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ツインクロス  作者: 龍野ゆうき
新たなスタートライン
72/72

24‐2

そうして二人歩きながら、駅前通りに差し掛かった所で、雅耶が突然思い立ったように「そうだ」と呟いた。

「夏樹、これから時間あるだろ?ちょっと『ROCO』に顔出さないか?昼飯もまだだろうし、何か食べてこうぜ」

そう言いながらも、既にお店の方へと入る路地を曲がろうとしている雅耶に。

「…う、うん」

夏樹は素直に頷きながらも、内心では少しだけ緊張していた。




あの神岡を逮捕した夜の翌日。

夏樹は、いつも通りバイトの予定が入っていた。

だが、色々とやるべきこともあり、九十九の元へ冬樹達と一緒に行くことになった夏樹は、バイトに出れない旨をお店へ直接伝えに行った。

だが、それは…ただ休暇を願い出ることとは違う。

次に、こちらへ戻って来る時は『野崎冬樹』ではなくなっている…ということが、前提にあったからだ。


その日、冬樹にも同行して貰い、夏樹は直純の元へ挨拶に行った。

今まで、身を偽っていたことへの謝罪。そして伝えきれない程の感謝の気持ち。

だが、直純は…本物の冬樹の登場に驚きはしたものの、真実を伝えてもあっさりと状況を受け入れてくれた。

そして、実は自分は冬樹が夏樹であることをずっと知っていたと逆に暴露され、夏樹の方が驚かされた程であった。


そうして直純は、夏樹に言ったのだ。

「こっちに戻ってきたら、絶対顔出せよな?待ってるからな」


そう、いつもの優しい微笑みを浮かべながら…。



そんなこともあり、夏樹は若干の照れくささと、緊張感で一杯だった。


(仁志さんとか、すっごく驚いてたもんな。あの人、いつもはクールであまり表情に出さないのに…)

もしかしたら、騙されたていたことに怒りさえ覚えているのかも知れない。

そう思うと、胸が痛くてお店へと向かう足が止まってしまいそうだった。


全ての人に歓迎されるとは思っていない。

今まで、自分がやってきたことは、本来ならば許されないことなのだから…。


でも、大好きな場所だったから。

『冬樹』にとって、あのお店は大切な居場所だったから。

(…それがなくなっちゃうのは、ちょっと…流石に寂しいかも…)

お店へと向かういつもの道が、何故だか遠く、長く感じた。



そして、冬樹と共に挨拶に出向いたのは『ROCO』だけではない。

伯父夫婦の元へも、夏樹達は真実を話しに行った。

それは、戸籍上の手続き等を相談する上で外せないことだった。


伯父夫婦は、最初二人を見ても状況を把握出来ずにいた。

何より、八年間も同じ屋根の下で預かり育てて来た冬樹が、実は女の子の『夏樹』だったと知って、大きなショックを受けていた。

伯母を泣かせてしまった程だ。


それは、ある意味当然のことだと思う。

そこまで隠し通してきた、夏樹の(かたく)なさが半端なものではなかったのだ。


伯父夫婦は、気付いてやれなかったことを悔やむような言葉を述べていたが、最終的には二人が無事であることを喜び、手続きに関しても協力的に進めてくれた。

そして、これからも何かあったら自分達を頼れと温かく受け入れてくれたのだった。



自分は恵まれている、と思う。

自分は己のことに精一杯で、周囲をぞんざいに扱ってきたというのに。

自分は独りなのだと。

まるで、ずっと独りで生きて来たとでも言うように…。


でも、それは違うのだ。

自分が周囲と距離を取ることで、自分の弱い気持ちを必死に守っていただけで、見守ってくれていた優しい人々がいたからこそ、今の自分があるのだ、と。

今は素直にそう思えた。




「…大丈夫か?夏樹…?」

思わず俯き、足が止まりかけていた夏樹に気付いて、雅耶が声を掛けてくる。

「あ…ああ。へい、き…」

顔を上げた視線の先には『Cafe & Bar ROCO』の看板が見えた。

思わず、とうとう足を止めてしまった夏樹に。

雅耶は微笑むと、「ほら…おいで」少しばかり強引にその手を取ると、お店へ向かって歩き出した。



見慣れたお店の前に立つ。


でも、目の前に背の大きな雅耶がいるので、今ならまだ店内から自分の姿は見えていないかも…と、思わず逃げ出したい衝動に駆られる。

そんな逃げ腰で落ち着かない様子の夏樹に気付きながらも、雅耶は微笑みを浮かべると。

「じゃあ、入るよ?」

そう言って、手を繋いだままお店の扉を開けた。

その時、一瞬…。横に『本日貸切』の文字が目に入った。

「あれっ…?雅耶、ちょっと待っ…」

『もしかしたら、今日は貸切でお店に入れないかも』…そう言おうとしたのだが、強引に手を引かれて店に足を踏み入れてしまった。

すると。



パパパパパーーーーーンッ!!



