撫でながら、のんびりとテレビを視聴している。
ちなみに酒井さんは、何やら編み物していた。
何してるの、と尋ねたら、自分用のマフラーを編んでるとの事だ。
市松人形にマフラー……いや、それよりも寒さとかを感じるのか?
よもや風邪を引くとかはないよな?
等と疑問に思っていると、コンコンと小さなノックの音と共に、摩耶さんが部屋に入って来た。
どうやら早坂って娘は帰宅の徒についたらしい。
「やぁ摩耶さん。お疲れさんです」
身体を起こし、ニッコリ笑顔で挨拶するが、摩耶さんはどこか疲れた笑みを浮かべているだけであった。
何だか少し怖い。
「随分と長かったのね」
編み棒を置きながら酒井さん。
「で、どうだったの?」
「……疲れました」
そう言って摩耶さんはその場にペタンと座り込み、
「学校が終わってからずっと……早坂さんからずっとずっと愚痴を聞かされました」
あ、ありゃまぁ……
「随分と溜め込んでいたのね、その早坂って娘」
「今度は私のストレスが溜まりました」
摩耶さんが近くに置いてあったクッションを手に取り、それをボフンボフンと床に叩き付ける。
うぅ~ん、摩耶さんって生真面目だから、ずっと真摯に話を聞いていたのかなぁ……
俺だったらお構い無しにゲームとか始めちゃうけどな。
「それで、摩耶の見立てはどうなのよ?」
「気のせいです。ストレスによる幻覚だと思います」
む、酒井さんと同じような意見って所かな。
ストレス過剰により心身ともに不調になり、それを生霊だ何だのに結び付けたと……
ぶっちゃけ、摩耶さんに相談するより、どこぞのカウンセラーに相談した方が良くないか?
「……そうね。その線が濃厚かもね。それで摩耶はどう処置したの?」
「何もしてません」
「あ、あらそうなの?」
「はい。だって物凄くスッキリした顔で帰って行きましたから……もう大丈夫でしょう。ふふふ」
うぉう……逆に摩耶さんのストレスがマックスって感じですよ。
目が何だか逝っちゃってるし……
こっちの方が重症じゃね?
「あらあら。今度は摩耶が溜め込んじゃったのね」
酒井さんは気の毒そうな目で、やつれ顔の摩耶さんを見つめる。
そしてどこか企んだような顔で俺をチラリと見やると、
「でも大丈夫よ。摩耶の愚痴はシングが聞いてくれるから」
「マイガッ!?」
ヘイ、ミス酒井。そりゃ無いぜベイベー。
「なによシング。摩耶の話を聞いてあげないの?」
「や、別にそんな事は……」
「そうよね。良かったわね摩耶。シングが摩耶の話を聞いてくれるって。言いたい事をいっぱい言うと良いわ。それにこの際だから、色々と聞きたい事もあるんじゃない?」
酒井さんが悪戯ッ気な瞳を輝かせながらそう言うと、摩耶さんは興奮の面持ちで俺に向き直り、
「シ、シングさん」
「な、なんでしょうか?」
うおぅ、何故か鬼気迫る感じが……
「え、えと…その……シングさんの好きな物はなんですか?」
「……は?」
え?なにその唐突と言うか、いきなり何の脈絡の無い質問は?
話を振った酒井さんも、何言ってんのコイツ、みたいな顔をしているぞよ。
「す、好きな物……と言うと……」
「た、食べ物です。料理です」
「料理ですかぁ……や、この世界の料理は色々と美味しくて……」
「ぐぐ具体的には?」
「具体的、ですか?うぅ~ん……」
悩むなぁ。
どれも本当に美味しいし……
と、こう言う時は限定スキル『運命の岐路』を発動だ。
心の中に、状況や経験を鑑みてベストと思われる選択肢が自動的に表示されるのだ。
うむ、ならば早速スキル発動。出でよ選択肢!!
『問・自分の好きな料理』
①摩耶さんの手料理以外全部
②摩耶さんの手料理以外全部
③摩耶さんの手料理以外全部
「……ぎゃふん」
「え?」
「あ、いやいや……そ、そうですねぇ……ま、強いて言うなら、ハンバーグ、かな?一応魔王だし」
「ハンバーグですか?そうですかぁ……分かりました。だったら今度、私がハンバーグを作ります」
「は?」
思わず心の底から『ギャースッ!!』と叫びそうになってしまい、慌てて膝元で丸くなっている黒兵衛の身体を力いっぱい掴んだら、黒兵衛がリアルに「ギャースッ!!」と叫んだ。
有難う黒兵衛。
俺の代わりに叫んでくれて。
「まま摩耶さんが……ハンバーグを?」
し、しまったぁぁぁ……
やはり選択肢は正しかったんだ!!
