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 継俊は馬から降りて加賀美の傍に立ち、

「姫、もう良いのですよ、あなたの言いたいことは良く分かるから」

 と言って優しく肩を抱いた。

 それ聞いた加賀美の目からは涙が一筋流れ落ちた。


 月の姫は無表情のまま、

「わたくしは天界へと帰ります、また、何時かお会いしましょう、巫女の姫」

 と言葉を発すと、由衣の身体から離れたのだろう、光の球体となって光の柱の中に消えた。

 すると、桂木もまた、同じようにその肉体を脱ぎ、光の柱へと消えていく。

 それを待っていたかのように、光の柱は月へ吸収されるように消えていった。


 帝は無言でそれを見守り、振り返った。


「光則、御所へ帰ろう……」

 力無く、それだけを申された。

 

 光則は警護の者達に、御所への帰館を命じる。それは帝のみならず、周りの者たちまで皆、魂が抜けたようであった。


 光則はその後を継俊に頼み、帝に付き従い供と月の姫の屋敷を後にした。


 月の姫の屋敷には由衣の身体が残された。帝が引き上げるのを待っていたように、庭の隅に居た蓮と九は由衣へ駆け寄る。


「由衣! 由衣!!」

 蓮は由衣の身体を抱き上げ揺する。由衣はゆっくりと目を開けた。


「……蓮、ありがとう、あんたの声、聞こえていたよ。何て馬鹿なんだろうね、あたしは。みんなに心配かけてさ、如何して生きてるかなんて、もう、如何でも良いよ…………あんたと見た、あの時の菜の花、綺麗だった……今から、あんな所いくのかな、西清尼様が死を迎える人を大切にしていたのが、今頃になって良く分かるよ……」


 蓮の目に涙が浮かんだ。それは彼が人の為に流した初めての涙だったろう。

 九も汚れた顔を涙でぐちゃぐちゃにしていた。


「由衣、もうしゃべるな、もう良い、俺が西清尼様の所へ連れてってやるから」

 しかし、由衣は首を横に振った。


「蓮、もう良いよ……あんたに見送って貰えれば行けるから、大丈夫だよ……ただ、西清尼様には謝っておいて、あたし、本当に西清尼様の事、良く分かってなかったって……今なら分かるよ……蓮……もう、行くね……」

 由衣は静かに目を閉じた。

 蓮は何度も何度も、力の限り由衣を呼んだ。しかし二度と目を開けることは無かった。

 由衣の魂は肉体から離れ、旅立った。

 旅立つ由衣の穏やかな顔が皆を見ていた。そして加賀美はその天の由衣に向かって、手を合わせたのだった。



 蓮と九の二人はそのまま真遍寺へと由衣の亡骸を運んで行った。


「さあ、わたし達も帰りましょう、姫」

 継俊は加賀美の軽い身体を馬へ、すっと引き上げた。

 それを見て、渡りは

「姫さま、わたくしは先にお屋敷でお待ち致しております」

 とひざまずいた。


 その姿は何時に無く余所余所しく、加賀美をはっとさせた。


「……渡り…………継俊様、わたくしは……」

 加賀美の次の言葉を継俊は遮った。


「いや、姫、渡りには先に屋敷で待って居て貰おう」


 継俊の顔にはいつもの笑顔は無かった。

 そして

「馬を動かしますよ」

 といつもの優しい声で言った。


 満月の下、ゆっくり馬に揺られ、暫く無言で屋敷へと向かう。


「姫、渡りの気持ちに触れてはなりません、男とはそうしたものです。渡りはあなたを愛しています。きっとそれは主従を越えているでしょう、でも、愛には境界は無いものです。あなたは今まで通りにしていたほうが、彼を傷つけずに済みます。わたしは、彼が好きです、このまま仕えて欲しいのですよ」


 継俊の優しさは、彼の大きさだった。


 今回の月の姫の事件で、光則に継俊が責められる事だけは防ぎたかった。月の姫の屋敷に加賀美達三人を連れて来たのは継俊だ、光則が激怒することは目に見えている。

 そして、その兄も帝の命を遂行出来ず、月の姫を帰してしまい、進退も危ぶまれることだろう。


「さあ、着きました」

 継俊は先に馬から降りると、今度は加賀美を軽々と降ろした。


「姫、わたしは今日は帰ります。光則様にはわたしからお話しよう、わたしは、あなたの元へ通いたいのだから、その事をお話しようと思う。光則様には内緒にはしたくないからね」


 加賀美の目からは涙が溢れた。


「あなたは、お気が強いのにやっぱり泣き虫だね……」

 

 継俊はそう言うと、自分の唇を加賀美の唇に重ねた。

 月の光は二人を見守るように照らし続けた。






 後日、月の姫が帰った、と都は大騒ぎだった。

 帝の行幸にも関わらず、月の姫は帰ったらしいとたちまち噂は広がった。

 月の姫が帰った次の満月の日の午後、光則は加賀美の屋敷を訪ねていた。あの事件以来、光則からも継俊からも、何の連絡も無かった。


 神の祭壇の有る部屋へ通された光則は、相変わらず加賀美の屋敷の庭を眩しそうに眺める。午後の日差しに照らされ、庭は輝いていた。


「あれから、如何していましたか? お怪我をしていたと聞きましたが」


「もうすっかり良くなりました」

 加賀美も相変わらず、巫女の装束だ。


「早速だが、わたしの屋敷に移る話だが、あれは無かった事にしておくれ」


 加賀美は内心ほっとした。

 宮中で何かあったに違いなかった。光則がそんなにあっさり引き下がる性格で無いことは、加賀美は良く承知していた。


「実は今度、帝が御譲位なさる。弟宮に譲られ、現在の帝は院となられる。真亜姫様や月の姫の事などで、帝もすっかり御気を落とされ、譲位を決断されたようなのだ。だから、あなたを宮中へ出仕させる必要は無くなったのだよ」

 光則は淡々と事の経緯を語る。


「兄上、月の姫様の事で、兄上や継俊様にお咎めは無いのですか?」

 下手をすれば、降格や左遷もありうる。


「心配は無い、帝自ら御譲位あそばされ、他に責めは無いと仰せられた。皇太后様もそれで、納得された。姫、継俊にもそれで責めは無いから安心なさい」


 光則から継俊の名が出るとは思わなかった。だが、彼は加賀美の心情など憂慮することも無く、続ける。


「姫、継俊には、子が無い。あなたが、継俊の子を生んであげると良い。帝が変われば、わたし達の立場も変わる事となる。宮中で様々な手を打っていかねばならない。継俊は使える男だから、姫の夫となれば、わたしも心強いというものだ」

 光則らしい言い分だった。

 継俊のことは認めた、と言ってくれのだ。


 暫くの沈黙の後、加賀美の目からは涙が溢れ出た。継俊が見たら、また泣き虫だとからかうだろう。

 

 そして、加賀美の涙に戸惑う光則は、

「だから、もうその巫女はお止しなさい、あなたの事は継俊に任せたのだから、せめて、巫女だけは止しておくれ」


「いいえ、これだけは止められません、神にはお仕えいたします」

 加賀美の答えに、光則は呆れた様子で扇で口を隠し笑った。




 

 その夜、穏やかな満月に加賀美は酔いしれる。

 今宵、継俊の渡りがあるだろう。

 巫女の装束ではなく、女房装束で待ちわびる加賀美であった。

               

   月語り -花の章ー (了)


 



 

 

 


 

今回でようやく終了致しました。 

拙作にお付き合い戴き、感謝いたします。

ありがとうございました。


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