突然、大量のクラッカーが鳴り響き、リボンや紙ふぶきが自分目がけて飛んできた。


「……っ…」


それらを咄嗟に手で庇いながらも、驚きのまま店内へと目を向けると。

目の前には、待ち構えていたように、直純、仁志、長瀬、そして清香が囲むように立っていた。


(え…?な…に…?)


その不思議なメンツに、夏樹が瞳を見開いて固まっていると。

傍に居た雅耶が説明をするように言った。

「夏樹、お前…こないだ誕生日だったろ?少し遅れちゃったけど…お誕生日!おめでとうっ!!」

そう言って、何処からか大きな花束を出すと「これは、みんなから」と言って、夏樹へと差し出した。

途端…。


「「夏樹ちゃん!おめでとうーーーっ!!」」


そこで、皆が示し合わせたように声を合わせて言った。


「……っ!!」


その、サプライズ的なお祝いに。

夏樹は、思わず感極まって涙ぐんでしまう。


「お帰り、夏樹…。よく来てくれたなっ」

直純先生が、いつもの優しい微笑みで声を掛けてくれる。

「…直純先生…」


そして直純は、少し後ろに立っていた仁志を肘で小突くと、仁志が「…急かすな…」と、文句を言いながらも前へ出て来た。

そんな仁志を前に、

「…仁志さん…。この間、オレ…仁志さんにちゃんと謝れなくて…。本当に、すみませんでしたっ!」

夏樹は堪らなくなって頭を下げると。

「謝る必要はない。冬樹くんが本当は女の子だったと聞いて、最初は正直驚いたけど…。何より知ってて黙ってた直純には呆れてしまうが、君は君だ。今までと変わらず店に来てくれると嬉しい」

そう言って仁志は、深々と頭を下げている夏樹の肩をポン…と優しく叩いた。

「仁志さん…」


否定されても仕方ないと思っていただけに。

その優しい言葉に、耐えきれず涙が頬を伝った。


涙を零しながら小さく肩を震わせている夏樹に、今度は清香がそっと近付いた。

「夏樹ちゃんっ。冬樹くんに会えたんですってね。願いが叶って…本当に、良かったね…」

清香もつられるように涙ぐむと、慰めるようにそっと優しく夏樹を抱きしめて、背中をポンポンと撫でてくれる。

「清香…せんせ…」


まさか、ここで清香に会えると思っていなかった夏樹は嬉しくて、とうとう泣きじゃくり始めてしまった。

二人で暫く一緒に泣いて、少し落ち着いて来た頃。


今まで大人しく様子を見ていた長瀬が笑って言った。

「冬樹チャンが、まさかあの伝説の夏樹ちゃんだったなんて、超!驚きだよっ。雅耶の冬樹チャンに対しての過剰な想いには気付いてたけど、こういうことだったんだなァ。俺、雅耶のこと、本気でホモなんじゃないかと疑っちゃってたんだけど。違うと知って、安心したヨ♪」

相変わらず、おちゃらけて話す長瀬に。


「…長瀬…。お前、相変わらずだな…」


夏樹は思わず笑ってしまう。

この友人は、こういう時わざと笑いを誘うような言葉を言うのだ。

そうして、いつだって明るく盛り上げて元気付けてくれる。


だが、随分な言われようの雅耶は、

「…お前な…」

と、オーバーに溜息を吐いた。


そこで、皆の笑いが起こった。


「じゃあ、挨拶も済んだ所で食事にしよう!少しだけど料理を用意させて貰ったから、皆で食べよう!」

直純が声を上げた。

「ほらほら、夏樹チャン♪こっちこっち座ってー」

調子乗りの長瀬が、ちゃっかり夏樹をエスコートする。

「あ…コラッ!長瀬…」

雅耶はツッコミたい所だったが、夏樹が笑顔で楽しそうだったので、まぁ良いかと微笑みを浮かべた。


そうして、夏樹は思ってもみなかった楽しい時間を過ごしたのだった。




その帰り道。

夏樹は、雅耶と二人…並んで歩いていた。

もう空は、すっかり夕焼けのオレンジ色に染まっている。


「今日は、ありがと。雅耶が皆を呼んでくれたんだろ?オレの正体が清香先生にバレてたこと…知ってたんだ?」

「うん、最近だけどね。お前、やたらと保健室行ってただろ?色々相談乗って貰ってるって言ってたし…。身体測定のこととか考えたら、清香姉が知ってる可能性は高いかなって思って。お前がいない間に、直接聞いてみたんだ」