どうしよう?
聞いただけでもうお腹が痛くなってきた。
ちなみに酒井さんもカタカタと震えているし。
「だ、大丈夫ですよシングさん。今度はちゃんと、料理長の言うことを聞いて作りますから」
「そ、そうですか」
ってか、今度は?
つまり前は聞かなかったのね?
なるほど。道理で納得の味付だった筈だよ。
「シングさんはハンバーグがお好きと……だ、だったらシングさん。え、えと……その……こ、ここ好みのタイプは?」
「はへ?」
好みのタイプ?
え?どう言う事?
ハンバーグの好みって事?
牛肉100%が好きとか……
個人的には、少し豚ミンチが混じって程よく柔らかい口当たりのハンバーグが好きなんだけど……
「そ、その……こ、好みと言うか、シングさんの理想の女の子は、どど、どんな女の子なのかなぁ、と」
「あ、そっちの好みですか」
って、何の質問だ?
意味がサッパリ分からん。
「そうですねぇ……ま、色々といるんですけど……」
「……は?色々?」
「ふへ?」
な、なんだ?急に摩耶さん、目が据わって……え?このプレッシャーは何事で御座るか?
「え、えぇ……その、色々な女の子がいるじゃないですか。だからいつも、どの女の子から攻略しようかと悩んじゃって……」
「は?攻略?」
ふにゃ?
あ、あれれ?何かプレッシャーに、少し殺気が加わったような……
「そ、そうですよ?特定の女の子から攻略しないと出て来ない隠しキャラも居ますしね」
「はい?え、えと……シングさん?一体何のお話を……」
「え?美少女系アドベンチャーゲームにおけるお気に入りキャラクターの話ですけど……」
そう俺が答えると、摩耶さんは物凄く複雑そうな顔をした。
酒井さんもポカーンと、珍獣を見るような目で俺を見てくる。
何故だ?
何か間違った事を言ったのか?
教えてくれ黒兵衛。
「や、全部おかしいやろうが。どうしたら今の話の流れで、ゲームキャラの話になんねん。理想の女の子って話やろ?」
「え?だからゲームに出てくる女の子達じゃん。理想の女の子だろ?画面の中だけに存在するのは非常に残念だけど……その分、僕チンを蔑んだり殴ったりして来ないし、完璧な女の子達だよね」
「ホンマに残念な魔王やな。摩耶姉ちゃんが言ってるのは、現実の女の子についてや」
「現実のッ!?」
「何でそこで驚くねん」
「いやぁ~……その発想はなかった」
「いやいや、何でやねん。理想の女の子、と聞かれてゲームキャラを出してくる方がおかしいやろうが」
「ん~……だってさ、何て言うのか……ゲームや漫画の女の子にはトキメク事もあるけど、リアルは……どうも昔から、楽しい思い出が殆ど無い、と言うか辛い思い出ばかりばかりだった所為か、ちょいと苦手と言うかねぇ。だから理想の女の子と聞かれても、ピンと来ないので御座るよ」
「そんなに辛かったんか?」
「うん。何故か無茶苦茶に絡まれた。しかも時々、目の前で女の子同士がいきなり喧嘩をしたりして……それを仲裁しようとすると、何故か俺が悪いって殴られたりもしたんだぜ?理不尽すぎるだろ?昼御飯を一緒に食べなかったと言うだけで、尻に蹴りを入れられた事もあったし……別に約束とかしてないのにね」
いや、本当に辛い学生時代だった。
お陰で少し女性恐怖症(但し現実に限る)だよ僕チン。
「……自分、昔から鈍かったんやな」
「はへ?」
「そうね」
と酒井さん。
「その女の子たち、シングに気があったんじゃないの?」
「な、何を仰る酒井さん。物事を腕力か魔法で解決しようと言う超アマゾネスな女達ですぞ。そりゃ確かに見た目は可愛かったですけど、性格は全員破綻していて……本当に僕ちゃん、毎日が戦々恐々、苦難の連続だったんですぞ」
「何もそんな泣きそうな顔で言わなくても……」
「いや、本当に地獄のような日々だったんですって。例えばダンジョンへ潜る研修で、誰かとペアを組まなきゃって時に、クラスの中でも超腫れ物な4人の女が、いきなり俺様を名指しですよ」
「モテてるじゃないの」
「違いますよ。そもそも俺より優秀な奴はいっぱいいるし、その女達だって俺よりも強いんですぜ?あいつ等の狙いは、俺を荷物運び兼囮役と考えていたんです。体のいいカナリアですよ。間違いないです」
「そ、そう?それでアンタ、どうしたのよ」
「どうしたって……逆らえないですよ。怖いし。だからジャンケンかクジで決めればと、やんわりと提案したんです。そうしたら何故かいきなり大バトルが始まって、教室は半壊。負傷者多数に死者まで出たんですよ。ま、死んだ奴は蘇生魔法で何とか生き返りましたが……しかもその後で、全部シングが悪いとか言い出して、僕ちゃん超号泣でしたよ」
あまつさえ首班として先生にまで殴られたしな。
「ラヴコメみたいじゃないの」
「血飛沫が舞うラブコメなんて聞いたことがありませんな」
しかもとばっちりでクラスメイトが死んでるし。
「愛情表現が不器用なだけだと思うんだけど……だったらシング。ウチの摩耶はどう思ってるのよ?摩耶もリアルな女の子よ」
「はへ?摩耶さんですか?摩耶さんはステキな女性ですよ?可愛いし優しいし、何より大恩あるお方です。僕ちゃんをこの世界に召喚して助けてくれたし、衣食住まで保障してくれて……ま、まるで菩薩様やぁ」
「そ、そんなシングさん……」
ポッと頬を赤らめ、ちょいと照れる摩耶さん。
「私をお嫁さんにだなんて……」
「……はへ?」
お、おいおい……何を言い出した?
大丈夫か摩耶さん?
酒井さんも額に手を当てて、物凄く困った顔をしているではないか。
「あ~~……うん、良かったわね摩耶。シングが摩耶は可愛くて優しい女の子って褒めてくれたわよ」
「え、えへへ…♪」
お、摩耶さん超嬉しそうに……
少しはストレスが発散できたかな?
「でも摩耶が可愛いくて優しいのなら、差し詰め私は魅力溢れる知的な女性って所かしら?」
「……は?酒井さんは何て言うのか……ふふ」
「あ?なに鼻で笑ってんの?」
ニッコリ笑顔で血の気の多い魔人形の高速パンチが炸裂。
「うわーーーん、また殴られた。これだからリアルは……黒兵衛、可哀相な俺を癒してくれぃ」
「猫に救いを求めるなや。生活に疲れたOLか、おどれは……」
何て事を言いながらも、俺の膝の上で前足をフニフニさせながらゴロゴロと鳴いてくれる。
……
しかし見た目が貧相な猫なので、癒されるどころか何だかとっても貧乏臭い気分になってしまった。
「全く、本当に酒井さんは暴れん坊ですなぁ」
「なに?何か文句でもあるの?」
「……ないですぅ」
いやぁ~ん、本当にこの魔人形はバイオレンスっちゅうか……
でもまぁ、摩耶さんがニコニコ顔で愉しんでいるので、それはそれで良しか。
……
ってか、もしかして酒井さん、摩耶さんの気を紛らわそうと、ワザと俺にちょっかいを出しているのかな?
何だかんだ言って、酒井さん優しい所があるからねぇ……
そんな事を思っていると、いきなり部屋のドアが慌しくノックされた。
余りに突然だったので、思わず「ウヒッ!?」と声を上げながら膝の上で丸くなっている黒兵衛を放り投げてしまった。
ごめんよ黒兵衛。
「な、なんじゃ?」
「は、はい。誰でしょうか?」
と摩耶さんが返事をする。
酒井さんは人形モードへ移行し、身動き一つしない。
「失礼します」
扉を開けたのは、変態爺ィの渋澤だ。
何故か物凄く険しい顔をしている。
何か怒らせる様な事をしたか?
「ど、どうしました渋澤?」
「御歓談中のところ申し訳ありません、お嬢様」
爺ぃは慇懃に頭を下げた。
「実は大変な事が……自宅まで御送りした早坂様ですが、その……途中で事故に巻き込まれてしまいました。誠に申し訳御座いません」
「え…」
摩耶さんの目が大きく見開かれ、一気に顔から血の気が失せ、真っ白になった。
人形のフリをしている筈の酒井さんも、微かに眉を顰める。
むぅ……
こりゃどうにも、参ったね。
偶然にしては、ちょっとタイミングが……
いやはや、今日は少しばかり長い夜になりそうですねぇ。