「…そっか…」


楽しい学校生活を思い出して夏樹は遠い目になった。

冬樹から夏樹に戻った以上は、男子校である成蘭高校へ通うことはもう許されないからだ。


「成蘭…楽しかったな…」


夏樹は、ポツリと呟いた。

その寂しげな横顔に、事情を察して雅耶は疑問を口にした。

「…そうか。今後の学校については、どうなるんだ?夏樹としての学歴とかって…」

「うん…。今までの夏樹の学歴は、本当は何もないことになってるから、実際は難しいみたいなんだけど…」


実は、その辺りの根回しも九十九が全てやってくれていた。

成蘭高等学校は私立である。

ある意味、学校長や経営トップに上手く話を付けられれば、その辺はどうにでもなるというのは、九十九談である。

実際、そんなことを話し付けられる人物がそうそういるとは思えないが、九十九という人物は、とにかく凄い人だった。

成蘭に相談を持ち掛けた結果、夏樹の成績が優秀だったこともあり、同じ学校法人が経営する別の女子高へ編入試験を受けることで転入可能だという話を付けてくれた。


「えっ…じゃあ、その女子高に行くのか?」

「うん。試験に合格出来れば…の話だけど…」


男だらけの環境から、今度は女だらけの環境へ。

実際、気は重いが選択肢など無い。

仕方がないと、夏樹は腹を括っていた。


「でも、今のままじゃ…流石に女子高へ行くのが抵抗あるから、少し時間を貰ったんだ」

「…抵抗?…何で…?」

「だって…。こんな身なりで、女子高に行っても女装にしか見えないだろ?髪だって短いし…。オレ、変態だと思われたくないもん…」

そう、呟く夏樹に。

雅耶は思わず吹き出してしまった。


「あっ!笑ったなっ」

「ははは、ごめん、ごめんっ!!だってお前、変態だとか言うから…っ」


(いや、見た目はそこらの女子より全然可愛いし大丈夫だと思うんだけど…。それより夏樹の場合、言葉使いの方が問題なんじゃ…)

…という、ツッコミは己の内に閉じ込めておく。



「大丈夫だよ。お前なら全然大丈夫だって。俺が保証するよ」


爽やかに笑って言う雅耶に。

夏樹は僅かに頬を膨らませると「笑ってそう言われても、何かな」と、不貞腐れるように言った。

すると、雅耶は不意に足を止めた。


「俺がついてるから大丈夫だよ。ずっと夏樹の傍にいるから…。応援してるし、どんなことがあっても俺が夏樹を守るよ」


急に大人びた瞳で見詰めてくる雅耶に。

夏樹は初め驚いたような表情を浮かべていたが、小さく頷くと。

「…うん。雅耶のこと、信じてるよ…」

そう言って微笑んだ。


「よし。じゃあ、行こうか」


雅耶は、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべると、夏樹の前へと手を差し出した。

その大きな手に、そっと自らの手を添える。


繋いだ温かな手。



ずっと、一緒にいてくれる人がいる。

それだけで、大丈夫。


雅耶と一緒なら…

きっと、どんな困難だって乗り越えていけるから。





※『後書き』項目があったのを忘れていて、活動報告に『あとがき』として書き込んでいた物をこちらへ移しました。(ボケボケですみません…。)


2015年 09月01日 (火) 15:58


こんにちは、はじめまして。龍野ゆうきです。

この度は、こんな所までお読みいただきありがとうございます。(*^_^*)


昨日のことになりますが、連載していた小説『ツインクロス』無事完結しました。

お読みいただいた方がいらっしゃいましたら、ありがとうございます!!

そして、ブックマークしていただいた皆さまも本当にありがとうございますv

そんな皆さまにパワーをいただいたお陰で、完結まで辿り着けたと思っております。


初のオリジナル小説…ということで、最初は操作も曖昧で、緊張気味に書き始めましたが、本人的にはとっても楽しく最後まで書かせていただきました。

(それを自己満足と言います♪)


このお話は、実は昔…漫画で描き始めたものでした。

(ノートに落書きする程度のモノです。(笑))

その時は、大まかなストーリーがあるだけで、後半どういう展開にしていくか…とか、あまり決まっていなかったので、今回かなり悩みに悩んだ場面もありました。

(漫画で描いていたのは、本当に最初の方…。街で三人組と喧嘩して、直純が助ける再会の辺りまでです。(苦笑)…ホントに最初だけ…。)

…なので、全体を読み通してみて、矛盾点とかありましたらスミマセンです。(汗)


けれど、それだけ長い期間自分の中で温めていたお話が、こうして形になって…。

本当に自己満足でしかないのですが嬉しいですv


何にしても、ハッピーエンドになって良かった~vv

夏樹には、幸せになって貰いたいです。

本当は、もっと雅耶とのカラミ?が欲しかったのですが、ダラダラになってしまうので止めました。

(…どうしても、書きはじめると何でも長くなってしまう性質なのです…。)

その内、番外編とかで是非二人のエピソードとか書けたらいいなぁと、勝手に思ってます。(あくまで希望!)


もしも、見つけたら覗いてみていただけると嬉しいです。


そして、是非お読みいただいた感想などありましたらお寄せいただけると、作者…泣いて喜びます。一言とかでも全然構いませんので、お気軽によろしくお願い致しますv


それでは…。

長くなりましたが、本当に…ありがとうございました~!!


    龍野ゆうき



追記:このお話の続編は、『プリズム!』という作品で既にUP済みです。

   また2作品のショートストーリーを集めた番外編などもありますので

   是非、合わせてお読みいただけると嬉しいです。

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